第109話 暴虐の代償はノイズと共に
幾度と無く繰り出されるサソリの尾の攻撃を躱し、時には金棒で弾き返すクロム。
豊富に漂う魔素を使い、魔素リジェネレータが次々と魔力を補給する為、融魔細胞の餌には困らない。
だがそれは相手も同じであり、攻撃が弱まるどころか徐々に激化していく様子を見せている。
尾の攻撃の軌道が、通常のサソリの尾とは違い触手の様な動きを見せる事があり、それと合わせる様に繰り出される鋏の一撃が何度がクロムの肩や前腕部をかすめていた。
クロムの装甲には何ら影響を及ぼしてはおらず、損傷扱いにもならないが第1装甲の表層面に僅かに傷が入っているとコアから報告を受ける。
いずれにしても長引かせて良い事は何一つないとクロムは、攻撃を次の段階へと移行させた。
「ピアッシング・エレクトロン 起動」
クロムが現状のコアの状態で使用可能な兵装で、有効と判断した電撃兵装を起動させる。
― コア出力35% 融魔細胞 両腕部先端の変性開始 エレクトリック・オーガナイザ 稼働 ―
― 発電細胞の最大活性を確認 エレクトリック・オーガナイザ 腕部回路に接続 セル・コンデンサ チャージ開始 放電回路解放 ―
― ピアッシング・エレクトロン チャージ開始 ―
クロムの両手から小さな青い火花が幾筋と走り始め、それは赤い魔力の流れの中で泳ぐ魚の様に見えた。
常に魔力を最大限まで供給されている金棒が赤い火花を散らし、それを持つ両手は青い火花を纏い始める。
「放電回路を解放」
金棒が耐電を開始し、クロムが一度地面を軽く先端で叩くとパンという破裂音と共に小さな稲妻が火花と共に地面に吸い込まれていった。
この程度の電撃ではサソリの命には届かないが、内部に対する損傷の蓄積は十分に期待が出来る。
― セル・コンデンサ 最大電圧充電を確認 ピアッシング・エレクトロン 作動準備完了 ―
― エレクトリック・オーガナイザ 最大稼働 ―
クロムはコアの報告を受け、金棒を構えるとサソリに向かって突撃を開始した。
大地を抉り飛ばしながら、クロムはサソリの足元に潜ろうと低い体勢を維持しながら駆けて行く。
サソリはそれを見逃すわけも無く、鋭さを増した尾の一撃をクロムに向かって差し込んだ。
クロムは右手の金棒を左下から右上に薙ぎ払い、その尾の一撃を弾き返す。
金属同士が激しく衝突する音と共に赤い魔力の火花が散り、そして同時にピアッシング・エレクトロンによって生み出された電撃が尾の装甲を貫いて、内部に突入した。
そして最初の接触により損傷を受けていた尾の甲殻が金棒の一撃が追加された事で大きく割れ、中から紫色の液体が零れ落ちる。
― セル・コンデンサ 充電率68% チャージ開始 ―
電撃を受けた装甲が局所的に赤熱し、内部で弾けた電撃が尾から脚、そして地面へと瞬間的に流れていく。
声帯が無い為、悲鳴を上げる事はないが、それでも身体の内部を貫く電撃は確実に苦痛となってサソリを苦しめていた。
「最大充電で3回が限度か。最大チャージを維持しつつ攻撃間隔を調整だな」
小さく痙攣を続ける尾の動きが正確性を失い、サソリはその攻撃に驚いて距離を取ろうとするも、クロムの速さはそれを上回る。
サソリが左右の鋏を繰り出して阻もうとするも、上段からクロムの金棒が左の鋏に全力で叩き込まれた。
クロムは赤青の火花が入り乱れて飛び散る中、メキリという音を捉え、その手応えから甲殻に損傷を与えた事を確信する。
そして尾と同じ様に鋏の内部にも電撃が放射され、地面に叩き付けられ、めり込んだ巨大な鋏の中を暴れまわった。
その直後、左鋏が大きくその顎を開けクロムに側面から襲い掛かると、鋏が初めて彼を捕らえる事に成功する。
瞬間的に強烈な力でクロムの肉体が挟み込まれ、それと同時にまるで歓喜を表わすようにサソリがクロムを高く掲げ、何度か上下左右に振り回した。
― 外骨格装甲への外部圧力上昇中 装甲圧壊の可能性無し 関節部負荷増大 ―
メキメキという軋み音は、鋏に並んでいる歯のような突起が削れて砕ける音。
クロムの装甲は瞬間的な衝撃力で損傷を受ける可能性はあるが、このサソリの鋏の硬さと、クロムの装甲の硬さでは比べ物にならず、当然の事ながら尾の時と同じく鋏の方が破壊されていくことになる。
クロムが警戒していたのは、鋏の力を持って脱出が困難な状態に持ち込まれる事、そして挟む以外の何らかの未知の攻撃を加えられる事である。
― セル・コンデンサ 充電率100% チャージ完了 ―
コアからの報告が意識内に表示され、クロムは身体を今も全力で挟み込んでいる鋏に掌を置いた。
そしてクロムは無言で甲殻を無視した電撃を叩き込むと、今度は鋏から胴体、脚を通して地面までの経路で強烈な衝撃がサソリを襲う。
サソリはクロムを手放して距離を取ろうとするも、電撃で内部が焼け焦げた脚が上手く機能せずに、多脚でありながらその姿勢を維持出来ずにいた。
クロムは問題無く着地すると、再び金棒帯電させながら振り回される鋏の掻い潜り、サソリの腹下に潜り込む事に成功する。
甲殻に覆われてはいるが、やはりそれでも蛇腹となっている動作部分は隙間から薄い皮膚が覗いており仮に素手でも容易に損傷を与える事が出来る事が判明した。
クロムはその胴体の後方部分、甲殻と甲殻の隙間を狙って最大出力で金棒を突き入れる。
噴き出す体液に身体を汚しながら、クロムは地面を砕く勢いで蹴り込んだ。
甲殻の隙間に金棒が突き入れられ、それと同時に電撃が再びサソリを襲う。
そしてついでとばかりに金棒の限界まで注入された魔力が弾け、魔力放射と衝撃波もサソリの胴体の中で炸裂、その巨体が大きく跳ね上がる。
そこに金棒を手放したクロムが拳を握り、腰を下げて力を脚部に凝縮、メキメキと音を立てて握り込まれた拳が魔力を放出しながら金棒の先端にアッパーカットの要領で叩き付けられる。
サソリの胴体に下から金棒が杭打機のように叩き込まれ、金棒がいとも簡単に胴体を貫通しサソリの甲殻を内側から粉砕、背中に一本の角を生やした。
それでも勢いが止まらないクロムの拳が、金棒の開けた穴を更に引き裂く様に広げながら突き入れられると、ピアッシング・エレクトロンが最大電圧で発動し、体内から光が漏れる程の威力で電撃が撃ち放たれる。
体内を次々と蹂躙されながらも未だサソリの命は消えず、クロムの魔力知覚が尚も活性化を続けるサソリの魔石を捉えていた。
暴れるサソリは、そのまま腹下のクロムを圧し潰そうと身体を地面に落とすが、クロムはそれを読んだように躱し、脱出する。
サソリはクロムの魔力を感じ取り、もはや狂乱状態でクロムに向かって尾と鋏を繰り出しながら突進してくる。
戦闘による地響きが森を揺らし、土煙が森の木々よりも高く舞い上がっていた。
「無駄に鳴かない分、静かで良いな。アラガミ5式起動準備」
― 警告 要求コア出力60% 指定上限値を突破 アラガミ5式 システム解放準備完了 解放限界時間12秒 ―
― 警告 コア融着魔力結晶 限界時間突破後の浸食 対処の継続困難 戦闘強化薬の残量無し 危険 ―
「魔素及び魔力を保有量40%まで廃棄。その後、魔力放出口を全閉鎖。融魔細胞全活性化。魔素リジェネレータ魔力生成量を再計算。生成配分はコア制御」
― 魔力解放口全開放 魔力大気解放開始 ―
クロムは動きが単調になったサソリの攻撃を躱しながら、コアに指令を出すとクロムの身体の各所の外骨格装甲が変形、全身から赤い魔力を廃棄し始めた。
それを感じ取ったサソリは、更にいきり立ってクロムに襲い掛かる。
クロムが避け、サソリが追うという先程とは真逆の戦闘が巻き起こり、周囲に赤い魔力を振り撒きながら1人と1体が円舞曲を踊っていた。
― 体内魔素及び魔力保有量 指定値まで減少 魔力解放停止 ―
クロムはその報告を確認すると、サソリと更に距離を取り、コアに次の作戦行動の開始を告げた。
― 魔力放出口を全閉鎖 融魔細胞の全活性化を開始 魔素リジェネレータ 体内閉鎖回路内にて稼働 ―
クロムは戦闘速度を更に上げて、サソリを翻弄し始める。
するとサソリが突然、クロムの動向を捉える事が出来なくなり、必死に気配を探しながら尾と鋏を無秩序に振り回し始めた。
蟲であるサソリに恐怖心等は無い。
ただそれでも腹を存分に抉られ、焼かれ、貫かれたサソリは次第に歩み寄って来る死の気配を確実に感じ取っていた。
「やはりな。見えないのだろう」
クロムは先程の荒々しい戦闘行動から一転、可能な限り音を立てずに行動を開始する。
そしてサソリの側面に回り込むと、地面に2本の溝を作りながら勢いを殺し、体勢を低く脚に力を凝縮する。
サソリがその音に反応し身体をクロムに向けた瞬間、その場から搔き消えるように跳躍した。
「アラガミ5式のシステム解放。解放上限時間12秒。解放後カウントダウン開始。融魔細胞出力最大」
― 戦闘システム アラガミ5式のシステム解放 融魔細胞活性化 魔力臨界 ―
― コア出力60% コア融着魔力結晶に高エネルギー反応を確認 コア浸食開始 対浸食防御システム展開 カウントダウン開始 ―
宙を舞うクロムの身体が一回りほど膨れ上がり、久しく眠りから覚めた黒騎士の暴虐を司るシステムが解放される。
完全に閉鎖された体内の魔力を全身の融魔細胞が狂ったように貪り始め、魔素と魔力の供給バランスが一気に崩壊を起こし始めた。
コアのカウントダウンが激しくノイズが発生している視界の端で赤く表示され、その他にも警告やエラー表示が、頻繁に入れ代わり立ち代わり浮かび上がってくる。
クロムの身体モニターは各所が赤く点滅し、それが出力制限下でアラガミを解放した事による負荷の大きさを物語っていた。
― 魔素リジェネレータ 魔素及び魔力の変換供給 追従補正限界を突破 システム崩壊まで20秒 ―
「十分に間に合うな」
クロムの魔力知覚と魔力サーモが正確にサソリの魔石の位置を正確に捉える。
それを守る一際分厚い甲殻の上に、拳を固め右腕を限界まで引き絞りながら豪快に着地。
― 体内魔力飽和を確認 融魔細胞損傷率3% 余剰魔力緊急解放 ―
― 活動猶予時間 11、10... ―
その着地と同時に全身から赤い魔力を噴き出したクロムが、超硬度の弾丸と化した拳を全力でサソリの甲殻に撃ち込んだ。
サソリがクロムの存在を魔石の真上に感じると同時に、その胴体が凄まじい衝撃を受けて地面に叩き伏せられ、大地に窪みを作りながら大きく跳ねる。
その一撃の轟音は衝撃波を伴って周囲の木々と大地を揺らし、クロムはサソリの一番分厚いであろう甲殻の損傷を確かな手応えとして感知した。
そしてそのまま追撃として準備していた左拳を同じ威力で、寸分違わぬ位置に二撃目を叩き込む。
サソリの甲殻が大きくひび割れ、周囲にその破片が紫色の血と共に宙を舞い、強烈な魔力放射がその血飛沫を魔力結晶に変化させる。
空中に煌めく魔力結晶の粉塵が舞い散る中、クロムは砕けて防御力を失った甲殻に再び右拳を入れ替わりで撃ち込んだ。
サソリの体内で爆発した魔力放射が、魔石の許容量を遙かに超える負荷を与え、魔石にヒビが入る。
だが魔石を完全に破壊するには至っていない。
「まだ命には届かんか。ならば...」
― 活動猶予時間 5、4... ―
クロムは既に痙攣に近い動きを見せているサソリの背中から飛び出した金棒を片腕で無造作に引き抜くと、両手で握り締め、渾身の力でそれを魔石に突き立てた。
金棒により正確無比の打撃を受けた魔石が真っ二つに砕け散り、クロムはこれが致命の一撃になり得たと確信する。
― 活動猶予時間 2、1、0 アラガミ5式システム活動限界 システム緊急停止 コア対魔力結晶浸食 防御システム全開 ―
「トドメだ。受け取れ」
クロムは右拳を軋むほどに握り締め、アラガミが活動限界を迎えると同時に、サソリの肉体に半分程埋もれて消えている金棒目掛けて叩き付けた。
先程よりも威力が桁違いのパイルバンカーが魔石を完全に粉砕し、ブラック・オーガの魔石崩壊を遙かに超える魔力波動が爆発的に放射された。
勢いをほとんど失わない金棒がサソリの体内を引き裂きながら、そのまま反対側まで貫通し、サソリを標本の様に大地に貼り付ける。
限界を超えた稼働を強いられていた魔素リジェネレータが、多大な負荷を解放するように大量の魔素と魔力を吐き出し、それは間欠泉の様にクロムの身体から赤い血潮となって噴き出す。
― コア出力40% コア防御システム継続 浸食対応中 システム制御にコア出力25%を要求 ―
― 融魔細胞段階的に非活性化 魔素保有量63% 魔力保有量42% 戦闘システム コア使用可能出力 15%を上限に設定 ―
― 警告 戦闘システム 戦闘能力30%の減少を予測 ―
クロムがコアから立て続けに送られてくる“お叱り”警告を処理していると、サソリの胴体が大破した箇所から見る見るうちにバキバキと音を立てながら、魔力結晶へと変化を始めた。
「むっ。これはまずいな」
クロムは今も尚、コア融着魔力結晶の浸食を食い止めながら、各部の損害報告や警報を伝え続けている表示を無視し、僅かに違和感が残る身体を動かして尾の部分に歩いていく。
そして尾が魔力結晶へと連鎖的に変化する前に、根本の甲殻の隙間に手刀を突き入れ、その中で鋭い鉤爪を動かして肉や頑強な腱を引き裂くと、全身に力を込めて無理矢理に根元から引き千切る。
ブチブチと肉の裂ける音が発生し、紫色の血を噴き出しながら胴体から尾が千切り離される。
「うむ。尾の結晶化は起こらないようだが...この魔素濃度だと解らんな」
クロムは自身の身長の倍以上、太さが腰回りほどのサソリの尾を掲げて持ち帰る算段を立てている。
現状で毒の存在は確認出来ていないので、例の武器関連のついでにティルトへの追加助力の要請も考えていた。
クロムは足に纏わりついている魔力結晶を踏み砕き、その尾を肩に担ぎながら未だに刺さっている金棒を乱暴に引き抜いた。
魔力結晶自体に興味は無い為、引き抜く際にかなりの魔力結晶を破損させる。
「背嚢に入る程度の大きさであれば、戦果として持って帰っても問題無さそうだ」
クロムは周囲に散らばっている拳大の魔力結晶を数個拾い上げて背嚢に収納し、ついでに視界に入ったサソリの魔石も手に取った。
既に魔石は真っ二つに割れ、もう片方は粉々に砕け散っており、その輝きは失われているがバスケットボール大の大きさもあって何かに使えると判断するクロム。
背嚢を圧迫し始めるが、お構いなくその魔石の半分を押し込んだ。
視界の警告表示は落ち着きを取り戻しているが、この身体の状態でアラガミ5式を無理矢理起動させた代償は大きい。
コアからの報告に加え、体内の魔素魔力供給バランスが未だに狂っており、魔素リジェネレータの異常稼働によって各部の装甲の隙間に小さな魔力結晶が無数に付着している。
「戦闘は可能な限り避けて、一旦脱出だな」
クロムが肩に担いでいるサソリの尾と手に持った金棒を握り締めた。
だが、クロムの魔力レーダーがこちらに向かってくる複数の光点を捕捉する。
「そう簡単には逃がすつもりは無いという事か」
クロムは複数の光点の動きに合わせて、戦闘回数を可能な限り減らし、撤退戦の戦術構築を始める。
そしてレーダーと視界に最適経路が表示されると同時に、クロムは作戦行動を開始した。
だが駆け出した瞬間、クロムの意識が1つの“信号”を捉える。
ただしそれは未だに負荷の影響を引き摺るクロムの意識内を駆け巡るノイズに混じった上で、それよりも酷いノイズが乗っていた。
― ガザッ...軍...見...の対...ガズッ...撃を...不...ザサッ... ―
「なんだこれは...信号だと?」
クロムがその正体を突き止めるより先に、この信号は消え去る。
「どういうことだ...コアもしくはシステムのエラーか?」
クロムは現状、戦闘を可能限り避けなければならない状況下にあり、その脚を止める事が出来ない。
新たに湧いた謎の解決と、この場所からの確実な脱出とを天秤にかけるとすれば、間違いなく選ぶべきは後者の方であった。
「コアと全システムのエラーチェックを実施。先程の信号周波数及び信号強度、傍受地点を記録を最重要情報として隔離保存。再度潜入時に調査と検証、逆探知を行う」
現状の状況では逆探知や地形調査の演算等に割り振れる程、コア出力に余裕が無く戦闘能力をこれ以上犠牲には出来ない。
クロムは一旦この
「考察や検証は後で出来る。今は脱出を最優先とする」
クロムは意識を明確に切り替えて、走る速度を更に上げた。
多少は落ち着き始めたノイズが走る視界とレーダーを頼りに、クロムが土煙を上げながら森を切り裂いていく。
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