第136話 過去の残滓が今を覆す
クロムにその声が届いた瞬間、胸の奥にある3式コアに奇妙な違和感を感じる。
明らかな異物感。
自分の意思とは無関係に蠢く感覚。
そしてクロムが動きを止めた事を察知したサソリの最後の1匹が、鋏を振り上げながら地響きを上げ、襲い掛かって来る。
[ コア出力65+80 3式コア出力上昇中 ]
クロムの意思とは関係なく出力を上げ始める3式コア。
それが配置されているクロムの左胸の装甲の隙間から、赤い魔力に混じる形で青白い魔力が噴き出した。
「...ぐっ...この期に及んで...っ」
バチバチと音を立てて魔力回路が焼き切れていく。
サソリはクロムの状態を見逃さず、巨大な両の鋏で彼の身体を捕らえ左右から凄まじい力で挟み潰そうとする。
接触面から火花が零れる程の圧力で鋏と黒い装甲が擦り合わされ、金属が削れる音が響き渡った。
[ コア出力65+95 3式コア出力上昇中 ]
サソリもそのまま挟み潰そうとするだけではなく、そのままクロムを無謀にも捕食しようと口元に近付け、小さな鋏と牙が並んだその顎を、液体を滴らせながら開いていた。
― 自身を兵器と言ったお前が まるで人のように怒るのか ―
[ コア・バースト 発動 ]
この言葉に反応したかのように、サソリに肉薄したクロムが突如全身から強烈なエネルギーを放射し、大爆発を引き起こした。
クロムを中心地としてサソリの全身を覆い隠す程の爆発が起こり、クレーターの中に小さなクレーターと作り出す。
先程までとは違う色の閃光が周囲を埋め尽くし、その爆音が大気を揺るがした。
巻き上げられた土煙が波紋の様に広がっていき、近くにあった森の木々を薙ぎ払う。
その爆発の余波が引いた後、クロムが立っている場所を爆心地として、大きな熱量に晒された地面が所々赤く輝き、無数の煙の筋が立ち上っていた。
そしてそこには僅かに残されたサソリの残骸が、肉の焼ける臭いと黒い煙を立ち上らせなが散らばっている。
クロムは捕食されたとしても無傷で済ませられると確信していた。
全力で鋏を割り開いた後にそれを叩き潰し、バースト・ブロウの一撃で終わらせるのが最善だったと言える。
だがクロムは3式コアのエネルギーを使い、コアの破損を考えず、激昂したかのようにコア・バーストを発動させた。
戦略的には十分にあり得る攻撃方法ではあるが、クロムがこれを選ぶ理由も同時に無い。
このクロムに起こっている事を知っている者が見たら、クロムが何かを無理矢理振り払おうとしたように見えるだろう。
そしてそう見えた者が1人いる。
― 何とも情けない姿だな 歩いているのではなく、迷っているだけではないか ―
男の声がクロムの意識内に届く。
意識内に“コア・オーバーロード”の警告文が表示されていた。
「...お前は...」
[ 3式コア損傷率13% 再生可能範囲 エネルギー回路損傷 修復中 コア出力65+98 出力上昇中 リミッター作動 ]
[ 警告 3式コア オーバーロード リミッター最大作動 周辺融魔細胞の過活性を確認 ]
クロムが全身から未だ冷めやらぬ熱を大気中に放散し、その身体から赤と青の魔力を垂れ流しながらふら付く。
そして両腕をだらりと下に垂らし、前屈みで項垂れたような格好で静止した。
その背中からは右には燃える赤い翼を、左からは輝く青い翼を発生させているように見えた。
「...コルタナ...05...まだ足掻くつもりか...」
マグナ・ミラビリス中央制御室のメインモニターには、クロムの現在の状況がリアルタイムで更新されている。
突如、クロムとの通信に障害が発生し、彼の体内にて正体不明のエネルギー反応発生を確認出来ていた。
― オルヒューメよりクロムへ 状況の報告を 繰り返します 状況の報告を ―
オルヒューメがクロムに通信を飛ばすも、その反応は無い。
モニター内のクロムの身体表示には次々と警告を示す記号が浮かび上がっていた。
「っ!?首領!」
外部映像を映していたモニターを食い入る様に見ていたゼロツが、大声で叫ぶ。
映像にはクロムがサソリの両鋏に捕らえられる様子が確認出来、更に捕食されそうになっていた。
「オルヒューメ、我々も出るぞ!何かがおかしい!」
ゼロツがオルヒューメを見上げながら叫ぶと、脇に立て掛けていたヘヴィメイスを乱暴に掴むと制御室を出ようとする。
「待てゼロツ!状況とオルヒューメの判断を...うおっ!?」
ゼロスリーが焦りつつも冷静さを総動員して、ゼロツを引き留めようと叫んだその瞬間、クロムを捉えていたモニターが白く塗り潰された。
薄暗い制御室が、モニターから発せられた白い光で照らされる。
メインモニターのクロムの身体表示にひと際大きな警告の文字が浮かび上がり、コア・バースト発動による3式コアの損傷、そしてコアがオーバーロードによる制御不能状態にある事が告げられる。
「オルヒューメ!あの凄まじい攻撃は見た事があるぞ!あんな簡単に使って良い攻撃では無い筈だ!どうなっている!」
「オルヒューメ。我々に出撃の命令を出してくれ」
ゼロツとゼロスリーの言葉を受け取ったオルヒューメ。
まさかクロムが何の考えも無くコア・バーストを放つとは予想しておらず、それの使用が必要な場面では無かった筈。
そして事態は止まらず進む。
「ぐっ!?何だ!?首領の魔力に...」
「っ!この魔力は何だ...いや魔力の様な...」
クロムと魔力連鎖で強く繋がっている2体の部下が、3式コアから発せられた青い魔力の波動を感じ取り、異物感から来る息苦しさに顔を歪ませた。
この理解と予測が追いつかない状況に対し、更に追い打ちをかけるように防衛システムが報告を上げて来た。
― 報告 戦闘領域外縁部に敵性生命体の反応を確認 その数15 尚も反応増大中 ―
― 警告 蜘蛛型の進行を確認 目標予測 マグナ・ミラビリス ―
オルヒューメが防衛システムの情報を受け、クロムへの対処を思考しながらも並行して指令を下す。
― ゼロツ及びゼロスリーは出撃準備 準備完了次第直ちに出撃せよ マガタマA 戦闘起動 支援戦闘準備 ―
― ゼロツは蜘蛛型を迎撃 これを撃滅せよ その後に右翼の敵反応を続けて対処を命じる セロスリーはマガタマAと共に左翼に展開 クロムと距離を取りながら遊撃にて対処せよ ―
オルヒューメが敵性反応の分布や増加傾向から、戦力を即座に割り振ると作戦内容を伝えた。
「わかった!出るぞ!」
「了解した。この球っころは私に付いて来るのだな」
ゼロスリーの足元に転がって来たマガタマが、戦闘起動によって無数の単眼を輝かせている。
もう1つのマガタマBは出力調整と修復が間に合っておらず、オルヒューメは後ほど偵察任務で単独投入させるつもりでいた。
「オルヒューメ!首領の事を頼む!」
「頼んだぞ」
そう言い残して、2体と1個が制御室を飛び出していった。
制御室に残されたオルヒューメは、クロムに対し通信で呼びかける。
少なくとも3式コアの出力を抑えなければ、やがてコアの崩壊を招きかねない。
― オルヒューメよりクロムへ 直ちに3式コアの出力を下げて下さい クロム応答せよ 3式コアの損傷が拡大しています クロム応答せよ ―
すると、通信強度は低いがクロムからの通信が返って来る。
― 敵の増援を確認...これより戦闘を開始する...オルヒューメ、サポートしろ ―
― 危険です まず3式コアの出力を抑えて下さい 先程増援を送りました 一旦体勢を整えて下さい ―
― だめだ...出力はこのままで戦闘を行う。声が...聞こえなくなる ―
― 報告内容の意味が理解出来ません クロム 一旦体勢を整える為に一時撤退を ゼロツ及びゼロスリーが迎撃に向かいます ―
オルヒューメは先程のゼロツの魔力連鎖に関する言葉から、クロムの中で何か起こっていると確信している。
そしてその原因が、現在オーバーロードを起こし、こちらからの遠隔制御も受け付けない3式コアにある事も。
― 間違いなくクロムの中に何かが居る ―
クロムとのやり取りでオルヒューメは、彼が一向に命令に従おうとしない、どこか無理に何かを突き通そうとしているように感じていた。
オルヒューメは戦術管理能力を拡充させるという理由でクロムのこれまでの戦闘記録、そしてこの世界に降り立ってからの全記録を受け取っている。
そしてヒューメだった頃、クロムと対峙しその腕の中で眠りに付いた事も覚えていた。
その中でどうしてもオルヒューメが拭えなかった疑念。
一貫した意思の元でのこの世界を歩むクロムに潜む、危うい感覚。
目的を持ちながらも、その足元は酷く危うい崩れそうな道であり、その下には堕ちてしまえば二度と這い上がれない暗黒が満ちていた。
オルヒューメという存在になった今でも、クロムの居た世界の歴史、クロムの歴史を完全には理解しきれてはいない。
だが、トリスタンやコルタナ05の記録、そしてクロムの記憶領域から抽出した技術情報等の前の世界の記録から、そのクロムの過去の歩みが苛烈極まるものである事は理解していた。
生きる意思を奪われ、兵器として命令のままに敵を虐殺してきたクロムの軌跡。
この世界でただ生きる為に、その力を使いながら歩もうとするクロムの軌跡。
― クロム 貴方の眼にこの世界はどう見えているの? 生きたいって思える程に良い世界なの? ―
― クロム 貴方はその力で何を掴もうとしているの? ―
制御室の全てのモニターに、無数のプログラムが表示され急速に文字列を流していく。
オルヒューメのコアを包むガラスの円柱に、これまで比べ物にならない数の光の円環が浮かび上がり、高速で回転を開始した。
コアの輝きが強まり、赤い光が制御室を照らし出す。
― 戦術管理AIオルヒューメより全システムへ 戦闘管理システムを最大稼働 ―
― 防衛システム 管理者クロムの位置を算出 通信システムは通信強度最大にて待機 ―
― 試作型ブレイン・オーバーライド・システム 起動準備 出力最大 ―
― 目標 管理者クロム 3式コア停止及びシステム初期化信号の発信準備 ―
エネルギー状況がかなり厳しい事はオルヒューメにも分かっている。
だが、ここでクロムを損傷させ今後の計画を遅らせる訳にはいかないと判断した結果の戦術だった。
僅かでもエネルギーが残っていれば、補充の機会はいずれ確実に訪れるだろう。
だがクロムの損失だけは避けなければならない。
― 試作型ブレイン・オーバーライド・システム 起動準備中 エネルギー充填率65% ―
― マグナ・ミラビリス 電磁パルス放射準備 回路接続開始 ―
ミラビリスの艦内を走るエネルギーチューブが所々で赤熱し、艦橋頂上にあるパルス放射装置にエネルギーが集中し始める。
装置先端に蝋燭の火の様な紫色の光が生まれ、それはやがて稲妻を伴う閃光へと姿を変えた。
電磁パルスの影響で発生した高周波振動が老朽化した艦橋外壁を崩壊させ、赤熱したエネルギーチューブが剥き出しとなり、夜の闇に浮かぶ影の城塞に橙色の線を描く。
エネルギー充填率が上昇していく中で、オルヒューメが言葉を紡ぐ。
― クロムの邪魔をする者は消去する 跡形もなく消えなさい ―
オルヒューメに邪魔をするなと命令したクロムに対し、オルヒューメが彼の中にいる邪魔者を排除する為に、試作システムを放とうとしていた。
そしてクロムを想うオルヒューメ。
本来は命令絶対服従という思考回路が上位にある筈だった。
だが、ヒューメを基礎として作り上げられた自我が、クロムと出会った時の記憶がそれを覆す。
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