第135話 彷徨う怪物は何に震える
― デュアル・コア・システムの正常起動を確認 コア出力40+20 問題無し ―
― 5式コア最大出力設定80%+5 3式コア最大出力設定100%+5 ―
― 戦闘システム起動 クリスタライザーシステムをコア制御システムに連結 回路接続の問題無し ―
― 結晶エネルギーを抽出開始 魔素リジェネレータによる安定化を確認 ―
― エネルギー融合率89% 余剰魔力の排出を開始 ―
― 融魔細胞の活性化率76% エネルギー変換効率67、72、85 上昇中 ―
クロムは
夜の闇に赤い魔力の光がクロムの輪郭を浮かび上がらせ、朽ち果てた艦橋がさながら亡国の城のような影を作っている。
「やはり3式コアは最大出力でも5式の4割が限界か」
3式コアの出力の低さにクロムは少々不満げな言葉を口にするも、コアの並列運用において広がる戦術の幅は大きい。
特にアラガミ起動時には、かなりの効果を発揮すると予測している。
― 5式コアは最大80%に制限しています 融着魔力結晶とクリスタライザーシステムの検証を終えた後、リミッターを解放予定 ―
― クロム 各システム制御はこちらで問題ありませんか ―
「問題無い。戦闘システム及びアラガミの制御をこちらに回し、残りはオルヒューメの制御で行なう。こちらに合わせて追従しろ」
― 了解しました 制御システムをオルヒューメへ 戦闘システムの起動を確認 サポートします ―
― 報告 敵性生命体の接近を確認 その数5 サソリ型4 蜘蛛型1 ―
― 警告 周辺に無数の不明物体を確認 人型 その数不明 ―
「かまわん。来るなら潰す。必要に応じてゼロツとゼロスリー、マガタマを戦線に加えろ。戦術方針はそちらに任せる。ただし邪魔はするな」
― 了解しました ゼロツ及びゼロスリー 出撃準備 マガタマ 戦闘起動 ―
「戦闘開始」
クロムの単眼に魔力回路と通常エネルギー回路が入り混じった無数の線が走り、赤く禍々しい光を宿す。
全身から深紅の魔力を滲ませながら、脚部に力を込めるとそれを一気に解放。
クロムの黒い身体が弾丸の様に艦橋から飛び出した。
赤い光の尾を引きながら、冷たい夜風を斬り裂き、黒い騎士が夜を舞う。
空中で体勢を整えながらクロムは轟音と供に着地、その衝撃でひび割れた地面を更に抉りながら敵に向かって猛然と駆け出す。
[ コア出力35+30 クリスタライザーシステム正常稼働 魔素リジェネレータ 正常稼働 ]
オルヒューメが前世である“ヒューメ”の記憶の中にある血晶魔法と、クロムの魔素リジェネレータによる魔力運用データを参考に、試作したシステムがこのクリスタライザーシステムである。
オルヒューメがクロムから提供された融魔細胞を血晶魔法の理論を元に変質させ、それを融着魔力結晶に接続し、魔力を抽出する。
オルヒューメのコアに魔力回路が形成出来た事により生み出された、魔法理論と超科学技術が融合した全く新しい理論で構成されたシステムだった。
それに伴うコアの制御システムも一新されており、報告の形式や音声なども刷新と言う形でアップデートされていた。
クロムはまず一番近い位置、真正面にいるサソリ目掛けて跳躍し、小細工無しにその顔面部分に上方から拳をストレートで叩き込む。
アラガミを起動していない状態でも、単純に出力が上昇している為、その一撃でサソリの頭部装甲が完全に砕け散った。
[ コア出力45+35 ]
その衝撃で体液を撒き散らしながら地面でバウンドするサソリの背中に降り立ち、そのまま拳を上に掲げて、力を充填する。
弱点や装甲の隙間等の考慮は一切無しに、更に出力を上げた状態で拳を叩き込むクロム。
その一撃は背中の甲殻を砕くと、その勢いを装甲で緩和させる事も出来ずクロムの拳が体内にめり込んだ。
するとクロムの拳がサソリの体内で小さな爆発を発生させる。
[ インパクト・ナックル 作動問題無し ]
クロムは前腕部に装填されたコルタナ05の体内から回収した炸薬カートリッジを起爆させた。
ドムという鈍く湿った音が響き、サソリの胴体が爆発の圧力で一瞬鈍い光を透過させながら膨れ上がった。
傷口から様々な体液が逆流しクロムの身体を汚すも、全く気にする様子もなく小さく煙を発生させている拳を引き抜く。
そして暴れる事も出来ず、静かに痙攣するサソリの背を悠然と歩き、魔石のある位置の真上に立った。
[ コア出力50+40 融着魔力結晶の浸食 問題無し ]
クロムが出力を段階的に上げながら、右手を上方向に引き絞り融魔細胞の活性化を加速させる。
そしてクロムの黒く鋭い抜き手が、サソリの背部装甲を簡単に貫通し、その下にある筋肉繊維を斬り裂きながら深々と突き刺さった。
そしてその手が図体の割りに小さいと感じられる魔石を掴み取る。
しかし最期の抵抗とばかりに、屈みこんだクロムの背中にサソリの尾が襲い掛かって来た。
しかしそれも大きな金属音が響くだけで、クロムに攻撃を通す事は出来ない。
ギチギチと音を立てて軋ませながら、背腕アルキオナがサソリの尾の先端に巻き付きながら、それを拘束している。
[ 背腕アルキオナ 負荷上昇 ]
「やはり素材を見直す必要があるな。出力に素材が追いついていない」
そう呟くとクロムは掴んだ魔石ごとに肉を引き千切りながら、腕を強引に引き抜く。
サソリが一際大きく痙攣し、地面を揺らしながら斃れると、クロムは魔石をそのまま後方に投げ捨てた。
背腕アルキオナを展開したまま、クロムが次の標的を品定めする。
クロムの暴力的な戦闘行動を表わすかのように、アルキオナがうねりながら鉤爪を激しく動かして、威嚇音を発していた。
全身から湯気の様に赤い魔力を放出させる黒い騎士。
だがそれは真っ赤な単眼を爛々と輝かせ、背中から異形の触手を生やした黒い怪物にしか見えなかった。
「アラガミ5式起動準備 オルヒューメ、サポートしろ」
― 了解しました 5式コア結晶浸食防御プログラム起動 3式コア出力65% 回路全点接続 最大解放 ―
― クリスタライザーシステムのエネルギー抽出量最大 魔素リジェネレータによる魔力変換量を上昇 ―
― アラガミ5式の起動準備完了 システム解放率30%に制限 戦闘強化薬の使用を禁止 解放リミッター作動 ―
オルヒューメは、5式コアの出力上昇による魔力結晶の浸食を警戒しており、かなり安全マージンを取ったシステム運用を行った。
そして残量が限られている戦闘強化薬に頼らないシステム解放を目指し、とある段階でオルヒューメは全力でそれを模索している。
オルヒューメはシステム開発の為に受け取ったクロムの記憶情報の中に、コルタナ05との戦闘やトリスタンとの会話等の情報を見つけていた。
制御システムに身を任せ、死すら恐れぬ破滅的な戦闘を行うクロムの戦闘記録、そして自身の前任とも言えるトリスタンの存在。
オルヒューメの中にはトリスタンに対する対抗心があったのかも知れない。
AIの自我にそのような感情的な行動概念が存在しているのかは不明である。
だが、オルヒューメは戦術管理AIとして、トリスタンの存在を全力で否定していた。
“私が居る限り、もうあんな戦い方はさせない”
通信にもモニターにも乗らないオルヒューメのその意思が、僅かに自身の演算速度を上昇させた。
クロムはオルヒューメの選定したシステム管理に関して若干の不満はあれど、サポートとそのシステム権限をオルヒューメに渡したのは自分自身である事は自覚しており、それを口に出す事は無い。
「いくぞ。アラガミ5式起動 システム解放30%」
[ アラガミ5式 システム起動 コア出力65+65 融魔細胞活性化 魔素リジェネレータ最大稼働 ]
[ M・バーストブロウ 起動準備 両腕先端部に魔力回路接続 ]
[ M・エネルギーチャンバー チャージ開始 内圧上昇中 作動問題無し ]
クロムの視界に赤いノイズが走り始め、クロムは胸の奥底から沸き上がるエネルギーを熱と共に感じ取った。
既にこの段階で以前の5式コア単体運用の時の出力を超えており、デュアル・コアに加えてクリスタライザーのエネルギー供給も加わっている。
クロムの単眼が赤黒い光を発しながら輝き、内部組織と融魔細胞が潤沢なエネルギー供給を受けて歓喜の声を上げていた。
内部の急激な変化に対して感覚的な後れを取っているクロムは、全身を震わせながら前屈みでその身体をふらつかせる。
メキメキと補修したばかりの外骨格装甲が軋み、クロムの口から籠った呼吸音が溢れた。
新兵装の準備の為に融魔細胞が次々と変性し、その準備を完了させる。
[ M・バーストブロウ 作動完了 エネルギーチャージ95% ]
クロムは骸と化したサソリの背中の上で小刻みに身体を震わせながら、両手両足の鉤爪をサソリの装甲の淵に食い込ませた。
猛獣が獲物を前に低く屈むように、暴力的な気配を前面に押し出した臨戦態勢を取るクロム。
その全身を膨大なエネルギーが、捌け口を探して暴れまわっている。
先程の標的の見定めはまるで意味を成さず、クロムは真っ先に視界に入ったサソリに向かって低く跳躍した。
起点となったサソリの装甲がめくれ上がり、その巨体がクロムの勢いを支えきれずに後方へ吹き飛ばされる。
その突撃に反応が遅れたサソリが鋏を振り上げるも、クロムの速度には到底間に合わず、赤い流星と化したその黒い塊は一瞬で懐に潜り込んだ。
そしてその速度エネルギーを保持したまま、クロムが赤く輝く拳を叩き込む。
[ M・バーストブロウ 発動 ]
そのインパクトの瞬間、M・エネルギーチャンバーに充填された高圧の魔力が衝撃波となって拳から放たれ、赤い閃光が先端から迸った。
クロムを中心に大気が震える程の音が発生し、瞬間的に夜を真っ赤に染め上げる。
サソリの頭部装甲が粉微塵に砕かれ、その収束された高圧魔力の解放時に発生した衝撃波は、大きな魔力放射と波動を伴いながら一直線にサソリの胴体前方から後方まで魔石も巻き込む形で容易に貫通する。
その攻撃はサソリの胴体の装甲を内部から強烈な圧力で吹き飛ばし、向こう側の景色が見える程の貫通穴を作り出した。
サソリの脚部や尾がバラバラに千切れ飛び、衝撃波で押し出された内臓や内部組織が生々しい音を立ててサソリの後方にぶちまけられる。
オルヒューメが回収を望んでいる魔石は、既に塵と消えていた。
[ M・エネルギーチャンバー チャージ開始 作動問題無し ]
― オルヒューメよりクロムへ 戦闘データ収集中 警告 体内エネルギー量が想定を超えています 体内温度上昇中 ―
「次だ。準備しろ」
クロムはオルヒューメの警告を受けるも、それを“報告”として処理した上で次の視界に入った3匹目のサソリに向かって攻撃を開始した。
「エネルギーが有り余ってるなら、消費を増やせばいい」
そう呟いて、クロムは両腕に赤い輝きを纏い始める。
地面を両手両足で抉り取りながら、目を輝かせて次の獲物に突撃するクロム。
大型の敵が複数いたとしても、今のこのクロムの機動力に対応出来なければ、数の優位性は皆無だった。
そして接敵と同時に粉砕されるのであれば、連携を取らなければならない分、魔物側が不利まである。
クロムの突撃を巨大な鋏で受け止めようとするサソリに対して、クロムはその突撃の勢いのまま横方向に右拳を叩き付ける。
赤い閃光、そして轟音。
サソリの鋏はそのクロムの拳によって弾き飛ばされるのでは無く、無数の装甲の破片と肉片を撒き散らしながら吹き飛ばされた。
そしてそのままサソリの顔面前まで突き進むと、今度は左拳を横から殴りつけ、M・バーストブロウを発動させた。
夜の闇に包まれた
サソリは顔面と胴体の半分以上を魔石もろとも抉り飛ばされ、地面に血肉の痕を残しながら跳ね飛ばされていった。
[ M・エネルギーチャンバー チャージ開始 チャンバー回路損傷確認 内圧限界値低下 エネルギー充填量低下 ]
「連続使用はある程度のクールタイムが必要か。まぁいい、次だ。オルヒューメ、サポートしろ。コア出力75+60まで引き上げるぞ」
― 魔素リジェネレータ最大稼働 クリスタライザーの接続部に損傷を確認 融魔細胞の緊急転用にて対応 ―
― 体内魔力量78% 魔素量67% 供給変換バランスを修正 警告 体内エネルギー量が想定を超えています 体内温度が更に上昇中 ―
― 5式コア出力を75%から60%に落として下さい 戦闘強化薬の使用制限により急速再生を実行出来ません ―
「問題無い」
― 不許可です これ以上の損傷は許容範囲を超えています ―
明らかに現状の物資状況や周辺の環境、損傷の回復等を考えれば、オルヒューメの判断が絶対的に正しい。
それでも何故かクロムは食い下がる様に応答する。
「命令だ。システムを合わせろ。コア出力を...」
― 何を焦っている 無様だな スコロペンドラ いやクロムだったか ―
オルヒューメの進言を無視する形で命令を下そうとした時、クロムの意識に男の声が割り込んで来た。
― 少女の声すらも届かない まるで癇癪を起こしたガキだ ―
クロムはその声の主の正体に瞬時に気が付く。
感情制御プログラムを突き破る勢いで昂った感情に呼応する形で、クロムの身体から更に濃密な深紅の魔力が溢れ出た。
「お前は...」
クロムの口から唸り声と吐息、そして吐血と見間違う程に赤い魔力が吐き出された。
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