第117話 奈落を駆ける3体の捕食者
「このままの速度を維持したまま
「了解だ」
「御意!」
黒い外套を靡かせてクロムが夜の森を疾走し、その後を白い布をはためかせながら2体の魔物が追従していた。
魔力レーダーに現状で脅威と判断出来る魔物はおらず、幾つかあった光点もクロム達の進軍を避ける様に遠ざかっている。
― 背腕アルキオナ 融魔細胞との親和性向上 魔力回路反応問題無し ―
― 操作信号最適化完了 ユニット966 神経回路接続 コア制御システム 連結開始 ―
― 背腕連携プログラムを実行 戦闘システムとの連携にフィードバック ―
「まだ完全とはいかないが準備は完了したようだな。背腕アルキオナ展開」
融魔細胞とアルキオナの筋肉組織への完全融合まで、残り数パーセントの状態まで到達しており、コアが通常時の動作の試験を行うように要望を通してくる。
これ試験データを戦闘システムにフィードバックし、更に最適化を行うのが道中での課題でもあった。
走り続けるクロムのたなびく外套が内側から不自然に盛り上がり、魔鋼の甲殻が擦れ合う音が響く。
そして限界まで縮み、収納されていたアルキオナが伸びをするようにクロムの背中から飛び出した。
「むぅっ!首領よそれはなんだ!」
「それが新しい主の力なのか!?」
後方を走っていたゼロツとゼロスリーが、驚きの声を上げると共に増速しアルキオナの動作の妨げにならない様、クロムの横に付く。
アルキオナはまるで猛獣の尾の様に後方に伸びながら、僅かな月明かりを反射し魔鋼の輝き纏って、その身をうねらせていた。
目覚めの確認をするように、各節に並ぶ鋭く湾曲した無数の爪が、規則正しく開閉を繰り返している。
「このままの速さを維持したまま、コイツの使い勝手を確認する。巻き込まれるなよ」
そう告げると、2体の返事を待たずにアルキオナを操作し始める。
のたうつ様にアルキオナが動き、そして瞬時にその身を限界まで伸ばした。
横を走るゼロツの頭上を掠める様にアルキオナが薙ぎ払われ、その先端が前方の逞しい木に噛み付いた。
そして一気に縮むと、クロムの身体が一気に前方へ跳躍するように加速する。
そしてその勢いを利用したまま、次々にアルキオナを木々に噛み付かせ、時には巻き付かせ、クロムは地に足を付けないまま森を跳ね回る。
「速いっ!引き離されるなゼロスリー!」
「わかっている!ここで置いて行かれる訳にはいかない!」
ゼロツとゼロスリーは身体強化の強度を上げ、駆ける脚に鞭を入れた。
テオドの用意した白い魔織布が魔力に反応し、後方に光の粒子の筋を形成している。
「あの少年の用意したこの布、素晴らしいな」
「身体の魔力の流れが風の様だ」
巻き方を工夫すれば、身体の表面を流れる魔力を整流する効果もあり、魔力強化の効率が上昇する事も確認出来ていた。
それにより、より精密かつ強力な魔力強化を実現出来た2体は、クロムの立体機動に何とか付いていく事が出来ている。
「むっ!首領が前にいないぞ!」
「まさかこれでも引き離されるのか!」
走りながら焦る表情を浮かべた2体の額に、疲労とは異なる汗が滲む。
しかしその直後、ゼロツの側面からクロムが飛び出してくると、今度はゼロスリーの身体を掠める様にアルキオナが伸ばされ木に巻き付いた。
「っ!?横から!?」
「なんとっ!?うおっ!?」
走りながらの試験が行われている為に、クロムが取り残される形になったと思いきや、アルキオナの力を使って遠心力を利用し身体を振り、一気に2体の前方へ躍り出る。
クロムは時折、立体機動に大胆な方向転換を加えながら夜の森を自在に移動していた。
― 立体機動プログラム最適化中 反応速度は想定の96% 可動域修正 ―
― 背腕アルキオナ 魔力回路反応問題無し 反応速度は想定の89% 回路要修正 ―
― 背腕アルキオナ 負荷上昇中 損傷無し ―
― 通常時でこれだけ動ければ問題無いと言いたいが、全開で駆動が続くとやはり負荷による損耗が気になるな ―
クロムはコアからの情報を読み取り、通常時の全開動作で僅かながらも負荷が蓄積され始めた形跡を確認する。
融魔細胞の融合により筋肉組織の自己修復は機能しているが、これが戦闘システム起動時だとすると、回復が追いつくかという疑問が残った。
「アルキオナの評価試験を中断。アルキオナ収納」
― 戦闘システムへのフィードバック開始 システム再構築中 ―
クロムが一定のデータは取れた事を成果と捉え、評価試験を中断する。
アルキオナがブルリと一際大きくうねると、そのまま縮まっていき外套の中に収まっていった。
「何か不満でもあるのか、首領よ」
アルキオナが収納される様子を戸惑い交じりで観察しながら、クロムの隣で並走しているゼロツが問い掛ける。
クロムの魔力の気配を敏感に察知した2体は、彼の不満の原因を知りたがっていた。
そんな懸念を含む魔力気配を感じ取ったクロムは、溜息を付きながら不満の原因を説明する。
「俺の要求に合わせて動かすと、通常時でも武器に負担が掛かっているようだ。まだ改良の余地があるという事だ。全力で戦闘を行った場合、長引けばかなりの確率で壊れるだろうな」
「あの少年の師が造ったのだろう。師であるあの男も相当の腕だと思うが。このメイスを使っていれば良く解る。それでもまだ首領の力を受け止めきれないのか」
「これから侵入する領域の敵と戦う際は注意が必要だという事だ」
そのような会話をしていると、クロムのレーダーが以前と同じ、魔力の格が違う反応を捉え始める。
数は前回の時とあまり変わり映えはしていないが、今回は複数での突入になる為、どのような事態になるか完全な予測が出来ない。
― この2体の強さ次第か。ゴブリンやリザードマンであれば多少の連携で撃破は容易に出来るだろうが、それ以降の奥地の魔物がどのようなモノかによって変わってくるな ―
「このまま突入するぞ。勝手に死ぬのは構わんが俺を巻き込むな。だが働きは期待している。行くぞ」
「了解だ」
「このいの...いや、全力で主の期待に応えてみせる!」
クロム達の目の前が開け境界線が姿を現わした。
それと同時に夜空を覆っていた雲の切れ間が大きくなり、月が顔を出す。
月明かりがその場一帯を青白く照らし出すも、
突入した瞬間、ゼロツとゼロスリーは急上昇した魔素濃度によって身体の周りを何かがまとわりつく様な感覚を覚えた。
2体はその影響で息が詰まるような苦しさを覚えるも、瞬時に魔力防御で対応する。
「凄まじい魔力濃度だ。以前の俺ではもう倒れているぞ」
「この中で主はあのサソリと戦っていたのか...」
初めて踏み込んだ
そして3体が
― 戦闘システム起動 コア出力40% 緊急出力55%上限 魔素リジェネレータ― 最大出力 ―
― 背腕アルキオナ展開 高濃度魔素による動作阻害無し 戦闘システムとの連携開始 ―
高濃度の魔素に満たされた環境での動作に懸念があったが、素材となった筋肉組織の持ち主がこの環境出身の魔物である為、影響は皆無だった。
クロムの背中から外套を跳ね上げて、アルキオナが再びその凶悪な姿を現わす。
「環境的には問題無さそうだな。それに敵はもうこちらの動きに気が付いているみたいだ。お前達はこの環境でも戦闘に問題は無いな?」
「問題無い。気配と魔力で十分に判断出来る」
「同じく」
クロムは魔力連鎖でゼロツとゼロスリーの魔力量をある程度は把握出来ている。
身体強化を掛けている状態で、クロムの追従して来たにも関わらず、その量はまだ余裕がある様に見えた。
理由としては、テオドの用意した魔織布の影響がかなり効いており、無駄な魔力の大気放出等を抑制し、魔力効率をかなり引き上げていた。
これが無ければ、突入前に朝まで休息が必要な程に魔力を消耗していただろう。
「ゴブリンやコボルト、リザードマン辺りが敵であれば各自の戦いに任せる。今までの奴らとは桁が違う強さだが、お前達なら問題無いだろう」
「あんなゴブリン如き...」
ゼロツがゴブリンと聞いて侮る発言をしたその瞬間、前方を駆けるクロムの背中から展開しているアルキオナが瞬間的にしなり、ゼロツの首に鉤爪を引っ掛けた。
「敵と戦う前に俺に殺されたいのか」
クロムの明確な殺意が魔力連鎖と気配でゼロツとゼロスリーに伝わる。
その気配に反応したアルキオナの無数の爪がギチギチと一斉に動き始めた。
既にいくつかの光点が統率された動きで、クロム達の進路上を目掛けて進んでおり、接敵は避けられない状況となっている。
そんな交戦直前の状況で敵では無く、部下であるゼロツに浴びせられる明確な殺意。
それに巻き込まれたゼロスリーも走りながらその身を強張らせてしまう。
「す、すまない首領...」
「次は無いぞ」
クロムの剥き出しの殺意とその一言が、戦いの前であるにも関わらずゼロツとゼロスリーの精神を凍り付かせた。
次の瞬間、目の前の茂みから奇怪な叫び声を上げてゴブリンが3体、嫌な気配のする魔力を帯びた短剣を逆手に持って飛び掛かって来た。
「邪魔だ」
クロムはその殺意をそのままゴブリンに向け、背中の金棒を瞬時に抜き去ると真ん中のゴブリンを一撃で叩き潰す。
脳漿を飛び散らせ、悲鳴を上げる暇も無く絶命するゴブリンを地面に叩き伏せ、右の敵はすれ違いざまにアルキオナの無数の爪でその全身をズタズタに引き裂いた。
全身を無残に切り刻まれたゴブリンは、絶叫を上げ、血を撒き散らしながらゼロツの頭上を飛んでいく。
「むんっ!」
そこにゼロツのヘヴィメイスが薙ぎ払われ、ゴブリンは瞬間的に肉片となって森の肥料となった。
「ゼロスリー、やれ」
クロムは一言、ゼロスリーに残った1体の処理を任せる。
「御意。ふんっ!!」
ゼロスリーはクロムの指示に短く応答すると、シールドバッシュでゴブリンにカウンターを喰らわせる。
ゴブリンはギャブという汚い悲鳴を上げながら、全身の骨を粉々に砕かれた末に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた所を盾の先端で胸部を完全に潰される。
魔石が簡単に砕かれ、絶命するゴブリン。
クロムは移動速度を殆ど緩めないまま、部下2体を引き連れて中心部の方向に向かう。
先陣を切った3体のゴブリンの特攻とも思える動きに合わせる様に、前回と同じく連携の取れた動きで次々とクロム達に襲い掛かって来るゴブリンの集団。
だがそれらも全て無残な肉片と成り果て、瞬く間に壊滅させられる。
「まだ居るぞ」
「深度2魔法
ゼロスリーがまだ見えない目の前の木々の奥に向かって、肉体の成長に伴って覚醒した水魔法を撃ち放った。
魔力で形態維持された水の槍が、バリスタに迫る速度で木々を薙ぎ倒し、轟音と共に暗闇の先に消えていく。
するとその先で、ゴブリンとは違う濁音交じりの悲鳴が聞こえ、クロムはその声を過去の音声データから瞬時にリザードマンと判断した。
「リザードマン4体が進路上にいる。叩き潰すぞ」
「「応!」」
クロムのレーダーでは5つあった光点が先程のゼロスリーの先制攻撃で4つに減っていた。
「ゼロツ、ゼロスリー、リザードマン共はお前達がやれ。この先の領域の侵攻に共に付いて来れるか、その戦いでお前達を見極める。俺も多少は加勢はするがな」
「機会を与えてくれて感謝する、首領!」
「またと無い機会!いくぞゼロツ!」
2体の双眸がクロムの魔力の影響が強く表れたのか深紅に輝き、その身体から溢れる魔力の質と量が跳ね上がった。
まさしく気炎を上げると言った表現が相応しい彼らの姿。
ゼロツとゼロスリーが、その気炎の輝きで造られた尾を引きながらリザードマンの居る場所に猛然と駆けて行く。
― ここまで練り上げる事が出来るようになったか。あのブラックオーガの魔力量を超える日もそう遠くないかも知れないな ―
クロムはその2体の後姿と、視界に表示される魔力探知モニターの数値を見ながら、計画の一部を変更し始めた。
既にクロムは現在の2体の魔力量であれば、あのリザードマンであれは十分に対処が可能と判断している。
そして今度はクロム達が藪の中から、その先に居るリザードマン達に猛然と襲い掛かった。
力こそが全ての
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