第124話 黒い異物は怪物の腹の中に
ハッチが締まり、艦内の空気が引き締まる感覚を覚えながらクロム達は暗闇の中、金属で構成された廊下を歩いていた。
ゼロツとゼロスリーは魔力による暗視に似た能力を持ち合わせているようで、歩く事に何ら不都合は生じていない。
艦内のメイン通路は、物資や武器の移送、負傷者の安置等を考慮し、かなり横幅を広めに作られている。
足元にはかつては滑り止めの様な物が施工されていた痕跡が残されており、今はもう分解に等しい状態になっていた。
クロムは音響によるスキャン、そしてこの艦を構成している金属が魔力を通さない事を利用し、魔力ソナーとも言える応用技術で周囲を把握していた。
逆に2体はこの異様な反応を示す金属の存在に、怯えに似た感覚を覚えている。
船体は水平に近い形で着地したのか、僅かに艦首部分を下に向けているものの歩く事に関しては不自由は感じなかった。
しかしながら現地改装を何度も重ねて原形を留めていない艦橋部分以外の船体は完全に大地に埋没していると推測される。
「しかしこれでは調査もままならんな」
クロムは立ち止まり、コルタナ05の識別信号を利用して、艦内の管理システムにアクセスを試みる。
― こちらコルタナ05。艦内の電源状況を確認 ―
一拍遅れて、その回答が返って来た。
― 現在、エネルギー不足解消の為、一部電源をシャットダウン中 ―
― 照明及び各接続経路、隔壁の電源を復旧せよ ―
クロムはデータベースに残っていたサベージルーラ級強襲揚陸艦の船体構造図を呼び出し、現在位置と目的の場所の目星を付ける。
そして暫くした後、艦内の必要最低限の電源が低周波の様な音を発しながら回復、廊下や扉のコンソールの明かりが灯った。
薄緑色の金属板で構成された艦内が露わになり、各所に金属劣化による錆びや崩落、天井内部を這う老朽化した電源ケーブルが露出している光景が目に飛びこんで来る。
廊下の各所でショートを起こしている火花の音が響き、閃光を発し始めた。
― やはり老朽化が凄まじい ―
クロムは壁に掛けられた色褪せ、カバーガラスが砕け散った案内表示に目を向けると、瞬時に各所の配置とデータベースの船体構造を照らし合わせていった。
「こちらだな。いくぞ。迷っても知らんぞ」
クロムは再び歩き始め、部下達はそれを慌てて追うように付いて行く。
「こ、これは...熱くない篝火か...?何もかもがもう...なんだこれは...」
「理解が不可能...これは確かに...」
時折、通り過ぎる扉の空いたままの小部屋の奥に、奈落に等しい暗闇が口を開けていた。
普段は暗闇を恐れる事が無い魔物である2体は、そこに目を向けようともしない。
電力が供給されている音や機器類の起動音、そしてクロムの脚が打ち鳴らす足音が反響して迷路のように入り組んでいる艦内に響き渡っていた。
そしてクロム達はほぼ同時に異常に近い気配を察知し、それを裏付ける様にコアから警告が入る。
― 警告 魔素濃度上昇区域 ―
「首領...この先は...」
異常な魔素濃度に気が付いたゼロツの問いに、クロムは静かに答える。
「魔素濃度が極端に高い場所があるようだな。何かが動いている気配は無い。魔力結晶が中にまで入り込んでいるのかも知れん。警戒しながら進むぞ」
クロム達が入り組んだ艦内通路を曲がりながら進むと、その問題の場所に辿り着いた。
目的地にそのまま向かうのであれば、その場所を素通りしても問題は無いが、もし仮に敵性反応があった場合、脱出経路を防がれる可能性が高い。
それ故に調査を行っておく必要があった。
大きな2枚の金属ドアが僅かに隙間を作り閉まっている。
その隙間の奥には暗黒が広がっており、中から無数の化学薬品の香りを含んだ空気が僅かに噴き出していた。
「何とも嫌な臭いだな」
「面妖な...嗅いだ事の無い臭いだ」
ゼロツとゼロスリーは鼻を刺激する嗅いだ事の無い、人工的な臭いに顔を顰めていた。
クロムの嗅覚が嗅ぎ分けた情報では、有毒な化学物質は含まれず、分析の結果は消毒液等の医療現場等で使われる薬品が中心である。
その中に、戦闘強化薬の前段階で使われる化学薬品の成分も検出された。
また毒素を含む病原菌やウィルス等の痕跡も無い。
その扉には錆びて朽ちかけた大きめの金属プレートが施されている。
― 第3緊急処置室 入室制限 封鎖中 ―
そのプレートは本来のものでは無く、有り合わせの材料で急遽作られた者の様に見え、位置的に考えてもこの場所にこの部屋がある事自体が不自然であった。
「ゼロスリーはそのまま警戒。魔法発動の準備をしろ。ゼロツと俺で扉を左右に開く。油断するなよ」
「わかった」
「了解した」
クロムとゼロツが隙間に指を掛け、重心を落としながら力を込める。
そして一瞬視線を交わすとタイミングを合わせて、一気に扉を左右に開け放った。
何処かの金属パーツが軋んで破壊される音が盛大に響き、扉が一気に開け放たれると、室内の空気が一気に廊下に流れ出す。
そして自動で照明が点灯すると、そこには驚きの光景が広がっていた。
床や壁、椅子に机、その部屋の中の至る所にクロムよりも少し小さい位の魔力結晶の塊が辺り一面から生えているように存在している。
そしてクロムはそれを一目見て、その正体に気が付いた。
その魔力結晶はボロ布を纏っていたのだ。
中には、クロムにも見覚えのある連邦軍一般兵用の防護アーマーのパーツが付いているものもあった。
「ここの魔力結晶は全て元人間だな」
「首領よ...これが全て人間達だというのか!?」
鼻を手で押さえ、化学薬品の匂いに耐えながらゼロツが部屋を覗き込んでいる。
警戒態勢を崩さずにゼロスリーも、驚愕の表情を浮かべながらゼロツの背後からその光景を覗いていた。
「騒ぐな。そうだ。間違いなく人間の成れの果てだな。見ていろ」
そう言ってクロムは部屋に入り、一番身近にあった魔力結晶に目を向けると、おもむろに握り締めた黒い拳を叩き込んだ。
パワーダウンしているとは言え、クロムの拳は魔力結晶を粉々に打ち砕く。
「うぉっ!首領、何を...っ!?これは...」
その砕け散った魔力結晶の中から、半分ほど原型を留めた人間の頭蓋骨が姿を現わし、そのまま床に落ちるとその衝撃で粉々に崩壊した。
「恐らく長時間、高濃度の魔素に晒された結果の可能性が高いな。当然だが生命反応は無い様だ」
クロムはふと視線を下に向け、照明を鈍く反射している小さな金属プレートを拾い上げた。
色褪せてはいるが、黒い塗料が塗られており、乱暴な事態で“進行度D”という文字が刻まれている。
― トリアージのような物か。この艦で何か致命的な問題が発生したと見て間違いない ―
クロムは幾つか疑問を浮かべてはいるが、何が起こったのかはある程度の予測は出来ていた。
ただそれを完全に証明するには、管理システムにアクセスする必要がある。
「良し。敵の気配は無い。先に進むぞ」
クロムは手に取ったプレートを脇の机の上に置き、無数に佇む魔力結晶を一瞥すると、この部屋の探索を切り上げて部屋を後にする。
ゼロツとゼロスリーは、見た事も無い様な機器類等を見つめながら何処か無駄な思考を振り切った表情でクロムの後を追った。
クロム達は階段を下に降りながら目的地を目指していた。
時折、魔素濃度の上昇が確認され、その場所を調査すると先程の部屋と同様、人の大きさの魔力結晶が、朽ち果てた装備品を取り込んで転がっている。
下の階層に降りて行く度にその空気がより重々しく感じ、さながら底の無い奈落への道を下っていく感覚に襲われるゼロツとゼロスリー。
「首領、我々には理解出来ない事を承知で問いたい...ここは一体何の中なんだ...」
「...」
ゼロツが荒れ果てた通路を歩きながら、クロムの背中に問い掛ける。
何も回答が返ってこない事も十分に有り得たが、このあまりにも理解が及ばない空間内を沈黙に包まれながら歩く時間は余りにも2体の魔物には過酷だった。
「...お前達に解る様に説明するとすれば...そうだな、これは神の世界の馬車の様なものだ」
「この巨大な物が乗り物だと...?」
「そうだ。そしてこれが完全に動く状態であれば、この国は3日と掛からずに全て灰に出来る程の力を秘めている。恐らく魔法も全く役に立たんだろう」
「神の...力...」
ゼロスリーが絶望を含んだ小さな声で呟いた。
仮に中型航宙戦闘艦に分類されるこの強襲揚陸艦が完全な状態で運用可能だとすれば、恐らくこのテラ・ルーチェ王国のみならず、隣国も含めて数日で灰燼に帰す戦闘力を持っていた。
強力な魔法で護られた首都であろうが要塞であろうが、主砲の一斉射で全てを焼き払う事が可能だろう。
この強襲揚陸艦を使わずとも、保有しているのであれば帝国軍の
魔力や魔法、魔物が存在するこの世界に対して“殺戮”という行為、この1点に関して言えばその追随を許さない。
その権化であるクロムが既にそれをこの世界で証明しつつあった。
「あ、主は神の使い...のような存在なのか...?」
ゼロスリーの誰に問うわけでも無い呟きをクロムが捉える。
― 神の使いか...どちらかと言えば神の技術の奴隷のような物だろうな ―
クロムは小さくため息を付くと、その問いに答えた。
「俺は俺だ。今や何者にも縛られずにこの世界に立っている。必要であればその相手が神であっても潰す」
クロムが赤い魔力を纏った拳を握り締めながら掲げると、ゼロスリーが慌てた様に弁明した。
「主よ、すまない!思わぬ言葉を口にしてしまった!」
「騒ぐなと言っているだろう。特に何も思う所は無い。ただ気紛れに答えただけだ」
以後、余計な会話も無く、幾つかの魔力結晶を調査しながらクロム達は進み、ようやく目的地である一際厳重かつ頑丈に閉ざされた巨大な隔壁の前に辿り着いた。
― セントラル・コンバット・コントロール ―
クロムが前の世界で何度も見て来たアーサー連邦のエンブレムが大きく描かれ、この先に広がる空間の名称が記されている。
「この世界でもこれを見る羽目になるとはな」
クロムはそう呟くと、隔壁に埋め込まれている端末にアクセスし、コルタナ05の識別情報を送信、認証プロセスを開始する。
緊急時に展開される完全独立型防壁プログラムが何重にも展開されており、この時点でかなりの緊急事態にこの艦が見舞われた事を意味していた。
3式コアに残されたコルタナ05の情報が、端末の要求に合わせて吸い出されていき、1つまた1つと防壁が解除されていく。
― 最終ロック解除 ―
短い報告がクロムの視界に表示され、隔壁の各所から気体が噴出する音が発生し、無数の固定ロッドが回転しながら外されていく。
そして様々な材質で構成された積層装甲を持つ分厚い隔壁が、重苦しい音と老朽化による軋みと共に上下斜めに解放されていった。
「う...おぉぉ...」
「な...んと...」
ゼロツとゼロスリーが眼前に現れた、この世界の理の枠組みを完全に逸脱した存在に言語能力すら麻痺させられている。
理解と言う能力を伴った知性を得たばかりに、この2体の魔物は思考が完全に焼き付いていた。
クロム達がその先で見た物は、無数の文字列が浮かび上がり高速で流れていく緑の光を放つ柱。
数えきれない程のエネルギーチューブが接続され、周囲は膨大な情報が映し出されたモニターで埋め尽くされていた。
最高硬度を誇る対衝撃強化ガラスの巨大な円筒が中央に聳え立ち、各所で電子音を発生させている。
その中に正八面体の緑色と白のグラデーションがかかったコアが浮かび、いくつもの防衛プログラムが作動している事を示す円環がその周りを回転していた。
クロム達の侵入を感知したのか、コアがまるでそれを睥睨するかのような位置まで上昇していき、更に防衛プロゴラムの円環が追加で現れる。
アーサー連邦軍 戦略管理AI搭載型自律制御ストラクチャーS12 戦術支援管理システム “トリスタン”
この強襲揚陸艦における作戦行動の立案、決定、実行の全権を持つ完全独立思考AIを搭載した独裁者であり、同時にコルタナ05を始めとする改造強化戦闘部隊を運用する指揮官でもある。
“支援”という言葉が付随しているように、基本的には乗組員の操艦や兵器運用の支援を行う立ち位置にいるが、実際は全てこのシステムの戦術管理の上での作戦行動となっていた。
艦は身体、システムが頭脳、そして乗組員と搭載した兵器群は従順な手足。
例え乗組員が居ない状態でも艦が運用可能な状態であれば、連邦軍の作戦方針に基づいた独自の作戦を立案し、戦闘行動を継続する事を可能としている。
そして現段階で唯一、クロムを始めとする連邦軍所属の強化改造戦闘兵に対し上位権限における指令を発し、それらを制御下に置く事の出来る存在であった。
クロムは兵器では無く、1個の生命体として自身を認識し始めていた頃から計画していた作戦は、思ってもみないタイミングでその実行の機会を得た。
クロムがコアの管理権限をオーバライドした本当の目的。
長年の相棒を何の躊躇も無く切り捨てた最終的な理由。
― 俺は俺だ。今や何者にも縛られずにこの世界に立っている。必要であればその相手が神であっても潰す ―
隷属の鎖を引き千切った黒い魔物は今、巨大な怪物の腹の中にいた。
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