第119話 奈落に堕ちた者達の戦い

 クロムが戦闘前にコアから限定開示された情報では、眼前の敵はコルタナと呼ばれるモデルだった。

 このモデル名にクロムは聞き覚えも無く、また事前に持っていた兵器の情報にも無い為、何らかの追加改造を施されたモデルか、もしくは新規製造された強化改造兵となる。


 ただ外見データから判断すれば、完全にクロムと同じ製造モデルである事は間違いなく、特にこの姿に馴染みの無いこの世界の人間が見れば、瓜二つに見えるだろう。


 ― どのアラガミを積んでいるのか ―


 現在のコア制御下では単純な表現でしか言語化出来ない為、クロムは端的に疑問点を上げて行き、コアにその予測処理を行わせている。


 この時点で疑問に思うべき点は他にもあった。

 それでもコアの制御がそれを許さない。


 何故、自身と同じ強化改造兵がこの原初の奈落ウヌス・ウィリデにいるのか。


 たった1つのこの単純な、そして当然の様に浮かぶはずの疑問。

 それすらも今のクロムは1個の兵器として、この現実をありのままに受け止めていた。




 戦いの合図となった最初の激突で互いの両拳を叩きつけ合った両者。

 全く同じ材質の拳が全力でぶつかった事により、双方の腕部に僅かではあるが負荷と損傷が発生する。

 ただその一撃のやり取りでクロムのパワーの方が若干上回っている事も判明した。


 クロムは左脚をコルタナの右脇腹に横薙ぎで叩き込む。

 激しい金属音が響き、確実にコルタナの脇腹を捉えるも瞬時に回された右腕によってクロムの左脚が捕らえられた。


 クロムはその捕らえられた脚を支点に、コルタナの頭部を両手で鷲掴みにするとそれを引き寄せながら右膝を胸部にかち上げた。

 コルタナは左前腕でそれを受け止めるも、その衝撃を吸収しきれずに身体を浮かせる。


 クロムはコルタナの頭部を鷲掴みにしたまま、再び右脚を戻して再度膝を叩き込む。

 普通では聞かないであろう金属の衝突音が連続で響き渡り、超科学で生み出された兵器とは思えない程の泥臭い接近戦が繰り広げられた。


 その中でクロムの左脚が突然解放され、次の瞬間、小さな爆発音が響きクロムの左脇腹から一点集中の衝撃が右脇腹へと突き抜ける。


 ― 左脇腹に被弾 外部装甲に亀裂発生 敵使用兵装 インパクト・ナックル 内部損傷発生 融魔細胞損耗率6% 戦闘継続問題無し ―


 コルタナの使用したインパクトナックルは、前腕部に装填した炸薬を拳の着弾の瞬間に点火、瞬間打撃力を一点集中で対象に叩き込む兵装である。

 コアの負荷も殆ど無く、対人、対強化改造兵に特化した攻撃手段であった。


 クロムは全ての弾薬や炸薬等の装備を剥奪されているので使用が不可能な兵装である。


 ― 消耗兵装の使用 補給手段がここにもあるという事か ―


 クロムと同じモデルであれば装弾数は合計で4発。

 同じ個所に連続で叩き込まれでもしない限り、致命傷にはならない。





 強化改造兵の戦いは、最終的に肉弾戦による装甲の破壊が最も有効な手段であった。

 銃火器はその外骨格装甲の前では牽制程の効果しか認められず、光学兵器も装甲を融解する程のエネルギーを充填する事は不可能である。


 如何に相手の装甲を破壊し、その内部に衝撃を与えて損壊させ、コアを破壊する事が勝利への条件となっていた。

 逆に言えば、互いに装甲を突破出来なければ、エネルギー枯渇に陥るまで戦い続ける事になる。


 クロムはその被弾で体勢を崩すと見せかけて、右手でコルタナの頭部を引き寄せると、腰を落とし重心を下げると同時に密着状態で右肘の先端を胸部に撃ち込んだ。

 先程とは違う鈍い音が響き、今度はコルタナの前腕の防御を貫いて胸部に打撃が突き刺さる。


 クロムは右肘にメキリという小さな音と僅かな破壊の感触を読み取る。

 コルタナはその衝撃を受けながらもクロムの腹に前蹴りを見舞うと、密着状態を解除した。

 クロムは腹にその前蹴りを受けるも、瞬時に身体を折り、そのインパクトの衝撃を逃がす。


 再び距離を開けて睨み合う両者。

 コルタナの左胸部の装甲に、先程の攻撃による打撃痕とそれを中心に放射状に広がった亀裂が見て取れた。

 またクロムの膝蹴りを何度も防御した左前腕部も亀裂が発生し、その箇所から赤い血のような液体が滲んでいる。


 ― 赤い体液 アラガミ3式搭載型の可能性が高い ―


 アラガミ4式以上になると、そもそも内部構造が人間のそれとは全く異なり、血液と言う物が存在しない。

 強化細胞が必要に応じて形態変化を行い、全身に最高効率でエネルギーを供給する。


 するとコルタナはその左腕を横に振り、赤い液体を払う動作を見せると、一瞬身体をビクリと震わせた。

 前腕部から流れていたものが瞬く間に止まる。


 ― 戦闘強化薬を使用したか これも何処かで補充が出来る可能性が高い ―


 コルタナの損傷した胸部装甲から蒸気に似た煙が僅かに漏れ出ている。


 ― やはり3式では戦闘強化薬の負荷が大きすぎるようだな ―


 クロムはそれを確認すると大地を蹴り、コルタナに突貫した。

 コルタナはそれをその場で迎え撃つ姿勢で、拳を構えている。


 クロムはそれを承知でコルタナに右拳を、外側からの膨らんだ軌道で頭部目掛けて繰り出した。

 それに合わせる様にコルタナの左拳がクロスカウンターで放たれるも、クロムは紙一重で交わし、瞬時にそのコルタナの腕を右前腕で捕らえて固定した。


 ― 強化薬の影響で反応が付いて来れていない ―


 クロムは腕を極めたまま、身体を横方向に回転させると、渾身の力でコルタナを中心部に聳え立つ巨大な魔力結晶へ投げ飛ばした。

 そしてそれを追いかける様に突撃する。


 コルタナの身体はそのまま結晶の塊を粉砕しながら突き刺さり、周囲に砕けた結晶が飛び散った。

 コルタナがそのまま脱出しようと身を乗り出した瞬間、クロムのダッシュの速度がそのまま乗った飛び蹴りが、標的の鳩尾付近を直撃する。


 身体を折り曲げながら、更に結晶に叩き込まれるコルタナ。


「コア出力70% アラガミ5式システム解放50%」



 ― コア防御システムを最大稼働 融魔細胞のエネルギー反応上昇 魔力回路損傷 18% 損傷拡大中 ―


 ― コア融着魔力結晶のエネルギー反応 急速増大 ―



 既にコアは目標の完全破壊のみを目的とした肉体制御を行っている為、例えクロムが肉体の負荷や変化で損傷を受ける事になろうとも、警告や抑制指示を出さない。

 コアの損傷による機能停止を最優先で防御すると共に、状況に応じてクロムの戦闘力を最大限まで引き上げる制御を行なっていた。


 瞬間的に上昇したコア出力に反応して、クロムの内部で融合した魔力結晶が急激に反応を見せ、冷却機能の限界を超える熱エネルギーが発生し、体内温度が急上昇する。

 脚でコルタナの身体を結晶に釘付けにした状態で、クロムの身体から猛烈な勢いで蒸気交じりの赤い魔力が噴出し始めた。


「打ち砕く」


 クロムが一言そう漏らすと、装甲が剥がれんばかりに膨張した両腕を引き絞り、赤く輝く拳を連続でコルタナに叩き込み始めた。

 巨大な杭打機が凄まじい速度で撃ち込まれているような衝撃音が響き、その一撃が叩き込まれる度に結晶が振動し、周囲の亀裂が大きくなっていく。


 拳がコルタナに叩き付けられる度に、標的の装甲への損傷が拡大している感触がクロムに伝わり、それと同時にクロムの体内で次々と融魔細胞が内部で発生した魔力結晶の膨張で破壊され死滅していく。

 クロムが腕を振るう度に、装甲の隙間から死滅し融解した融魔細胞の残骸が飛び散り、魔力結晶が飛び出し始めていた。


 ― 両腕部負荷拡大中 腕部先端装甲 損傷拡大 亀裂発生 ―


 当然とも言えるが、クロムの拳の装甲とそれを繰り出す両腕の損傷も拡大の一途と辿っている。

 それでも深紅に輝く単眼が一点を見つめ、衝撃波で揺らぐ視界の中で荒ぶる闘神アシュラの如く拳を撃ち込んでいた。


「サンダーボルト・ペネトレイション 起動」



 ― 腕部の融魔細胞 強制変性開始 融魔細胞の損耗率28% 強制転用開始 エレクトリック・オーガナイザ 限界起動 ―


 ― 融魔細胞の変性完了 超高電圧発電細胞群 セル・コンデンサ 腕部接続 最大出力 ―


 ― 魔素リジェネレータ 限界稼働 変換システムの臨界点突破を確認 ―



 クロムは体内で正体不明の高エネルギー反応が爆発的に増大した感覚を覚えるも、コルタナへの猛攻撃を止める事は無く、更にその速度を上げ始めた。

 肉体が崩壊する可能性を認めながらも、両腕で起動したサンダーボルト・ペネトレイションがその攻撃に便乗し始め、青白い稲妻の嵐が吹き荒れる。


 クロムの拳が撃ち込まれコルタナの装甲に亀裂を入れ、そしてその亀裂から電撃が内部に流し込まれる。

 コルタナの背中を支える魔力結晶が、猛攻の衝撃で次々と砕かれていき、掘り抜く様にめり込んだ穴が奥に進み始める。


 そしてクロムの拳に伝わる衝撃の反射が、突然硬質な物に置き換わった。


 ― 結晶の奥に何かがある 構造物か ―


 その構造物はかなりの硬度を誇り、クロムの打撃音に更に金属音が加わると、それを覆っている魔力結晶全体を揺らす様に振動が伝わっていった。

 そしてその構造物はクロムの決死の猛攻の衝撃に損傷する気配も無く、それがコルタナへのダメージを一気に増大させた。


 超高度のクロムの拳と超硬度の構造物に挟まれ、なすがままに身を躍らせるコルタナ。

 すでに押さえつけていたクロムの脚は降ろされ大地を掴み、打撃の威力を引き上げている。


 一方的に叩き付けられるクロムの無慈悲な暴力と、それにより無残に壊されていくコルタナ。

 もし光景をデハーニやピエリス、ベリス、ウィオラが見ていたとしたら、思わず眼を背けてしまうだろう。

 トリアヴェスパのフィラであれば、泣きながらクロムを止めていた可能性すらあった。


 ただ今のクロムの意識の中に、そんな彼らの存在は残っていない。


 



 ― 融魔細胞損耗率40%を突破 体内高エネルギー反応増大中 ―


 ― 魔素リジェネレータ 稼働率25% 融魔細胞の活性低下 ―


 ― コア融着魔力結晶 浸食率35%を突破 コア損耗率28% 生命維持システムに異常が発生 コア防御システム 稼働率112% ―


 ― エレクトリック・オーガナイザ及び超高電圧発電細胞群 損傷拡大 サンダーボルト・ペネトレイション 出力低下 ―



 既に通常時に設定していたコア出力上限超える状態での戦闘が続いている為、クロムの肉体が内部から崩壊を始めていた。


 それでもまだ対象の完全破壊には届かない。

 この耐久力こそが、戦場で無数の地獄を振り撒いた、帝国の生み出した最終兵器である強化改造戦闘兵の神髄でもあった。


 ― ...ザザ...コル...戦...ザザッ...撤...せ...ガザッ...繰り...ブツッ ―


 突然、またも正体不明の信号を傍受したクロム。

 その間も絶え間なくクロムはコルタナに、威力が弱まった青い稲妻を飛ばしながら拳を叩き付けている。

 砕けた始めた黒い外骨格装甲の小さな破片が魔力結晶と共に飛び散っていた。


 しかしこの状況において、出力が明らかに低下しているクロムの連撃が次第にその成果を失い始める。

 コルタナが徐々にクロムの攻撃を防御し始めていた。


 クロムの拳を防御しながら赤い体液を飛び散らせるコルタナの身体は、既に赤黒く染まり、砕け散った装甲の奥には損傷を受け再生が追いついていない内部組織が露出している。


「...その...安寧...は...」


 コルタナが既に大半が砕け散った仮面の奥にある口を開き、赤い液体と共に弱々しく言葉を吐き出した。


 突然、この消え入りそうな声とは真逆の鋭い動きで、クロムの拳をコルタナが掌で受け止める。

 コルタナの手がその衝撃で砕ける感触がクロムに伝わった。


 それでもコルタナはクロムの拳を上から掴み、動きを拘束する。

 クロムは残った片方の拳で尚もコルタナの胸部目掛けて、拳を撃ち込み続けた。


 そしてその拳が、コルタナの胸部装甲を完全に打ち砕き、無数の黒い破片が宙を舞う。

 砕け散った装甲の奥には魔力結晶に大半を覆われたコアが、弱々しく鼓動するように明滅していた。


 クロムがそのコアに最後の一撃を加える為、渾身の力を込めて拳を引き絞る。

 その時、再びコルタナの口から言葉が零れた。


「...君と...共に...あらん...こと...を...」


 クロムが拳を撃ち出し、コルタナに最後の一撃を加えようとした瞬間、コルタナのコアが光り輝き、爆発的なエネルギーを放出し始める。

 余りにも眩い光がクロムとコルタナを包み込み、視界が真っ白に塗り潰された。


 それでも全く怯む事無く標的を定めたクロムの拳が、コルタナのコアに届いたその時、中心に立っていた巨大な魔力結晶を消し飛ばす程の大爆発が巻き起こる。


 クロムはその時、確かにコルタナの口が笑っているのを視界に捉えていた。

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