第134話 与える者の負う責任

 クロムは無数のエネルギーケーブルに繋がれ、制御室でオルヒューメに背を向けて座っていた。

 その前では有り合わせで構築した2個目のマガタマの作動テストが行われている。


 クロムの目の前でマガタマがマガタマを調整しているという奇妙な光景が繰り広げられ、その場に居合わせたゼロツとゼロスリーも、それを何とも言えない表情で見守っていた。


「俺の調整がある程度終わった段階で、一度ここを出て向かう所がある」


 クロムは意識内で無数のシステムにコアを弄られながら、部下の2体に告げる。


「では我々も...と言いたいところだが、人間の里には近づく事は難しそうだな」


 ゼロツがかなり使い込まれた形跡の残るヘヴィメイスを床に置きながら、悔しそうに言った。


「そうだな。その辺りの解決方法も考えてある。だが今お前達に優先してやって貰いたい事があるので、同行は許可出来ない」


「首領よ。我らが役に立てる事があると?」


 同行出来ない口惜しさを隠そうともしないゼロスリーは、クロムから与えられる任務の内容を酷く気にしている。


「ああ。俺がここに戻るまでの間、このオルヒューメの護衛を命ずる」


 クロムは親指を立てて、後ろに浮かんでいる赤いコアを指差した。

 2体は未だに正体が全く理解出来ないオルヒューメのコアを見上げながら、困惑した表情を浮かべている。


「これはまだ完全な状態では無い。だがこのまま休ませておく程、平和な世界でも無い。お前達は今後これと連携を取りながら戦闘を行って貰う」



 ― 識別名“ゼロツ”及び識別名“ゼロスリー” 私はこの艦の戦術管理AI“オルヒューメ” ―


 ― 管理者クロムの不在時は私がここの管理をさせて頂きます ですが私は未だ力を持たぬ脆弱な存在 2人の協力が必要です ―



 未だに慣れない存在感と発せられた少女の声に、反射的に身を強張らせる2体であったが、そこにクロムの言葉が続く。


「今後の戦いにはこのオルヒューメにも役に立って貰うつもりだ。まずはお前達にこのオルヒューメと戦闘等を通じて日々交流を重ねて貰う。まだこの存在に慣れていないようだからな」


 クロムはこの2体の持つ戸惑いに関しては、特に何も責めるつもりは無い。

 現状、彼らが生活しているこの領域自体がこの世界の常識から逸脱しており、目に入る物全てに理解が及ばない状態である。


 その中で戸惑うな、受け入れろと言うつもりはクロムには無かった。

 いずれにしてもオルヒューメとゼロツ、ゼロスリーは重要な戦力としてクロムによって運用される予定であり、その先の計画にも重要なファクターとして捉えられている。



 ― 今の私の力では貴方達の戦闘に関する補佐のみとなります いずれは魔力補給や身体修復、戦闘能力向上の為の補佐等、この艦の管理を含めて貢献させて頂きます よろしく ―



「う、うむ。宜しく頼む...オルヒューメとやら」


「りょ、了解した」


 彼らが赤く輝くオルヒューメのコアを見上げながら、精一杯の挨拶を交わした。



 ― 報告 艦に接近する敵性生命体を感知しました その数2 サソリ型及び蜘蛛型を確認 戦闘態勢 ―


 ― 防衛システムスタンバイ データ収集開始します ―



 制御室のモニターに外部端末から送られてきた映像が映し出され、オルヒューメが戦力分析を行い始めた。


「また凝りもせずにやって来たか。いくぞゼロスリー。速攻で潰して素材にしてやるぞ」


「そうだな。しかし奴らもしつこいな」


 ゼロツとゼロスリーが全身から魔力を放出し、戦闘の機会が訪れた事を喜んでいる。

 この環境下でも問題無く戦闘を行えるようになるまで成長を遂げた彼らは、既に単騎でサソリと戦える程にまで戦闘能力を向上させている。


 むしろそれぞれが装備している武器の損傷を気にし始めている頃だった。



 ― サソリ型及び蜘蛛型の魔石の回収をお願いします ―



 オルヒューメが早速、戦闘結果に注文を入れながら、メインモニターに現在把握しているサソリと蜘蛛のモデリングされた姿を映し出す。

 そこには魔石の正確な位置や、構造的な弱点等が詳しく表示されており、それを見たゼロツとゼロスリーが驚きの声を上げた。


「これがこのオルヒューメの力か...恐ろしいな。これでは丸裸ではないか」


「う、うむ。何という...我々も、もしかしたら既に...」


 自身を全て見透かされているのではと、焦りを覚える魔物達。



 ― ご心配なく 管理者クロムに敵対しないのであればその情報を使う事はないでしょう 今後、私の力であなた方は更なる強さを得る事になります ―


 ― 敵性生命体 尚も接近中 ゼロツ及びゼロスリーは直ちにこれを迎撃願います 出撃準備 ―



「わかった。行くぞゼロスリー」


「言われなくとも!」



 2体はオルヒューメの言葉に従い、それぞれの武器に魔力を充填しながら制御室を出て行く。

 クロムは彼らのこの順応の速さや、疑念を持ちつつもその思考回路を瞬時に切り替えられる対応力を大きく評価していた。

 だからこそ、クロムは彼らに更なる“改造”を加えたいと考えている。






 ― 融魔細胞と体内の魔力結晶のデータから新しいシステムを構築中 ただこれ以上の成果を出すにはエネルギーを抽出、変換する装置が必要 ―


 ― ゼロツ及びゼロスリー 交戦開始 戦闘記録収集を開始します ―



 オルヒューメがクロムに現在の各状況を、それぞれ同時進行で報告する。

 既にトリスタンやクロムが保有していた情報から、前の世界の科学技術の学習もそれなりに進んでいるオルヒューメ。


 ただ戦略管理AIの思考と演算を以てしても、オルヒューメの人格を形成している思考や記憶、知識はこの世界の物である為、情報と知識の統合にかなり苦戦していた。

 それでもオルヒューメは検証と思考を絶えず繰り返し、選ぶ言葉や語句も進歩している。


「状況によってそれぞれ口調を変えるのをやめろ。非効率的だ」


 オルヒューメはクロムの周辺状況によって口調を変えており、特にクロムと1対1で会話している時はかつての“ヒューメ”を明らかに模倣していた。

 これはクロムにとっては違和感でしかなく、今まで止めはしなかったが流石に苦言と言う形でオルヒューメに伝える。


 そしてオルヒューメから返って来た返事は、ただ一言。



 ― いや ―



「...お前は自分の立場を...いや、この問答自体が非効率的だ。せめて口調を統一しろ。このままだと違和感を通り越して不愉快になりかねん」


 クロムは即座にこの問答に見切りを付けて、妥協案を提示する。



 ― 今後はこのままで ―



「...好きにしろ。ただあの2体への考慮も忘れるな。面倒な事になり兼ねない」


 クロムは早々に話を切り上げて、現在クロムの意識内で行なわれているシステム構築と体内回路の最適化作業に眼を向けた。



 ― デュアル・コア・システムの構築 進捗率74% 魔力回路生成及び最適化作業 全身の69%まで進行 ―


 ― 5式コア制御システムの最適化完了 メイン・コア運用指定 制御システムの切り替えを開始 ―


 ― 3式コア制御システムの初期化を開始 制御システム再構築中 ―


 ― デュアル・コア・システムの起動シークエンスをスタンバイ ―



 クロムの体内には魔力結晶と融合した5式コア、そしてコルタナ05から抜き取った3式コアが共存している状態にあり、先日までは5式コアの運用を必要最低限に留めながら。3式コアをメイン・コアとして運用していた。


 しかしながら、3式コアはオルヒューメとの共有システムや、再構築した戦闘システムを含む各システムを全て起動出来る程の出力を有しておらず、またその演算能力に関しても、力不足が顕著に現れていたのだ。


 このデュアル・コア・システムは、それぞれのコアに独立した制御システムを搭載し連携させる事で、状況に応じて出力配分を調整、全開時においては従来よりも大きな出力を発生させる事に成功する。

 加えて片方の制御システムが使用不能になった場合において、予備としての運用も想定されていた。


 ただし5式コアを浸食している魔力結晶や、その浸食による大きな損傷が残っていたという背景もあり、コアの再生も含めてこのシステムの構築には、オルヒューメの助力が必要不可欠だった。


 そこでコアが浸食状態になる直接的な原因となったヒューメの記憶情報と、オルヒューメに統合された各知識を応用する事で、融着した魔力結晶と5式コアのエネルギー統合を試みていた。






 艦内のエネルギー供給を魔力結晶から抽出したエネルギーで賄う計画の延長線上、言い換えれば縮小モデルとしてクロムの身体が今、実験場となっている。


 少なくともコア出力の上昇による魔力結晶の浸食を抑える事が、目下の目標として掲げられ、クロムの融魔細胞とコアの情報を受け取ったオルヒューメが、様々な角度から検証を行っていた。


 その結果、クロムの持つ融魔細胞の魔素変換やエネルギー抽出のデータを応用する事により、結晶エネルギーとコア・エネルギーを統合運用するシステムの構築に成功。


 現在、彼の体内に限って言えばエネルギーの統合とデュアル・コア・システムによって、今までの問題の大半は解決されている。

 だがこのシステムを拡大し、艦内のエネルギー問題を解決する所までは至っていない。


 クロムの体内ではコアと融魔細胞、魔素リジェネレータによって、魔力や魔力結晶とエネルギー回路の接続が確立されているが、艦内となると話が違ってくる。

 魔力結晶からエネルギーを抽出する為の抽出装置と変換装置が必要だった。


 オルヒューメはエネルギー管理システムの最適化によって、省エネルギー運用を行っているがそれでもエネルギーの枯渇は避けられない。


 そこで緊急措置として、ある程度コアの復旧が完了したクロムが自分の身体を抽出装置と変換装置の代わりとして用いて、魔石や魔力結晶からエネルギーの補充を行っていた。

 オルヒューメがゼロツとゼロスリーに、魔石の回収を願い出た理由はこの為だ。


 そして次の段階では、クロムから抽出した融魔細胞を生け捕りにした魔物を使って培養し、増産する計画も浮上している。

 加えてその融魔細胞を捕らえた魔物に注入し浸食させ、生体改造を施した上で魔力結晶に生体ユニットとして接続し、エネルギーを抽出するシステムも構築中である。


 このシステムが実現すれば、改造を施され、生体ユニットにされた魔物達でこの艦内の1区画が埋め尽くされるだろう。

 そして魔力結晶に機械的に接続され、その肉体が崩壊するまで生体パーツとしてエネルギー抽出の為に働き続ける事になる。


 勿論、その対象が“人間”でも問題は無い。

 接続部品としての要求を満たすモノであれば、その“素材”に制限は無かった。






 ― ゼロツ及びゼロスリーが目標の撃破を完了 戦闘能力の向上を確認 ―



 オルヒューメが2体の戦闘記録を分析し、その動き等から戦闘能力の評価を行う。

 そしてこの情報をフィードバックし、戦闘シミュレーションによって最適化、それを彼らの次の戦闘に生かす。


 これもオルヒューメに与えられた重要な任務だった。

 クロムが互いに交流を持ち、会話する様に命令したのもこの為であり、通信やデータ接続が出来ない彼らとオルヒューメを繋ぐ唯一の方法だった。


 それに更なる進化を加える為、クロムの考える次の目標。


“この世界に存在する超科学技術の発見と回収”


 そして回収出来る可能性が高い場所は、考えるまでも無く他にも存在すると言われている星屑の残滓ステラ・プルナだった。

 何よりこの領域の他にも前の世界からの来訪者が存在している可能性が有る。


 ― 必要であれば完全に撃滅する ―


 また制圧後に使用可能な設備や武器その他、様々な遺物を回収し保管または破壊、もしくは運用する。

 少なくともこの世界の人間には扱えず、仮に扱えたとしても分不相応の技術であり、決して使わせてはならない神の力。


 この世界の人間がクロムに対抗し、彼を撃滅する事を可能にする力。


 そしてクロムやオルヒューメも含め、この世界に不必要なもの。



 ― クロム 私はどんな姿になろうとも貴方と存在する事を選ぶ だから勝手に1人で消えるなんて許さない ―



 クロムと接続ケーブルを介してシステム上で繋がっているオルヒューメが、彼の思考を情報として読み取り、言葉を投げ掛けた。



 ― 貴方には生きる責任がある 貴方は人を変え魔物を変え、そしてこれから世界を変える 消えて逃げるなんて許されない ―


 ― 私はもう貴方を 繋がってしまった もう後戻りは出来ない だからこそ私は貴方と共に征くと決めた ―


 ― 私は戦略管理AI搭載型自律制御ストラクチャーS13.ALT-HYME “オルヒューメ” これは貴方が与えた名前 そして私の存在証明 ―


 ― 私は貴方の意思のままに在り続ける ―



 そして一拍置いて音声では無く、オルヒューメの言葉がクロムの意識の中に直接伝達される。



 ― クロム 貴方は思うがままに進んだらいいの 道は私が造るから ―



 クロムはこの言葉に応えようとはしなかった。

 応える事が出来なかったと言った方が正しい。


 この世界において冒険者クロムとして、確固たる目的も無く、仮初の“人”として歩んで来た。


 行動の結果によって発生した責任。

 クロムは自身を兵器として認識し、クロムという人間を演じながら歩んで来た。


 兵器から人になったクロム。

 人から兵器となったオルヒューメ。


「責任を取る...か」


 戦争犯罪人として裁かれ、自分の意思を捨て去り、命じられるがままに行った殺戮の責任を負う形で、見知らぬ世界に飛ばされた改造強化人間がここにいる。

 そしていつの間にか自身の行動により、この世界でも責任を負う存在となっていた。


「オルヒューメ。現在行っている作業の完遂を最優先。後...余計な言葉で俺の思考の邪魔をするな」



 ― 了解しました 管理者クロム ―



 整備と調整を終えて、クロムの前に転がって来た2個のマガタマ。

 この会話の意味は理解していない。

 だがこの会話に通信を割り込ませ、作業完了の報告をする事もなかった。

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