第141話 魔物の英雄 “覇王”
[ 管理者クロム 起動信号受信 各システム稼働準備完了 ]
[ デュアル・コア・システム チェック完了 システム稼働問題無し ]
[ 3式コア 制御システム安定 5式コア制御システムとの連携開始 回路接続 ]
[ 魔素リジェネレータ 稼働開始 エネルギー統合開始 クリスタライザーからのエネルギー供給回路接続 抽出率79% 変換良好]
オルヒューメによるシステム再構成とクリーンナップが完了し、起動信号によってクロムが覚醒する。
本来であれば、クロムの主導によって行われる筈のシステムアップデートであったが、今回は全てのシステムをオルヒューメに掌握されての作業となっていた。
あの戦いはオルヒューメの進言に従う形で、クロムはマガタマの護衛を受けながら一時撤退する事になる。
その後、オルヒューメの戦術支援を受けたゼロツとゼロスリー、マガタマ達の活躍によりほぼ全ての侵入者が殲滅された。
特にオルヒューメによって敵の位置や行動パターン、味方連携指示等の戦術支援を受けた彼らの活躍は凄まじく、ゼロツとゼロスリーは戦闘終了後、自分達の戦果に驚いた程だった。
しかし本当の地獄は戦闘終了後の制御室で起こる。
クロムのメンテナンスと修理を行う為にオルヒューメが彼のシステムを掌握しようとし、彼がこれを拒絶。
するとそれに対抗するようにオルヒューメは、これまでのクロムの合理性を伴わない戦闘行動の指摘を展開し、彼の行動理念と実際の行動が合致していない等、そこから数時間に渡って一方的な理論武装による説教を始めた。
オルヒューメは既に言語をこの世界に合わせており、難解な言い回しによる言葉が制御室を機関砲の様に無数に飛び交う。
それに居合わせたゼロツとゼロスリーは完全に制御室を退出するタイミングを失い、数時間に渡ってそれに付き合わされたのだ。
最初はクロムも反論していたが、今までの彼の失態を的確に指摘してくるオルヒューメに次第に押され始め、最終的に管理者としての権限を行使しようとするも、その強権発動に対する理路整然としたオルヒューメの反論で見事にクロムが撃沈される。
戦闘兵器であるクロムの思考展開能力と戦術管理AIであるオルヒューメの思考展開能力。
どちらが優秀であるかは火を見るより明らかであり、加えてオルヒューメは過去のヒューメの自我を引き継いでいる為、思考回路の柔軟性も存分に強化されている。
クロムに勝ち目は元より無かった。
絶対強者であるクロムが押し黙らされるという光景を見てしまう部下2人。
先の戦闘支援の事もあり、彼らの中でオルヒューメのクロムとはまた違った恐ろしさに震えていた。
クロムも最終的には時間的効率の観点から、納得せざるを得ない状況に追い込まれ、オルヒューメ主導によるシステムメンテナンスを了承した。
マガタマの作業により艦内で回収した、有り合わせの廃材によって作成されたメンテナンス設備に身体を固定されるクロム。
様々なケーブルやチューブで繋がれ、オルヒューメによってメンテナンスを受けるクロムの脇には、2体のマガタマが彼の装甲を取り外して修復作業を行っていた。
黒い戦闘兵器が機械的に修復されていく光景を目の当たりにしたゼロツとゼロスリーは、改めてクロムが自分達の理解を超えた、神の世界の戦闘兵である事を認識させられる。
その間も2体の部下は、時折侵入してくる奈落の魔物相手に戦闘を繰り広げ、オルヒューメによる戦闘支援にも柔軟に対応するようになっていく。
そして戦闘が終われば、素材や魔石を回収し拠点に戻り、戦闘結果の評価を受けて更に戦術思考に磨きをかけていった。
しかしこの時点で彼らも別の問題を抱えていた。
それは彼らの装備する武器が戦闘の過酷さに耐えきれなくなってきているという事。
現在は武器を壊さぬように力を制御する必要がある場面も出てきており、これも今後解決すべき項目だった。
「システム起動完了。各部作動問題無し。稼働テストは後ほど行う。オルヒューメ、現状の報告を」
機械的な音が響き、各チューブやケーブルが取り外され、自動的にクロムの身体が着座姿勢から起き上がる。
クロムが身体の各所を小さく動かし、オルヒューメに背を向けたまま現状報告を命令した。
― 現在 艦内エネルギー供給事案の解決の為 試作型クリスタライザー接続装置を試験中 エネルギー抽出率34% ―
― ゼロツ及びゼロスリーの武装の劣化が顕著 代替武器の入手が必要 ―
― 艦内残存物資の内容把握完了 現在セロツ及びゼロスリー、マガタマによる資材回収及び残存する使用可能設備の復旧作業が進行中 ―
思考回路の切り替わったオルヒューメの事務的な報告が制御室内に響く。
「マガタマの増産は可能か?」
マガタマは作業要員や支援戦闘要員の代替えとして非常に優秀な兵器であり、現状オルヒューメの手足となって艦内外の活動において動き回っている。
マガタマの残骸等はそれなりの数があるという報告も受けており、クロムは可能な限りこれの増産体制に入りたいと考えていた。
― 残存する物資にてマガタマの外殻構成は可能 ただしコアの不足により運用不可能 コアの代替えに関しては情報無し ―
現在、物資の中にはコアだけが抜き取られたマガタマの残骸が無数に残されていた。
甲殻の一部やコアは過去にコルタナ05の維持により消費されていた為、外殻は構成可能であるが、肝心の心臓部が圧倒的に不足している。
「現状の設備でコアの製造は可能か?必要な素材に関してはこの際考えないとする」
― この艦が完全な状態で存在する場合でも不可能 また製造が実現した場合においても
「了解した。コアの代替えに関しては考慮しておく。クリスタライザーの試験はこのまま続けろ。物資製造設備の復旧と拡充を最優先とする」
― 了解しました 合わせてブレイン・オーバーライド・システムの開発も進行中 進捗率74% 稼働試験の許可を ―
「実戦投入の可能性はどうだ」
― 先の戦闘における記録からある一定の条件を算出済み クロムより抽出した融魔細胞及びゼロツ、ゼロスリーから入手した魔物細胞から新たに“融魔浸食細胞”を開発 現在培養中 ―
― 生きた魔物を使った実験段階に到達 システム完成に必要な物資はクロムにデータ送信済み 後ほど確認を ―
― 現在設備復旧率の関係で開発進捗が遅延中 実戦投入には今しばらく時間が必要 ―
「了解した。このまま開発を進めろ。今後、俺の不在時の作戦行動に関しては全てオルヒューメの判断に一任する。必要に応じて許可を求めれば良い。重要案件以外は逐一報告の必要も無い。全て任せるぞ。それと良くやったオルヒューメ。今後も励め」
クロムの感情の籠っていない端的な賞賛。
この賞賛を予測していなかったのか、オルヒューメの思考が瞬間的に止まり、反応が僅かに遅れた。
― クロム 必ず近いうちにこのシステムを完成させる この領域は誰にも渡さない 貴方の領土は必ず護ってみせる ―
報告における口調とは全く異なる、オルヒューメという少女の決意が込められた言葉。
クロムはその言葉を受け、現状における自身の立場と言う物を朧気ながら意識してしまう。
「...世界を己の力で楽しむ...か」
冒険者達の幻影を思い出し、クロムは拳を握り締めて、半ば自嘲的な言葉を発した。
背後のオルヒューメのコアが、リズム良く明滅している事には気が付いていない。
― クロム システムの稼働状況に問題でもありますか ―
会話のテンポの崩れを察知したオルヒューメが、背後からクロムに問い掛ける。
「問題無い。今後の行動について説明する。特に今回はゼロツ及びゼロスリーの負担が大きくなるが、これまでの戦闘記録から今後の任務完遂に全く問題無いと判断した。お前達もよくやった。期待通りとはいかない所もあるが、概ね十分な戦果を挙げている」
「「おおおぉぉ...」」
クロムの賞賛を含む言葉に、ゼロツとゼロスリーはその場で跪き、深く頭を垂れた。
彼等の肩が歓喜で震えていた。
魔力連鎖で繋がっている以上、彼らとクロムの間に嘘は存在しない。
戦略上の欺瞞等は必要に応じてあるが、感情や精神上での偽りの無いクロムの賞賛である。
疑いの無い純粋な賞賛は、魔物であるゼロツとゼロスリーの瞳に透明の液体を満たすには十分な効果があった。
「俺の居ない間の戦闘行動等は全てオルヒューメの指示に従えば問題無い。オルヒューメにより俺の位置情報は常時共有されている。お前達の力が必要な時は指示を出すので、対応出来るように心掛けておけ」
「わかった。全身全霊でいかせてもらう」
「了解した。我が主の期待に応えて見せる」
ゼロツとゼロスリーが立ち上がり、高揚感で抑えきれない魔力を全身から立ち上らせる。
「オルヒューメ。マガタマBを今から送る座標に派遣しろ。最優先事項だ。それを新武装の件はこちらで何とかする。また追加人員の来訪に備える必要があるかも知れん。そこは後ほど連絡する」
― わかった もう1つ聞きたい事が クロムが不在時における侵入者の対応はどのように? ―
クロムはこの言葉を聞くと、オルヒューメに身体を向けて静かに告げた。
「俺の許可無く侵入した者には、如何なる理由であれ、どのような存在であれ全力を以てこれを撃滅しろ。一切の慈悲も容赦も必要無い。鏖殺だ。全て素材にしてやればいい」
クロムの単眼が赤く光り輝き、その命令を受けたオルヒューメのコアもまた赤紫に光を放つ。
― ではそのように 必ずクロムの要求を満たす戦果を挙げてみせる ―
「期待しているぞ、オルヒューメ。俺はこれから準備出来次第、伯爵の元へ向かう。マガタマはここの作業に集中させて構わない。必要に応じて通信で支援要請を出す」
― 新しく入手した情報や開発データは既に記憶領域に格納済み 後ほど確認を ―
「了解した。今後事態が大きく動くと予想される。必要に応じて存分に暴れる事になるだろう」
「「はつ!!」」
― 了解しました 全システム稼働 戦術思考プログラムを起動 戦術構築思考演算を開始 作戦立案中 ―
オルヒューメがシステムを稼働しエネルギーチューブが脈動を始め、制御室に決意を固めたゼロツとゼロスリーの魔力が満ちる。
「ここが俺の領土か...」
[ デュアル・コア・システム起動 出力40+30 制御システム起動 クリスタライザー稼働 問題無し ]
[ 魔素リジェネレータ起動 エネルギー変換開始 各部回路接続 融魔細胞活性化 ]
自身の言葉をかみしめる様にクロムが小さく呟くと、全身の黒い装甲が僅かに稼働し、全身から魔力が溢れ出す。
深紅の魔力の隙間に蒼い魔力が入り混じり、その気配だけで傍に立っているゼロツとゼロスリーの鼓動と呼吸が乱れた。
「高揚感と言う物なのだろうか...楽しみにしている...この俺が?」
広げた両掌を見つめるクロム。
その心の中は2体の部下にも伝わっているが、彼らがそれを訝しむ様子は無い。
ゼロツとゼロスリーは、知性ある魔物の中で語り継がれている存在を強く意識する。
“覇王”
英雄譚の始まりよりも更に過去、地上を魔物が支配していた時代。
全ての魔物を統べ、全世界を支配していた魔物の頂点。
古き神と呼ばれた強大な魔獣や魔龍をも力で従え、天上より来訪した神の勢力、そして英雄達が率いた人間と血みどろの戦いを繰り広げた。
戦場に現れ、死と臓物を喰らい、地獄を作る“魔物の英雄”。
名前も無く、その姿を明確に知る者も居ない。
ただその圧倒的な強さと恐怖によって、いつしか名付けられた“覇王”という呼び名。
魔物の軍勢が戦いに敗れた後、忘れ去られるように消え去った覇王。
戦いの趨勢が決まり魔物が戦いを諦め、世界の覇権を人間に譲り渡した時も、覇王の名を口にする者はどこにもいなかった。
敵のみならず、魔物の心にも刻み込まれた底無しの恐怖によって、復活を求める声すら上がらない。
暴力と恐怖の顕現。
その復活を望めば、再びあの戦いが繰り返される。
果て無き闘争の歴史を生きるよりも、魔物が僅かでも安寧を求めた世界に覇王はもはや不要の存在となった。
それでも尚、脈々と受け継がれる魔物の遺伝子に覇王の恐怖は烙印の様に刻まれている。
ゼロツとゼロスリーの中に潜在的に眠る覇王への恐怖。
それに上書きされていくクロムへの期待と忠誠。
彼らの中の覇王の認識が少しずつ改変されていく。
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