第122話 ワルキューレの咆哮

 ― 制御システム掌握率86% 自律制御システム防御プログラム展開中 ―



 5式コアはシステムの殆どを乗っ取られているこの状況でも、自らの存続を望み、未だ防御システムによる抵抗を続けている。

 幾つかのシステムの根幹に防壁を展開し、さながら籠城戦と化していた。


 しかし籠城戦であれば、エネルギーの供給を絶てば良いだけの話であり、クロムはそれを躊躇無く選択する。

 クロムは5式コアをこれ以上損傷させない措置として、最低限のエネルギー供給を行っていた。


 だが今は時間が惜しい。

 多少の損傷の進行はやむなしと判断する。


「5式コアへのエネルギー供給を完全遮断。システム維持が不可能な状況に追い込め」


 3式コアも完全な状態では無く、クロムとの戦いで損耗率が40%を超えており、出力比で言えば、現在の最大出力でも5式コアの25%程度であった。

 3式と5式ではそもそもコアの出力が違い過ぎるという事もあり、完全に修復が完了した3式コアの最大出力であっても、5式の60%に満たない。


 それでも魔力結晶に浸食されていないコアであり、完全復旧した場合、最大出力でアラガミシステムの展開に必要な出力は最低限クリアしていた。


「3式コアの完全修復、及び掌握した5式コアのシステム連携の事を考えると暫くはここから動けない可能性も考えなければならないな」



 ― 防御システム崩壊を確認 自律制御システムダウン 管理権限をユニット966にオーバーライド ―


 ― 補助システム再起動 使用不能システム隔離 修復待機中 ―


 ― 3式コア出力上限48% 修復中 ―



 3式コアの独特の抑揚や言葉途切れの無い報告を次々と受け、クロムは身体能力がある程度の回復を確認する。

 現状では、あのブラック・オーガであっても苦戦する程の損傷を残しており、あの2体の部下と戦闘になったとして勝利する事は難しい。


「戦闘システム起動。補助システムチェック。コア出力40%にて戦闘に対応する」


 コア性能の違いの影響は、展開出来るシステム関連にも及んでおり、今まで使っていた戦闘支援システムの幾つかは同時運用出来ない状態が続いている。

 3式コアの完全修復後であれば運用可能ではあるが、それでもクロムの身体を十全に動かすには絶対的な出力が足りない。


 特に魔力レーダーに関しては、圧倒的にシステム運用におけるコアの演算が不足しており、現状では起動自体が困難であった。

 クロムは各部の動きを確認しながら、ゼロツとゼロスリーが戦っている場所へ歩を進める。


 辛うじて感覚の繋がりを保てている魔力連鎖にて、2体の魔力がかなり減っている事は既に承知していた。

 かと言って、今のクロム単騎ではあのサソリを完全に沈黙させる事は難しく、2体を失うのは得策では無い事も理解している。


「維持不可能な融魔細胞を破棄。魔素リジェネレータのシステム修復を開始。バックアップシステム展開」


 先程の戦いでシステム崩壊を起こしていた魔素リジェネレータの修復を行いつつ、現状の身体状況から使用可能な魔力の捻出を試みるクロム。

 全開時の30%にもならない魔力量ではあるが、魔素濃度の高いこの領域では供給自体に問題は無く、魔力生成速度と生成量を調整すれば、時間制限付きではあるが戦闘は可能だった。


 クロムの傷付いた装甲が各所で展開、その隙間から修復不可能な融魔細胞が黒い液体となって排出され、全身から黒い血を流しているように見える。

 そして深紅の魔力が全身から緩やかに放出され始めた。


「随分と効率は悪いが、許容範囲内だな」


 過剰な魔力の蓄積による体内での結晶化を抑える為、どうしても余剰魔力が発生する。

 そしてその魔力の放射が、セロツとゼロスリーに魔力感知を刺激した。





「はぁはぁ...これは首領の魔力か...生きていたのだな...」


「あ、主よ...未熟故の不甲斐なさ、言い訳のしようも無い...」


 全身と新装備に傷を無数につけ、ゼロツとゼロスリーが肩で息をしながらクロムの気配を完全に捉えた。

 2体は、サソリに対し武器を構えたまましりじりと移動し、距離の離れたクロムとサソリの間に割り込むように位置取りを変える。


 そしてそのままクロムと声で会話出来る位置まで後退してくる。


「首領、すまない。俺の力では足止めが限界だった」


「もし撤退するなら指示を頂きたい。我らで主の撤退の時間を稼ぐ事は十分に可能」


「撤退はしない。この場で完全に潰す。お前達良くやった。足止めでも十分な成果と言える」


 2体はそのクロムの言葉を聞き、魔物として生きて来た中で初めて幸福感というものを覚える。

 強者である主に仕える歓び。

 そして主の為に戦い、そしてその戦果を認められるという満足感。


 ゼロツとゼロスリーは全身を襲う疲労感をクロムによって後押しされた精神力でねじ伏せ、残り少ない魔力を動員し錬磨を始める。

 クロムもそれに合わせて、全身の融魔細胞にエネルギーを供給し始めた。


 目の前で再び膨れ上がった3つの魔力の反応し、無数の装甲板に損傷受けているサソリが鋏を振り上げる。

 そしてその距離を詰めようと、クロム達に向かってくる。


 それを迎撃する為に、クロム達はそれぞれの戦闘態勢を取った。

 すると、クロムはまたも信号を捕捉する。

 判別不可能な信号として傍受していたものは、専用回線を通してコルタナ05に発信されており、今まではそれをクロムの情報取集能力が盗聴する形で不完全に捕らえていた。






 ― 戦術支援管理システム“トリスタン”よりコルタナ05へ 追加兵装の射出準備を開始 交戦中のコルタナ05 応答せよ ―


 ― 警告 当該兵装はコルタナ05の使用条件をクリアしていない ―


 ― 敵性生命体に対し有効打を与えられない可能性を考慮せよ。撃滅が不可能と判断した場合、直ちに戦闘を中止し速やかに撤退せよ ―


 ― 追加兵装“ワルキューレ・ロア”の射出準備完了 コルタナ05に使用の是非を問う 直ちに応答せよ ―



「やはりこの構造物は...しかもまだ“生きている”のか...」


 クロムは様々な可能性を考慮し始めるが、どれも現状では確実な証明が出来ない。


 ― この原初の奈落ウヌス・ウィリデに中心にあるのは... ―


 クロムが思考の渦に飲まれそうになっている状況で、3式コアが戦術支援管理システム“トリスタン”の信号を受け続けている。

 コルタナ05のコアを取り込み、転用しているクロムは管理システムから識別名コルタナ05として認識されていた。


05よりトリスタンへ。至急追加兵装の射出を求む」


 クロムは自身の識別名を偽り、追加兵装の供給を要請する。



 ― 了解 現在位置特定完了 これより射出する ―



 後方に聳え立つ構造物からくぐもった射出音が響き、未だ大量の塵が舞う大気を切り裂く様に四角く白いコンテナが撃ち出された。

 本来であればブースター等も付いている筈だが、それはコンテナのみの簡易射出である。


「よりにもよって選択された支援火器が“ワルキューレ・ロア”とはな...コルタナ05ではまず運用に無理があるだろう」


 コンテナが空気を切り裂く音が急速に近付き、そして轟音と土煙を発生させながらクロムの隣にコンテナが突き刺さる。

 不審な音に気が付いていたゼロツとゼロスリーが、その音の正体に驚いていた。


 そして小さな爆発音が連続してクロムの身の丈の3倍以上ある長さのコンテナの外装から発せられ、固定具が吹き飛んでいき封印が解除されていく。

 封入されていた気体が大気解放される音が響き、その巨大なコンテナが4つに分離し音を立てて地面に倒れる。

 そこに専用の固定具に装着された巨大な火器がその姿を露わにした。


「...首領。すまない。この状況は俺の理解を完全に超えている。俺達は何をすればいい」


「もう驚く事は無いと思ってましたが...主よ。ご命令を」


 困惑と気迫と冷静が入り混じった表情を浮かべる2体が、その混乱を振り切ろうとクロムに指示を求める。


「数分間で構わん。時間を稼げ。俺の合図と共にこの場より退避。俺の攻撃に巻き込まれるなよ」


「良く解らんが、首領がそう言うなら俺は従うまで。行くぞゼロスリー」


「言われなくとも、共に行く。もう出し惜しみは無しだ」


 武器を握り締め、気迫の籠った魔力を放出すると視線を互いに交わす2体の魔物。


「ゼロツ、ゼロスリー、作戦行動を開始。行け」


「「応っ!!」」


 ゼロツとゼロスリーが地面を抉りながら、こちらに向かってくるサソリに向かって駆け出した。





「戦闘制御システム 使用火器“ワルキューレ・ロア” 運用最適化の準備開始。エネルギー供給回路を緊急形成」


 クロムは身の丈に全く合わない白く4つに割れた砲身を備えた大砲に手を掛け、固定具から引き剥がす。

 あまりの重量にこの段階でクロムの腕が軋み、地面に脚が沈み込む。


 戦場で兵士が運用する事を前提としない、ありとあらゆるパーツが外部に固定されカバーリングされた白い砲。

 それもその筈、送られてきた火器は本来であれば野戦砲や機動兵器の追加兵装としてとして配備されるものだった。


 連邦製120ミリ電磁加速艦載砲 “ワルキューレ・ロア”

 発射する弾丸の大きさと形状から発せられる射撃音が、天上で怒り狂うワルキューレの咆哮と言われ、その名が付いたもの。


 当然の事ながら、その重量は凄まじく持ち運びやそのまま銃の様に装備するものでは無い。

 それを無理矢理、分隊支援火器の様な形状に改造されていた。


 クロムは接続部分に腕を差し込み、その先にあるレバーを握り締め、腰を据えると残りの固定具を振り飛ばしながら一気に振り払った。

 超重量の長い物体が空気を圧し潰し、盛大に土煙を巻き上げる。



 ― ワルキューレ・ロア エネルギー回路接続 エネルギー充填開始 射撃支援システムダウン 射撃管制をユニット966に移行 ―


 ― 使用弾頭装填済 ウラニウム合金加工弾殻 超高熱化学反応広域炸裂弾頭 装弾数1発 ―


 ― 警告 コア出力不足 エネルギー充填に問題発生 コア限界稼働 制限解除要請 ―



「やはり足りないか。5式コアにバイパス接続。制御システムは3式コアに。接続後は5式コア出力20%を転用。エネルギー回路同時接続」


 クロムは3式コアで足りないエネルギーを、権限を書き換えた5式コアから徴用するように命じる。

 内包するエネルギー量が違う為、かなり回路に負荷を掛けるが今回はそれを無視する形になる。



 ― 5式コア出力上昇 バイパス接続完了 エネルギー充填支援開始 3式コア負荷増大 制御システム過負荷警報 エネルギー回路損傷拡大 ―


 ― 魔素リジェネレータ システム復旧 稼働率12% エネルギー変換開始 エネルギーバイパス接続 ―



「構わん。エネルギー充填を続けろ。このタイミングで復旧とは運が良いな。僅かでも構わん。全エネルギーを充填に回せ」


 ワルキューレ・ロアを掲げたクロムの右上半身と右腕が仄かに赤く赤熱し始め、装甲の隙間から魔力と共に白い煙が噴き出し始める。

 クロムの意識と視界に、激しいノイズが走り、警告表示が無数に浮かび上がって来た。



 ― ワルキューレ・ロア エネルギー充填60% エネルギーチャンバー圧力上昇 ライフリング内冷却中 発射シークエンス進行中 ―


 ― リコイルコントローラー 正常作動位置に固定確認 砲身放電素子 チェック完了 磁場形成電磁パルス確認 エネルギー変換率89% ―


 ― サブアーム展開 固定確認 エネルギーチャンバー圧力最大 磁場形成指向 正常確認 照準及び発射タイミング ユニット966へ ―


 ― 射撃準備完了まで残り15秒 対衝撃準備 対熱防御準備 照準器よりデータ送信 照準補正問題無し ―



 ワルキューレ・ロアから武骨な急ごしらえの2本のサブアームが展開され地面に突き刺さる。

 そしてクロムの背中からもアルキオナが伸び、クロムの身体を支える形で地面に潜り込む。


「こういった使い方になるとはな」


 流石にゴライアも想定外だろうなと、クロムは状況に似合わない感想を小さく口にした。






 ― ワルキューレ・ロア 射撃準備完了 ―



 水蒸気が細く噴き出しているような音。

 小さな火花が断続的に弾ける音。

 セロツとゼロスリーがサソリと戦っている音。


 そしてクレーターの中心部に向かって流れ込む風の音。

巨大な白い砲を携え、右上半身を真っ赤に赤熱させたクロム。


 その空間は局所的に発せられる膨大な熱量で視界が歪んでいた。

 熱滞留で発生した上昇気流が、魔力結晶の粉塵を吹き上げ、白い砲身を構える黒い騎士の姿を煌めく光の乱反射で彩る。


 最初は聞こえなかった僅かな高周波に似たこの世界には存在しない澄んだ高音が、ワルキューレの口が開いていくように、次第に大きくなっていく。

 膨大なエネルギーの奔流が生み出す波動とその流動音が、クレーターの中心部から沸き起こった。


 既にエネルギーと熱が渦巻く嵐の中心部と化したクロム。

 様々な轟音がぶつかり合うこの中で、唯一美しいと評価出来るワルキューレの歌声が咆哮に変わる準備が整った。


 最早普段の声では十数センチ先も届かない。


「総員退避!巻き込まれるな!」


 クロムの叫びを瞬時に理解したゼロツとゼロスリーが、全力でその場から跳躍して離脱する。

 既に疲労が限界を迎えていたのか、満足に空中での姿勢制御も行えていなかった。


「照準固定...ロックオン」


 クロムのエネルギーが暴れ狂う右腕を大きく引き絞られ、ガゴンという機械音が響き渡り、安全装置が解除される。


「ワルキューレ・ロア発射」


 その瞬間、クロムは刹那の静寂を感じ取った後、閃光と爆炎に包まれた。

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