第113話 才能の開花は世界を問わず
クロムはゼロツとゼロスリーに再び森での待機を命じると、馬車を森の外に運び出し、馬を繋ぐ。
荷の重量はさほど重くは無いが、それでも馬一頭では厳しい場面もあり、その都度クロムが馬の代わりとして馬車を引いていく。
部下の2体には魔力錬磨による身体防御の向上を命じており、その結果によって次の
既にクロムの魔力連鎖によって、2体の魔力が洗練されていく気配が伝わっていた。
ゴライアは未だ僅かに受け入れられない現実を持ちながらも、頭の中で素材の活用方法を考え続けており、テオドとの会話もほとんどが空返事である。
一方のテオドは、森を出てから終始機嫌が良く、持ち前の順応性の高さを証明するように、ゼロツとゼロスリーとの別れ際には2体と握手まで交わす程の大胆さを見せていた。
ゼロツとゼロスリーもテオドに対して、気を付けて帰る様にと言葉を送る程に人間との対話に慣れ、その人間との意思疎通によって今までにない柔軟な思考回路を構築し始めていた。
― やはり策を講じてベリスとウィオラに引き合わせるのが良いな。いい勝負になるといいが、現状では流石に彼女らには荷が重いか ―
クロムは予想外の伸びを見せる自由騎士達と魔物達の育成計画を更に前に進めようとしている。
少なくとも現状において、ゼロツとゼロスリーの武装をゴライアから入手する事が出来れば、クロムの作戦行動も多少は余裕が出来ると判断した。
そしてクロムは未だに問題としている、“成長”という物を2体の魔物の魔力連鎖を通じて感じ取る事が出来れば、それが解決への糸口になるのではと考えている。
ラプタニラの北門に差し掛かると、ゴライアも流石に意識を現実に戻して緊張感を纏い始める。
そしてテオドが門の前で馬車を止めると、クロムが警備兵に向かって歩き出した。
「任務ご苦労。馬車には俺の私物が荷として乗っている。訳あって内容を見せる訳にはいかない。ゴライアには鍛冶師の実績を信用して荷運びを個人的に依頼している。何か問題はあるか?」
「な、なるほど。しかしながら警備として...」
「もう一度言う。これは俺の私物であり、そして場合によっては伯爵に届ける必要がある重要な荷でもある。もし荷を改めると言うのであれば、今から俺がソリフ管理官に直接異議申し立てに向かうが良いな?何かあった場合の責任は誰が取るかを、今の内に考えておいてくれ」
もはや権力を使った脅迫であり、ゴライアもテオドも思わず目を背けて空を見ながら、クロムの相手をしてしまった警備兵を憐れんでいる。
そして名前の出たソリフ管理官は、未だに黒騎士クロムの夢を見てうなされていると、警備兵や防衛隊の兵士の間で噂されていた。
「わ、わかりました!お通り下さい!おい、クロム様の馬車がお通りになる!全員道を開けろ!」
警備兵の号令で他の警備兵達も慌てて道を開ける為に、他の一般人や冒険者を脇に誘導する。
一体何事かと待機列に並ぶ人々は騒ぎ始めるが、冒険者を始めとしてネブロシルヴァからやって来た者達は、その騒ぎの中心人物の名前を聞いて納得の表情を浮かべていた。
そして、警備兵が脇に並び、槍を掲げて敬礼で馬車を通す。
ゴライアは最早その状況に耐えられず荷台の中に逃げ込み、隠れる事の出来ない御者のテオドは顔を真っ赤にしながら目深にフードを被っていた。
その中でクロムだけが、全く気にせずに本人は無自覚の威圧感を周囲に撒き散らしながら馬車の前を歩いている。
そのクロムの威容に感嘆の声を上げる冒険者や一般人が居る中、警備兵達は冷や汗を背筋に浮かべながらクロムと馬車を見送った。
「ふむ。問題無く通れて何よりだ」
クロムが馬車に乗り込むと、事も無げに呟く。
それを聞いたゴライアとテオドは、確かにクロムは歩く世界が違うなと盛大に溜息を付いていた。
馬車はゆっくりと街に入り、ゴライアの工房へと進み始める。
街に入る度に水面下で騒ぎになり、黒騎士クロムとしての噂と名が広まっていっている事に、当のクロムは全く気付かず、そして全く気にも留めていなかった。
馬車がゴライアの店の裏庭に入り、停車するとテオドが普段使っている扉とは違い荷物搬入用の鉄板で補強された両開きの大扉を開け放った。
そしてクロムは搬入準備が出来た事を確認すると、そのまま荷台からサソリの尾を担いで運び込む。
そして何とかサイズ的に工房内に収まったサソリの尾を隠すように、早急に扉が閉められ、厳重な施錠が施される。
そして分厚い覆いが取り払われると、ゴライアとテオドは手慣れた様子で天井から吊るされている滑車付きの鎖を素材の各所に巻き付けて、浮かばせた。
「何とか穏便に運び込めたな。テオド、早速だが小休止を挟んだ後、すぐにバラしにかかるぞ。店は暫く閉めておけ。素材を隠す為にも時間との勝負になる」
「わかりました!ではまず店を閉める準備をして、軽い食事を用意しますね」
ゴライアは棚から素材解体用の鋸やハンマー等の道具を取り出し、机に並べながらどこから解体していくか検討を始める。
本来、解体は鍛冶師の仕事では無く、専門の魔物解体師が冒険者ギルドを中心に所属している。
だがゴライアは冒険者時代の経験等を生かして、素材の解体技術も習得していた。
本気で造る武具の素材は、自身の手で解体し厳選する為だ。
そして今回は未知の素材でもある為、自身の手で解体していかなければ、その特性や特徴等を知る事が出来ない。
よって解体を他人の手には任せるのは論外だった。
ゴライアは効率良く、そして素材を傷めない位置取りを決め、色とりどりの紐を目印に素材の各所に巻いていく。
「この下準備が終わったらテオドの準備完了を待つ。その間に奴らの武器の選定しておく。店の在庫と倉庫を探せばメイスとウォースタッフ位は見つかるはずだ」
「わかった。森で言ったように魔鋼製が耐久性から見て最低ラインになる。見繕ってくれ」
「おうよ。任せな。アイツらなら多少大きくて重くても問題無かろう」
そう言ってゴライアは下準備の作業を再開する。
その間、クロムはここの工房に居る時は指定席の様に座っている工房内で唯一クロムの重量に耐えられる椅子に腰かけると、書棚から書籍を適当に見繕い読み始めた。
前にここで読書した時に比べて、武器やその素材、構造に関する書籍が増えている。
例の武器へのアプローチを、ゴライアがあの手この手で挑んだ痕跡をクロムは書籍から感じ取っていた。
そしてクロムがふと机の端に眼を向けると、ゴライアに比べて随分と読みやすい文字で書かれた設計図が何枚か置いてあるのを発見する。
興味をそそられたクロムは本を一旦脇に置き、その設計図を一枚広げて内容を確認する。
設計図にはテオドの名前が書き込まれており、それは仮面の様に見え、他の設計図も見てみるが、全てこの仮面らしき防具に関連する図面だった。
「仮面か?」
クロムが何枚かの設計図を行き来していると、ゴライアが戻って来て机を覗き込む。
「ああ、テオドのやつだな。お前さんの仮面を作ろうとテオドが1人で最初から図面を引いたやつだ。俺と同じ様に素材で大分頭を悩ませていたようだがな。もしかしたらあの素材で前に進むかもな」
その設計図の中の仮面は中央にサイクロプスの様な大きな
大小3つの単眼はそれぞれ高純度の魔石からレンズ状に削り出して製作するとなっており、魔石の親和性や透過性を駆使し、魔力に関する様々な情報を得る事を理想とすると書き込まれている。
中央の単眼がメインアイとして、魔力の情報等の収集や表示を行い、左右の単眼はそれの補助で使うとの事だった。
ただ単眼の素材として削り出す必要がある魔石は、魔力が枯渇すると劣化し崩壊する特性がある為、崩壊せずに形と特性を維持する素材が必要であり、そもそもそんな魔石自体が入手困難であった。
しかしながら今回クロムが土産と称して持ち帰った、半分が砕け散ったサソリの魔石は今も尚、その形を頑強に保ち続けており、今回のテオドの求めていた素材にもってこいの性質である。
それ故に、クロムからその魔石を手渡された時、信じられないという表情でテオドは自身の幸運に驚いて震えていたのだ。
設計図にはその他、開閉機構や意匠等も細かく記載されており、テオドの本気度がそこから十分に伺い知る事が出来る。
外観もクロムの機械的なフォルムに合うようなデザインにされており、この世界の人間が簡単には得る事の出来ない発想だった。
通常の人間が見れば、凶悪な蟲の魔物を彷彿とされるそのデザインも、要所要所で間違いなくクロムの居た世界の機械的デザインを取り入れている。
この世界に無いイメージ要素を持ち合わせるクロムの全体像を元に、テオドが自身の創造力を最大限発揮した結果、生み出された異形の仮面。
間違いなく唯一無二の設計と発想によるテオドの作品である。
「ああっ!設計図をそこに置きっ放しだった!」
準備を終えて工房に戻って来たテオドが、設計図を眺めるクロムを見て大声を上げた。
「ん?すまない。見てはいけなかったのか。興味深い設計図に感心していた所だ」
「い、いえ...全然大丈夫なんですけど...勢いで思いつくままに描いたヤツなので恥ずかしくて...」
テオドが羞恥心を隠すように項垂れながら、もじもじと身体を揺らす。
「いや。個人的に非常に興味がある。今回の素材が使えるのであれば是非とも製作して欲しいと思うが」
クロムの顔面は戦闘マスクがほぼ半壊と言った状態で使い物にならず、現在、下半分が露出している状態である。
センサー系もほぼ機能が復旧不可能な状態まで破壊され、魔力感知とクロム本人の感覚器官による情報提供に頼らざるを得ない状況だ。
もし仮に今のクロムに合わせて機能が調整出来る装備であるならば、是非とも手に入れたい装備だった。
何より必要最低限のリスクで、クロムの機能が拡張出来る可能性がある事のメリットが非常に大きい。
「ほ、本当ですか!?あ、あの直接お顔に触れて寸法とか取らせて頂いたり...だ、駄目ですか...ね?」
「そんな事なら幾らでも調べてくれたら良い」
そう言ってクロムはテオドの手を取り、自身の顔に触れさせた。
テオドの性格からして、ここまで来るのに相当な精神的なプロセスを踏まなければ実行出来ない行為であり、それを事前に考慮したクロムの強引な策。
「わっ!わっ!すみません!で、では失礼して...」
テオドが盛大に戸惑いつつも、クロムの頭部や顔面の寸法、その特徴を細い指先を這わせるように読み取っていく。
思わぬ収穫と、至近距離で感じるクロムの存在に顔に血液が集まり始めるテオド。
ただその情報を読み取り終える頃には、既に思考は仮面の設計の事で思考が支配され、真剣な表情で何度も設計図とクロムの顔を目線が行き来していた。
「あの魔石を使わせて貰っても良いですか?あれさえあればもう完成までの道筋が見えて来るんです!」
鍛冶師の情熱を前面に押し出し、クロムに迫るテオド。
「構わない。存分に使って造ってくれ。期待しているぞテオド」
その言葉を聞いて、目を輝かせるテオドが思わずクロムの腕に抱き着いて歓びを表現した。
そして無意識で行なったその行動に、我に返った後、盛大に恥ずかしがる少年がそれでも明確な意思を込めてクロムに宣言した。
「クロムさんが使い続けてくれるような良い物を作ります!師匠!解体が終わったら僕も自分の作業に集中する時間貰えませんか!?お願いします!」
テオドの気迫の籠った勢いに、ゴライアが少々気圧されながらクロムを見る。
「俺としても早急にこのテオドの装備は欲しい所だ」
「そうかよ...はぁ、仕方ねぇな。俺もあの素材を見て鍛冶師の本分が抑えきれねぇからな。俺が良くて弟子がダメだなんて言えねぇわな。わかった。許可する。だが他の事を蔑ろにする事は許さんぞ」
ゴライアはため息を付きつつも、自身の状態と弟子の飛躍の為にテオドの要望を通した。
何より弟子もまたクロムに頼られる存在になろうとしている事を、師匠として見守る義務があると思っていた。
― これが切っ掛けでテオドは大きく化けるかも知れん。そう遠くない先に、俺には無い発想で新しい武具を造りやがるかも知れねぇな。楽しみだ ―
ゴライアは師匠の許可を得る事が出来、クロムの黒い手を取り喜んでいるテオドを見つめていた。
一方でクロムもテオドの評価を引き上げていた。
― しかしテオドには情報をさほど与えていない状態で、ここまで先を見据えた考えを持つのか。才能かそれとも洞察力か...いずれにしてもこの才能を十全に発揮出来ないのは惜しいな。テオドも育成計画に入れておくか ―
自由騎士に魔物、そして鍛冶師見習い。
クロムの育成計画にまた1人候補が追加される。
それを知らずにテオドは、夢見る少年特有の澄んだ瞳でクロムを見上げていた。
「どうしましたか?もしご意見があるなら今の内にお話をしたいです」
「いや何でもないぞ。まずはお前が思うがままに造ってくれ。それが最も最善だと俺は思っている。頼むぞテオド」
「はいっ!待っていて下さい!」
クロムのその言葉を聞いたテオドは、拳を握り締め力を込めると力強い口調でそう宣言する。
才能の扉が開かれようとしている事にテオドは無自覚のまま、踏み込んだ異常の世界での第一歩を踏み出した。
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