第160話 弱者を追う強者の激突

 その場に座り込んでいたトリアヴェスパの3人は、新たな決意を胸にそれぞれが眼に強い意志を孕むと同時に立ち上がり、装備の確認を始めた。


「もう良いのか。まだ期限は明日一杯まである」


 フィラが短剣を鞘に納めながら、視線をクロムに向ける。


「大丈夫よクロさん。ここで立ち止まる訳にはいかないって気分なのよ。怪我もしていないし、何だか魔力の回復も調子が良いのよ」


「ふむ」


 クロムはトリアヴェスパの漲りを良く理解していない。

 だが、クロムの魔力センサーでは今迄よりも体内の魔力活性が上昇している事が察知出来ており、強い意思による身体の成長が促された可能性が高いと判断した。


「なるほど。やはり成長と言うのは素晴らしいな」


「ん?何か言った?」


 フィラがクロムに駆け寄りクロムの言葉を再度確認する。


「いや何でもない。先程の素材に関してはこの任務を達成した時、伯爵への報告の際に、そしてお前達の決断次第で教えよう」


「わかったわ。いずれにしても早々に依頼を達成して伯爵様の所には戻らなきゃね。それにいつの間にかクロさんと伯爵さんで何かでっかい事企んでいるようだし...」


 フィラが何か含みのある表情でクロムを見上げ、ロコとペーパルも何かに期待するような、冒険心に似た感情を乗せた視線をクロムに向けていた。


「どこまでオランテと話しているかは知らないからな。任務関連以外では話す事は無い」


 そういってクロムは周囲の状況を探るべく魔力レーダーの効果範囲を広げ、ウェア・ウルフの本隊の影を探し始めた。


「一先ず、このままアルバ・エクイティの国境線の方向に向かう。俺が先行し敵の気配を探る」


 クロムが3人に背中を向けた。


「了解よ。でもあまり離れ過ぎないでね。そもそもクロさんと私達の尺度が色々と違うんだから」


「クロムさんの遠い距離って国を跨ぎそうですからね」


「ラプタニラとネブロシルヴァを半日以内で駆け抜ける時点で十分おかしいんだけどよ」


 クロムはその声に対し、わかったと一声告げると脚部にエネルギーを充填し、大地を抉りながら蹴り飛ばすと森の中に飛び込んでいった。


「うわっぷ!?アタシの言った事わかってくれてるよね!?」


 至近距離で土煙に巻かれたフィラが、薄く額に血管を浮かび上がらせながら森の向こうに消え去ったクロムに抗議の声を上げる。

 フィラの声が空しく森に吸い込まれていき、そこに残されたのは深く抉れたクロムの足跡。


「これにあまり驚かなくなってる事自体、僕達も大概なんですよね」


 ペーパルが自分の足を抉れたクロムの足跡にはめ込みながら、諦め口調で呟いた。


 トリアヴェスパの3人は、改めてオランテとの話し合いの場を思い出していた。


 ― 私の元で専属契約を結び、クロムと行動を共にする気は無いか ―


 表があるのであれば、そこには裏がある。

 今のクロムが表向きだとすれば、自分達はそのクロムに置き去りにされる事無く付いて行かなければならないという事。


 物事の尺度が違う、見ている世界が違うであろうクロム。

 そこに自分達の居場所が果たしてあるのかと言う疑問は未だ消え切っていない。






 クロムは可能な限り背の高い木々の狙いを定め、背腕アルキオナを喰い込ませながら森を跳び、突き進む。

 その中で瞬間的に目視で周囲を確認しながら、魔力レーダーを稼働させていた。



 [ 魔力レーダーに反応あり 距離200 ]



 レーダー内に幾つかの光点が表示されるが、そのどれもが非常に脆弱な反応のみ。

 あまりトリアヴェスパとの距離を開ける訳にもいかず、クロムは途中の巨木の幹にアルキオナを噛ませ、背腕1本で身体を宙に静止させた。


 するとその脆弱な光点のいくつかがその場から逃げる様に散っていくのが確認出来、その動きからその先に何かがいると予測出来た。

 クロムは魔力レーダーの効果範囲内にその原因を入れる為、進路を変え更に森を突き進む。



 [ 魔力レーダーに新たな反応あり 距離180 高速で接近中 反応大 数8 ]



「これは恐らくウェア・ウルフだな。後方のトリアヴェスパの気配に気が付いて襲うつもりか?」


 クロムは以前察知したウェア・ウルフの魔力反応の記録と魔力レーダーに映る光点の反応を照合し、暫定的にその反応をウェア・ウルフの物と定めた。

 そしてそれらの動きを観察し、その動きから様々な進路予測を立て、レーダ上にその仮想線を表示する。


 しかし、統率力に秀でていると思われるウェア・ウルフだったが、その光点の動きの予測が困難な程に乱れているのが解る。


「いや...これは何かに追われているのか。人間側のウェア・ウルフの評価からして冒険者や騎士団では無さそうだ。もし人間側の者達の影響なら奴らをここまで必死に逃亡させるとするとかなりの強さだな。ロサ・アルバ程度はあるだろう」


 このまま静観していれば間違いなくクロムを接触する進路を取っているが、その中の光点のいくつかは何かを恐れ、迷うように森の奥に進行方向を変えていった。



 [ 魔力レーダーに更なる反応を探知 距離220 同じく高速で接近中 反応更に増大 数1 ]



「これに追われているのか。しかしこの反応はかなり巨大だな。ここで迎撃するか」


 この時点でクロムは未知の巨大な反応と戦う事も視野に入れたが、万が一、その戦いが長期化した場合、トリアヴェスパの援護行動が遅れる可能性が有る。

 現実問題として、逃亡中とは言え合計4体のウェア・ウルフの進路上にはトリアヴェスパが居た。


 反応のある方向から、森の木々が盛大に薙ぎ倒される音が小さく聞こえてくる。

 クロムのセンサーが地響きのような振動も感知していた。



 [ 振動感知 4足歩行の振動パターンと酷似 巨大生物の可能性大 ]



「4足歩行の巨大生物だと...正体は何だ?ここは一旦引くべきだな。3人が危険だ」



 [ 戦闘システム起動 コア出力50+30 アラガミ5式起動準備 ]


 [ 魔素リジェネレータ― クリスタライザー 稼働準備 ]


 [ ステルス・システム 起動 ]


 [ 警告 戦闘強化薬 投与制限中 アラガミシステム維持の為の最低量のみ使用可能 アラガミ5式 システム解放限度40% ]



「戦闘強化薬投与の制限を維持」


 クロムは自身の魔力によって無駄な敵の誘引を防ぐ為、身体から放散される魔力を最小限度に抑えた。

 そして身体能力を最大限活用し、後方のトリアヴェスパとの合流を目指す。


 魔力レーダーにトリアヴェスパの3つの反応が捉えられ、それは敵と思われる反応の予測進路上にあった。


「間違いなく交戦状態に入るな。あの3人が乱戦に耐えられるかが問題か」


 クロムはそう呟きながら、木々をへし折る盛大な音と共に森の中から勢い良く彼らの前に飛び出す。

 トリアヴェスパはクロムの気配を事前に察知しており、3人共油断無く武器を構えクロムを狙っていた。


「クロさん!びっくりしたわよ!」


「はぁぁ...クロムさんか...」


「いきなり戻って来るとは何かあったのか?」


 トリアヴェスパが慌てて武器を下げ、警戒を解くも、クロムの行動に一末の不安を抱えながら状況を確認して来た。


「ウェア・ウルフの集団を発見した。最低でも4匹がこちらに向かってくる。このままでは間違いなく接敵する。後、数分だ」


「もう見つけたのね...凄いわね。斥候のアタシ、自身無くしちゃいそう...」


 3人はウェア・ウルフ発見の報を耳にしても、恐れる事は無く、魔力を即座に錬磨し始めた。


「...ん?ちょっと待ってクロさん。今、逃げる様にって言わなかった?」


「ああぁ...何か嫌な予感が...」


「おいおい、マジかよ」


 これから巻き起こる狼獣人との戦いに向け、気炎を上げていた3人の顔から僅かな焦りの表情が浮かぶ。


「そうだ。ウェア・ウルフは何かから逃げる様にこちらに向かっている。その原因の正体はまだ掴めていない。集めた情報からウェア・ウルフよりはるかに大きい魔力反応だ。そして4足歩行の巨大生物だと推測される」


 クロムの脚部の鞘が角度を変え開き、カーバイド・ブレードの刀身が飛び出す。

 そしてそれを両前腕部に装着し抜き去ると、嫌が応にも戦闘の緊張感が周囲を包み始めた。


「4足歩行の巨大せい...ぶつ...?へ?」


「あのウェア・ウルフが逃げ出す程の4足歩行...いやいやいや...こんな所に居る訳が...」


「それが本当なら伯爵様の近衛騎士団全軍でもやばいぞ...」


 トリアヴェスパはクロムのその情報である程度の想像が出来たようで、3人の顔から一斉に血の気が引き始める。

 クロムは様子を見て、3人には荷が重いと即座に判断し指示を出す。


「お前達は直ちに撤退し、この事を伯爵もしくは近衛騎士団に伝え、その判断を仰げ」


 クロムがトリアヴェスパに背を向けると、両腕のカーバイド・ブレードを左右に斬り払った。

 空気を斬ったはずだが、そこからは冷たさを感じる金属質の高音が発生する。



 [ 戦闘システム起動 コア出力維持 アラガミ5式 システム解放 10% ]


 [ 魔素リジェネレータ クリスタライザー 稼働率45% ]


 [ ステルス・システムを解除 魔力放出口解放 魔力エネルギー回路問題無し ]



「そんな!待ってクロさんはどうするの!?まさか1人でやり合うつもりじゃないでしょうね!?」


 そのフィラの焦りを伴う叫びを掻き消す様に、戦闘システムを完全起動したクロムの全身から深紅の魔力が迸り、3人は思わず両腕で顔を覆い隠した。


「なんて魔力...クロムさん...本気でやり合うつもりだよ...」


「無茶にも程があるぞ...軍が必要なんだぞ...」


「クロさんも逃げよ?一旦体勢を...」


 深紅の魔力の奔流に包まれるクロムの黒い背中を見る3人が、焦りを通り越し絶望の影を表情に混じらせている。

 森の奥で木々が薙ぎ倒される音が聞こえ、足の裏に大地が振動している感覚が伝わって来た。



 [ 警告 魔力反応 3+1 急速接近中 先頭距離100 ]



「どうやら1匹やられたようだな。お前達は撤退しろ。何度も言わせるな。もう時間が無いぞ」


 そしてクロムは腰のポッドを軽く小突いて、中に入っているレゾムの反応を探る。


 ― どぉしたのぉ?ごはん?それともお叱りぃ?ちゃんと言いつけ守ってお昼寝してたよぉ? ―


「わかっている。褒美は後でやろう。何が良いか考えておけ。それより何やら面倒な敵が向かっているようだ。必要に応じてお前も戦力になって貰うぞ。準備しろ。お前のも見ておきたい」


 クロムは3人に聞こえない程の小声でレゾムに命令を下した。


 ― わぁい。いつでも呼んでねぇ。何なら使い潰してくれていいよぉ。お兄さんだったら全然おけおけ ―


「お前を早々に使い潰すつもりならあの時殺している。お前は俺の命令通り働けば良いだけだ」


 ― うぃうぃ。がんばるよぉ ―


 レゾムの嬉しそうな声がポッドの中から滲み出る。

 クロムはポッドのロックを指先で解除し、いつでも封を開ける状態にした。






「フィラ、クロムさんの言うとおりだ。撤退するぞ!」


「僕達じゃ足手纏いになるだけだ!」


「そ、そんな...ここでクロさんを置いて逃げるなんて...」


 ― 何の為にこの評価試験を受けたのよアタシ達!クロさんと一緒に歩く為じゃないの!? ―


 ロコとペーパルは明らかな異常を既に察知し、撤退の意思を示すものの、フィラが未だクロムを残してここを去る事に抵抗を見せていた。]

 大地に伝わる振動が次第にその勢いを増している。



 [ 魔力反応 数3 接敵 戦闘開始 大型反応は進路そのまま 距離70 ]



 コアの通達と同時に目の前の茂みが大きくざわつき、3つの影が枝や葉を待ち散らしながら飛び出してきた。


「!?」


「ウェア・ウルフ!」


 既にその数と位置、そして進行方向を予測していたクロムは、それと同時に行動を開始する。

 飛び出してきたウェア・ウルフの身体は大量の血と土で汚れており、その獣の瞳の中に恐怖と焦りの色が明確に見て取れた。


 3人は未だ身構える事すら出来ておらず、クロムはやはり実力不足かと意識内で呟く。


 ― すれ違いざまで終わらせる ―


 クロムは最初に左側の標的に向かって鋭く踏み込み、左腕のカーバイド・ブレードを下から斬り上げる。

 互いの相対速度の関係で、大きな踏み込みも必要とせず確実に1体目の標的の胴体を捉え、ほとんど抵抗なくブレードが斜めに両断した。


 降り注ぐ血と臓物をその漆黒の身に浴びながら、右腕を胴体を巻き込むように力を溜める。

 そして通り過ぎた中央のウェア・ウルフに追いつく程の速度で低く跳躍し、距離を詰めると目標の胴体を背中から右ブレードで斬り払った。


 空中で斜めに両断されたウェア・ウルフが断末魔の声を上げる間もなく絶命し、分割されたその骸がトリアヴェスパの眼前に跳ね転がる。

 瞬時に辺りには、むせ返る程の生臭い血の臭いが立ち込め始めた。


 更にクロムは止まる事無く、右側、最後のウェア・ウルフに狙いを定める。

 だが彼の攻撃が行われる事は無かった。


 先程まで戸惑ってばかりいたフィラが漆黒の短剣を両手で持ち、殺気を込めた鋭い瞳でウェア・ウルフを捉えると、ネコ科の猛獣の様な低い姿勢で力を溜め、何かを振り切るような気迫と共に突進した。


 ウェア・ウルフも即座にフィラに向かって鋭い爪を振り下ろすも、その爪は攻撃を掻い潜ったフィラの赤髪を僅かに散らせるのみで終わる。


 逆手に構え、懐に潜り込んだフィラの短剣が狼獣人の脇腹に一筋の剣閃を走らせ、深々を斬り裂かれた脇腹から血と内臓が零れ落ちた。

 そして絶叫を上げる標的の背後から、身体を切り返したフィラが跳躍しながら頸椎に短剣を深々と突き刺す。


 痙攣しながら絶命し、倒れ伏すウェア・ウルフ。

 肩で大きく息を切らせ、緊張で息が詰まった為に何度か咳き込みながらもフィラがクロムに叫んだ。


「ごほごほっ...クロさん!アタシは逃げないよ!ここで逃げたらもうクロさんの前に立てなくなるから!」


 頬に返り血を付着させたフィラが、殺気にも等しい裂帛の気迫を込めた視線をクロムに叩き付けた。


「...好きにしろ。いずれにしても撤退はもう間に合わん」


 クロムはフィラを一瞥すると再び森の方に身体を向ける。

 大地を揺るがす振動が森の風景を揺らしていた。



 [ 魔力反応 数1 急速接近 接敵 ]



 先程のウェア・ウルフの時とは比べ物にならない規模で目の前の森が弾け飛び、巨大な生物の影が猛然と飛び出してきた。

 そして木の枝や土が降り注ぐ中、鼓膜を破らんばかりに轟く咆哮がクロム達と周囲の大気を盛大に震わせる。


 思わず耳を塞ぎ、体勢を低くするトリアヴェスパ。


 土煙を巻き上げ現れたのは4足歩行の巨大な蜥蜴。

 巨大な口には無数の牙が生え揃い、全身が装甲板の様な煌めく鱗で覆われていた。

 背中には無数の棘が乱立し、それは長い尾の先まで続いている。


 全長30メートルにも及ぶ巨大生物。

 クロムのデータベースから引き出されてきた情報では、地球の一部の島国に生息していたコモドドラゴンの近似となっている。


「近似?こんなサイズの爬虫類は向こうに居なかったぞ」


「嘘...でしょ...」


「あぁ...なんでこんなところに...」


「おいおいおい...」


 トリアヴェスパに完全な絶望が襲い掛かる。





 そんな中、震えながら地面に崩れ落ちそうになっているフィラが、絞り出したような声で呟く。


空墜亜竜ランド・ワイバーン...こんな所に居て良い魔物じゃないわよ...」


 クロムは両腕のカーバイド・ブレードを頭上高く振り上げ交差させると、一気に左右に振り下ろされ、震える大気が斬り裂かれた。

 既に数多くの戦いで破れ裂け、ボロ布の様相と化した黒い外套が翼の様に舞い広がる。


「戦闘開始。ゴライアへの良い土産になりそうだ」


 溢れ出る魔力と共に僅かに高揚感を感じさせるクロムの静かな声が響き、それが戦闘開始の合図となった。





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12/13 

 第143話及び第160話におけるカーバイド・ブレードとその機構に関して詳細  を追加。それによって文章表現等も修正させて頂きました。


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