第116話 新たな暴力の産声

 クロムは部下2体分の大型の背嚢を両肩に掛け、北門を抜けた。

 明らかに一人で持ち運ぶ大きさの荷物ではない。

 加えて、街に入る時には装着していなかった単眼の仮面の威圧感は凄まじく、クロムとのやり取りに慣れ始めていた警備兵もその姿を見て、掛ける言葉を失っていた。

 

「ク、クロム様...でございますか?」


「ああ、そうだ。仮面を新調したのでな。こちらのプレートで判断してくれ」


 そう言ってクロムは、冒険者プレートを警備兵に見せるも、そもそもそれを必要としない程にクロムの存在が心に刻み込まれている彼らは、プレートを確認したのか分からない速度で通行許可を出す。

 仮面の意匠を始めとして、その声や呼吸音等、何もかもが警備兵や周囲の人々の恐怖心を煽ってしまうクロム。


「ど、どうかお気を付けて!夜の森は非常に危険ですので!」


「ああ、気を付けるとしよう。任務ご苦労」


 警備兵達の大袈裟な見送り受けながら、クロムはそのまま正規のルートで夕闇に沈もうとしている森に入っていく。

 行き先を把握されない為の粗雑な偽装に過ぎないが、やっておいて損は無いだろうというのがクロムの判断だった。


「今までの背嚢が使えなくなったのは予定外だったな」


 魔力連鎖で部下の位置を把握し、冒険者と思われる反応を避けながら移動するクロムが、今までとは違う背中の具合と重量バランスを再確認しながら呟いた。

 今、クロムの背中の上部付近にゴライアの試作武器が張り付いている。


 現状では、特に特筆すべき機能等は備わっておらず、あくまで武器の素体とも言える状態であった。

 ゴライア曰く、出来る限り詳しい情報が欲しいとの事で、壊れるもしくは、大破寸前まで使い倒して欲しいとクロムに伝えていた。


 クロムは試作段階の武器を装備するつもりはなかったが、ゴライアが魔力の浸透や伝達具合、動作等の具合を実践方式で感じる事が出来るのはクロム以外居ないと半ば強引に装備させるに至る。



 ― “背腕アルキオナ”の接続回路構成 進捗28% 肉体との融着接続面形成 進捗58% ―


 ― 魔力回路接続および回路最適化 進捗37% 戦闘システム 武装運用プログラム構築中 ―



 クロムはコアからの新装備の順応進捗の報告を、最適化された単眼の仮面の視界で逐一確認しており、表示されたクロムのシルエットに浮かぶ数値の流れを追っている。

 視界の端にこの新武装のデータも展開され、各部の調整が急ピッチで行なわれていた。


 コアが表示した新武装“背腕アルキオナ”

 これはゴライアが命名したもので、英雄譚に登場する怪物の名から取られている。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 英雄譚の黒騎士が“奈落”と言われる場所で、13日間に渡り死闘を繰り広げた深淵を這い回るムカデの怪物アルキオナ。

 その戦いは黒騎士が勝利を収めるも、最期にアルキオナが放った呪詛の猛毒に犯され、彼は生死の境を彷徨う事になる。


 そして黒騎士は生死を彷徨う中で呪詛に残っていた怪物アルキオナの意識に触れ、その怪物に課せられた呪いの正体を知った。

 呪われた異形の怪物もまた暗闇の中で触れた黒騎士の意識に光を見つけ出す。


 黒騎士はアルキオナの呪詛をその身で受け止め、そして全てを受け入れる事を決意し、共に歩む事を選ぶ。

 そしてその呪いで異形に変わりつつあるその身を引き摺る様に、再び戦禍の中へと這い戻っていった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 




 その武装はいくつもの節で構成されており、その見た目は正に呪われた女神アルキオナの姿であるムカデを彷彿とさせた。

 13にもなる各節の1対ずつ配置された鉤爪は物を掴み、捕らえる事が可能であり、通常時は限界まで縮んで背中を掴んで張り付いていた。


 その状態でもその長さはクロムの背部の上部から股下まで伸びており、それを見たテオドはクロムに尻尾が生えたと表現している。

 武器の見た目がムカデに酷似しているという事もあり、新しい仮面を付けたクロムの姿の禍々しさをより一層異様な物へと昇華していた。


 現在は外套でその姿を隠しているが、もし外套が無ければ警備兵の対応もまた違っていた可能性がある。

 間違い無く、クロムに関する奇妙な噂が更に広まっていただろう。


 本来であれば先端部に刃物やクローを搭載する予定だが、現在では鋭い爪が固定されているのみである。

 各部の装甲は完成時はサソリの甲殻を使用するが、今は仮の段階で魔鋼製の甲殻が取り付けられ、その動きは素材となったサソリの筋肉組織を組み込んで実現していた。


 このサソリの尾の筋肉組織は魔力を流す事で、伸縮性と弾力性を飛躍的に上げる事が出来、最大で約5メートル程伸ばす事が出来る。

 甲殻や内部の関節部分の制限はある為、触手の様な柔軟性は無いが、それでも非常に多彩な動きを実現している。


 今は色の付いていない魔鋼そのままの素材の色という事もあり、クロムの黒い身体に鋼色の尾が背中から生えている状態だった。




 ゼロツとゼロスリーの気配はその鍛錬の成果もあり、魔力連鎖で容易にその位置を探知する事が出来た。

 2体は冒険者の気配から可能な限り遠ざかる形で前回別れた場所から移動しており、原初の奈落ウヌス・ウィリデの領域に近付くような足取りを見せている。


 クロムは周辺の魔力を探知しながら、街よりも早く夜の闇が訪れた森の中を疾走していく。

 背腕アルキオナのクロムとの接続率も現状で50%以上の進捗を見せてはいるが、それでも実践に使える程の状態には到底及ばない。


 コアの報告にでは、肉体との融合接続において融魔細胞の筋肉組織への浸食が予想以上に遅れているとの報告を受けている。

 最低でも接続面は融魔細胞の融合が完全に果たされていないと、戦闘中の負荷で千切れ取れる可能背もある為、実践運用はまだ先の話となっていた。


 クロムが2体の部下が停止している場所まで辿り着くと、その姿を確認したゼロツとゼロスリーが魔力錬磨の中断して駆け寄り、跪いた。

 2体はクロムの顔面の変化に気が付いているが、元々魔力連鎖による魔力の気配でクロムを認識する傾向が強い為、外観の変化には大きな反応は見せない。


「無事の帰還何よりだ、首領。大きな荷物を担いでいるな」


「戻られたか我が主よ。何とも恐ろしい様相の仮面ですな」


 クロムには魔力の気配で、主の帰還を喜んでいる事も十分に伝わっている。


「万全とは言えないが装備を整えてきている。それとこの背嚢は鍛冶師ゴライアがお前達の装備として用意したものだ。次の侵入で可能な限り魔石や戦利品を持ち帰るつもりだ。身に着けておけ」


 クロムは両肩に担いでいた大きな背嚢を2体の前に降ろす。


「その背嚢の中に、お前達の身体に装備する簡易装備のような物が入っている。これもテオドの発案によって用意された装備だ。破壊されても問題無い。だが無駄にすることは許さんぞ」


 頑丈な装甲板が張り付けられた背嚢の中には、テオドが思い付きに近い形で用意した物が入っていた。

 金属繊維と魔力繊維が強固に編み込まれた反物ような防具であり、身体の形状に合わせて巻き付ける事によって装備する。


 主に上級騎士のインナーの素材として使われるもので、その加工前の反物状態で倉庫に残っていた物に留め具や末端処理を施したものだった。

 テオドが実際に自分の身体に巻き付けながら、装備方法を考案した即席の防具である。


 実際の所、物理防御は騎士の全身鎧には遠く及ばないが、その柔軟性や難燃性、斬撃及び刺突耐性に優れており、性能的には防刃ベストに近い。

 また魔法繊維と呼ばれる魔力親和性に優れた繊維を使用しているので、魔力を通す事によりある程度の耐久性と魔法防御を高める事が出来る。


 即席での用意とは言え、鎧の如く強靭な肉体を持つ2体にとっては、非常に都合の良い補助防具と言えた。


「おお、この布から魔力を感じる。これもあの小さな少年が用意したのか」


「あの小さき者がこれほどの物を...やはり人間と言うのは底知れぬ存在だ」


 ゼロツとゼロスリーは、既にテオドの事は記憶に色濃く残しており、種族に関係無く敬意を示すべき存在として認識している。


「その布を自分の都合の良い様に巻き受ければいいだけだ。仮の装備ではあるが物は悪くないとの事だ」


「わかった。この命に代えても役に立って見せる」


「仰せのままに。この命尽き果てようとも」


「この期に及んでまだ命を賭ける等と言う戯言を口にするのか。自らの命を賭けねばならない程に弱い部下など俺の邪魔にしかならん。この場で処分するぞ貴様ら」


 クロムが未だに命を賭けるという言葉を発する2体を本気で処分しようと、拳を掲げて力を込める。

 騎士と言い、この魔物と言い、自分の命の価値を何処まで過大評価しているのだと、クロムは若干の苛立ちを覚えた。


 ― 感情制御がまた甘くなっているな。環境の変化に設定が追いついていないのか? ―



 ― 思考制御プログラム 感情抑制レベル変化無し ―



 そのクロムの予測を正面から否定するコアからの情報。

 クロムは一瞬、その疑問を解決すべくコアのスキャンを走らせようとするが、それと同時にクロムの叱責を受けて跪いたまま震える2体が目に入る。


 ― 全く...騎士の時もそうだったが、主と言う存在は、足枷にしかなっていない気がするな ―


 クロムの赤い単眼が2体の部下を捉え、魔力の気配を察知したのか、ビクリと身体を震わせるゼロツとゼロスリー。

 クロムに流れ込んでくる気配は、クロムに対する恐怖よりも、主の期待に応えられない己に対する怒りの方が大きかった。


「いつまで役立たずでいるつもりだ。さっさと準備しろ」


「わ、わかった...」


「ぎょ、御意...」


 ― もう少し柔軟な対応が出来るようになればいいがな。ゴライアやテオドとの交流の機会を増やすのも、良い経験になるとは思うが ―


 クロムがそんな事を考えていると、コアから情報が上がり視界に表示される。



 ― “背腕アルキオナ”の接続回路構成 進捗72% 肉体との融着接続面形成 進捗84% ―


 ― 魔力回路接続および回路最適化 進捗78% 戦闘システム 武装運用プログラム構築 最終チェック中 ―


 ― 背腕アルキオナ 融魔細胞の融合率86% 接続部の外骨格装甲変形 魔力放出口移設 完了 魔力回路再構築 完了 ―



 当初はゴライアがアルキオナを固定する為にベルトをクロムに装着していたが、クロムは既に肉体の融魔細胞と武装の物理的融合を開始しており、背部の装甲配置も新武装の対応すべく変形していた。

 取り外す際は、背中からアルキオナを捥ぐ事になる。


 一度、接続面が融魔細胞と融合し適合していれば、アルキオナの再装備には殆ど時間が掛からないが、魔力回路が取り外す度に切断されるので、その再構築に若干の時間が取られてしまう。

 それを解決すべくこの原初の奈落ウヌス・ウィリデへの作戦が完了すれば、一度村に向かい、ティルトに魔力回路処理の改善を依頼するつもりでいた。



 ― 背腕アルキオナ 操作信号への応答確認 各種信号の応答試験開始 ―


 ― 操作追従率86% 戦闘運用プログラム 要求追従率95% ―



「移動中に操作追従試験を行う。試験結果は戦闘プログラムにフィードバック」



 ― 背腕アルキオナ 評価試験開始 魔力回路接続 魔力供給開始 信号応答は問題無し ―


 ― 背腕アルキオナ 起動展開の準備完了 魔力回路の魔力伝達率98% 損傷無し ―



「アルキオナを運用待機状態で維持」


 クロムの背後で新武装が命が辿ったように脈動を始めた。

 初めて通される魔力に驚いたように、外套の中のアルキオナの表面各部に赤い魔力回路が明滅しながら浮かび上がっている。


 新たに増設された副腕の感覚が意識内に追加されたクロムは、若干の違和感を覚えつつも、単純に使える腕が増えただけとといった心持ちで感覚を徐々に取り戻していった。

 前の世界で肩部副腕ユニットを装着した感覚を思い出しつつ、その感触と反応をコアにフィードバックし、運用プログラムの最適化を行わせている。


 融魔細胞とアルキオナの完全融合が完了すれば、まずは第一段階のクリアとなり操作試験を行う事が出来る。

 新しい暴力が産声を上げるように蠢き、クロムの外套を内側から不自然に揺らしていた。


 ― 背腕アルキオナ、果たしてどこまで使える代物か...期待を裏切ってくれるなよ ―


 クロムの赤い単眼がより一層強く輝き始めた。

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