第137話 その亡霊は慟哭を求める

 クロムはクレーターの外縁部、森の端から無数の敵影を確認した。

 そしてそれらは何の躊躇もなくクレーターに飛び込み、真っ直ぐにクロムに向かって突撃してくる。


「サソリが倒されて勢いづいたか...無駄に知恵は働くようだ...」


 クロムのセンサーが視認出来る敵の背後にもまだ後続が居る事を捉えており、それぞれの反応の動きが違う事から、数種類の敵が居ると判断した。



 ― 砕け散るまで戦え...か 今のお前はどうなんだ スコロペンドラ ―



「...黙れ...」


 クロムがコアの出力を調整しないまま、魔力を全身から溢れされると敵の集団に向かって突撃を開始する。

 効率を考えた身体操作では無く、大地を踏み砕き土煙を盛大に巻き上げながらの突進。


 時折、両手の鉤爪で地面を抉り取りながら、獣の如く前に突き進むクロム。

 赤と青の魔力の残滓がクレーターの斜面を荒々しく駆け上り、最も敵の数の多い集団と激突した。


 敵はリザードマンとコボルト、そしてオークの混成部隊のようで、連携は取れていないがそれぞれが通常では有り得ない魔力を纏っている。


 クロムは突撃の勢いのまま、正面に捕らえたリザードマンに防御を全くせずにそのまま抜き手を胸元に突き入れる。

 リザードマンの大剣がクロムの肩口に直撃するも、大剣が砕け散り、クロムの勢いを止める事は出来ない。


 そのまま抜き手が獲物の胸、胸骨の上から突き入れられ魔石を砕きながら背中まで貫通する。

 そして口から大量の血を吐いたリザードマンを、右横からダガーを逆手に持って飛び掛かって来たコボルトに投げ付け、吹き飛ばす。



 ― 何を恐れている 兵器に感情など不要だろう ―



 コルタナ05の平坦な声が意識内に響く。


 左側からはオークが眼を紫色に輝かせながら、大斧を大上段で振りかぶりクロムを一丁両断しようと振り下ろしてきた。

 それをクロムは身体を捩じり回転のみで交わすと、その勢いのまま右脚を上空高く、弧を描く様な軌道でオークに振り下ろす。


 攻撃を躱され、前のめりになったオークの背中にクロムの踵落としが直撃し、その背骨を内部ごと破壊し、地面に叩き付ける。

 臓物をぶち負けながら地面にめり込むオークの生死を確認する事も無く、クロムは後続のリザードマンに襲い掛かっていった。



 ― ただ己の為に世界を生きる その為だけにその力を振るう必要が何処にある 何故 外の世界を歩こうとする ―



 リザードマンが左右に分かれて連携を取りながら大剣の一撃をクロムに見舞うも、防御すら取らないクロムは片方の攻撃を上腕で受けながら、片方の敵の頭部に振り上げた拳を裏拳で叩き付ける。


 そして脳漿を撒き散らしながら斃れる敵をそのままに、もう片方の砕け散った剣を持つリザードマンを振り向きざまに横薙ぎで蹴り抜いた。


 あり得ない角度で身体を折られたリザードマンが血を撒き散らしながら、地面を跳ね飛ばされ、クロムはその先に居た、偶然視界に入ったオーガらしき巨躯の魔物に狙いを定める。



 ― 結局の所、お前は敵と見做した者に力を振るうだけだ 制御の外れた壊れた兵器 何よりも質が悪い ―



 クロムの視界は制御不能に陥った3式コアのエネルギー供給によって、既に様々なシステムが暴走状態にある事を示していた。

 激しいノイズに警告音、身体各所が過負荷状態にある事を示すモニター、その中で標的をロックオンするマーカーだけが円滑に動く。



 ― お前も目的など最初から無いではないか ただ歩くしか出来ない人ならざる者 ―






 クロムは全身から、そして単眼が鈍く光る仮面の淵から赤い魔力を垂れ流し、両手を後ろに靡かせながら標的に向かって駆け出す。

 既にその身体の表面からは行き場を失ったエネルギーが、黒い装甲の表面を紫電となって這い回っている


 不安定な地面に脚を沈ませ、身体を地面に打ち付けそうになりながら、クロムは無理矢理に体勢を前に前にと突き動かし、赤と青に輝く狂った流星の様に夜の戦場を流れていく。



 ― ただ理由が欲しいだけだ 前に進む為の理由が そしてその不安を振り払うように 強大な力を誇示し 恐怖を振り撒く ―



「何が言いたい...」



 クロムの接近に気が付いたオーガが咆哮を上げて、身体に魔力を漲らせて迎え撃つ。

 しかし咆哮を上げる為に大きく開けた口に、クロムの右手が抜き手で突き入れられ、その先端が延髄を引き千切る。



 ― ただの虐殺者だよお前は 目的を探して彷徨い歩く 気紛れに救い気紛れに殺す ただの狂った存在 ―



 クロムはその言葉を意識内で捕らえながら、突き刺した右手を全力で地面に向かって振り下ろす。

 既に息絶えたオーガが、口から腹部に向かってベリベリと音を立てながらクロムの鉤爪によって引き裂かれ、見るも無残な骸へと姿を変えた。


 するとクロムはここに来て冷静な感覚を覚える。

 飢餓感と表現出来る、空虚な感覚を意識内で捉え、体内魔力が減っている事に気が付いた。



「虐殺者か...それなら今までと変わらん...それが俺の存在意義だ...」



 クロムは全身から返り血を滴らせながら、その変わり果てたオーガの胸部から魔石を引き摺り出すと、唐突にそれを握り潰す。

 爆発的に放射されたオーガの魔力の塊を全身で浴び、黒い身体が魔力を吸収し喰らっていった。


 体内魔力の数値の報告も確認する事無く、満足感とも言える感覚を捉え、全身から更に魔力を放射するクロム。

 そして尚も出現するリザードマンやオーク、オーガの反応を検知すると低い体勢で力を漲らせた。


 クロムの周囲には既に惨殺された無数の魔物の骸が魔力結晶となって乱立し、周辺の魔素濃度を上げ始めている。

 その中で禍々しい魔力を夜空に立ち上らせる黒い獣が、その魔力結晶を体当たりで打ち砕きながら次の標的に向かって再び襲い掛かっていった。



 ― そうか 自覚を持っているなら問題無い そうだな 試してやろう ―



 今のクロムは既に意識と戦闘行動が切り離されつつあり、生存を最優先とする制御システムと制御不能に陥りかけている戦闘システムがそれぞれ独立してクロムを突き動かしていた。







 クロムは前方の集団の中で一番脅威度の高いオーガを発見し、右手に魔力を充填しながら突撃していく。

 オーガはそれをいち早く察知し、全身と更に両腕に膨大な魔力を集めながら同じくクロムに向かって駆け出した。


 双方の脚が巻き起こす砂塵と振動が戦場を揺らし、それが激突する。

 その瞬間、赤い閃光がオーガの胸元で炸裂し、オーガの巨大な胴体の大半が吹き飛んだ。

 クロムの胸にはオーガの拳が突き入れられ、僅かではあるがクロムにダメージを与えている。


 制御が効いていないM・バーストブロウはその威力と効果範囲を減少させているが、それでも強力な奈落のオーガを一撃で葬り去る。

 クロムの意識内に僅かではあるが損傷の報告が上がるも、ノイズと警告で掻き消された。


「...なっ!」


 感情制御が不全となっているクロムが、この世界で初めて驚愕という感情を発露させた。

 目の前のオーガの姿が全く別の者に変わっていたのだ。


「...貴様...何を...した...っ!」


 眼前で胸部の大半を吹き飛ばされたオーガが、人間の姿となってクロムに憎悪の眼を向けていた。


「クロム...お前は...」


 その声、その姿はクロムの記憶と寸分違わぬ者。

 クロムが最初に名前を記憶した剣士デハーニの変わり果てた姿だった。


 クロムの目の前で無残な姿となったデハーニが、その眼を見開き、憎悪を宿したまま大量の血と臓物を地面に撒き散らし斃れる。



 ― 特に問題無いだろう 自覚があるとお前は言った なら思うがままに殺せば良い ―



 コルタナ05の声が意識内に響くと同時に、右からリザードマンが剣を振り上げて襲い掛かって来た。

 クロムは反射的にそのまま攻撃態勢を取り、その剣に右拳を合わせ打ち砕くと入れ替わりで左拳をその胸部に繰り出した。


 標的の胸部にめり込んだ拳に伝わる、生々しい衝撃音と生暖かい血飛沫の感覚。

 そして聞き覚えのある声。


「ク、クロム殿...何故...」


 胸を大きく陥没させ、口から様々な物を吐き散らすピエリスが涙ながらにクロムの見ていた。



 ― 見知った女にも容赦無いな 流石だ スコロペンドラ ―



 それに合わせる様に背後の左右から槍を構えながら、同じくリザードマンが攻撃を仕掛けて来るが、クロムは反転すると同時に廻し蹴りでその槍を蹴り潰す。

 そしてそのまま両手を大きく広げて左右のリザードマンの頭を鷲掴みにした。


 クロムの尋常ならざる握力で、手足を暴れさせて抵抗するトカゲの頭部が潰されていく。

 だがクロムの眼が捉えたのは、記憶情報の中では朗らかに笑っているベリスとウィオラだった。


「クロム...さ...たす...」


「ク...ロム...ど...の」


 クロムの指の隙間から絶望の色を湛えた2人の騎士の眼が彼を捉え、血の涙を流していた。

 鈍い破裂音が響きその頭部が完全に潰されると、彼の黒い前腕部を必死に掴んでいた2人の手から力が抜けて、だらりと垂れ下がる。


 クロムの手から力が抜け、解放された頭部が無いベリスとウィオラの亡骸が静かに崩れ落ちる。

 それを見下ろすクロムに投げ掛けられる、嘲笑うかのような台詞。



 ― どうだ お前が気紛れに手を差し伸べた女達を握り潰した感想は ―



 だがその口調はあくまで平坦であった。







「...やめ...ろ...」


 クロムの地を這うような呟きは、咆哮を上げて突進してくるオーガによって掻き消された。

 使い古された槍の先端に大きな岩石を括りつけた粗末な棍棒が振り上げられ、クロムに叩き付けられる。


 だがクロムはその岩石を左腕の一振りで粉々に粉砕すると、一気に距離を詰めて右拳を鳩尾に叩き込んだ。


「...ぐぉぉあぁぁ!」


 初めてクロムの口から発せられる叫び声。

 仮面の単眼が光り、口を覆い隠している部分から深紅の魔力が零れ落ちた。


 炸薬が爆発するくぐもった音が3連続で発せられ、オーガの鳩尾から上方向にインパクト・ナックルが連射で炸裂する。

 オーガの胸部がその衝撃で何度も膨れ上がり、その内部を潰し回す。


 しかクロムがその後捉えたその姿は、口から血と磨り潰された臓物を噴き出すゴライアだった。


「...ごぼ...おまえに...ついて...いった...まちが...」


 溺れるような声を断末魔にして、そのまま後ろに倒れるゴライア。



 ― お前がこの地獄に引き摺り込んだんだ 自覚はあるのだろう? ―



 その言葉を捉えるのと同時に、クロムの背中、腰の付け根付近に何かが直撃する感覚と金属音。


 小さなコボルトが涎を垂らしながら、毒の短剣を突き立てていた。

 しかしクロムの装甲を貫通する事も、傷を付ける事も叶わない。


 クロムはそのままコボルトの頭を掴み上げ、もう片方の腕でその暴れる身体を固定する。

 そして両腕に力を込めて、そのまま首をへし折った。


 木の枝を折るような感触でいとも簡単に捻じ曲がるコボルトの首。

 しかしその震えるクロムの手が殺したのは、涙を零しながら殺意の眼で睨むテオドだった。



 ― 敵対するものは老若男女分け隔てなく潰す これこそがアラガミの本質 お前の本質だ ―



 どちゃりと音を立ててテオドの身体がゴライアの撒き散らした血溜まりの中に落ちる。


「ちがう...俺...は...おまえとは...」


 クロムの声が震え、口からはとめどなく魔力が鮮血の様に溢れ出している。

 記憶領域にある殺した人間の情報に次々と黒い帯が張り付き、“DEAD”の文字が浮かび上がり、その情報が暗闇に消えていった。



 ― 何が違うというのだ 教えてくれ 目的を失い無様に戦い続けた兵器 明確な目的も無く足掻き生き続ける兵器 違いは何だ ―



 クロムは膨大なエネルギーを吐き出し続ける胸を抑えながら、たたらを踏み背を丸める。

 そこに前方から強力な魔力の反応を感知した。


 急速に接近する3体の魔力反応。

 どれもかなりの魔力量を誇り、戦闘システムがクロムの身に迫る脅威を判定した。


「ぅぐぉぉぉぉ!」


 クロムが胸を鉤爪でガリガリと引っ掻きながら、再び叫ぶ。

 その叫びと共に、クロムの体内で生まれた爆発的なエネルギーが熱エネルギーと荒れ狂う稲妻となって放射された。


 その3体はリザードマンの上位種、エルダーリザードマン。

 魔力を込めた槍でクロムに飛び掛かって来た。

 しかしその上位種も突然目の前のクロムが放った自爆攻撃に等しいコア・バーストで消し炭に近い状態になる。


 両脇のリザードマンが黒焦げの状態で地面に落下し、どしゃりと乾いた音が響いた。

 クロムが見たその姿は、半身を消し炭にされ原形を留めていないヒューメ。

 赤い眼を明滅させながら、1本ずつの手足で地面を搔きながらクロムに這い寄って来る。


「ぐ...ろむ...ざま...いた...い...」


「く...ろ...む...あな...た...は...ぁぁ...」


 左右でそれぞれ鏡映し状態で傷付いたその血塗れの小さな手をクロムに伸ばす。


「...ぐ...おぉぁ...」


 胸部に灼熱のエネルギーを感じ、全身から火花を散らしながら、苦痛を感じない筈のクロムが呻き声を上げる。

 そしてその眼が前方に向けられた。


 そこには無意識の中で、戦闘システムによって迎撃行動を取った背腕アルキオナが突き出されていた。



 ― 何故お前は認めないのだ 何故言えないのだ 何を恐れている 何故過去に囚われる ―



 背腕アルキオナが標的の胸を貫き、無数の鉤爪を震わせている。

 その貫かれた標的はティルトだった。


 血塗れのその顔が浮かべる表情は憎しみでも無く、感情も見られない。

 そのティルトの顔はクロムに向かって微笑みかけていた。


 アルキオナがティルトの身体をそのままクロムの眼前まで運ぶ。

 クロムは震える手で黒く鋭い鉤爪をクロムの頬に当てた。


 アルキオナがティルトの亡骸を地面に落とし、そこからどす黒い血溜まりが広がっていく。


「ぉ...お...ぉぉぉぉぉ...」


 クロムの視界がノイズで満たされ、表示されていた全ての警告を引き裂いていく。

 全身からバチバチという音が静かに発せられ始め、その音が次第に大きく、激しさを増していく。


「おぉぉ...おおぉぁぁぁぁ...!」



 ― 何故お前は この世界を この人間達を “護る”と言えないのだ 護る為に その力を使う 何故それを認めようとしない ―



 全身から魔力が噴き出し、その身体が激しく痙攣する。

 音が鳴る程に握りしめられた両拳。


 黒い装甲を舐めまわしていた紫色の火花は、轟く稲妻となってクロムを中心に踊り狂い、丸められた背中で背腕アルキオナが感電しているかのように何度も地面を抉り、悶えていた。



 ― お前は虐殺者か それとも守護者か ただの彷徨う混沌か ―



 クロムの意識の中が、ノイズと雑音が轟音となって荒れ狂い、今までの記憶が断続的にフラッシュバックする。

 記憶の中の人間達の顔が閃光の中で浮かび、ノイズの闇に消えていった。

 そして一際大きな警告音が断続的に発せられた瞬間、その警告だけが明瞭に表示される。



[ アラガミシステム オーバーロード ]



 突然、クロムの右腕が夜の空に浮かぶ月を抉り取る様に、鉤爪を大きく開いて突き上げられる。

 仮面の各パーツを接続しているパーツが弾け飛び、さながら魔獣の口が開いたような状態で開口部が形成され、その下にあるクロムの口から堰き止められていた魔力が噴出した。


 そしてA、I、U、E、Oどの音も含まない、言語化出来ないであろう凄まじい咆哮がクロムの口から上空に向かって放射され、上空を漂っている土煙や魔力結晶の塵を吹き飛ばす。


 クロムの黒い身体から飛び出した巨大な紫電の群れが、地面に空に無差別にその破壊的な力の矛先を向けて暴れ狂う。

 その破壊の嵐に呼応するようにクロムの全身から深紅の魔力が爆発的に溢れ出し、魔力波動が放射状に地面を抉り上げていった。





 地獄とも言えるような環境になりつつある原初の奈落ウヌス・ウィリデの中心部。


 だがそれを飲み込まんばかりの閃光が、その中心部にあるマグナ・ミラビリスの艦橋頂上から発せられる。

 そして赤い魔力の奔流に対抗するような形で紫色の巨大な閃光が、無数の稲妻を纏いながら破裂した。



 ― 試作型ブレイン・オーバーライド・システム 発射 最大出力 ―


 ― 邪魔者は消えなさい そしていい加減に目を醒ましなさい クロム! ―



 決して叫ぶ事の無い兵器である戦術管理AIオルヒューメの声が、制御を完全に手放したクロムの意識に叩き付けられた。

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