第120話 彷徨える弾丸が地に堕ちる時
コルタナはクロムの最後の一撃が決まる直前、自らのコアを暴走状態に移行させ、強化改造戦闘兵の最終手段であるコア・バーストを発動させた。
コアで作り出した膨大なエネルギーを限界まで蓄積し、それを意図的にコアに逆流させ、コアの構成物質を崩壊させる。
コアを原子炉に置き換えれば、コア・バーストは破壊的な爆発を伴ったメルトダウンのような物だった。
どんなに荘厳で厳格な言葉で飾ったとしても、その中身は何の躊躇無く、敵陣の中心で行なわれる自爆攻撃である。
コルタナのコア・バーストによって完全に崩壊したクレーターの中心部の魔力結晶。
爆発の余波が収まりを見せつつある現状においても、上空高く吹き飛ばされた結晶の欠片が今も尚、雨の様に降り注いでいた。
立ち込める土煙と結晶の塵が、中心部で発生した熱による対流で巻き起こった風で流されていく。
その中で、2つの影がゆっくりと立ち上がった。
当然の事ながら、コルタナの損傷は甚大であり大破と言っても差し支えない程の状態である。
コアの内包されていた胸部を中心として、大半の外骨格装甲は吹き飛び、中の素体が完全に露出、その素体も再生不可能な程に損壊していた。
残った装甲は脚部の一部と前腕部、そして辛うじて顔を覆い隠す程度の残されたマスクのみ。
戦闘前に光り輝いていた青い双眸は、もう光を失いつつある。
それでもコルタナの中にある指令が、尚も彼を立ち上がらせていた。
対してクロムも至近距離でコア・バーストによる攻撃を受けた事による損害は、決して無視出来るものでは無かった。
まず爆発の寸前にコルタナのコアに一撃を加えた右拳と右前腕部の装甲は、一部を残して完全に喪失している。
左腕は爆発の瞬間、瞬間的に拘束力が弱くなった隙を突いて頭部を中心に前腕部で防御したた為、こちらも前腕部の装甲が白く変色し、亀裂が走っていた。
既に超硬度の性質を完全に失い、時間と共に崩壊する運命を辿るだろう。
実際、あの至近距離でコア・バーストが炸裂した状況から見て、この程度の損害で済んでいるには理由があった。
クロムとの邂逅時、コルタナは戦っていたサソリにコア・ブラスターと呼ばれる攻撃を放ち、致命傷を与えていた。
そもそもコア・バーストは改造強化戦闘兵の最終手段とも言える攻撃であり、全兵装を使い切った後、最期の抵抗として用いられる物である。
その中でコア・ブラスターは、そのコアの暴走をある程度制御下に置いた上で、コアの損傷を比較的軽度に抑えながら放つエネルギー兵装だった。
しかしながら軽度とは言え、心臓部であるコアに損傷を与える事には変わりがない。
それにより先程のコア・バーストを発動時には既にコア・ブラスター使用によるダメージがコアに残っていた。
それに加えてクロムの拳はコルタナの自爆直前にコアに一撃を与えており、その一撃がコアに更なる損傷を与えている。
その時の累積した損傷により爆発する際のエネルギー放散が減少、実際の爆発の規模を大幅に下回る威力のコア・バーストが発動する事となった。
もし仮に前回の状態であの攻撃を受けていたら、間違いなく今のコルタナの同じ様な損害を受けていた筈である。
― コア出力低下32% 最大限界出力43% 融魔細胞損耗率56% 外骨格装甲28%喪失 再生不可装甲12% ―
― アラガミ5式 システムダウン 余剰魔力放出開始 ―
― 右腕先端部の装甲喪失 魔力回路損傷85% 左前腕装甲が大破 再生不可 魔力回路損傷48% ―
― 魔素リジェネレータ システム損傷 稼働率14% 体内魔力結晶の還元速度低下 ―
クロムは意識内で体内のモニタリング情報を見ると、全身の内外含めてその殆どが赤く塗り潰され、中破、大破と言った文字の注釈が入っている。
「腕はある程度動かせるが...役には立たないようだな」
融魔細胞が内部から結晶化し、活性の殆どを失っている為、先程までの威力での打撃は不可能な状況であった。
腕を動かす度に、耐久値の限界を迎えた装甲が崩れ落ち、その隙間から死滅し融解した融魔細胞がどす黒い液体となって流れ落ちる。
― コア融着魔力結晶 浸食率62% コア演算能力低下 戦闘補助プログラム システムダウン ―
上位権限でクロムを強制的に稼働させたコアも、結晶の浸食と限界を超えた出力での戦闘で損傷が広がっていた。
作戦遂行の権限は辛うじて維持しているものの、思考制御等の補助システムは軒並みダウンしている。
またコアの防御システムにその演算の殆どを割り振っている為、更に戦闘能力が低下していた。
先程からコアから送られてくる情報や視界にかなりのノイズが走っている事が、コア自体に余裕が無い証拠である。
クロムからすれば、自身の身を考慮せずに作戦遂行を命じたコアが、この期に及んで全力で自身の保護に奔走している状況が滑稽に見えて仕方が無い。
そしてその視線を眼前のコルタナに向ける。
コルタナはクロムの視線を感じ取ると、その戦闘能力を失った身体を低く構え、震える腕で拳を構えた。
「コルタナとの通信回線を繋げ」
クロムは徐にコアにコルタナとの対話の為の通信回路の接続を命令する。
― 不許可 作戦遂行は未だ成されていない 全力でこれを撃滅せよ 従わない場合は反逆行為とみなす ―
「誰に対する反逆だ。答えろ。この世界の何処に俺を裁く者がいるというのだ」
クロムは静かにコアに質問を投げかける。
この間もコルタナは身体を痙攣させながらも構えを解かず、クロムと相対しているが、その命が尽きるのは時間の問題であった。
― これ以上の作戦遅滞行為は反逆と見做し ―
「黙れ。俺の質問に答えろ。答えないのであれば回線を繋げ」
通常の状態であれば、このようなクロムの言動を思考制御を働かせているコア自体が許容するはずも無い。
だが現状、コアは自身の活動継続の為に全ての能力を割り振っており、思考制御もダウンしている。
コアはクロムに対し上位権限による作戦命令を下したが、その上位権限を持つ者がこの世界に存在しない、いわばコアの一人遊びとなっている状況が、コアの自律思考プログラムに大きな負荷を掛けている。
― この世界の何処に俺を裁く者がいるというのだ ―
このクロムの言葉が、コアを完全な思考停止状態に陥らせていた。
この状況下でクロムを反逆行為で裁くのはコアである。
だがクロムを裁く事は、コア自身を裁く事と同義であり、それはコアの活動継続維持の原則に真っ向から対立する。
― 上位権限...に...生命維持...反逆こう...防御シス...演算割...負荷... ―
只でさえ出力と演算に余裕の無いコアに対して、システムダウンを起こした無数のプログラムと矛盾を抱えた思考のエラーが突き刺さり、コアの思考回路が全て停止した。
防御システム自体は別の領域での自動進行で行なわれており、もう暫くの間は肉体の崩壊を留めておけるとクロムは判断する。
「暫く大人しくしていろ」
クロムはそう呟きながら各種警告表示を押しのけて、限定開示された情報からコルタナのデータを参照し、通信回路のアドレスを割り当てた。
今まではコアがやっていた作業故に、多少の凡雑さはあったが問題無くコルタナに通信回路が接続される。
「強化改造戦闘兵モデル“コルタナ”に告ぐ。こちらアーサー連邦軍 先進技術開発部所属 被検体No.966。そちらの所属及びコードネームを述べよ」
クロムの眼前で依然、戦闘態勢を取っているコルタナの青い双眸に僅かな光が戻る。
しかし、通信回路は確実に繋がっているにも関わらず、コルタナからの応答は無い。
「強化改造戦闘兵モデル“コルタナ”に告ぐ。こちら帝国軍特殊強化兵団 特務機甲小隊スコロペンドラ・ナイン所属 スコロペンドラ01。そちらの所属及びコードネームを述べよ」
再度通信を試みるクロムは、先程とは異なり自身の記憶の最後に残る所属部隊名を告げた。
同じ強化改造戦闘兵であれば、こちらの方が反応がある可能性が高いと予測した為である。
「...こちら...連邦軍...航空宇宙軍所属...未探査宙域調査先遣隊...強化改造戦闘ユニット改造型...コルタナ05...」
コルタナ05からの信号が、クロムの視界の中で表記され、その正体が途切れ途切れではあるが明かされた。
「コルタナ05に問う。何故ここに居る。作戦とその目的を述べよ」
クロムのその問いに対して帰って来たのは通信では無く、コルタナ05の口から発せられた声だった。
肉声と機械音声が入り混じり、喉に何かが詰まった様な歪な声。
「...作戦...目的...それが一体何になるというのだ...スコロペンドラ01...帝国の最高...戦力が...今更それを知って...何になる...」
コルタナ05が言葉を紡ぐ度に、その口からは赤い液体が零れ落ち内部組織の色が抜け始めている。
内部構造の崩壊が始まっていた。
― 俺の事を知っているのか ―
「今一度、コルタナ05に問う。何故ここに居る。作戦とその目的を述べよ」
クロムは腰を落とし戦闘態勢を取りながら再度、コルタナ05に同じ質問を投げかけた。
クロムもまたまともな戦闘が出来る状態では無く、完全回復には途方も無い時間が必要であった。
「...我らの...我らの戦い...目的は今や何処に...あるのだ...答えてくれ...スコロペンドラ01...我々は今や何だ...」
コルタナ05はクロムの質問に全く答えようとせずに、うわ言の様にクロムに質問で返答を返す。
そして、一度は力を抜きかけていたその身体を再度、完全な戦闘態勢に移行させた。
だが、もはや戦闘が出来る状態では無い。
「...コルタナ05。我らは射手を失った銃に込められた1発の弾丸だ。我らに目的など最初から存在しない。何者かの目的を果たす為の手段の駒だ。もしそれを否定するのであれば、我らは自らの手で照準を定め、自らの意思で引き金を引かなければならない」
クロムは繰り返し同じ質問を行い目的などを聞き出そうとしたが、何故かそれを脇に置き、命が尽きようとしている同型の戦闘兵器の質問に答えてしまう。
射手を失った銃の弾丸。
自らの意思で引き金を引く殺戮兵器。
コルタナ05は最期の力でその大破した身体の震えを止め、体勢を低く構え装甲の殆どが残されていない両脚で、結晶の粉が煌めく大地を踏むにじる。
その口から大量の液体を吐き、力を振り絞る様にクロムを正面から見据えた。
「自らの...意思か...私にはもう...その意思すらも...見つけられ...ない...ならば私は...どうすれば良い...未だ放たれたままの...弾丸である...この私は...っ!!」
言葉の最後に裂帛の気迫を乗せ、青い眼を輝かせるコルタナ05が拳を握り、クロムに向かって猛然と駆け出した。
だが、その勢いは最初の激突時とは比べ物にならない程、遅く弱々しい。
「ならば...砕け散るまで戦い続けろ」
クロムは静かにそう告げると満足に動かせない両腕を垂らしたまま、その場から動かずに構え、コルタナ05の特攻を待ち受ける。
赤い体液を振り撒きながら、向かってくるコルタナ05をクロムの赤い単眼が見つめていた。
クロムの視界はコルタナ05の姿と、余白を埋め尽くす程の警告とエラー表示で埋め尽くされ、時折ノイズが視界をかき乱す。
コアの自律思考が停止している為、距離計測などの情報も無く、その他の情報も何一つ表示されないコルタナ05が眼前まで迫って来ていた。
そしてその拳がクロムのコアでは無く、その顔面に向かって一直線に撃ち出される。
それは彼の強烈な意思表示なのか、それとも何らかの計算の結果によって導き出された攻撃なのかはわからない。
そしてその拳には紛れも無くコルタナ05の意思が乗っていた。
だがそんなコルタナ05の意思と最期の力を込めた拳の一撃は、クロムの赤い単眼の数センチ直前で止まり、届く事は無い。
それと同時に小さく跳ねる様にコルタナ05の身体が浮き上がり、その口から赤い液体が塊で大量に溢れ出た。
その赤い液体がクロムの身体を濡らす。
「そのような...兵装は...データに無かった...な...」
コルタナは大量の液体を吐き出しながら、自嘲気味に呟いた。
彼の装甲が無くなった無防備な胴体、その鳩尾部分から突き上げるように、クロムの背中から展開された背腕アルキオナが深々とめり込んでいた。
「これは俺の“友軍”が支給してくれた特別製だ」
クロムはその言葉を言い終わると同時に、アルキオナを更にコルタナの体内に突き入れる。
そしてその先端はコルタナ05のコアに到達し、鉤爪がそれを捕らえた。
「ウグッ...友軍か...もうそんな物は...居ないと...思っていたが...お前は引き金を...自らの意思と手で...引いたのだな...」
コルタナ05の強く握られた拳が、震えながら力無く開いていく。
そして顔と共にゆっくりと下に落ちていった。
「最期の言葉があれば聞こう」
クロムはコアによる生命維持の限界を迎え、命の灯が消え始めたコルタナ05に静かに告げる。
コルタナ05はその言葉を聞いて、再び震えながら顔を上げ薄く明滅する青い眼をクロムの目線と合わせた。
「我々の...戦いは何時まで...続くのだ...お前はそれでも...そのような有様に...なっても...まだ戦い続ける...のか...この地獄の戦場を...」
「ここが例え地獄であろうとも、俺はただ前に進むのみだ。俺は俺の為にこの世界を征く」
「...そうか...気が済む...まで...この地獄を...楽しめ...さらばだ黒き騎士よ...再び...戦乱に包まれる...この世界に...安寧が...あらん...ことを...」
クロムは不可解な単語を含む、そして呪詛とも解釈出来るコルタナの言葉を受け取る。
「...スコロペンドラ01よりコルタナ05。状況終了。現刻を以って戦場を離脱、速やかに帰投せよ。ご苦労だった」
コルタナ05はあのコア・バーストの発動時のような笑みを浮かべ、消え入りそうな声で呟いた。
「こち...ら...コル...タナゼロ...ファイ...ブ...これよ...り...帰還す...る...ミラ...ビリス...すま...ない...俺...は...」
コルタナ05の力がその身体から完全に抜け落ち、青い瞳の光が失う。
その身体から生命反応が完全に消失し、今までに負った傷口が開くと全身から赤い液体が流出し始めた。
そしてクロムはそのままコルタナ05の身体を地面に横たえると、鉤爪で掴んだコアごと無造作にアルキオナを引き抜き、その傍らに跪いた。
「さらばだ、コルタナ05。早速で悪いが俺の役に立ってくれ」
そう言い放つと、アルキオナを再びコルタナ05の骸に突き入れて、内部をまさぐり出した。
― もし俺の予想が正しければ... ―
そう考えながら、クロムはもう一方の敵と戦う2体の部下を視界に入れた。
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