第125話 折れた剣が護りたかったもの
― 防衛システム 大型敵性生命体の接近を検知 トリスタンへ起動信号送信中 ―
この艦の主が眠りに付いている間、必要最小限のエネルギー消費で稼働を続けている防衛システムが防衛索敵範囲内に敵を検知した。
起動信号を受信し、長きに渡って暗闇に包まれていた中央戦闘制御室に文明の明かりが次々と灯っていく。
その光が舞い散る埃を白く浮かび上がらせる。
― 戦術支援システム“トリスタン” システム起動中 人員ロスト 主電源ロスト 補助エネルギー残量12% ―
― 核融合エネルギー反応炉 システム復旧見込み無し 超電導コイル脱落 復旧不可能 ―
― エネルギー供給回路 寸断箇所拡大 セクションA13からB34 電源ロスト ―
― セクションC23からD43 船体耐久限界を突破 崩落による通路寸断 復旧見込み無し―
見通しの悪い報告とエラーと大量に受け取りながら、円柱が緑色に輝き、無数の文字列が円環となってその周囲を高速で回転する。
耐用年数を大幅に超えているエネルギーチューブが何本か眩い閃光を発し、白い煙が立ち上っていた。
― 戦術支援管理システム“トリスタン”の起動を確認 管理権限を委譲 ―
― 戦闘ユニット“コルタナ”の出撃準備 起動コード送信 受信を確認 コルタナ覚醒 ―
― 目標増速 更に接近中 艦内警報発令 非戦闘員は直ちに避難区画に退避せよ ―
この防衛システムが発令する艦内警報が意味を成さなくなってから、どれだけの年月が経過しただろうか。
既にこの艦内に避難させるべき生命反応は一切無く、トリスタンが目覚める度に濃くなっていく艦内魔素濃度。
連邦軍航宙戦闘艦サベージルーラ級強襲揚陸艦1番艦 “マグナ・ミラビリス”
その艦の全権を預かっている戦術支援管理システム“トリスタン”は、起動コードを受け取り覚醒したコルタナ05の生体モニターを参照しながら、残り何回起動が可能か計算を行っていた。
そして既に膨大に詰み上がった戦闘記録の一番上に、今回の戦闘状況をリアルタイムで記録していく。
手足の様に動かしていた12体居たコルタナシリーズは、コルタナ05の1体のみ。
彼の身体に装着されている装甲も、戦闘不能となり機能を停止したコルタナシリーズのパーツを寄せ集めてその身体を維持している。
― 戦闘ユニット コルタナ05の出撃準備完了 追加兵装適合無し ―
トリスタンに残された最後の手足が出撃準備を終え、戦闘準備に入っていた。
有り合わせで用意していた武器も、もうその殆どが修復不可の段階まで来ており、残った武装もコルタナ05が運用するには無理がある大出力兵器のみ。
― こちらコルタナ05 作戦内容を受信 目標は敵性大型生命体 これより作戦行動を開始する ―
― トリスタンよりコルタナ05へ 本作戦における援軍は期待出来ない 単独行動を以って敵性生命体を撃滅せよ ―
― 了解した ―
― 戦闘継続が困難と判断した場合 直ちに撤退し体勢を立て直した後 再出撃を命じる ―
トリスタンの指令に対して一呼吸置き、コルタナ05から返答が返って来た。
― 残された援軍はお前だけだ“ミラビリス”。今もこれからも。コルタナ05これより出撃する。戦闘支援を頼む。いつも通りに ―
― コルタナ05へ その識別名は現在認識されていない 正式な識別名を使用せよ ―
このやり取りも戦闘記録に毎回残されており、その結果はいつも同じであるがトリスタンもそれを承知で叱責の通信を飛ばす。
艦名にも付けられた“ミラビリス”という名は、アーサー連邦軍の総司令官の娘の名前を取ったものだとデータベースには記載されている。
トリスタンは上位権限により、その呼称を強制的にやめさせる事も出来た。
だが、今に至るまでその件で上位指令を発した事は無い。
このような事に対し上位命令を下す事を非効率と判断したのか、今となればその判断基準も不明であった。
トリスタンが管理するこの強襲揚陸艦は、人類初の次元航行システムを実装した航宙戦闘艦である。
建造中であった最新鋭の強襲揚陸艦を建造途中で大幅に改装し、人々の期待の眼差しを一身に受けロールアウトした1番艦。
その最上位管理者として搭載されたトリスタンの名前の由来は、その矢を放てば必ず当たると伝説を残す弓“フェイルノート”を持つ円卓の騎士“トリスタン”に由来していた。
そして次元の彼方に放たれたその矢は、伝説の通りにこの異世界に突き刺さる事になる。
円卓の騎士トリスタンが装備していたもう1つの武器。
剣先の折れた剣“コルタナ”。
戦況モニターに映し出されたその剣が今、接近してきた敵と交戦を開始した。
何故かコルタナ05は、トリスタンの識別名を艦名であるミラビリスと呼称して、それをどれだけ否定しようとも頑なに直そうとしない。
トリスタンもまたその理由を問いただそうとはせず、そのまま途方も無い年月が経過していった。
この艦とトリスタン、そしてコルタナ05と数百名の乗組員達がこの世界に辿り着いた後、この艦を襲った異常事態。
原因不明の症状に襲われ、次々と倒れていく乗組員。
絶え間なく襲い掛かって来る未知の敵性生命体。
繰り返される無数の苛烈極まる攻撃に晒されながら防衛するも、徐々に傷付き劣化していく船体。
次第にその船体は正体不明の結晶に浸食され、戦闘で抉られひび割れた大地に沈んでいく。
耐久年数はどれも十分に有った筈だった。
ただあの謎の結晶体が全ての計算を狂わせた。
そして遂には、この艦の命とも言うべき核融合エネルギー反応炉も経年劣化と未知の結晶による浸食により作動が困難となり、運用の継続が限りなく不可能に近くなった。
未知の世界に辿り着いたトリスタンは作戦通り、艦隊司令部に向けて次元通信システムにて、現在の座標を送る。
その間、定期的に迫りくる無数の敵を撃退しながら、来るべき後続の為に橋頭堡を確保すべく、周辺環境の調査や偵察任務、敵対勢力の撃退の為の作戦を立案し、実行に移した。
しかしこちらに到着した際、この艦も無傷では済まされず、思うように火力支援が発揮されなかった。
徒に周囲の環境を破壊するだけで、作戦が思うように進行しない状況が続く。
偵察任務や防衛任務の度に、攻守の要であるコルタナシリーズが物資不足の中で磨り潰されるようにその数を減らしていった。
その中でトリスタンはあらゆる作戦を立案し、シミュレーションを行い、そして実行に移す。
この地獄のような戦況を打破すべく、ありとあらゆる手段を以ってトリスタンは足掻き続けた。
その数多くの作戦で常に最前線に立ち続けたのが、コルタナ05である。
仲間の亡骸から使えるパーツを取り外して自らを修復しながら、幾度と無く戦線に復帰した。
船体の損傷個所に群がる敵生命体を幾度と無く撃退し、トリスタンに報告を繰り返す。
帰るべき故郷は遥か次元の彼方にあり、護るべきものも徐々にその数減らし、全てが疲弊していく。
それでもコルタナ05はトリスタンの作戦を、従順な手足として実行し続けた。
敵を撃滅する度に周辺に次々と紫色の結晶が乱立していく。
そして上昇し続ける魔素濃度は、更なる被害をもたらすという負の連鎖が続いて行った。
トリスタンが立案、実行する作戦が既にその意義を失いつつある事はコルタナ05も解っていた。
次々と命が失われ、物資が消え、帰るべき故郷となった拠り所である艦が朽ちて行く。
それでもコルタナ05は最後の1人になろうとも、トリスタンの命令を忠実に実行し、過酷な戦闘を繰り返した。
その過程で修復不可能なまでの損傷したコアを、先に逝った戦友から抜き取った予備に何度も換装した。
コアの交換によるシステムやデータの書き換えの度に、老朽化が進む機器類の影響でシステムエラーが発生し、彼の保有している記憶を含めた情報が一部消えていく。
それでもコルタナ05にとって戦う意義、存在意義を与え続ける第2の故郷、強襲揚陸艦“マグナ・ミラビリス”と戦術支援管理システム“トリスタン”の情報が消える事は無かった。
彼が命を賭してでも守り抜くべき物。
コルタナ05はたった1人で“トリスタン”を、そしてそのトリスタンが統治する領土“マグナ・ミラビリス”を護る騎士として傷付きながらも戦い続ける。
そしていつしか彼の意識の中で戦術支援管理システム“トリスタン”は、コルタナ05が仕える領主“トリスタン・マグナ・ミラビリス”として生まれ変わっていた。
ただそれは未来を切り開く為のものでは無く、今を護る為だけのものであり、暗闇に包まれた未来を見続けたコルタナ05の自我は次第に脆くなり、削り取られていく。
防衛システムが、サソリと戦闘を続けるコルタナ05の近くに出現した3つの存在を探知した。
― コルタナ05 侵入者と思われる新たな反応を確認 戦闘を中断し一時撤退せよ 繰り返す コルタナ05 一時撤退せよ ―
トリスタンはコルタナの状況を逐次モニタリングしており、その損傷具合から戦闘継続は困難と判断し、即座に一時撤退の指令を出す。
そして防衛システムより上がって来た新たな反応のデータを精査し始める。
― 外観によるデータベース参照結果 帝国軍アラガミシステム搭載型強化改造戦闘兵と酷似 ―
― 警告 コルタナ05損傷率32% 現状況でのアラガミシステム搭載型との交戦 コルタナ05の勝率1.2% 要兵装支援 ―
― 兵装支援火器選択 改造型大口径電磁加速艦載砲 ワルキューレ・ロア ―
― 射出コンテナ準備 警告 当該火器は未調整 エネルギー回路損傷 安全装置無し ―
― 使用時のコルタナ05の損傷拡大60%を超過と予測 ―
トリスタンはこの状況を打破すべく用意した作戦内容の羅列し、コルタナ05の支援準備に入る。
一時撤退が完了すれば、艦内でコルタナ05の換装を行い戦闘に復帰させる予定であった。
もし不可能な場合は、支援コンテナにワルキューレ・ロアを搭載し射出する必要があるが、その搭載準備に時間を要する事になる。
しかし、この状況下でまたしてもトリスタンの予想を裏切る事態が引き起こされる。
コルタナ05が自身のコアの損傷を顧みず、サソリに対してコア・バーストを使用したのだ。
トリスタンはコルタナ05が最後の手足であり、決して失ってはいけない戦力である事を十二分に理解していた。
― コルタナ05 通信障害が発生 戦闘継続中 コア損傷拡大 ―
― トリスタンよりコルタナ05へ 重大な損傷を確認 直ちに戦闘を中止し撤退せよ 繰り返す 直ちに戦闘を中止し撤退せよ コルタナ05 応答せよ ―
信号強度を強めた事により、かなりのノイズが混ざっているようだが、確実にコルタナ05に信号が届いたのを確認するトリスタン。
だが、いつもであれば即座に返って来るコルタナ05の応答が無い。
そしてトリスタンの作戦を無視する形で、コルタナ05とクロムの戦闘の火蓋が切って落とされた。
― コルタナ05 直ちに戦闘を中止し撤退せよ 繰り返す 直ちに戦闘を中止し撤退せよ コルタナ05 応答せよ ―
上位権限での命令発動も何度か行ったが、その性質から通常の指令よりも厳格に送信される必要があり、通信障害で不完全な送信となった場合、その効力を発揮しない。
トリスタンは繰り返し同じ文面の警告を送信するも、返って来るのはコルタナ05の通信では無く、凄まじい勢いで通達される彼の損害報告だった。
モニター内に表示されるコルタナ05の各部位が、次々と赤い警告色で染まっていく。
クロムに吹き飛ばされ、滅多打ちにされているコルタナ05。
トリスタンが受信している彼の損傷個所の表示にすら激しいノイズが走り始め、各部の損傷率の数値が跳ね上がっていく。
やがてその損傷拡大が生命維持に影響を及ぼすラインまで到達した。
用意した追加兵装の射出準備を急がせるも、あの戦闘の最中に火器を装着し、使用出来る可能性は皆無であり、撤退はそれよりも絶望的な状況である。
トリスタンに残された最後の手足が、磨り潰されていく。
トリスタンが無数に用意している作戦の殆どが、コルタナ05の存在無しでは実行すら不可能である。
コルタナ05の終わりは、トリスタンの終わりでもあった。
そんな中でトリスタンは、突然激しいノイズの混じったコルタナ05の通信を受信した。
トリスタンは即座にコルタナ05に通信を試みる。
― コルタナ05 応答せよ 繰り返す コルタナ05 応答せよ ―
― ザザッ...ミラビリス...艦内戦闘の...ガザザッ...準備を...しろ...管理システム...ザッ...隔離...お前の存続を...最優先...ガザッ ―
― コルタナ05 応答せよ 繰り返す コルタナ05 応答せよ ―
繰り返し指令を送信するトリスタン。
しかしその直後、コルタナ05が2度目のコア・バーストを発動させた。
この時点でコルタナ05の損害状況から、彼の喪失はほぼ避けられない状況となり、この先トリスタンの戦術支援管理システムとしての役目を果たす事が事実上不可能となる。
そしてコルタナ05の動向を監視し続けていたモニターが黒い画面に切り替わり、“信号ロスト”の文字が浮かんでいた。
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