第128話 砲金色の兵器は冷たく眠る

 ― 私を消して欲しい ―


 トリスタンを始めとするAIによる自律制御システムは、自らの決断と実行による自壊システムの発動を制限されている。

 その例外が自爆による全システムと情報と共に自身も消去される場合と、全システムと情報を全て消去した上での自壊プログラムの作動である。


 しかしながらシステムと情報を残したまま、全権限をクロムに譲渡している事によりトリスタンは自壊プログラムを実行出来ずにいた。

 よって残す手段は、クロムの手によって行われる“処分”という選択肢のみだった。



 ― 貴官は先程、我々はこの世界に不必要な存在と言った。その通りだ。もはや私の自我の存在理由は失われている ―



 乗組員を全員失い、クロムの手によって最後のコルタナシリーズも喪失したトリスタン。

 既にこの艦の維持能力を失い、管理プログラムのと成り果てたトリスタンはクロムの手によって消去される事を望んでいた。


 クロム自身、この艦の管理におけるAIの必要性はさほど感じてはいない。

 事象における客観的意見や各状況から導き出した推論を、クロムの望んだ情報の捕捉として使う程度のものだった。


 トリスタンが消去を望むのであれば、クロムは迷わずに自壊プログラムの実行命令を下すだろう。

 だが、クロムは現段階での自壊は認めなかった。


「これからこの艦の物資状況等を調査する。お前の望みを叶えるかはその結果次第だ。今はその考えを捨て、この場の状況安定化に全力を尽くせ。お前の望みに関しては考慮しておく。だが今は保留だ」



 ― 了解した 艦内の設備関係のエネルギー供給を開始 エネルギー管理システムを起動 供給回路接続 ―



 クロムの言葉を受けて、艦内のエネルギー供給可能エリアが数十年ぶりの息を吹き返す。



 ― 艦に残されたエネルギー残量が少ない事は既に解っている筈だ もう長くは持たない ―



「わかっている。だがそれを維持管理するのが今のお前の役目だ。望みを叶えて欲しくば、その与えられた役目を果たせ。それと強化改造戦闘兵の整備設備の位置と損害状況を通信で送れ」


 そうトリスタンに言葉を投げ付けて、クロムは2体の部下を引き連れて制御室を出て行った。

 再び孤独の空間に残されたトリスタンは、次々と再起動を完了する各種システムの対応に追われながら、無数の演算を処理し始める。


 制御室に飛び交う無数の機器類の作動音。

 それらは長きに渡って停止していたこの部屋の時間を確実に進めていた。





「まずは一番近い武器保管庫と整備設備、そして化学薬剤製造設備か」


 クロムは破損したランプが落とす火花をその身に浴びながら、意識内で展開している艦内マップを確認していた。

 現状まず必要なのは、戦闘強化薬の補充とクロム自身の修復を行う設備の稼働状況、そして残存する武器弾薬の確認である。


 先程、トリスタンより情報が伝達され、コルタナシリーズを整備を行っていた設備の位置が判明していた。

 内部組織の再生は強化薬や体内エネルギーの消費にて行う事が可能であったが、大破した外骨格装甲は一部再生不可な状態まで追い込まれている。


 特にクロムの右腕の装甲は、コルタナ05の自爆攻撃により大きく損傷、または欠損している状態であり、まずこれを最優先で修復する必要がある。

 左腕の装甲に関しても、形こそ維持をしているが再生不可能な箇所も幾つかあり、装甲強度の回復を未だ見せていない。


 クロムの装甲は特殊な加工と設備を必要とする為、完全な形での復旧は難しく、使えるものは全て使うという方針を取らざるを得なかった。

 装甲が剥離し、内部構造とインナーアーマーが露出した腕を2体の部下が目にし、クロムが一先ずは人間の分類に辛うじて残っていると感じ、安堵の息を漏らしている。






 あのトリスタンを目の前にした時から、ゼロツとゼロスリーは殆ど言葉を発していない。

 目の前に突き付けられた現実に未だに意識が追いついていなかった。


 それでも主の後を追い、何とか現実を受け入れようと必死になっていた。


「まずは武器...?を探すのか?首領よ」


 ゼロツがやっとの事で、クロムとの通常の会話を始める切っ掛けを作る。


「そうだ。とは言ってもまともに残っているとは思えないがな。後は俺の身体の修復に使う素材や薬品...ポーションの様な物が見つかれば運が良い方だろう」


「主をここまで追い詰める存在とは...あれが神の兵士なのか」


 ゼロスリーがそう言いながら、クロムと相対していた黒い戦士の姿を思い浮かべていた。


「神の兵士であれ何であれ、最終的に俺の命には届かずに撃破された。それだけだ」


 クロムが感情を全く伴わない声で、コルタナ05の戦闘を振り返る。

 既に彼にとってコルタナ05は、自身の修復の為の“素材”に過ぎない。


 トリスタンと同じ様に存在理由を失いながらも、最期まで何かにしがみ付く様に戦いを挑んで来たコルタナ05の姿をクロムは戦闘記録から抽出する。

 ただそれはコルタナ05の勇姿を思い出す訳では無く、彼の身体に残された装甲をどのように流用するか、何処の装甲を剥ぎ取ればいいかという“解体処理”を検討する為だった。






 制御室から一番近くにある武器保管庫に辿り着いたクロム。


 近くには船体が埋没している為、機能を果たせない巨大な船体側面ハッチの作動装置がその存在感を主張していた。

 外部から大きな圧力が掛かった事による歪みがハッチの隔壁に残っている。


 保管庫はその内部で大小様々な武器類を整備組み立て、そして配備を行う為に、船体中央付近に大きな空間で存在していた。

 またクロムが先の戦闘で受け取った支援コンテナの射出等も行う為、船体上部へと繋がるカタパルトも配置図内に描かれている。


 艦内の電源系統が復旧している事もあり、隔壁開閉用の端末にはオンラインを示す緑のランプが点灯していた。

 そしてクロムが端末に触れ、認証コードを送信すると重々しい作動音が響き渡り、出力を失いつつある電動機によってゆっくりと隔壁が開かれていく。


 各所で固着が見られ、金属の軋み音や人間であれば耳を覆いたくなるような甲高い異音が発生し、いかに長期に渡って閉じたままで放置されていたか、容易に想像が出来た。

 隔壁が作り出した隙間から、古く劣化した空気が、機械油や薬剤の臭いを乗せた冷たい風となって噴出し、その人工的な臭いに慣れていないゼロツとゼロスリーが思わず顔を顰めている。


 彼らからすれば、嗅ぎ慣れた血肉死肉の臭いの方がマシと思える程だった。


 すると軍用車両が1台何とか通れる隙間を開けた所で、重苦しい衝撃音と共に隔壁の動きが鈍くなり、それを動かしていた機械が大きな悲鳴を上げて緊急停止する。

 隔壁の端末にエラーを示す赤いランプが点灯し、開閉不可能という文字が表示された。


「通れるなら問題無いだろう。行くぞ」


 クロムは大半の照明が老朽化で役目を果たせていない武器庫へ歩を進め、部下達は鼻を抑えながら後に続く。

 武器庫の中は無数の破損した砲身やエネルギーチャンバー、軍用車両のエンジン等、劣化と錆で原形を留めていない廃棄物に等しい部品等が散乱しており、どれも埃が層を成して堆積していた。





 明らかに使い回しであろう兵器のパーツが天井クレーンで吊るされ、組み立て途中の2連装プラズマキャノンが整備台に鎮座している。

 それに仮接続されているエネルギーパックからは無数の魔力結晶が錆のように全体に付着していた。


 他にも分解され整備途中の歩兵用突撃銃や軍用車両に搭載する多連装ランチャー、他には多砲身型レーザー機関砲等も奥には見えている。

 だがどれも再利用するのは困難な状態まで劣化しており、整備して射撃する為に必要なエネルギーパックも既に枯渇していた。


 ただ未使用の実弾兵器の弾薬等はケースに密封状態で放置されている物もあり、劣化していなければコルタナ05が使用していた炸薬式インパクトナックルの補充が可能だった。

 まず全体を把握して言える事は、クロムが兵装として現状のまま装着可能な武器は殆ど存在せず、そしてエネルギーパック他、動力源に関係する機器類や装備品には漏れなく無数の魔力結晶が付着し、そのエネルギーは完全に失われている。


「あ、主よ...ここにあるのは全て神の世界の武具なのか...?」


 使用用途がまるで理解は出来ないが、その外観から発せられる異様な雰囲気を察知したゼロスリーが眼を見開きながらクロムに尋ねる。


「そうだ。仮に動かせればどれも魔物や人間を数百は容易に蹂躙出来る程度には威力があるだろうな。向こうの大きな物であれば街1つ消せるだろう」


 クロムが平然と常軌を逸した現実をゼロスリーに叩き込む。

“神に戦いを挑む”という強者が発する言葉が、これほどまでに滑稽に感じた事が無い。


 少なくとも先程の戦いでクロムが使用したワルキューレ・ロアですら、彼らにとって神の雷とも思える程の威力があった。

 使用されれば、もはや戦いにもならない圧倒的な破壊の力の一端が、この空間内に無数に散乱し、放置されていた。





 失っていた言葉を更に失う2体を放置して、クロムが武器庫内を歩き回る。

 無数の空コンテナが積み上げられ、カタパルトの前に放置されていた。


 そしてその場所から僅かに離れた場所には、劣化した輸送コンテナや軍用物資の集積ボックスが無数に積み上げられている。

 その中で電源が通じている端末が装着された未開封のコンテナを発見したクロム。


 それは射出コンテナでは無く、輸送コンテナであり外部電源のコードが接続され、厳重に封印措置が施されていた。

 ただし内部電源のエネルギーは枯渇寸前で赤く点滅しており、劣化した小さな端末の表示抜けが発生している画面に“極低温封印中”という表示が浮かんでいる。


 コンテナの合わせ面に僅かな魔力結晶が付着しているが、端末の内部状況モニターは問題の無い数値を示していた。


「まさかこれが未使用で保管されているとは驚いたな。これを使わずに放置したままとは...何故だ?...ああ、なるほど。予備として使う為か」


 クロムは既にこの中に収納されている物の正体を、コンテナに書かれている識別番号から把握していた。

 そして何故ここに未使用のまま放置されていたのかも、ある程度の予想が出来ている。


 もし仮に破損した状態であっても、この武器庫内にまだ他にもこれと同じ物が放置されているのであれば、自身の修復の段取りが大いに加速するとクロムは考えた。


「鹵獲した物か、それともコピー生産品か...いずれにしても稼働するのであれば素晴らしい収穫になるかも知れん。これをあちらに運んでくれ」


 クロムはコンテナに装着されていた外部電源のコードを取り外し、ゼロツとゼロスリーを使って武器庫内で一番広く、照明が当たっている場所にコンテナを移動させた。

 コンテナを置き、2体を下がらせた後、クロムは跪いて端末に管理権限移譲に伴い与えられた解除コードを入力する。


 システムロック解除の表示がされ、コンテナ内の開封準備プロセスが実行された。


 すると、コンテナの各所に装着されていたロックボルトが次々を飛び出し、合わせ面から内部に充填されていた冷却液が白い蒸気となって噴き出した。

 そしてモーターの駆動音が聞こえ、蓋が開く。

 極低温にて保存されていた事により内部にはまだ白いモヤが充満している為、中身の正体を明確には視認出来ない。


 それでもクロムは躊躇無く黒い手を白く凍らせながら、中身の物体を慎重に取り出した。

 その白い霜を付着させた、砲金色ガンメタリックの金属光沢を放つ球状の物体は地球上の生物で例えるならば、丸まったダンゴ蟲を彷彿とさせる外観である。


 それを近くにあった空の小さなコンテナボックスを台座代わりとしてその上に置くと、再びコンテナの中に手を入れ、未だ凍り付いたままの起動プラグを取り出した。


 「首領...それは何だ?」


 「黙って見ていろ。後で説明してやる」


 ゼロツが得体の知れない物体を取り出したクロムに恐る恐る質問するも、クロムはそれを端的に受け流す。


 クロムが真新しい金属光沢を放つ球状の物体の表面を、文字を書く様になぞると機械音が響き、甲殻の一部がスライドし開いた。

 驚いて身構えるゼロツとゼロスリーを放置して、クロムは起動プラグを差し込みそのまま押し込む。


 すると僅かに衝撃を伴った音が響き、その内部が青く光始め、球状の物体が問題無く眼を覚ました事がわかった。

 すると小気味良い作動音と共に開いていた甲殻が閉じ、男性の電子音声が静かな倉庫内に響き渡る。



 ― 制御システム起動 プラグ正常位置に固定 コアの正常起動を確認 システムノーマル オートマチック制御 ―


 ― 警告 エネルギー充填率14% エネルギー補充を求む ―


 ― 認証プロセスを開始 コマンダー登録 入力待機中 ―



 甲殻の隙間から青いコアの光が細く透過し、脈動するように光が流れている。

 クロムはコマンダー登録を待つその物体に、手首から突出させた金属棒を接続ポートに差し込んで、識別コードを送信した。



 ― コマンダー登録完了 識別名クロム ―


 ― 汎用型自律思考侵略支援兵装“マガタマ” 起動完了 命令をコマンダー ―



 帝国軍の改造強化戦闘兵と共に開発され、戦場で連邦軍を恐怖の沼に陥れた自律兵器が眼を覚ます。


“見た目と殺意は無関係”

“1匹見れば100人死ぬと思え”

殺戮団子マーダー・ピンボール


 これらの言葉は、連邦軍がこの丸い自律兵器に対して残した言葉である。

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