第114話 それぞれが踏み出す第1歩
「お前さんの要望通りで用意出来る武器はこれだな」
クロムとゴライアは、店の2階にある武器倉庫で発掘作業に没頭していた。
長らく店舗に並んでいない武器や、貴族の依頼や試作に近い形で造られたが最終的に使われずに日の目を浴びなかった武器等が所狭しと置かれている。
その中でゴライアが額に血管を浮かばせながらも、何とか奥から運んできた武器をクロムが手に取り検品していた。
「ゴライア、これは人間用に造ったのか?重量的にこれをマトモに扱える人間は一握りも居ないと思うが」
クロムは簡単に片手で柄を握り軽く構えているが、そのメイスはクロムの身の丈程の太い金属の棒に、鋭利に削り出された金属プレートが円粒状に何枚も溶接された物だった。
金属の棒とは言え、柄は握る為に普通の太さではあったが先端に進むにつれてその太さが倍増している。
そこに分厚い金属プレートが何枚も溶接されているとなれば、その重量は凄まじい物となっていた。
このままクロムが床に落としてしまえば、間違いなく階下の店舗に直通の穴が出来るだろう。
クロムのデータベースの中では、前に居た世界の亡国、日本の伝承に出て来る鬼と呼ばれる怪物が持っていた“金砕棒”が最も近い形状をしていた。
「いやなぁ、自分の限界は何処にあるのか挑戦したくなって造ったメイスのような物なんだがよ。材質を全て魔鋼にした段階で重量がえげつない事になってな。そこからは自棄になって工房で余っていた端材の魔鋼を全てぶち込んだら、最終的にこうなっちまった」
ゴライアが苦々しい顔を浮かべながらも、武器の説明をする。
「そこに当時の俺の魔力量限界の耐久力改変をぶち込んである。まぁ結果的に誰も使えない様な超重量武器になっちまって、もうずっとここに置いてあるって訳だ。床が沈みかけてて危ねぇから、是非とも持って行って欲しい所だな」
「ふむ。これなら2本持たなくても破壊力は十分あるな。魔鋼で耐久重視であれば防御も出来るだろう」
「使うのはあのオーガだと思うが、似合い過ぎているな。全くあの頃の俺はオーガの武器を必死に造ったって事かよ...」
ゴライアは使われずにいた武器が日の目を見るという嬉しさと、それを使うのが魔物であるオーガという恐ろしさが同居した心情で、過去を振り返っていた。
「十分だ。これを貰い受ける。後はオークキングが使うウォースタッフと盾だな」
「あー、それなんだがよクロム。ウォースタッフは良いとして、盾はあまり魔法行使する奴と相性が良くねぇんだよ」
「ん?初耳だな」
盾は当然の事ながら各種金属を広く板状に伸ばして作られる防具だが、魔法が発動する際に、その盾が魔力や魔法の流れを吸収する形で阻害する恐れがあるとゴライアはクロムに説明する。
特に耐久力等を上げる為に魔力を流し、改変等を行った盾はその体積と表面積の関係上、影響力が非常に大きかった。
逆に魔法攻撃を防御する際は、その効果が利点となる。
盾自体を杖の様に使う考えもあるにはあるが、それも盾の体積が通常の杖よりも大きい為、使用する魔力も大きくなり一般的な魔法師では扱えない。
筋力を始めとした能力的な問題もあり、魔法師で盾を持つ者は皆無だった。
「なるほどな。それなら筋力と魔力の両方を持ち合わせているオークキングであれば、盾その物を魔法行使の触媒にして扱う事に問題は無い訳だ」
「...そうなるな。今、魔物の強さの根源っていうか、存在の恐ろしさを実感したな。確かに人間とは能力がそもそも違うわな。それなら耐久性と魔法親和性を高めた盾をメイン武器として使えるな」
ゴライアは、今まで人間の能力を基準に武器を設計し、製作してきた。
人間基準の武器設計が、人間の鍛冶師ゴライアの常識である。
だが、それを遙かに凌ぐ身体能力を持つ魔物を基準に武器を作れば、その可能性と限界が飛躍的に上昇する事に気付いてしまう。
この誰にも扱えないと思っていた超重量武器でさえ平然と扱うクロムや、森で出会ったオーガのような魔物がこの世界には居るのだ。
人間では決して扱えないであろう、ドラゴンの首を一撃で斬り落とすような無理矢理な設計で造られた武器でも、意のままに扱える存在。
改めてゴライアは、この世界の数千年の歴史の中で人間や他種族が戦い続けて来た魔物と言う存在が恐ろしく感じた。
人間は勝てないのではないかと、人間の立場から思い知らされているような気分に陥る。
“一騎当千”
過去の英雄譚の英雄達は皆、人々からそう呼ばれていた。
その英雄達が扱っていた武器もまた失われた伝説の武具として、鍛冶師の作る武器の到達点として語られている。
その一騎当千の可能性を持つ者が、魔物の中に無数に存在する現実。
森でクロムが従えていた2体の魔物もまたその可能性を秘めていた。
ゴライアの目の前に、“一騎当千”を実現するであろう存在が既に3体も居るという事実は、人間の鍛冶師として持ちうる夢の限界を破ろうとしている。
そして自分の造った武器が、人間に向けて振るわれる未来もまた同時に予測が出来た。
― クロムの言っていた覚悟っていうのは、人間を捨てるという覚悟も含まれているって事か ―
ゴライアは震える自分の両掌を見つめ、槌を握る右手は人を捨てる覚悟を持った鍛冶師の熱量を、そして左手にはまだ人間であるべきだと抵抗する冷や汗を感じ取っていた。
「では、オークキングには魔法を行使する事を前提とした調整で盾を用意して欲しい。大きさは任せるが出来る限り防御性能を引き上げて欲しい。出来るか?」
「ん?あ、ああ、ちょうど重騎士用に造った魔鋼製タワーシールドがあったはずだ。これを魔力改変して、魔法の指向性を持たせるように調整すれば行ける筈だ。こちらも恐らくとんでもない重さと魔力容量になるが...まぁ問題無いのだろうな」
ゴライアは終わりの見えない思考の渦に飲まれかけていた所を、クロムの声で引き戻らされる。
簡単に請け負ったその盾の設計案ですら、常識外れの塊のような代物である。
「もう人間様の武具では満足出来なくなるかも知れねぇな...全く恐ろしいぜ...」
「後悔しているのか?」
クロムが暗がりの武器庫で、静かにゴライアに尋ねる。
「後悔...か。していないとは正直言えねぇかもな。どう答えていいかわからん」
「そうか。だが同情をするつもりは無い」
ゴライアはそのクロムの言葉を無言で受け取り、採用が決まったタワーシールドを無数の武具の中から発掘する作業に戻った。
そしてそのお目当ての品を見つけると、クロムを呼び付け彼に引っ張り出させる。
「魔物だろうが人間だろうが勝てる気がしねぇなこりゃ」
クロムの立っている木の床が、その総重量を1点に受けて今にも抜けそうに軋み、悲鳴を上げている。
右手に凶悪な見た目のヘヴィメイス、左手に分厚いタワーシールドを軽々と装備した威圧感の塊のような黒騎士の姿を見て、ゴライアの口から呆れた声が零れた。
森の香りを含んだ柔らかい風が、白銀の髪を優しく揺らしている。
物を持つ事が不慣れと一目でわかる細く白い指に、木桶の取っ手が食い込んでいた。
「ヒューメ様!ご無理はいけません!そのような事は私が!」
従者が薄茶色の髪を乱しながら、白銀の少女に掛け寄って来る。
だが、その言葉に少女は厳しい眼を向けた。
「そのような事、と言いましたかピエリス。ここでは皆が自分に出来る事をそれぞれやりながら、手を取り、助け合って生きておられます。それを、貴方はそのような事、と?」
ヒューメが水の入った木桶を地面にゆっくり置いて、ピエリスを静かに𠮟りつける。
ピエリスは青い顔をして、その場で跪いた。
「あ、あの、いえっ!決してそのような意味では...」
「言い訳は無用です。貴方は今の状況をまだわかっていないのですか?今の発言は私のみならず、私達を快く受け入れてくれた村の皆様に対しての侮辱とも言える発言ですよ」
「も、申し訳ございません...如何なる罰も...」
主を怒らせる失態を犯したピエリスは、震えながら謝罪をするが、それを見たヒューメはどうしたものでしょうかとため息を付いていた。
すると、そこに村娘のレピが有り余った元気を振り撒いて現れた。
「ヒューメ様ぁ!見て下さい!この組紐どうでしょうか!」
「なんて綺麗な模様!私が教えた編み方をレピが工夫していますね。すごいです」
レピが少し息を上げながら、新しく習得した編み方で完成させた組紐をヒューメにお披露目する。
現在、ヒューメは貴族教育の一環で教え込まれた刺繍や編み物、簡単な礼儀作法等を村の女性達に教えるという仕事を行っていた。
村で生産する装飾品として確立出来れば、実入りは少ないかも知れないが遠征時に確実な収入源に繋がる可能性がある。
それに肉体労働が厳しくなった老齢の村人の在宅仕事としても、大いに期待出来るものであった。
ヒューメ達がこの村に迎えられてから、何日も自分の出来る事は何かと考えている中で出会ったのが、このレピという快活な村娘である。
レピは組紐を作るのを趣味としていると言っていたが、実際にその組紐の仕上がりを見てヒューメは大いに驚かされた。
非常に美しい色合いと丁寧な作業で編み上げられた組紐は、売り物としても十分な値が付く程の完成品であり、芸術作品とも言える物。
今、ヒューメの手首に巻かれている桃色と白色が組み合わさったリストバンドも、レピが最初の出会った時の記念に編んでくれたものだった。
今ではヒューメの大切な宝物である。
そしてヒューメがお返しに新しい編み方や刺繍の技術を教えた所、レピは大喜びで毎日の様にヒューメに技術を教わりに来た。
それを見たデハーニは、ヒューメに村の中心部にある小さな小屋を1軒貸し与え、教室をやってみないかと勧める。
それと同時に、女性向けの貴族の着飾り方を応用した着付け等も行った結果、仕事を終えた村の女性陣がお茶をするような感覚で、ヒューメの教室にやって来るようになった。
そしてそこから普段の女性陣の仕事や生活の様子に触れ、その日から少しずつではあるが慣れない雑務も自らの手で行うようになる。
最初の内は雑務であっても、貴族の肌を持つヒューメはティルト特製の傷薬が手放せず、ピエリスがその傷付いた肌を見て慌てふためくのが日常の風景でもあった。
それでも毎日欠かさず自分の事は自分でと言う心持ちで、そして今までの自分と今の自分を交互に向き合いながら少しずつ前進しているヒューメ。
それでも毎夜、血に飢えていた頃の光景が彼女の背負った罪を断罪するかのように悪夢として再来し、ヒューメの精神を削っていく。
その時、この手首に巻かれたレピの組紐が、この村で一番最初に貰ったレピの温もりがヒューメの心を今に繋ぎ止めていた。
簡素なベッドの上で、何度泣いたかわからない。
何度も悪夢から覚めて、ピエリスに抱きしめられながら二人で泣いた夜も幾度と無く訪れた。
それでもヒューメは、ピエリスと共にこの村で生きていくと前向きに朝を迎えている。
「この新しい編み方で、もう少し丈夫に出来たらって今色々試しています」
「丈夫に...ですか?今でも十分長く使えると思いますが?」
ヒューメが不思議そうにレピに尋ねると、彼女は頬を桜色に染めながら小さな声で応える。
「黒騎士様はいつも厳しい戦いにその身を置かれていると聞いて、どんなに大変な戦いでも無事にご帰還されるように、丈夫で切れない組紐をお送りしたくて...」
出来上がったばかりの組紐を小さな胸に抱え込んで、レピは目を閉じてクロムの姿を瞼の裏に思い浮かべていた。
その姿は、単なる淡い恋心を抱いた年頃の少女では無く、どこか儚げなそれでいて純粋に黒騎士クロムの無事を祈る聖女のような雰囲気を纏っていた。
英雄譚の黒騎士と村娘の物語。
ヒューメは幼い頃にその話の結末を知りたくて、屋敷の書斎で探した事があった。
だが、どの英雄譚にもその結末は描かれていない。
何故黒騎士に村娘は腰帯を巻いたのか、その時の2人の間にはどのような気持ちのやり取りがあったのか。
そして2人はそれからどうなったのか。
その全てが謎のまま、ヒューメは今に至っている。
「これも愛...なのでしょうか...」
今なら何となくわかる気がするヒューメ。
その間に例え何も無かったとしても、その時、その瞬間だけは黒騎士と村娘だけの世界だったのかも知れないと。
平和も戦いも、何もかもが存在しない二人だけの世界。
もう互いに会う事の無い父オランテと娘ヒューメの間にも、そんな愛とも言える物が今もあると思わせてくれる。
「ヒューメ様?」
ふとヒューメが零した呟きを聞き逃したヒューメが、小首を傾げて覗き込んでいる。
「いえ、何でもありませんよレピ」
ヒューメがレピに柔らかく微笑むと、レピが言う。
「黒騎士様は今、どこにおられるのでしょうか?いつ村にお戻りになられるのでしょうか...」
「クロム様...無事にお戻りになられるといいですね。次にお会い出来る日は何時になるのでしょうね」
2人は同時に澄んだ空を見上げながら、クロムの名を口にする。
「ヒュ、ヒューメ様?もしかして本気であのクロム殿を...す、す...」
レピと共に頬を僅かに染めながら、何とも儚げな表情を浮かべるヒューメの横顔を見上げているピエリス。
彼女は若干放置されているこの現状に耐えられず、思わず口にした言葉がこれであった。
「だ、黙りなさいピエリス!突然何を言い出すのですか貴方はっ!?それにいつまでそこに跪いているのですか!?さぼっていないで自分の仕事をしなさい!」
「ええっ!?そ、そんな!私は主のお世話をする事が...」
理不尽な叱責を受けて泣き顔になるピエリス。
そこに彼女に向かって大声で言葉が投げ付けられた。
「おおい!こんな所にいやがったか!おら元ポンコツ騎士!稽古をするからさっさと来やがれ!」
その声を聞いて泣き顔を瞬時に青ざめさせるピエリス。
「あらデハーニ様...ではなくデハーニさん、お探しのピエリスはここにいますよ」
「おう、ヒューメ嬢とレピじゃねぇか。おいピエリス!さっさと来やがれ!油売ってる時間はここにはねぇぞ!」
「ヒューメ様ぁ!お助け下さぁい!」
「うっせぇぞ!今ここにお前を助けてくれるヤツなんざ居ねぇんだよ!観念しやがれってんだ!」
「ひぃぃぃ!」
デハーニに首根っこを掴まれて、訓練場に引き摺られていくピエリスが主に必死の助けを求めるも、それを優しい笑顔で手を振り見送るヒューメ。
ピエリスは元騎士という事で、村の戦士相手に日々、剣術指南と模擬戦を中心とした訓練に放り込まれていた。
この村で傷薬を一番必要としているのは、ヒューメでなくピエリスなのが現状である。
彼女は魔物相手の狩りも含めて、今は村の戦力として数えられている。
またデハーニを含めた村の戦士達には、過去のいざこざを含めた上で受け入れられており、今ではデハーニを除いて意外と評判も悪くない。
ピエリスは容姿も端麗かつ年相応の愛らしさもあり、何よりこの隠れ里の特性上、彼女の今回の境遇に少なからず同情の様な物もあった。
「そういえばデハーニさん、ピエリスの事、ちゃんと名前でお呼びになっているのですね」
「あ、そう言えばそうかもしれないですね。ピエリス様の事、最初はポンコツとか呼んでましたし...」
ヒューメとレピが先程のデハーニとピエリスの会話を思い出して、ふと疑問を口にする。
デハーニとは先程の様な圧倒的な上下関係はあるのだが、ピエリスは元とは言え騎士になれる才能と能力を持つ女性であり、備わっている身体能力は普通の一般人の枠では収まらない。
実際の所、胆力や経験、精神力でデハーニを筆頭に百戦錬磨の村の戦士達に負ける事が多いが、基礎能力自体はデハーニと同等の素養を持ち合わせている。
最近では村の訓練場や食事処で互いに酒に酔って、口喧嘩をしている2人の姿が最早、村の1日を締めくくる風物詩となっている。
互いに酒に酔って能力のタガが外れた状態でデハーニとピエリスが取っ組み合いになる事も稀にあり、翌日は2人供ふらつく身体を引き摺ってティルトの元に訪れ、傷だらけの腕や脚、そして二日酔いをポーションと傷薬で治療していた。
その度にティルトの説教を受けるが、あまり効き目は無い。
「もしかしてあの2人は、相性が実は良いのでしょうか?」
「喧嘩するほど仲が...っていう?」
2人は顔を見合わせて、黒騎士に対する自分の事は棚に上げて、年頃の娘たちが好きそうな妄想を浮かべながら微笑み合っていた。
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