第123話 世界の外から堕ちて来たモノ

 砲身から無数の稲妻を無差別に放射し、膨大なエネルギーを纏った砲弾が超速度で発射された。

 この世の物とは思えない絶叫とも言える発射音、そして爆炎と衝撃波が閃光と伴って射手であるクロムに対しても容赦無く襲い掛かり、射撃の反動で後方に押されたクロムはそのまま飲み込まれる。


 艦載砲を転用した兵装であるこのワルキューレ・ロアには、本来付けられるべき防護シールド等の安全装備は装着されておらず、最低限の反動抑制機構が備わっているのみ。

 各所への接続も効率などを無視したもので、安全弁他、リミッターすら取り外された現場急造品である事は明らかだった。


 膨大なエネルギーによって表面をプラズマ化させた砲弾が、大気と大地をいとも簡単に引き裂きながら、その咆哮と呼ばれた飛翔音と、眩い光、そして爆炎の曳航を伴ってサソリを真正面から消し飛ばす。


 跳躍により空中を舞っていたゼロツとゼロスリーは、瞬間的に通り過ぎた爆炎の後に襲い掛かって来る衝撃波と爆風で更に大きく吹き飛ばれる事になる。


「うおぉぉぉ!何が起こっている!」


「これは魔法なのかっ!ぐわぁぁぁ!」


 サソリを正面から焼き尽くし、一瞬で消し飛ばした砲弾はプラズマ化した影響により射線上を焦熱地獄に変え、抉られた大地の表面が融解しガラス化現象を引き起こした。


 弾頭に使用されていた広域炸裂弾頭の名が示す通り、射程は短いものの表面を段階的にプラズマ化した砲弾が、発射地点から射線上に莫大な熱エネルギーを放射しながら飛翔し、最終的に砲弾自体が全てプラズマとして消費され消失する。


 今回はサソリに着弾した時点で、プラズマ化が一気に加速し、標的が居たであろう地点から後方が扇状に広い範囲で吹き飛ばされ、数百度の熱が残る赤黒い大地が残された。

 高温に晒された魔力結晶が小さな悲鳴を上げながら割れ砕け、周辺の大気は陽炎を伴う程に熱されている。


 エネルギーの放射が急激に広がった事により、その余波で後方の森の一部が消し炭になるという事態になってはいたが、サソリによる影響が無ければ、更に広範囲にその威力を発揮していただろう。

 先だって装填されていた弾頭の種類も、対大型機動兵器等に使用される対艦超硬徹甲弾頭であったなら、その弾頭はクレータの外縁部を盛大に抉り取り、その奥に広がる原初の奈落ウヌス・ウィリデの森林の一部をも吹き飛ばしていた可能性があった。



 ― 目標消失 ワルキューレ・ロア 余剰エネルギー解放 ロック解除 ―


 ― システム障害発生 緊急冷却機能 作動不良 ―


 ― 砲身過熱 致命的損傷確認 エネルギーチャンバー破損 放電素子エネルギー回路緊急切断 ワルキューレ・ロア 緊急パージ ―



 全身を灼熱の炎に包まれ、赤熱化したクロムが射撃体勢のまま、地面に数メートルの2本の溝を作った状態で身動きせずに立っていた。

 オレンジ色になるまで加熱され、小さな火花を発生させている右腕からワルキュー・ロアが緊急パージされ、その超重量の火器が地面に落下し、ドズンという重い音を立てて森の大地を更に痛めつける。



 ― 右腕部 融魔細胞40%損傷 修復不可 エネルギー回路32%破損 魔力回路62%破損 ―


 ― 緊急冷却システム展開 システム復旧率46% ―



「...やはり...この状態であの不完全な...武器の射撃は...相当に無理があった...ようだな...」


 クロムが激しくノイズが走る意識の中で、全身から煙と赤い魔力を垂れ流しながら、途切れ途切れの言葉を吐き出した。





 クロムの意識内で無数の警告とエラー表示が飛び交い、システムは各所の緊急修復に全力を挙げている。

 この戦闘でかなりの量の融魔細胞が損傷、もしくは死滅した事によりその復旧速度もかなり落ち込んでいた。


 3式コアも僅かであるが、射撃時のオーバーロードにより損傷が進み、幾つかのシステムは演算能力が不足、システムのシャットダウンを起こしている。

 それでもクロムの身体がこの状態で持ち堪えているのは、並列運用している5式コアの補助があったからだ。


「しゅ、首領!大丈夫なのか!?くそっ熱くてこれ以上近づけんぞ!ゼロスリー!お前の水で冷やせねぇのか!?」


「何という熱さ...主よ!無事か!?今、水を使ったら辺りが高温の霧で満たされ、私達も一気に焼かれるぞ!何でも水をかければ良いというものではない!」


 身体を引き摺りながらもクロムの元へ戻って来た2体だったが、射撃による余波が熱気となってその場に留まり、近づく事もままならない。


「...問題無い...今暫く待機していろ。ゼロスリー、可能であれば風の魔法を使って熱気を飛ばせ。ただし加減を間違えるなよ」


「っ!?御意に!それくらいならまだ魔力の余裕が!深度2魔法 流空風フルーメン・ウェンタ!ゼロツ少し熱いぞ!」


 ゼロスリーが役に立てる機会を得た事に歓喜し、残り少ない魔力をかき集め錬磨し、風魔法で周辺に上昇気流を発生させた。

 周囲の熱気を孕んだ空気が突風となってクロム達の居る場所を中心に集まり、それが上昇気流となって上空に熱を持ち上げていく。


 その代わりとして、森から流れ込んだ冷たい空気がクレーターに一気に流れ込み、その場の気温を緩やかではあるが下げ始めた。

 それでも大地に残る熱量は膨大であり、僅かな時間では解決出来ない。


「うぉぉ!風が熱いぞ!」


「だから先に言っただろうが!」


 ゼロツが思わず口を鼻を手で覆い隠して、猛烈な熱さを訴えた。

 それでもゼロスリーの起こした風は、かろうじて稼働しているクロムの冷却機能の働きを助け、温度を下げ始める事に成功する。



 ― 体内温度低下 融魔細胞 活動可能温度まで冷却完了 融魔細胞修復プロセス 5式コア エネルギー供給切り替え 残留戦闘強化薬 転用開始 ―


 ― 融魔細胞 再生率57% 新規細胞生成プログラム展開 戦闘強化薬再注入により短縮可能 ―



「戦闘強化薬使用禁止。現段階でのエネルギー転用で対応。戦闘システム解除。コア並列運用を継続。システム復旧へコア出力を回せ。」



 ― 3式コア制御システム 制御回路及びエネルギーバイパス 5式コアへ接続開始 ―


 ― 魔素リジェネレータ システム復旧中 稼働率34% 魔力回路再構築開始 融魔細胞への魔力供給効率42% ―



 戦闘システムを解除した事により、コアの使用可能エネルギーが増え、クロムの内部ではシステム復旧の動きが徐々に加速していった。

 そして漸くクロムの身体が動き始める。


 破損した装甲が軋み、大きくなった隙間には魔力結晶や土くれが詰まっていた。

 それらが細かい塵となって、クロムの身体から剥がれ落ちて行く。


「作戦目標の撃滅を確認。状況終了」


 クロムが無数の損傷が残るその黒い身体を待機していた2体の部下に向けて、口を開いた。





 恐る恐ると言った具合に、ゼロツとゼロスリーがクロムに歩み寄って来る。


「俺はもう首領が何者であるか等は考えない事にしたぞ。それにすまない。俺達があのサソリを殺し切れないばかりに...」


「主よ。すまなかった。我々はまだ弱い」


 2体の魔物が傷だらけの身体を跪かせ、クロムに頭を下げた。

 悔しさと恐怖が一体化した震えが彼らを襲っている。


 作戦は完了した。

 だが彼らがその与えられた任務を果たせたのか。

 それは最終的なクロムの判断でどうとでも評価が変わる。


「俺の想定していた戦闘能力には届いていなかったようだな」


 クロムの言葉に、深く頭を下げている2体の身体が強張った。


「だが役目は十分に果たしたと考えている。今後、これ以上の働きを期待している」


 その後に続いたクロムの言葉が、ゼロツとゼロスリーのすり減った精神を救う。


「俺は必ず強くなって見せる」


「主の慈悲に感謝を」


「いい加減、立ち上がれ。これより原初の奈落ウヌス・ウィリデを完全に制圧する。中心部に乗り込むぞ」


 クロムが2体に背を向けて、中心に聳え立つ構造物へと歩き出す。

 そしてその歩みの途中でコルタナ05の亡骸の傍に寄ると、アルキオナを展開しその身体を荷物を拾うように絡め取った。


「やはり便利だなこれは」


「...首領よ。乗り込むとはどういう意味だ?」


「主はこの建物が何か知っているので?」


 慌ててその後を追ってきたゼロツとゼロスリーが、クロムが明示した次の作戦に対し疑問を口にする。


「黙ってついてこい。お前達を連れるかはこの先の結果次第だ。場合によってはこの場で待機も有り得ると思え」


 クロムは目の前の構造物を見上げて、外観をスキャンし始めた。





 ― 面影が無いと思っていたが、これはこちらで追加構築されたものか...完全に原形を失っている。この形状、かなりの改装が施されているな。状況から考えて全体の大半は埋没しているか、喪失しているか... ―


 クロムはこの原形を留めていない構造物から読み取れる僅かな情報を頼りに、元の正体を突き止めた。

 データベースとも情報を合わせ確認したが、多少の形状は違えど一致したといって問題無い。


 ― 連邦製航宙戦闘艦...サベージルーラ級強襲揚陸艦で間違いないな...流石に艦名はわからんな。建造年も不明。老朽化もかなり進んでいる。そして何より... ―


 クロムは既にこの原初の奈落ウヌス・ウィリデにこれが存在する事実を完全に受け入れた上で、その先の思考を巡らせている。


 ― これはいつ、この世界にやって来た代物だ? ―


 目の前の戦闘艦は既にかなりの年月が経過した痕跡や劣化が随所に見られる。

 そしてそれらの戦闘艦に使用されている建造素材の耐久年数は大幅な技術向上の結果、要求された防御力と耐久力を実現する為、数百年単位まで伸ばされていた。

 よって、ここまでの劣化をもたらすには相当な年月が必要なのだ。


 これは間違いなくクロムが以前存在していた世界の兵器群であり、クロムのデータベースと情報がある程度一致する以上、クロムの居た時代とこれらの存在した時代はそこまで乖離していない筈であった。

 だが、クロム自身が歩んで来た時間軸と時系列が全く嚙み合わない。


 クロムが実験段階の次元航行技術でこの世界にやって来たのであれば、この戦闘艦も同様の技術でやって来たのは間違いないだろう。

 前の世界の技術力であれば年月さえ掛ければ、実験段階から実用化までの時間はそこまで必要としない。


 ― 航海記録やデータベースが残っていれば、詳細は解るが...少なくとも戦術支援管理システムは生き残っている。そこから探ればあるいは... ―





 クロムは様々な経年劣化が見られる船体の側面の中で、唯一繰り返し動作した形跡のある場所の前に立った。

 既に目の前の金属の塊が自身の理解の範疇を超えているゼロツとゼロスリーは、クロムに対しどのような質問を投げ掛ければいいかすらわからないでいる。


 クロムは厳重に物理防御された情報接続端子を発見すると、手首の装甲の隙間から飛び出してきた太い金属の棒を差し込んだ。

 そしてクロムの生体認証と識別番号、そして取り込んだ3式コアに残されていたコルタナ05の各種データを送信する。


 いくつかのプロセスをクリアし、クロムはパスコードの解読に乗り出そうとしたが、意外にもそれらのロック機構は作動しなかった。

 パッチ周辺を震わせ軋ませながら、分厚い装甲板がスライドし艦内への入り口が出現する。


 外に残る熱気とは正反対の冷えた空気がクロム達に吹き付けられ、その艦内から漂う未知の匂いにゼロツとゼロスリーは顔を歪めた。


「この臭いは...嗅いだことも無いが...どことなく首領と同じものを感じるな」


「もはや我々の...いや我々の世界の認識では理解が出来ない...」


 ゼロツが本能的にこの戦闘艦とクロムの奇妙な共通点に朧気ながら勘付いている。

 その言葉を背に受けたクロムがコルタナ05の亡骸を艦内入口付近の脇に降ろすと、振り返らずに2体に言葉を投げ掛けた。


「ゼロツ、ゼロスリー。ここから先はお前達の理解が到底及ばない奈落よりも深い世界が広がっている。この先、お前達がその眼で見る物は、わかりやすく言えば“神の世界”に等しい光景だ。中に入ればもう元の世界には戻れない。それでも来るのか」


 以前、ゴライアとテオドにも言った台詞。


 クロムの一際、冷え切った口調と言葉、そしてその内容に2体は返答に詰まる。

 既に彼らにとってクロムは、この世界の常識から逸脱した存在である事は十分に思い知っている。


 そしてクロムが言った“神の世界”。

 言い換えれば、クロム自身がその神の世界の住人である事を暗に示唆していた。


「構わない。俺は既に覚悟を決めている。神の世界であろうと地獄であろうと俺は首領に付いて行く」


「我が主と共に行くと誓ったこの身。何処へでも」


 ゼロツとゼロスリーは同時に拳を握り締めて胸元にぶつけた。


「わかった。それともう1つ。ここより先に見る物に関しては、今は決して理解しようとするな。お前達は見たままを受け入れるしかない。俺が説明したとしてもまず理解は不可能だ。わかったか。出来る出来ないでは無く“不可能”だと思え」


 そう警告すると、クロムはそのまま暗闇に包まれた艦内へ歩を進めた。

 2体の魔物はごくりと喉を鳴らすと、クロムの後に続いて見た事の無い金属で覆われた廊下に足を踏み出した。


 クロムの硬質な足音が反響し、ゼロツとゼロスリーは足裏より伝わって来る冷たい金属の感触に若干の怯えを見せていた。

 そして入口のハッチが機械音と共に完全に閉じられ、艦内を支配する冷えた静寂と一瞬で訪れた暗闇が侵入者を包み込む。


 クロム達は今いる世界から完全に隔離された。

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