第129話 その終わりを残滓と共に

 ― コマンダーとの通信回線接続 識別信号受信完了 戦術リンクプログラム構築 ―


 クロムはマガタマとの間に通信回線の新規作成を行い、同時にエネルギーチューブの物理接続によるエネルギーの充填を行っている。

 マガタマのコアにクロムから分け与えられたエネルギーが徐々に充填され、残量が43%まで回復した所で、クロムはチューブを取り外し作業を終了した。


「オーダー。この艦内のマッピングと損害状況の調査。コルタナシリーズの残骸及び戦闘強化薬の捜索」



 ― 了解 センサーユニット起動 各部作動問題無し 戦術リンクシステム オンライン ―



 必要なデータをマガタマに渡し、クロムが最初の指令を下すとマガタマがそれに即座に反応し行動準備に入る。

 ダンゴ蟲が球状態から歩行状態に移行するように、そのボディが僅かに割れた。


 そして半球状になると思いきや、僅かに空いたその隙間から蜘蛛の様な4本の多関節の脚が飛び出して来る。

 その脚が何度かバランスを確認するように、金属の足場でステップを踏むと台座となっていたコンテナから飛び降りる。


 球状ボディの各所に備え付けられた青い単眼から青い光線が放たれ、マガタマはスキャンのテストを始めた。

 球体の各所から青いスキャンレーザーが縦横無尽に放たれ、武器庫内の精密な形状データ等を収集していく。


 ゼロツとゼロスリーは、その砲金色ガンメタリックの球体下部から4本の脚が生えたその奇妙なマガタマの姿に、恐怖のものとは何か違う薄ら寒いものを感じてしまう。


「これは...何と言っていいのかわからん...」


「何と面妖な...」


 そして無数の青い単眼が周囲を確認する為にギョロギョロと動かされると、思わず身体を身構えさせてしまった。



 ― スキャンシステム正常作動 化学物質センサー及び熱感知センサー正常作動 制御システム通常モード 追加兵装の装着無し 作戦開始 ―



 マガタマはそう告げて、4本の脚を高速で動かしながら武器庫の外へ飛び出していった。

 クロムは構築したばかりのリンクを使い、遠隔にてマガタマより青を基調とした視覚映像を受け取ると、各種モニターの正常稼働を確認している。


 マガタマは通路内に散らばる無数の障害物を機敏に回避しながら、視覚情報を始めとして様々な情報を随時クロムに送信し続けていた。

 次々と埋まっていくクロムのマッピング情報。


 クロムが受信した高速移動中のマガタマ視覚情報内で、ターゲット・マーカーが目まぐるしく動いている。


「情報受信に問題無し。これで少しは時間を節約出来るだろう。一旦戻るぞ」


 クロムはあっけに取られて武器庫の出入り口を見つめている2体の部下に呼びかけ、歩を進めた。

 我に返った2体は慌ててその後を追う。





 汎用型自律思考侵略支援兵装“マガタマ”は、当初はクロムの様な改造強化戦闘兵の支援兵装として開発された兵器である。

 しかし実践投入後、それ以外の軍事作戦においても非常に高い戦果を挙げた為、それにより各状況において様々な派生型を産み出され、次々と戦線に送り込まれていった。


 そのエネルギー源は、製造コストが比較的安価で小型であり、初期改造強化で使われる2式コアを使用しており、それを演算能力を削る代わりに耐久性を極限まで突き詰め、チューンナップされたものである。


 ロールアウト時の基本兵装は索敵・探査ユニットと通信モジュールのみと非常に簡素なものであるが、飛行モジュールや各種武装、医療用モジュール、電子作戦兵装等、各部隊の運用方法や戦況に応じて現場で容易に換装出来る拡張性を有していた。


 また思考容量が少ないながらもコアによる自律制御システムを搭載している為、整備や修理以外の専属オペレーターを必要とせず、登録した責任者が命令を下せば、複雑な指示は無くとも状況に応じて相応の戦果を挙げた。


 そして甲殻はクロム等が装着している強化外骨格装甲の廉価版とも言える物となっており、本家に比べて硬度や防御力は劣るものの、加工が比較的容易でかつ生産性とコストパフォーマンスに優れている。

 廉価版とは言え、元があのクロムの装甲と同等の素材であるので、その頑強な球形のボディと相まって防御能力は総合的に本家を凌ぐ場面も多々あった。


 そして連邦軍に恐れられた理由として、主な攻撃手段がコア・バーストであるという事。

 クロムと同程度の防御力を有する直径40センチ程のこの球が、砲弾の様に敵陣深くまで飛来し、暴れ散らした後、問答無用でコア・バーストを炸裂させるという戦法によって、連邦軍は各地で壊滅的な被害を被った。


 加えてコアの耐久性を高めている事により、一度の自爆では大破せず、完全に機能を停止するまでに複数回のコア・バーストの使用が可能。

 そしてこのコア・バーストを小規模で指向性を持たせて発動させ、ブースターの様に連続的に使用する事で、マガタマの運動性能を飛躍的に上昇させ、通常では考えられない機動力を発揮する悪夢の兵器として恐れられた。


 コア・バースト噴射で敵陣の真っ只中を縦横無尽に跳ね回り、突然大爆発を複数回引き起こすこのマガタマが“殺戮団子マーダー・ピンボール”と呼ばれた所以である。


 クロムに至っては、過去に5式コアの規格外の演算性能を使って複数個のマガタマを同時統率運用した事もあった。

 クロムの完全制御下で偵察・強襲・攪乱・殲滅等それぞれの役目と兵装を持たされたマガタマ達が戦場を蹂躙し、最終的に敵重要基地施設内で複数個のマガタマによる同時コア・バースト攻撃という荒業も行っている。







 クロム達が制御室の隔壁前に到着すると同時に、彼らの動きを把握していたトリスタンが隔壁を解放した。



 ― 戻ってきたようだな 貴官から見て何か良さげな物資や今後の展望を見る事が出来たか? ―



「まだ調査途中ではあるが収穫はあった。は予備で置いていたようだな」



 ― それはこちらでも確認している 撃破されたコルタナ05に使う予定だったがもう不必要になった ―



 度重なる戦闘による損傷が見られたコルタナ05の代替えコアとして、保管中のマガタマの物を移植する計画も存在していた。

 実際の所、3式から2式コアへの換装は、容量の関係上戦闘データを全て引き継げない他、大幅な出力低下も引き起こされる為、余程の事が無い限り選択されるものでは無い。


 ただこのトリスタンとコルタナ05の状況が、その余程な事態だったという事だ。

 そのデメリットを許容しなければ戦力その物を失ってしまうとなれば、トリスタンの判断も決して間違っているとは言えなかった。


 そしてマガタマの甲殻や内部組織も、素材や構成物質がクロム達と同じであるという事もあり、損傷個所の修復にも利用出来る為、今艦内を走り回っているあのマガタマはかなり重要な物資だったと言える。


 クロムは無駄な会話をこれ以上続けるつもりは無いと言った口調で、おもむろにトリスタンに告げた。


「トリスタンに告ぐ。先程のお前の要求を承認する代わりに、こちらからも条件を提示する」


 クロムのこの言葉を受け取ったトリスタンのコアが僅かにその光を強めた。



 ― 条件を述べよ ―



「こちらが要求する条件は、戦略管理AIのメインフレーム構築アルゴリズム及び、戦術支援管理システムのコア・アーキテクチャの全情報の開示。そしてそのマスターデータの譲渡だ」


 クロムはトリスタンを構成している戦略管理AIの内部構造からその構築展開、そしてシステム構築の根幹部分の情報を要求した。

 それは第1級の国家機密情報であり、トリスタンを形作っている中枢の情報、言うなればトリスタンの全てである。


 クロムはこのままトリスタンを簡単に開放するつもりなど毛頭無く、消すのであれば最大限の恩恵を強奪という形になろうとも入手しようとしている。

 特にAI構築の根幹を司るメインフレームのアルゴリズムは確実に入手しておきたいとクロムは考えていた。


 ― 消えるのはトリスタンの個性だけで十分だ ―


 クロムは冷酷な思考の元、トリスタンの構成要素の全てを差し出せと要求しているのだ。



 ― なぜそれが必要なのかという質問には答えて貰えるのだろうか ―



 トリスタンがクロムに対する細やかな抵抗とばかりに質問を投げ掛けるも、彼の回答は端的かつ慈悲を感じさせない。


「俺はその問いに答える必要は無く、そして消える事を望むお前が知る必要も無い。さて答えを聞かせて貰う」


 クロムのこの底冷えするような気配を乗せた言葉に、部下の2体は魔力感知での感覚も相まって気温が下がった様な錯覚を覚える。

 そして暫くの間、制御室はモニターに各種プログラムの文字列が流れるだけの空間になった。


 トリスタンのコアは僅かに明滅した後、その輝きが強くなり、トリスタンが決断する。



 ― 了解した。貴官の要求を全て飲む ―


 ― 戦略管理AI及び管理支援システムのコアデータを複製開始 仮想領域に高速複製 ―


 ― 複製によるデータ欠損及び損傷無し アーカイブの領域確保 AI思考制御アルゴリズムの分離を開始 ―



 トリスタンが自身の複製を予め確保した仮想領域に構築し始める。

 そして自身の“個性”に関しては、構築前に完全にシステムから分離し、確実にその痕跡を残さぬように処理を施していた。



 ― 貴官に願う このマスターデータに関しては私の管理下の元で消去措置を頼みたい 複製は残しておく ―



 メインモニターにとある情報を映し出される。

 それはこの世界に辿り着いてから、今に至るまでのコルタナ05の全戦闘記録。

 トリスタンはこのデータを複製では無く、マスターデータを自身の所有権の元で手元に置いたまま、共に消去を願い出ていた。


「わかった。コルタナ05の全戦闘記録のマスターデータを所有権をトリスタンへ移譲。条件は完全複製データを残す事だ」



 ― 了解 感謝する ―



 コアと外部記憶媒体に残されていた膨大な数に及ぶコルタナ05の戦闘記録が、トリスタンによって吸い出され集積されていく。

 その戦闘記録は、コルタナ05のシステム修復履歴から戦闘中に交わした会話の音声記録に至るまで、彼に関するありとあらゆる情報だった。


 トリスタンがこの期に及んで複製データに何らかの細工をする可能性も残されていたが、どこかで疑念の線引きは必要だと考え、それを放置する判断をクロムは下す。


 ― システムによって構築されたAIであっても、1人で消える事に抵抗があるのか...流石にわからないな ―


 ― だがこれで後はテスト無しの検証になるかも知れないが、実験の足掛かりとしては十分な土台が出来上がる筈だ ―



 このトリスタンの願いを聞き届ければ、まずはこの領域の完全制圧という最優先目標が達成され、原初の奈落ウヌス・ウィリデは完全にクロムの管理下に置かれる事になる。


 テラ・ルーチェ王国が長年に渡り、多大な犠牲を払いながらも攻略しようとしていた星屑の残滓ステラ・プルナが、黒騎士クロムという個人の所有物になる。

 それにより事態が大きく動き出す事は、火を見るより明らかだった。


 仮に王国と全面戦争になった場合に備えて、クロム自身の修復も急ぐ必要があった。

 現在、艦内を走り回っているマガタマが情報を収集しているが、まだ戦闘強化薬等のクロムが望んでいる物資の発見には至っていない。

 ただまだ探査率が50%程であるので、望み自体はまだ捨てきれなかった。






 情報を集積し終わったトリスタンがメインモニターに自壊プログラムの作動を行う為のプロセスを表示させ、クロムの判断と実行を委ねていた。



 ― 貴官の要求通りの物は用意出来た 処理も完了している ―



「了解した。では再度管理者権限にて自壊プログラムの実行の是非を問う。戦略管理AI戦術支援管理システム 識別名“トリスタン”。自壊プログラムの作動を承認するか」



 ― 承認する ―



 トリスタンが間髪入れずに、そのクロムの問いに答えた。

 クロムはメインモニターの前に進み、モニター内の幾つかのシステム情報に触れ、自壊プログラムの作動に必要なプロセスを進行させていく。


 そして自壊プログラムの作動させる最終選択画面がモニター内を占領した。


「管理者権限により自壊プログラムを作動」


 クロムが自壊プログラムを作動させた瞬間、制御室のモニターが赤い警告文字で覆われ、各種警告文と共にカウントダウンが開始される。

 それと同時にトリスタンのコアが浮いているガラスの円柱の表面に、無数の文字列が次々と浮かび上がり、空白を埋めていく。



 ― 管理者権限により戦略管理AI戦術支援管理システム 識別名“トリスタン”の自壊プログラムが実行されました ―


 ― カウントダウン開始 残り7秒で作動中止の限界時間を突破 ―


 ― 自壊プログラムがAI自我領域に到達 防衛プログラムを完全無効化 浸食を開始します ―



 自壊プログラムの進行と共に、文字列が無意味な数字の羅列に分解されていき、そして消えていく。

 そしてトリスタンのコアにも同様に文字列が浮かび上がり、そして自壊プログラムによってそれらが喰われ、消化されていった。



 ― この世界で貴官はどこまで 歩き続けるのか 孤独の戦いに耐えられるのか ―


 ― 友軍の存在しない この世界で終わりの無い戦いを 足掻き苦しみ歩いていくといい ―



 最後にトリスタンはクロムに挑戦的とも取れる、途切れ途切れの台詞をメインモニターに映し出す。


「何も成す事無く、このまま無意味に消えていくお前の言葉などに価値は無い。ただ慈悲としてその最期は見届けてやる。コルタナ05の残滓を抱えたまま消えろ、トリスタン」


 クロムは感情を全く感じさせない口調で、緑の光を沈めていくトリスタンのコアを見上げていた。



 ― 未探査宙域 調査先遣隊より 艦隊 司令部へ 最終報告 任務 失敗 ―


 ― より コルタナ05へ 全作戦 終了 これ より 全部隊 本国 へ 帰還 す  る ―



 調査先遣隊を統率管理していたトリスタンの最期の通信は、全体では無くへの通信。

 最期まで自身の中の小さなを割り切れなかった兵士と、途方も無い大きさのを割り切り続けた管理者。


 

 ― 帰ろう ―



 トリスタンのコアが完全に光を失い、システムの一部が完全にシャットダウンする。


 しかし次の瞬間には、途方も無い時間を共に過ごしてきたトリスタンの事を完全に忘れた各システムが、何事も無かった様に動き出し、自身の役目を果たしていく。

 既にここにはトリスタンの存在を証明するものは残されていない。


「任務ご苦労」


 そんな労いの言葉を口にしたクロム。

 だが彼の中で“トリスタン”という存在は、記憶領域の一般データと同じ分類で既に処理が完了していた。

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