第131話 その前進は想いのままに
大森林の中にある隠れ里。
今日も村人はそれぞれの役目を持って、狩りや家事等に従事している。
「ふぅ。そろそろお昼ですね。ピエリスを呼んで木の下でご飯にしましょう」
「はーい!これ編み終わるまで待っててー!」
小屋の外に出て陽光の下、大きな背伸びをする銀髪の少女ヒューメ。
中では新しい編み方を取り入れた組紐を編むレピが居た。
ヒューメはもう村にすっかり馴染み、マナー講座から始まり服飾や化粧等のお洒落を教えていたりと、忙しい日々を送っている。
当初は悪夢で夜も眠れぬ日々を過ごしていたが、ようやくその間隔も広まっていた。
森のそよ風がヒューメの頬を撫で、ここに来てから僅かに伸びた銀髪が桃色の反射を湛えながら揺れている。
少し薄くなりつつある赤い瞳が行き交う村人達の挨拶を捉え、ヒューメが笑顔でそれに応える。
独りでは無いと実感出来る大切な時間。
それでもふとした時に襲い掛かって来る冷たく寒い孤独感と罪悪感が、ヒューメの心を完全に晴らす事は無い。
「クロム様は今何処におられるのでしょうか?」
顔を上げて小さな口から零れた呟きが青空に吸い込まれていく。
あの時のクロムの温もりを未だその肌に記憶しているヒューメは、自らの足で進んで自分で掴み取れというクロムの言葉を、毎日の様に朝起きると唱えていた。
それを実現すれば、彼がここに帰って来ると信じながら、今日も彼女は前に進もうと足掻き続けている。
「ヒューメさまー!ご飯食べに行きましょー!」
いつの間にか支度を済ませ、サンドイッチの入ったバスケットを片手に小屋から出てきていたレピ。
「では、ピエリスを迎えに行ってご飯ですね。行きましょう」
「はーい」
2人は示し合わせた様に手を繋ぐと、他愛も無い会話をしながら歩き出す。
これもヒューメの幸せの時間。
村の端、森の入り口にほど近い広場からは、激しい剣戟が響き渡っている。
広場の中央で模擬戦を行っている2人、そして周囲にはそれを眺めながら声を上げる戦士達が思い思いの格好で観戦していた。
「セイッ!うらぁぁぁっ!」
「チィッ!この馬鹿力がっ!」
短いポニーテールを団子状に纏めた元女騎士がブロードソードを片手持ち、両手持ちを器用に切り替えつつ斬撃を見舞いながら、赤髪の偉丈夫を少しずつ追い込んでいる。
「頭ぁ!押されてますぜぇ!酒が抜けきってねぇんですかい!」
「うっせぇぞクソ共!」
周りの男達の野次に、ピエリスの剣を迎撃しているデハーニが青筋を立てながら怒鳴り返す。
「誰が馬鹿力だ!シィッ!」
「うおっ!このポンコツ騎士めが、クソ生意気な!」
ピエリスも負けじとデハーニの悪態に対して怒りの突きを繰り出した。
彼女もまたこの村に来て時間は掛かったものの、今や村の自警団の一員として日々訓練と魔物狩りに参加しており、村人との交流も積極的に行っている。
元より騎士になれる程の能力を有するピエリスもまた、魔物狩りで実戦経験を積み、ヒューメの従者として、村を守る戦力として日々成長していた。
「そこだ!でりゃぁぁっ!」
そんなピエリスが額に大粒の汗を浮かばせ、飛び散らせながら裂帛の気迫と共に剣を振り抜いた。
ガキィンという一際大きな剣戟が響くとデハーニの手から剣が飛び、回転しながら地面に突き刺さる。
「うぉぉぉぉ!やったじゃねぇかピエ嬢!おいみんな!今日は頭の奢りだぜぇ!」
「ひゃっほぅ!」
周囲の男達が一斉に声を上げてピエリスを祝福する。
ただその喜びの配分は酒のタダ飲みの方に軍配が上がっていた。
「はぁはぁはぁっ...ど、どうだ...デハーニ殿!」
肩で息をしながら大粒の汗を顎から滴らせるピエリスが、手の痺れに顔を歪ませているデハーニに問う。
「くそっ!今日は厄日だぜ!ポンコツに負かされて、アイツらに酒を奢る羽目になるとはなぁ!」
「はぁはぁ...デハーニ殿!この模擬戦に負ければ、私をちゃんと名で呼ぶという約束を忘れたとは言わせないぞ!」
ピエリスが息を整えながら人差し指をデハーニに突き付ける。
「そうだそうだ!お頭ぁ、そこはやっぱ男として約束は守らねぇとなぁ!」
「やかましいぃ!」
デハーニは更に青筋を太くして、囃し立てる男達に拳を振り上げた。
「ちくしょうめが...わーってるよ!今度からは名前で呼んでやる。はぁ全く...羨ましいぜその力が」
デハーニが恨み言を言いながら後頭部をガリガリと掻き、弾き飛ばされた訓練用の剣を拾いに行き鞘に納めていると、ピエリスの表情が目標を達成したにも関わらず曇っている事に気付く。
「何だよ、景気の悪い顔見せるんじゃねぇよ」
「...羨ましいと言うのか...私のこの力は今まで何の役にも立っていないのだぞ...」
ピエリスが勝利を味わう事を忘れ、自分の両掌を見つめながら悲し気に言葉を紡ぐ。
彼女は騎士として今までその人生を駆け抜けた末に、主のヒューメを護り切れなかった事を未だに悔いていた。
ヒューメと同様、今も尚、自分に巻き付けた自虐の鎖を自らの手で締め上げる。
そんなピエリスの言葉を聞いたデハーニが、愛剣の曲刀を腰に装着すると底冷えした声を彼女に向ける。
「てめぇ舐めてんのか...おいピエリス、もう一度だ。その腰の剣を抜きやがれ」
「えっ...い、いや、しかしこちらの剣は...何か気に障ったのであれば...うっ!」
いつもの飄々とした雰囲気では無く、間違いなく怒りに満ちた目でピエリスを見据えるデハーニ。
その怒気をまともに浴びたピエリスが慌てて謝罪をしようとするも、その言葉が途中で詰まる。
デハーニの茶色の瞳が怒りの感情による高ぶりで魔力を帯び、金色に近い色で仄かに輝いていた。
間違いなく先程のピエリスの言葉が、デハーニの怒髪天を衝いている。
「...構えろピエリス。二度言わせるんじゃねぇ。構えないのであればどうなっても知らねぇぞ」
「うぅ...ど、どうしたのだデハーニ殿...!」
ピエリスが青褪めながら腰の剣を震える手で抜き去った。
互いに構える剣は実際に日々魔物を斬り倒している本身の剣。
「おいおい、ブチギレてんぞ...まいったねこりゃ」
周囲の男の1人が、デハーニが発する気配を敏感に感じ取り、もしもの時に使えるようにと腰のポーチに入っているポーションの在庫を確認する。
「...気に入らねぇ。生まれ持ったその力を信じねぇで後悔で下を向いたまま地面を舐め...口を開けば暗ぇ事ばかりで現実を受け止めようともしねぇ」
デハーニが腰を落として剣の柄に手を被せながら、抜刀技の構えを取る。
その眼は野獣の様な殺気を隠す事も無く、黒い殺意と金色の輝きを漏らしていた。
― 下手するとピエリスが殺される ―
周囲の男達がどうデハーニを止めるか迷っている。
だが下手に止めると間違いなく血を見る事になる上に、あの状態のデハーニを止める事の出来る存在はこの村に今居ない。
「変われねぇならそのまま理想と後悔を抱いたまま死ね。あの世で好きなだけ俺と運命を恨みやがれ」
「す、すまないデハーニ殿!わ、わたしは...」
「...このド阿呆が」
― 抜刀式曲刀我流剣技
デハーニが小さく言葉を漏らした瞬間、その腕が掻き消える程の速度で腰の曲剣が抜き去られた。
金色に光る眼から細い一筋の魔力の帯が尾を引き、薄氷を彷彿とさせる研ぎ澄まされた殺気がピエリスに襲い掛かった。
空気を斬り裂く訳では無く、空気をすり抜けるようなその斬撃は寸分違わずピエリスの冷え切った首筋を標的にしている。
「う、あああぁぁぁ!!」
明確な死の気配が彼女の首筋に指を這わせ、それを感じたピエリスが本能的に身体強化を最大まで引き上げた。
叫び声を上げながらピエリスは首筋を護る様に剣を立てて、それを受け止めようと防御する。
― 死にたくない!まだ私は何も成していない!今ここで死んでしまったら! ―
ピエリスは死を直感した瞬間に、心の奥底にある騎士として、そして1人の人間として“生きたい”という想いを叫ぶ。
そして予感した死が連れて来た暗闇の奥に、銀髪の少女の姿を見た。
「ヒューメ様!」
ピエリスが両目を強く閉じながら護ると誓った主の名を呼び、全身を最大限に強化し能力を引き上げ、そのデハーニの抜刀技を受け止める。
キィィィィン...
デハーニの放った凄まじい速度の斬撃を受け止めたにも関わらず、そこに響いたのは冷たく澄み切った金属音だった。
その斬撃を受け止めたピエリスの剣の刀身にパキパキと霜が付着し、その範囲を広げていく。
ピエリスは首筋に走る冷気に、その細い身体を恐怖と共に震わせた。
怯え切った彼女の瞳をデハーニの金色の瞳が真っすぐに見つめている。
「...くそが...その力は何のためにあるのか考えろピエリス。いい加減にその寝ぼけた眼を覚ましやがれ」
デハーニが暖かい晴れた日にも関わらず、薄く白い息を吐きながら彼女に言葉を投げ付けると、尚も冷気を発する曲刀を鞘に戻し、背を向けて歩き去っていく。
「あ、あ...」
ピエリスは剣を防御した態勢のままで膝からへたり込んだ。
その首筋には赤い蚯蚓腫れのような一筋の線が刻まれ、防御しなければ間違いなく首が飛んでいた事を証明している。
そしてピエリスはその背を向けて歩き去るデハーニの腕が、あの時の様に傷付いている事に気が付く。
異形化したドミナスボアと戦った時と同じ、魔力回路が引き裂かれた傷。
凄まじい激痛を伴う、肉体の限界を超えた魔力を行使した代償。
「デハーニ殿...わ、私は、ああ...」
眼から大粒の涙を零しながら泣くピエリスを、周囲の男達は何処か悲し気な表情で見守っている。
周囲の人間もピエリスの想いは十分に分かっていた。
デハーニが先程の様にその身を削りながらこの村を護っているにも拘らず、その力に追いつけない自分達の不甲斐無さ。
彼に頼る事しか出来ない口惜しさを、目の前で泣くピエリスに重ねてしまう。
ピエリスを迎えに来たヒューメが驚きながら駆け寄ってくる。
男達はまだ幼さの残る主に抱きしめられて涙を流す従者を、様々な思いで見守るしかなかった。
エネルギーの節約で艦全体の運用を最低限度に落としている中、薄暗い制御室でクロムが空のコンテナに腰掛けていた。
彼が見上げるモニターには、2体の部下が外のクレーターでサソリの魔物と激闘を繰り広げている。
モニターにその戦いの様子をリアルタイムで映し出し、クロムは魔力連鎖で感じ取れる彼らの気配をその映像と合わせながら査定を行っていた。
その隣では、工作ユニットを装着したマガタマが、クロムの損傷した装甲を補修する為に細い腕から青い光を出しながら作業中である。
艦内で発見したコアの抜き取られたマガタマの残骸をかき集め、クロムの装甲と同じ素材で出来たその甲殻をマガタマが加工し、失った装甲の代替えとして再利用している。
過去にコルタナ05のコア等の修復に使われた残り物の寄せ集めである。
準備にかなりの時間を必要としたが、形状やフィッティングの調整の段階までこぎつける事に成功した。
肝心の戦闘強化薬に関しては、運良く薬剤保管庫が殆ど無傷のまま残されてはいたものの、それを保管する設備の電源が結晶に浸食され機能を停止している事が判明。
そこに保管されていたカートリッジ内の強化薬も使い物にならない程に腐り果てており、入手出来たのは別途放置されていた保管コンテナに極低温冷却措置で封入されていた、残量がバラバラの数本のみだった。
それでも合計すればカートリッジ4本程の量が入手出来た事で、当面の肉体維持や再生の目途が立っている。
「ようやくサソリ1体は撃破出来るようになったか。上出来と見ておくか」
クロムが部下の戦闘記録を見直しながら修復作業中の右手を動かして可動域や装甲の干渉具合を確認し、そのデータをマガタマに送信、再び修復作業を再開する。
ゼロツとゼロスリーは自らの意思でサソリとの戦闘を希望し、クロムの役に立つ強さを手に入れる為、ここ最近は毎日食らい付く様に戦っていた。
この魔素濃度の中、高所トレーニングの様に身体を慣らすと共に、着実にその戦闘能力と身体能力を成長させている。
「将来的には部隊の引率も視野に入れても良いかもな」
クロムは意識内で様々なシミュレーションを行いながら、補修中の右手を握り締める。
― 再構築中のメインフレームA13にサブフレーム区画46を接続開始 ―
― メインフレームアルゴリズム 指定領域からのデータ取得 再構築に対してサブフレーム区画24から56までをメインフレームC32へ ―
― 接続記憶領域のデータ抽出B5からC19まで指定 コア・アーキテクチャの制御指向を参照中 ―
― 記憶領域接続点を増設 メインフレームアルゴリズムをE2からH35まで最適化 コア・アーキテクチャと接続記憶領域の同期開始 ―
― 自我領域の制御プログラム 最適化率35% 再構築開始 ―
既に20日以上に渡って作業状況が絶えず音声出力で報告され続け、モニターには複雑な数式や文字列、グラフやモデリング画面が入れ代わり立ち代わりで流されては消えていく。
ガラスの円筒にも無数のプログラムが円環となって回転し、合体や分解を繰り返しながらその大きさを増していた。
その中で自我が消失し光を失った正八面体のコアがゆっくりと上下しながら浮かんでいる。
自我を失っているとはいえ、そのコアは未だ生きてシステムを統括し運用され続けていた。
メインモニターには、可視化モデリングされた赤い正十二面体が無数の数値を浮かばせながら回転し、制御室に響く作業報告に合わせて光点と接続回路が表示される。
― 戦略管理AIアルゴリズムシミュレーション準備完了 試験起動コード送信 ―
― メインフレームA7からG46を解放 サブフレーム区画21から67までを深度68で固定 回路接続 ―
― 試験起動コード取得 反応問題無し 第138起動試験開始 ―
― 戦略管理AIアルゴリズムシミュレーション メインフレーム イグニッション ―
ドンという重い音が制御室を揺らし、膨大なエネルギーが瞬間的にコアに流れ込み、接続されているエネルギーチューブがブルリと脈打つ。
白い煙が制御室の床を舐め、モニターには貴重なエネルギーの残量が目に見えてその数値を減らしていった。
そして円筒の中のコアが、赤い光と共に緩やかに覚醒する。
その深紅の光は吹けば消える程に弱々しい。
黒い騎士がそれを見つめる中、コアからジェット機のタービン音の様な音が発せられた。
― 戦略管理AIアルゴリズム 反応正常 起動成功しました ―
薄暗い制御室が赤い光で包まれ、その光はその起動を見守っていた黒い騎士の身体を照らし出す。
― お は よ う ―
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