第118話 黒騎士が見た星屑の残滓
藪を突き抜け、襲い掛かる前から魔力の気配で敵の位置を捉えていたゼロツ。
リザードマンの姿が見えた時には、跳躍しながら両手持ちで練り上げた魔力を込めたヘヴィメイスを振りかぶっていた。
「これが俺が首領から授かった力!
魔力と月明かりで煌めくヘヴィメイスが、こちらを視認したばかりのリザードマンの脳天に叩き落される。
筋肉が一回り以上に膨れ上がり、血管を無数に浮かび上がらせる程に力が込められたヘヴィメイスの一撃。
それはリザードマンの身体を何の抵抗も感じさせずに叩き潰し、ヘヴィメイスの速度を抑える抵抗にもならなかった。
リザードマンの身体を肉片に変え、その勢いのまま地面を盛大に破壊したゼロツは、そのままメイスを支点に空中で器用に一回転し着地すると、反応が遅れたもう1体のリザードマンの背中に身体を回転させながらヘヴィメイスを横薙ぎで叩き付けた。
無数の牙が並ぶ口から舌と血を飛び出させながら、海老反りで吹き飛ぶリザードマン。
その身体が吹き飛んだ先には左手を前方に突き出し、右手で金棒を水平突きで構えるクロムが居た。
クロムはその飛来してくるリザードマンの胸部、魔石の反応がある位置を正確に捉え、その胸部が弾け飛んで肉片になる程の勢いで魔石ごと突き潰す。
「出遅れてしまったか!これも我の未熟の招いた事!」
ゼロスリーが自身の未熟を責めながら、ようやく攻撃態勢を整えて斬りかかって来たリザードマンの大剣を、幾度と無くシールドロッドで防ぎ、受け流していた。
シールドロッドの表面に魔力の火花が何度も舞い散るも、表面に僅かな傷が付くのみだった。
この領域のリザードマンの戦闘能力は、領域外の同種とは一線を画している。
その魔物の剣戟を受けて、ただの魔鋼の盾が僅かな傷で済むはずも無い。
だが、ゼロスリーの持つシールドロッドの持つ魔力容量と、そこに込められた魔力量が異常だった。
ゴライアが限界まで改変した結果、その膨大な魔力容量を満たす事が出来れば、硬度がミスリルレベルまで上昇する。
「我が魔力を込められしこの盾、簡単に突破は出来んぞ!」
気合いの言葉と同時にリザードマンの攻撃を絶妙なタイミングでパリィで弾き返すと、大きな隙の出来た腹部に向かってシールドロッドの先端を叩き込んだ。
柔らかい腹の部分に突き刺さったその先端は、皮膚を破り体内にめり込む。
「深度2魔法
ゼロスリーがその状態で魔法を放つと、突き刺さった盾の先端から水が小さな衝撃波を伴って爆発的に噴射された。
リザードマンの腹部と胸部が瞬間的に膨張し、その内部から発生した圧力に耐えられず様々の物を撒き散らして爆散する。
眼を見開いたままのリザードマンの頭部が宙を舞い、地面に落ちて転がっていく。
そしてその先に居たゼロツのヘヴィメイスであっけなく叩き潰された。
「残り1体、このまま一気に...うぉっ!」
「なんと...」
目の前の戦いに集中し過ぎた為、残り1体の行方を一瞬見逃していたゼロツとゼロスリー。
その失態に気付く前に、2体は残りのリザードマンの位置を把握する事となった。
普通に見れば体格で勝る彼らが見下ろす筈だったリザードマンに視線送る2体の首が、僅かに上の方向を向いている。
月明かりの下でリザードマンが浮いていたのだ。
正確に言えば、宙に持ち上げられていた。
痙攣を繰り返すリザードマンにクロムのアルキオナが巻き付き、その身体に無数の爪が深々と食い込んでいる。
まるで血を絞る様に時折、締め上げる力が増やされ、その度にボタボタと血が滴り落ちていた。
リザードマンは不幸にも自身の脅威の生命力を存分に発揮してしまい、この状態となっても死ぬ事が叶わず、今も地獄の責め苦を受け続けていた。
そして哀れな獲物が一際大きく痙攣すると、それ以降身動きを一切しなくなり、クロムはその骸を無造作に投げ捨てる。
リザードマンの血に塗れたアルキオナの先端の鉤爪が拳大の魔石を摘まみ取っており、そんままブルリと血払いをした。
そしてその魔石をゼロツに放り投げると、クロムは中心部の方面へ身体を向けながら静かに言う。
「多少の土産にでもなるだろう。持っておけ。雑魚が再び寄ってくる前に出発するぞ」
「あ、ああ。わかった。まだ十分に余力はある」
「我も大丈夫だ」
その言葉を聞き終える前にクロムは再び土くれを蹴り上げながら駆け出した。
ゼロツは慌てて背嚢にリザードマンの魔石を収納し、ゼロスリーと共にクロムの後を追う。
2体の脳裏に締め殺されたリザードマンの姿が焼き付いており、先を駆けるクロムの後姿を見ていると、底知れない恐ろしさが沸き上がってきた。
月明かりの下で大きな眼を赤く輝かせながら、敵を無造作に甚振り尽くす黒い影。
例えそれが自分達の主だとしても、それとは全く別の意識がその姿に対し本能的な恐怖を覚えていた。
そして2体が同時に考えた、共通の疑問。
― 主は一体何者なのだろうか ―
異常な世界が広がるこの
― この狂いの狩場に一体何があるというのだ。中心部には何が待っている? ―
その答えの待つ中心部まであと少しの場所まで迫っていた。
― 警告 前方80 高魔力反応を確認 急激な魔力増減 戦闘中と予測 推定位置は領域中心部 ―
― 警告 未確認反応の周辺に高魔力反応多数 動作無し 構造物と推定 ―
レーダーがクロム達に接近する物体を捉え、コアがその魔力量から警告を表示した。
「中心部で何かが起こっている。戦闘準備だ。今までとは訳が違うぞ。事態が俺の想定の範囲を超えている可能性がある」
「ぬぅ...一体何なのだここは...」
「この領域自体が異常の巣窟なのか?」
クロムが今まで一度も表さなかった警戒心が発せられた事により、それを感じ取ったゼロツとゼロスリーの心に若干の焦りが生まれる。
道中でゴブリンやコボルト等の比較的弱い魔物達を排除し、前回のサソリの幼体の様な魔物数匹と交戦している。
しかしながら、ゼロツとゼロスリーの戦闘能力がクロムの予想を上回っている事により、想定よりも短い時間で戦闘を処理できるようになっていた。
戦闘を重ねる度に、2体の部下の動きや判断力に磨きがかかっており、その戦果が彼らの心の中にも明確な成長と強さを得た自信を持たせてる。
だが、クロムの初めて見せたその警戒心が、ここに来てそこに冷や水を浴びせかけたのだ。
クロムは魔力連鎖にて感じ取った部下達の魔力数値とその感情の流れを確認しながら、魔力レーダーに映る戦闘中と予想された高魔力反応を注視していた。
そして一定の範囲内に侵入した途端、後方から迫って来た無数の魔物の光点が一斉にその追撃を中止したかのように、動きを止める。
― 追撃が止んだか。となるとこの先に居るのは... ―
「これから先の戦闘では、俺が引けと言ったら必ず引け。わかったな」
クロムが後方の2体に命令を下す。
しかしながらゼロツとゼロスリーは、それまでとは異なり、明確な口調でクロムに言葉を返した。
「わかった。命令無しで手出しはしない。だが首領を置いて逃げる事は出来ん。例え首領の怒りに触れ、無残に殺されてもだ」
「我も同じ意見だ主よ。主を見捨てるという事は、それは我々にとって死を以って償う大罪。主に殺される事になってもそれは出来ない」
クロムの中に今までにない強固な意思の気配が、濃密な魔力と共に流れ込んで来た。
「わかった。ただし俺の邪魔はするな。俺の命令に抗う事は許さん。何があってもだ」
「「応!!」」
その彼らの気合いを背負った応答を聞き、クロムは更に進軍速度を上昇させ、それにゼロツとゼロスリーもそれに何とか食らい付く様に追従する。
クロム達の通過した地面は大きく抉られ、後方には土煙が舞い散り、その衝撃は周辺の木々を盛大にざわつかせた。
そして前方に控える強力な魔力反応との交戦可能距離に入る。
深い藪をクロム達が突っ切ると、不意に大きく視界が開き、そこには巨大なクレーターが存在していた。
そしてその中心部には構造物を包み込むように発生した、巨大な魔力結晶が聳え立っている。
今迄とは比べ物にならない程の高濃度の魔素が満ちる空間がクロム達を待っていた。
その原因は間違いなく、クレータ内に無数に乱立する巨大な魔力結晶だ。
「うぐぉぉっ!な、なんという息苦しさだ!」
「こ、これはっ...追撃が止んだのはこれが原因か...あぐぅっ!」
ゼロツとゼロスリーが、その急激に上昇した魔素濃度に晒され苦し気に呻く。
何とか魔力防御を全開で対応するも、それでも尚、彼らに息苦しさを覚えさせる。
魔織布を巻いていなければ、確実に魔力が暴走し意識を刈り取られていた。
クレーターがかなりの急斜面を形成しており、クロム達は藪を突き抜けた勢いのまま、意図せずに大きな跳躍を余儀なくされ、クロムはレーダーに映っていた魔力反応の正体を宙を飛びながら視認する。
そこには乱立する魔力結晶の中で、2体の魔物が戦闘を繰り広げていた。
一方は、クロムが前回戦ったサソリの魔物。
そしてもう一方は、背中や胸、脇腹等全身の各所から大小の魔力結晶を生やした黒い人型の何かだった。
クロム達が轟音と共に土煙を上げてクレーターの最深部に着地する。
その直後、クロムがこの世界で初めて発した叫び声がクレーター内に響き渡った。
「あれは...まさかそんな筈は無い!」
感情制御を完全に振り切ったクロムの驚愕の感情は、魔力濃度に苦しんでいたゼロツとゼロスリーの中に膨大な魔力と共に流れ込んで来る。
「うぅぅ!首領、一体どうした!」
「主よ!だが、主との魔力連鎖おかげで魔力防御が何とかなりそうだ!」
2体が急に沸き上がったクロムの容赦無い勢いの魔力と、今まで彼が発した事の無かった感情の発露に驚いた。
― ユニット966の感情制御に問題発生 システム緊急修復 ―
感情制御を振り切ったクロムの意識が、僅かに混乱の兆しを見せた事によりコアが緊急措置を施し始める。
だが、そこに畳みかける様に以前確認した信号をコアが傍受した。
― ...者...ザガッ...確...ガガッ...戦...せよ...繰り...す...ザザァッ...タナ...ッ ―
― 正体不明の信号を受信 発信源は前方構造物 ―
その信号発信と同時に、サソリが黒い人型の放った明らかにこの世界の産物では無い攻撃を受けて、その巨体が爆音と共に幾つかの魔力結晶を粉々に砕きながら吹き飛ばされた。
その攻撃で相当なダメージを喰らい、サソリは胴体から煙を上げながら肢を痙攣させ、未だに身動きが出来ないでいる。
そしてその攻撃の余波で青白い火花が大気中を乱舞する中、その黒い人型がゆっくりとクロム達の居る方向へ向き直った。
その黒い人型の青く輝く双眸が、確実にクロム達を捉えていた。
「ゼロツ、ゼロスリー、命令だ。直ちに俺から離れろ。引けとは言わん。絶対に手を出すな。余裕があるなら向こうのサソリでも相手にしてろ」
ゼロツとゼロスリーはそれに何か答えようとしたが、出来なかった。
間違いなく言葉を発すれば殺されるという直感。
そして、それよりも恐ろしさを感じさせる形容出来ない気配がクロムから発せられていた。
2体の部下は無言で頷き、サソリの動きに対応できる位置まで即座に移動を開始する。
「現刻を以って領域調査任務を破棄。作戦目標更新。
― 作戦目標の更新を確認 戦闘システム起動 コア出力55% コア限界出力上限70% ―
― アラガミ5式 システム解放待機 システム解放上限40% コア損耗30%まで許容 ―
― 魔素リジェネレータ 最大稼働 警告 周辺区域の魔素濃度許容限界を突破 稼働不安定 ―
クロムと相対する黒い存在が、青い双眸を揺らしながらゆっくりとクロムに向かって歩き出した。
それは黒い外骨格装甲に身を包み、両手に凶悪な鉤爪を携え、圧倒的戦闘力で敵を単機で蹂躙する戦闘兵器。
この世界に降り立った被検体 No.966の原初の姿。
するとコアの状況判断が完了すると同時に、状況報告から内容が一変、それまでの情報表示が赤く塗り潰され情報が次々と上書きされていく。
コアの制御によって存在しているクロムが逆らえない、上位権限による情報更新が古い情報を薙ぎ倒し始めた。
クロムが知り得ない筈の敵情報が次々と流れ込んで来る。
その情報は全て時限消去プログラムが施されており、一定時間経過後にはクロムの意識の中から消去される。
クロムが敵の正体をこの段階で完全に把握した。
― コア上位権限による敵対目標の情報を再更新 最優先作戦目標を再設定 ―
「...やはりどこに居ても俺は俺のままか」
クロムは次々と塗り替わる情報を達観した様子で見守り、感情制御がより強く発動していくのを感じていた。
次第に冷えていくクロムの意識。
記憶情報の中の喜怒哀楽の表情を浮かべている人間達の姿に黒い液体が浴びせかけられた。
そして最後まで、その黒塗りに抵抗するように光り輝いていた赤い正十二面体の結晶もその闇の中に消えていく。
― あなたは正真正銘のバケモノ。さようなら黒騎士クロムさん ―
少女の声がクロムに届く。
しかしその声の正体をもはや今のクロムは判断する事が出来ない。
― 上位権限による作戦命令を通達 目標を全力を以って撃滅せよ 繰り返す 全力を以って撃滅せよ ―
― 作戦の完全遂行を最優先 例外は認められない 繰り返す 例外は認められない ―
「上位権限による作戦命令を受諾。これより作戦行動を開始する。戦闘システム起動」
クロムの外骨格装甲が全力戦闘の準備の為に変形を開始する。
各部の装甲が跳ね上がり、そこから深紅の魔力が溢れ出し始めると、その禍々しい姿に更に拍車をかけた。
そのクロムの姿を捉えている黒い人型の歩みが止まる。
「撃滅対象 アラガミシステム搭載型強化改造戦闘ユニット モデル“コルタナ” 所属不明 コードネーム不明」
「目標の完全破壊を以って作戦完了 アラガミ5式解放 コア最大出力」
― コア出力最大稼働準備 リミッター解除 全融魔細胞を戦闘転用 ―
完全にコアと同じ抑揚の無い機械音声を発し始めたクロム。
鈍く光り続けていた大きな単眼の中心に、どす黒い瞳が内側から張り付き、縦横無尽に視線を振り回す。
「戦闘開始」
クロムが赤い魔力の残滓を後方に振りまきながら猛然と駆け出すと同時に、相対する黒い生体兵器もクロムに向かって突進を開始した。
黒い2体の戦闘兵器が真正面から激突し、それにより発生した衝撃波が戦闘開始の合図となった。
― ...ッ!...せよ...返す...戦...せ...ザザザザ...めよ...ッ! ―
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10/26 17:06 内容を修正 再投稿
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