第138話 何の為に世界を征く

 マグナ・ミラビリスから放射された試作型ブレイン・オーバーライド・システムの波動がクレーター内の赤い魔力を飲み込みながら津波の様にクロムを含めた魔物達を飲み込んでいく。

 

 出撃と同時に右翼と左翼に分かれて戦闘状態に入っていたゼロツとゼロスリー。

 突如背後で紫色の強烈な閃光が瞬き、意識の中にオルヒューメの声が僅かに響いた事で咄嗟に魔力防御を最大で発動させた。


 オルヒューメがクロムに照準を合わせた攻撃を放ったことにより、彼との魔力連鎖を強めていたゼロツとぜロスリーにも僅かながら彼女の思念の様なものが届く事となる。


 彼らは離れた場所で戦っているのも関わらず、口を揃えてそれを先に言ってくれと大声で叫びながら、一度戦闘から離脱し防御態勢を強制的に取らされる。

 正体が今も全く理解出来ないオルヒューメが放つその攻撃は、まるで神が放った大魔法の様にゼロツとゼロスリーの眼に映った。


 その紫色の波動に飲み込まれた彼らは、最大防御状態でも身体の表面から火花が散る程のエネルギーに翻弄され、視界が閃光で埋め尽くされる。


 その中で彼らはオルヒューメの決意に似た言葉らしきものを捉えていた。


 既に彼らとオルヒューメは日々会話を重ね、魔物である彼らでは思いも付かなかった戦術や戦い方を教わっており、互いの信頼もかなり向上していた。

 オルヒューメもまた彼らとクロムとの繋がりである魔力連鎖や魔力とエネルギーとの関連性等を実戦を通して意見交換し、その性質の究明やAIその物の経験を積んでいる。


 そして波動が通り過ぎ、収まりを見せ始めるとゼロツとゼロスリーは、膨大なエネルギーの波動の直撃を受け、脳に障害が発生している無防備な魔物に向かって攻撃を再開した。


 紫の細い稲妻が乱舞するクレーター内で再び戦闘が開始された。





 オルヒューメが攻撃を行った後、防衛システムを始めとする各種システムがエラー状況等を無数に報告し、エネルギー問題も含めて制御室のモニターがエラー表示で埋め尽くされる。

 それを最適化を進めている演算能力で捌きながらも、クロムの状態を最優先で確認するオルヒューメ。


 管理者であるクロムに理由はどうであれ、権限を無視する形で攻撃を行った事。

 これは本来では実行される事が無い反逆行為であり、彼女の中の思考アルゴリズムが新たな進化を獲得した証明でもあった。


 クロムに言わせればAIと自我の関係上、でもある。


 やがて拒絶され続けていたクロムとの通信回線が開き、彼の状況がモニタリングされ始める。

 オルヒューメの得た情報では、クロムは現在、エネルギーを放出しながらも完全に動きを停止していた。


 情報では3式コアの制御不能状態は間違いなく解決されており、出力が10%程で安定している。

 だが停止信号を受け付けたにも関わらず、コアが完全に停止していない事にオルヒューメは大きな焦りに似た思考を浮かべた。


 3式コアの初期化信号も不完全な状態で送り込まれている可能性が高く、今の行動不能という状況は非常に危険だった。

 クロムの自動迎撃システムが発動していれば対応自体は可能であるが、その発動の確証を得られていない。



 ― マガタマB 戦闘起動 直ちに出撃せよ 作戦目標 管理者クロムの防衛及び敵対生命体の迎撃 ―



 オルヒューメは射出口付近で待機していた未調整のマガタマBに出撃命令を出す。

 マガタマBが即座にその指令を受領し、マグナ・ミラビリスより射出され一直線にクロムの元へ跳ねていった。


 マガタマAも向かわせようと考えたが、ゼロスリーの援護を継続させる事を選ぶ。

 彼らがクロムの元に到着し、彼に接近する敵を排除させる事が優先事項と判断した。


 ― 帰還したら言いたい事が山程あります 覚悟していてください ―


 オルヒューメの声が静かに制御室に響く。






 クロムは各種システムが正常に作動していない中、意識を自我領域に集中させた。

 突如、背後から凄まじいエネルギー量を含む波動による攻撃が加えられた事は覚えている。


 だがそれが何であったのかは、現状では把握する事が出来ないでいた。

 クロムは意識内で割れ響く警告音を全て消し、自らの状態を確認しようとシステムスキャンを実行する。


 だが、クロムの命令が実行される事は無く、そこでようやくクロムは自身が現在システムダウンを起こし、行動不能になっている事に気が付いた。

 彼は不意に以前のヒューメとの戦闘にて、隔離された意識内で問答を行った事を思い出す。


 クロムの視界は真っ白の世界が広がっており、センサーによる上下方向の判断も出来ない。

 ただ時折、プログラムの文字列や警告表示などが視界に入る事から、この世界が自身の中の自我領域にある事を理解した。



 ― 満足したか スコロペンドラ ―



 どの方向から発せられた声かは判断出来ないコルタナ05の音声が響く。

 感情制御が不完全ながらも復旧しているのか、この声に関して怒りのような物は浮かび上がってこない。


「何をしに戻って来たコルタナ05。完全にコアからは消去された筈」



 ― わからんな ただ意識を取り戻した時 お前が無様に戦っていたのでな ―



 クロムはこの声の主が何処にいるかの判別を行う事をやめ、会話から情報を聞き出す事に集中する。



 ― しかし後任の戦術管理AIはなかなか大胆な事をするものだ まさか大出力の電磁パルス攻撃にコアの停止信号を詰め込むとは ―



「オルヒューメ...命令に反したか。AIの思考アルゴリズムの不調か」


 クロムはコルタナ05の言葉で、自身の身に今何が起こっているのか朧気に見えて来る。

 予想が正しければ、この身は戦場の真っただ中で機能を停止したまま立ち尽くしている筈だった。


「これを想定した戦術行動に期待するしか無いな」



 ― そう言ってやるな 元はと言えばお前が引き起こしたものだ 違うか? それを踏まえて考えれば後任のAIは良い働きをしている ―



「だが、命令に反した行動を取っている。楽観視は出来ない」



 ― お前の行動が間違っていないという根拠はどこだ 事実お前は戦闘中に暴走状態になっている 現状を踏まえてどちらが正しい判断をしたか わからないお前ではあるまい ―



 そもそもコルタナ05が戦闘中に割り込んで来た事に起因する状況であるが、最終的に行き着く責任はクロム自身にある。

 それはオルヒューメに対しても、ゼロツ、セロスリーに対しても同じだった。


 自身の行動の責任は自身で取り、清算する。

 それが今までクロムが自他に行ってきた行動原理であった。


 それ故にクロムの暴力の餌食になった者もいる。



 ― お前は何故自分が正しいと言い切れる  ―


 ― 我々は失くした物を拾う事もせずに戦い続けた そして耐えられなくなった お前はどうなのだ これからその状態のままで生き続けられると思っているのか ―



 コルタナ05は生きるのではなく、トリスタンの命令で生かされ続けた。

 それがやがてトリスタンを含めたマグナ・ミラビリスを護るという行動理念へと形を変える事になる。


「...俺は俺のまま生き続けるしかない。生存プログラムが完全に停止するまで」



 ― 生き続けるだけならばただ1人世界の果てで 誰とも関わらず生きる事も出来る 何故人と関わるのだ 何故力を振るう必要がある 何故戦う必要がある ―



「生きる事と戦う事は俺の中で同義だ。生きる為に戦い、次の戦いの為に生きなければならない。それが兵器である俺の目的だ」



 ― この世界は以前の世界では無い お前は自身に問い掛けていたはずだ 自身を裁く者は存在しないと では何故自分の意思で進もうとしないのだ 生存プログラムはもはや意味を成さない ―


 ― 今お前が持つ生きる意思は既にプログラムとは関係が無い この世界で生きる者全てが持つ共通の意思だ ―



 クロムは自身のこの世界での軌跡を思い起こし、全ての行動が生存プログラムによる行動だったかと思考を巡らせる。

 そこで漸く1つの疑念に辿り着いた。


“生存プログラムと自身が持つ生きる意思の境界線は何処にあるのか”


“それを決定付ける物は何なのか”



 ― 戦う為に生きると言うのであれば お前はやはり兵器だ この世界と交わってはいけない不要な存在だ ―


 ― 生きる為に戦うのであれば それは生きる物全てが背負い続ける宿命だ だがお前はそこから目を逸らし 人ならざる兵器をして生き続けようとしている ―


 ― このままではいずれお前はお前ではなくなるだろう そして全てを失う 我々の様に ―



 コルタナ05の声に少しづつではあるが、その言葉の気配を失い始めていた。






 ― 流石にお前の戦術管理AIを怒らせ過ぎたようだ コアの停止信号と初期化信号を再送信し始めた ―



「これがオルヒューメの選ぶ最善の選択か...」



 ― スコロペンドラ いやクロム お前が今立っている世界を見ろ 生きる目的を戦いから切り離せ お前が戦う理由から目を逸らすな ―


 ― 戦う為に生きるな 兵器では無く人間として戦え お前はもうプログラムに縛られる存在では無い お前を止める者はもう何処にも居ない ―



 クロムを包む白い視界の中に、徐々にプログラムの文字列や数式が流れ始め、その数を徐々に増やしていく。

 白い世界が徐々に色付き始め、システムの再起動が始まった事をクロムに告げる。


 それと同時にコルタナ05の気配が薄まり始め、3式コアの初期化プログラムが起動した事を予測させた。


「俺は何の為に生きればいい。この力で何が出来る」


 クロムは意識の中で、自身の力の象徴である見えない両手を広げて見つめていた。

 わからなかった。

 自身を兵器であると認識し、敵対する物には容赦なくこの力を振るってきた。


 そこに後悔は無い。

 だが、その暴力に意義があったかと問われればクロムには答えられない。


 兵器であれば答えられた。

 兵器だからと答えればいい。

 引き金を引いた者の責任だと言えただろう。




 その時、クロムの視界に3人の人間の姿が浮かび上がった。

 大柄な男に華奢な男、そして赤髪の女。


 トリアヴェスパの3人がクロムの前に立っていた。

 そして赤髪の冒険者フィラが、クロムに向かって小さな握り拳を突き出した。


 クロムの半分にも満たない攻撃意思の無い小さな拳が、ここには無い筈のクロムの前腕部の装甲をコツンと小突く。

 後ろの2人、ロコとペーパルが仕方ないなと言った様子で笑っていた。


 そして言葉を交わす事無く、光の粒子になってトリアヴェスパの3人が消えていく。

 最後にフィラが花の咲いた様な笑顔をクロムに向けていた。





「...そうか...」


 クロムは確かに残るフィラの拳の感覚を再確認しながら、言葉を紡ぐ。


「この力を使い、何かを破壊する事で何かを護れるのであればそれも良いだろう。だが悪いが無条件でこの世界を、人間を護ろうとは思わない...ただ...」


 クロムはどの言葉が適切な物なのか判断に迷った。

 この感覚はクロムが今まで持ち得なかったものであり、言語化が酷く難しい。


 思い浮かんだ言葉を慎重に選びながら、言葉を組み立てていくクロム。

 凶器である鋭い鉤爪を生やした見えない両手を広げながら呟いた。


「...俺はこの世界を...自身の意思と力で楽しみたかったのかも知れない」



 ― 随分と傲慢だな やはりお前の忌まわしい本質からは逃れられないようだ だがその呆れる程の傲慢さが羨ましくもある ―



「そうだな。傲慢だ。享楽、愉悦と言い換えてもいいかも知れない。だが俺はそれで良い。結果それで俺が世界の敵に成り果てるのであれば、それは俺の本質が導き出した運命の答えなのだろう。その時は俺も大人しくお前の様にだ」


 今までのコルタナ05の言葉に対する嫌味なのか、それとも本心なのか。

 クロムは平然とコルタナ05に言い放つ。



 ― ふん 亡霊に諭される者に惨めと言われたくは無いな クロム 最後に聞きたい事がある ―



 コルタナ05の言葉もまた嫌味なのか本心なのかはわからない。

 感情の籠らない、見えない言葉の応酬。

 そしてコルタナ05の質問が飛ぶ。



 ― 何故俺との繋がりを即座に絶たなかった 最初の段階で接続は切れた筈だ ―



 これに関してはクロムにも確固たる理由を見つける事が出来なかった。

 ただオルヒューメの進言を聞き流し、回線を繋げたまま維持しようとしていたのは事実である。


「わからない...だが恐らくお前は俺なのだろう。だからこそ言葉を交わす必要があったと判断したのかも知れない」


 クロムは思い浮かんだ言葉をそのままに、コルタナ05の質問に答える。



 ― そうか 確かにそう言えるかもしれないな ―


 ― 初期化が完了する様だ 安心しろ もうこれで完全に消える ―



 コルタナ05が何かを思案するような間隔を開けて、そして何かに納得する。

 クロムはそのコルタナの最後の言葉を聞いて、思い付いたように言った。


「オルヒューメだ。トリスタンの後任の戦術管理AIの名はオルヒューメ。お前を消し去るの名前として、消える前に記憶に刻んでおけ」



 ― そうか 良い名 だな ―



 そのコルタナ05の言葉と同時にクロムの視界が一気に塗り替わる。



[ 3式コア 停止信号受信 再起動後に初期化プログラムを実行 記憶領域内データの緊急保存措置を実行 識別名“クロム” 自我領域の展開を確認 ]



 ― さらばだ せいぜい あがきながら いきていけ ―



「最期まで鬱陶しい言葉を残す奴だ」


 このクロムの言葉に返事は無い。



[ 制御システムを5式コアへ移行 戦闘システム再起動 アラガミシステム 修復中 自動迎撃システム継続中 ]


[ 戦術管理AIオルヒューメとの通信回復 ]



 ― オルヒューメよりクロムへ 応答せよ 繰り返す クロム応答せよ ―


 ― 現在 ゼロツ及びゼロスリー マガタマA,Bによる残敵掃討作戦を実行中 戦闘システム再起動完了後は直ちに自動迎撃システムを停止 速やかに一時撤退せよ 繰り返す 一時撤退せよ ―



「こちらクロム オルヒューメ応答せよ 現在、戦闘システムの再起動中 再起動を確認後、一時撤退する」


 このクロムの応答を受信したオルヒューメから、凄まじい反応速度で返信が返って来た。

 ただ何故かそのオルヒューメから飛ばされる信号強度とその通信音量が非常に大きく、思わずクロムがノイズキャンセラーをかけたほどだ。



 ― オルヒューメより 傲慢で身勝手で頑固な管理者クロムへ さっさと戻りなさい ―



 それ以降、オルヒューメの回線が完全に遮断された。


「やはりAIの思考アルゴリズムと自我領域の再調整が必要かもしれないな」


 あの状況下でも正常に起動していた自動迎撃システムが、クロムの周囲に無残な魔物の残骸の山を作り出している。

 魔物の残骸から流れ出た液体でぬかるむ地面を踏みしめながら、返り血で全身が汚れたクロムが静かに呟いた。

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