第126話 次元を超え交錯する来訪者

 コルタナからの信号がロストし、状況を把握する手段は防衛システムから収集される情報のみとなったトリスタン。

 この地に出現する敵性生命体自体は、数こそ脅威ではあるが疲弊していなければ一方的にコルタナシリーズが遅れを取る事はない。


 しかしその戦闘に割り込む形で現れた存在は、この世界には存在しない筈の者だった。

 コルタナシリーズの元となった帝国が生み出した最凶の戦闘兵器。


 長きに渡って待ち続けた友軍の可能性も僅かに残されていたが、その存在はコルタナと問答無用で交戦状態に入り、そしてそれを完膚なきまでに叩き潰した。

 データベースから呼び出した敵の戦闘能力とコルタナ05の現段階での戦闘能力を幾度と無く比較、予測したとしても、その彼我の戦力差は絶望的な物となる。


 コルタナ05との返答も満足に得られぬまま、この艦の戦力の一角を支え続けてきた兵器が成す術も無く追い込まれ、想定していた最悪のパターンへと突き進む。


 最後の戦力を失ったマグナ・ミラビリスとトリスタンの対抗手段は残されていない。

 機密漏洩を防ぐ為の自爆も、既に必要なエネルギーを捻出する事も叶わず、トリスタンは管理者としての最期の使命を全うする事すら許されなかった。



 ― 防衛システムよりトリスタンへ コルタナ05の生存を確認 損傷尚も増大 戦闘継続は不可能と判断 ―



 防衛システムがコルタナ05の存在を確認し、その外観的情報から彼の状況を推測する。



 ― コルタナ05 直ちに戦闘を中止し撤退せよ 繰り返す 直ちに戦闘を中止し撤退せよ コルタナ05 応答せよ ―



 トリスタンは、現状を打破する為にも、何とかコルタナ05に撤退の指示を出そうとする。

 だが、損傷による通信障害かもしくはコルタナ05が意図的に信号を拒絶しているからか、依然応答は無い。


 様々な対抗手段を模索するも、その全ては艦の老朽化や物資不足、エネルギー不足により実現が不可能であり、やはりここにきてコルタナ05の行動を見守る以外の選択肢しか残されていない。



 ― 防衛システム 通信傍受に成功 ―


 ― ...ザザッ...我らの...戦い...目的は今や何処に...ザッ...答えてくれ...スコロ...ザズッ...我々は今や何だ... ―



 トリスタンに防衛システム経由で通信の内容が雑音交じりで届く。

 コルタナ05の通信強度があまりにも弱い為、信号を増幅しているがそれでもこの傍受が精一杯だった。



 ― コルタナ05 直ちに戦闘を中止し撤退せよ 繰り返す 直ちに戦闘を中止し撤退せよ コルタナ05 応答せよ ―



 トリスタンの変わらぬ撤退命令が発信されるも、それは空しく行き先不明のままに掻き消えていった。



 ― ガガッ...ならば私は...どうすれば良い...ガザッ...未だ放たれたままの...である...この私...っ!!...ザザァァァ... ―


 ― コルタナ05 戦闘状態に突入 ―



 防衛システムがコルタナ05が突撃していく様子を捉え、冷静に戦闘状態の継続をトリスタンに報告する。

 そしてその戦闘が長引く事は無かった。


 これから想定される状況を予測し、残された僅かな可能性を実現する為、作戦を立案しようと思考を高速で回転させていたトリスタンに、コルタナ05から待ち望んだ通信が入る。

 だがそれはトリスタンの思考を全て無に帰す内容だった。


 ― ...こち...ら...コル...タナゼロ...ファイ...ブ...これよ...り...帰還す...る...ミラ...ビリス...すま...ない...俺...は... ―



 コルタナ05の最後の通信は今までとは全く違う、雑音の無い澄んだ通信だった。

 最期まで命令に逆らい、トリスタンの名前をミラビリスと呼んだコルタナ05。



 ― コルタナ05 通信途絶 撃破されました ―



 防衛システムが無情の報告をトリスタンに上げた。

 制御室のモニターに並んだコルタナシリーズのモニター表示が、全て“戦闘不能”の赤い文字で塗り潰される。


 そして最後に残されたトリスタンの前にあるのは、全戦力を失った上で、敵が2体残されたという現実。



 ― トリスタンより全システムへ 機密情報を含めた全データの完全消去準備 システム完全自壊プログラムの作動準備 ―


 ― 自壊プログラム作動まで防衛プログラム最大稼働 緊急防衛プロトコル レベル5 艦内全エネルギーをトリスタンへ ―



 トリスタンは全ての作戦立案を即座に放棄し、自身で実行可能な最期の作戦を実行に移す為、全システムに指令を出す。

 そして各種システムはコルタナ05とは対照的に、皮肉にもその命令に逆らう事無く、忠実にその自壊への道に進む命令を実行に移し始めた。





 残された僅かなエネルギーを最大効率で各所に供給するも、プロセスの進行速度は遅い。

 既に復旧不可能となりデータのみとなった無数のシステムを、外部から破壊する為のプロセスも同時進行している為、トリスタンの演算処理は混沌の坩堝と化していた。


 優先的に消去するべき情報を集積していた中で、トリスタンは帝国軍の残した改造強化戦闘兵のデータを抽出していた。

 それはコルタナシリーズの元になった、帝国軍のアラガミシステム搭載型改造強化戦闘兵のデータであり、連邦軍側で呼称された秘匿コードネーム“ASURAアシュラ”の鹵獲調査記録とスペック等が記載された報告書だった。



 ― 防衛システム作業中断 残りの全システムは作業を継続 作業完了後は最終指令まで待機 ―



 トリスタンは指令を出した全システムに対し作業継続と待機を命令すると、防衛システムと自身のプログラム準備の作業を中断し、可能性として残された1つの作戦を立案した。

 そしてトリスタンはその作戦のシミュレーションと予測演算をキャンセルして、実行に移す。



 ― 戦術支援管理システム“トリスタン”よりコルタナ05へ 追加兵装の射出準備を開始 交戦中のコルタナ05 応答せよ ―



 トリスタンは既にコルタナ05のロストを前提とした上で、敢えて彼の名前を使い敵との通信を試みる。

 敵が当初の情報通りの存在であり、コルタナ05を同じシステムを搭載しているのであれば、この通信の傍受も可能であり、こちらの戦術行動の挙動も予測可能であるとトリスタンは結論付けた。


 コルタナ05を撃破した敵は、この世界で最後に残された存在である可能性にトリスタンは賭ける。

 確実な結果を求めて戦術管理を行うAIが、初めて不確定な予測に対し行動を決定した瞬間だった。



 ― 追加兵装“ワルキューレ・ロア”の射出準備完了 コルタナ05に使用の是非を問う 直ちに応答せよ ―



 あくまでもコルタナ05への援護という意味合いで、戦術支援の通信を飛ばすトリスタン。

 この兵装の存在を知り、運用出来るのであれば何かしらの反応を見せると予測した。


 そして僅かな沈黙の後、その敵はトリスタンに対し回線を繋ぎ、応答する。



 ― コルタナ05よりトリスタンへ。至急追加兵装の射出を求む ―


 ― 了解 現在位置特定完了 これより射出する ―



 敵は彼の名前を使い追加兵装の支援要請を行った。

 独自の判断と何らかの意図を持ち、そしてこちらの存在を明らかに知っている。


 トリスタンは間髪入れずに座標を測定し、準備していたワルキューレ・ロアの封入されたコンテナの射出を行った。

 そしてトリスタンのこの行動は、天上より垂れた細い糸を掴み、最悪の事態を防ぐ僅かな可能性への道を開く。






 そして今、防衛プログラムを総動員しているトリスタンの前に、その存在が立っていた。

 その身体はかなり過酷な戦闘を行った形跡を残すものの、確実にトリスタンの機能を完全破壊する力を残している。


 トリスタンの最後の戦力を排除し、損傷を受けながらも不完全な状態のワルキューレ・ロアを使用、もう一方の敵を撃滅した者。


 加えてトリスタンの想定を上回ったのは、眼前に現れたクロムが機能を停止したはずのコルタナ05のコアを取り込み、自身の制御下に置いているという事実だった。

 トリスタンの保有するデータベースには、そのような機能を持っているという情報は無い。


 そのクロムがコルタナ05のコアの情報を利用し、艦内に侵入、最終ロックを解除して制御室へと姿を現わした。


 トリスタンはクロムの道中の要求を全て拒否し、可能な限り侵入を阻む事も可能だった。

 だが、トリスタンはそれをせずにクロムの要求に全て従い、自身の元へとする判断を下す。


 この存在を拒絶した場合に訪れる未来は、自壊プログラムを作動させた未来と結果は何も変わらないからだ。

 トリスタンが管理者として導き出した答えは、未来の方向を変える可能性がある選択を選ぶ事だった。






 ― こちらは連邦軍航空宇宙軍連合艦隊所属 未探査宙域調査先遣隊 ミラビリス級次元航行航宙艦1番艦 マグナ・ミラビリス ―


 ― 私はアーサー連邦軍 戦略管理AI搭載型自律制御ストラクチャーS12 戦術支援管理システム“トリスタン” 貴官の識別名及び所属を述べよ ―



 円柱に浮かぶ緑色のコアが明滅し、その文章が音声出力され制御室に響き渡る。

 それは妙齢の女性の声を模した威圧感を含む澄んだ音声であり、そしてクロムが長らく口にしていない前の世界の言語だった。


 クロムの背後に立っているゼロツとゼロスリーが驚きで思わず身体を硬直させた。

 彼らにとっては、全く理解が及ばない目の前の存在が、未知の言語でクロムに語り掛けているのだ。


 ― これが神と言う存在なのか ―


 この状況下において、彼らがトリスタンを神と誤認するのも仕方が無いと言える。

 それほどまでに不可解で、理解不能で、そして神秘的な姿だった。


「俺は帝国軍特殊強化兵団 特務機甲小隊スコロペンドラ・ナイン所属 スコロペンドラ01。連邦軍先進技術開発部による次元航行実験における改造被検体 No.966でもある」


 クロムはコルタナ05が反応を示した名前の方を強調し、その質問に答えた。

 同じ国家の軍隊に所属するという事を前面に押し出すのでは無く、あくまで敵としての立場を崩さない。


「戦術支援管理システム“トリスタン”に要求する。この艦における全ての権限をこちらに委譲せよ。これは警告も含めた最後通牒だ」


 クロムはその場で立ったままではあるが、返答によっては即座に攻撃に移る事をその両手を構える事で示す。

 この艦を完全に制圧、管理権限を掌握し自身の管理下に置くという事実上の降伏勧告だった。



 ― スコロペンドラ01 その勧告の是非を判断する前に質問に答えて貰う こちらの情報によると貴官の参加した実験は、我らが作戦行動を起こす12年前のものである ―


 ― 我らがこちらの世界に到着してから557年と267日が経過している それよりも先に到着していた貴官はその期間、何処にいたのだ そしてどのように生き延びた 何故我々に合流しなかったのだ ―



 クロムはこのトリスタンの言葉を聞いて、瞬時に思考を巡らせる。

 答え方によっては、話が混乱する可能性があった。


 実際の所、クロム自身のこの言葉に一瞬思考が停止させられた。

 艦の外観からかなりの老朽化が進んでいるとは予測していたが、クロムはこの老朽化の影響は、この世界に辿り着く際に引き起こされた損傷が大きな原因と考えていた。


 しかしトリスタンの言葉をそのまま信用した場合、老朽化は純粋に経年劣化によるものだという事になる。

 この艦がクロムが実験にて飛ばされた日から12年後に実行された作戦行動の果てに、こちらの世界に降り立ち、そこから557年という途方も無い年月を過ごしたという情報。


 時間を遡る事が理論上不可能だとすれば、存在した時間がズレているのはクロムの方である。

 クロムは500年を超える年月の差を何処かで消費していた事に他ならない。


 ― 俺は500年以上、目覚めずに眠り続けていた?しかし俺の乗った実験船は脱出時それを示唆するような劣化は見られなかった筈だ。損傷はあくまで航行中の物で間違いないだろう ―


 彼はその長大な時間を浪費していたかも知れない事に関して、特に大きな喪失感等は抱かない。

 問題にしているのは、自身の身に起こった現象のみである。


 ― 次元航行中に時間の概念が歪んだ可能性も考えられるが... ―


 クロムはコアの力による卓越した演算能力を有しているが、研究者でも学者でも無い。

 科学技術の理論はそもそも推論不可能だった。


「俺の意識は実験開始の段階で既にシャットダウンされていた。コアにもその時の状況は記録されていない。俺の身に何が起こったのかは証明不可能だ。そして俺がこの世界に到着してからまだ1年も経過していない。この件に関して言える事はこれだけだ」


 クロムは最終的に時間のズレを事実として受け入れ、トリスタンにそのままの事実を伝えた。

 これに関して言えば、クロムが関与出来る領域を遙かに逸脱したものだった。



 ― 了解した。ではもう1つ問わせて貰う。貴官はただ一人、その力を以ってこの世界で何を成そうとしているのだ。貴官の身体に棲む闘争本能のままに、この世界でも飽くなき殺戮の戦場を作り上げるのか ―



 トリスタンは、クロムの中に息づく殺戮兵器としての本質をこの世界でどのように使うかを問う。


「俺は俺の意思によってこの世界を歩み、生きる事を決めた。邪魔をするものは例え“神”であろうと叩き潰す。そして...」


 クロムはその言葉の続きをどのように表現するか、思案する。

 だが、どのように言葉を選んだとしてもその内容が意味する事は変わらなかった。


はこの世界にとって不必要な存在だ。完全な排除が必要と判断すれば、全てを破壊し終わらせる。この俺を含めて」


 クロムは赤い単眼に仄暗い光を内包しながら、トリスタンのコアに向かって深紅の魔力を纏う拳を突き付けた。

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