第108話 黒騎士は森の中で静かに笑う

 クロムはリザードマンの血と体液がこびり付いた金棒を勢い良く薙ぐと、血振りを行った。

 戦闘と振り返り、クロムは今まで出会って来た魔物とは思考回路そのものが違うように感じる。


 身体に損傷を受けても怯む事無く戦闘を継続するその姿は、どこか自分の様な強化改造兵の様な印象を受けた。

 クロムは比較的綺麗な状態でリザードマンを屠れた事、そして先程の戦闘で刃こぼれは発生しているものの、それなりに凝った装飾の施されている錆びた大剣が入手出来た事に僅かだが満足感を覚える。


「持ち歩く事は出来んが、帰還時に回収してゼロツらに運ばせてゴライアへの土産にでもするか。ギルドへの納品は避けた方が良いだろう」


 クロムは無残な姿に成り果てたリザードマンから目線を外し、魔力レーダーを確認すると、中心部への方向を確認しながら、次の獲物を選別し始める。

 星屑の残滓ステラ・プルナの中心部へ向かう経路を確保しながら、道中で獲物を狩り、多少なりとも土産が出来れば上出来であるとクロムは考えた。


 しかしその思考が、とある聞き覚えのある物音で中断される。


 クロロロロ...


 クロムは即座に過去の戦闘データからその音の正体を突き止め、金棒に魔力を流し込み振り返った。

 そこには上半身のみになったリザードマンが目や口、千切れた腹から魔力結晶を突き出しながら這いずってクロムに飛び掛かろうとしている瞬間をその眼が捉える。


 ― あのドミナスボアの時の異形化に似ているな。この空間の魔力濃度で引き起こされた可能性が高いな。やはり魔石を砕かなければ完全には殺せないという事か ―


 クロロロロッ


 リザードマンの上半身が腕の力のみで跳躍し、血に塗れた顎を開いてクロムに噛み付こうと迫って来た。

 しかしクロムはその時点で既に金棒を上段で振りかぶっており、その上半身がクロムに接触する前にそれが振り下ろされる。


 金棒は正確に一番大きな魔力結晶が生えている頭部に命中し、一撃でそれを粉砕、リザードマンの成れの果てを再び地面に叩き伏せた。

 完全に潰れた頭部から金棒を引き剝がすと、クロムは魔力知覚と魔力サーモグラフィで魔石の位置を特定する。


 周囲の魔素を大量に吸収して、暴走している魔石の形が魔力サーモグラフィで赤く浮かび上がっていた。

 そしてその魔石らしきものに標準を合わせ、金棒の先端部を突き込む。


 ゴライアが特別に鍛えた先端部が、硬い鱗で覆われた胴体を容易く貫通、確実に魔石の芯を捉えた感触がクロムに伝わり、それを粉々に打ち砕きながら胴体を地面に縫い付けた形になった。

 急激に魔力が失われていき、暫く経過した後、完全に魔力が抜けきった事により今度こそリザードマンは骸と化して一部は魔力結晶に変化し始める。


 ― 魔力結晶は不要だな ―


 クロムは敵の完全停止を再確認すると、この位置をマッピングで記憶し、星屑の残滓ステラ・プルナ中心部へ向けて進軍を再開した。





 一方、ゼロツとゼロスリーはクロムと別れた場所から少し離れた場所で、岩と巨大な倒木が作り出した洞穴の様な空間を発見していた。

 やはり周囲には魔物の気配は無く、異常な程に静かな森が周囲に広がっている。


 ゼロツは空洞の中に未だ顔を歪めているゼロスリーを降ろすと、周辺に敵がいないか一通り偵察を済ませた。

 道中、水を多量に含む蔦植物を発見し、何本か力任せに引き千切り、水を零さないように折り曲げて持ち帰った。


「水だ。飲め」


 ゼロツは多少は落ち着きを見せ始めたゼロスリーに水筒代わりの蔦植物を手渡すと、感謝すると言ってすぐさま水を口に流し込み始めた。

 体内の魔力活性が上がっているのか、双方ともに異常な喉の渇きを体感している。


 そして強まった魔力連鎖により、クロムが森の中で戦闘を繰り広げている事がわかった。

 これだけ距離を離していても、体内の魔力がクロムの膨れ上がる魔力に反応してしまう。


「首領は今、気狂いの魔物と戦っているようだな。しかし戦いとは思えない程に静かな魔力の気配だ。所詮はそこまでの相手では無いという事だろうな」


「ゼロツ...首領は一体どれだけ強いのだ...受け取った魔力だけでも今にも身体が破裂してしまいそうな気さえしてくる...」


 ゼロスリーが胸を抑えながら、今も活性化し続ける魔石を必死に制御しようと苦し気に問い掛けた。


「首領の強さは俺如きでは推し量れん。俺を以前支配していたブラック・オーガを恐らく片手間で倒している。首領は人間の形をした暴力の化身だ」


 あまりに魔力連鎖で感じ取れるクロムの魔力の気配が強すぎて、思考が思うように回らないゼロツは、それでもクロムの戦闘の気配を追い続ける。

 常に己を追い込まなければ、この先、クロムの役に立つ事が出来ない予感がしていた。


「くそ...俺もさっさと魔力を抑え込んで動けるようにならねば...ぐぅっ」


「おい、あまり無理をするな。身体が魔力で引き裂かれるぞ」


 ゼロスリーは自身の魔力を錬磨し始め、肉体の魔力の親和性を高め始める。

 身体の内部が引き裂かれるような痛みに襲われ、ゼロスリーは苦痛に顔を歪め呻き声を上げながらもクロムの魔力を無理矢理身体に馴染ませていった。


 すると2人の身体を重い衝撃の様な感覚が伝わって来る。

 それはクロムがリザードマンを叩き潰した瞬間だった。


 ゼロツとゼロスリーは声にならない衝撃を受けて、胸を抑えて苦し気な表情を浮かべる。


「首領が戦う度にこのザマでは、同行を許されない訳だ...このままでは俺はっ!」


「この身を肉壁にしても構わないという覚悟があるならば...この程度の苦痛など...っ!」


 2体はそれぞれの想いを魔力錬磨への集中力に変え、魔力親和を更に高める事によってクロムの魔力をより深く肉体に馴染ませようと奮起し、襲い来る身体を貫く激痛を、クロムへの狂信に近い精神で耐え始めた。


 クロムがヒューメの血と強化細胞を融合させ、肉体を造り替えた事と同じように、2体の肉体がクロムの魔力を完全に融和させる為に生まれ変わり始めている。





 クロムは中心部に向けて進軍中に、魔力連鎖で2体の部下の変化を感じ取った。


 ― よくわからんが、向こうは向こうで何か始めたみたいだな。役に立つのであればそれで良いだろう。放っておくか ―


 2体の部下の想いとは裏腹に、クロムは彼らを利用価値のみで判断している。

 クロムの邪魔さえしなければ、使いようは幾らでもあり、育て上げる事が出来れば魔物の一部を思うように操る事も可能。

 人為的な魔物の襲撃を演出する事も出来、様々な場面で効果を発揮すると期待している。


 クロムはそんな事を考えながらも、魔力レーダーに映る光点の動きを監視しながら森を駆けて行く。

 今度は斜め前方の左右から2体の反応が、クロムの進軍に合わせる様に転身し始めた。



 ― 警戒 魔力レーダー捕捉中の移動物体 急速接近中 会敵予想地点を表示 ―



 コアがレーダーに予想移動経路を表示し、戦闘開始地点を割り出す。

 それらの間違いなくクロムの存在を認識した動きに、クロムはどちらかを先に速攻で潰すか、2体同時に撃滅するかの選択を迫られた。


 ただ敵と思われる2体の反応の移動速度がほぼ同じという事、そしてこの距離から確実にクロムの位置を割り出していると予想される事から、攪乱による分断は不可能と判断した。



 ― 警戒 捕捉目標の移動経路に変化 移動経路予測を更新 ―



 クロムが2体同時の戦闘を決定した直後、コアが伝えてきた通り、二つの光点が突如逃走するような動きを見せ始める。

 明らかに何かとの遭遇を避けるような動きを、2体が同時に起こした事からクロムは警戒を一気に強めた。


 間違いなく他に何かが居る。


 クロムはレーダーに2体の移動経路を表示し、方向転換した位置、そして逃走経路から謎の存在の位置をある程度絞る。

 魔力レーダーに映らないという事は、地中に潜っているか、魔力レーダーの感知下限以下の魔力かのどちらかの可能性が高かった。


 ステルスのような能力を持っている可能性や、クロムの様に魔力を完全に遮断する特性を持った魔物の可能性も考えられたが、そこまで予測するとキリが無い。

 クロムは自身の位置は相手側に知られているという前提で、その見えざる存在がいるであろう予測地点に向かって更に増速し、進軍を開始した。





 途中、他にも魔力レーダーに幾つかの反応が見えたが、全てがその場から離れる動きを見せている。



 ― 接敵予想地点に到達 魔力レーダー反応無し ―



 クロムがコアの算出した会敵予測地点に到着するも、周囲には敵の姿は見えず、静寂に包まれた森が広がるだけだった。

 進軍を停止したクロムが、周囲を魔力感知や魔力サーモで警戒するも、特に目立った反応は無い。


 そこでクロムは自身の魔力をこの場所で全開で解放する事を思い付く。

 もしクロムの位置を魔力で判別しているならば、何らかのアクション起こす可能性が高いと考えた。


 ― 魔素ジェネレータ最大稼働中 魔力放出口にバイパス接続完了 魔力解放開始 ―


 大気中に有り余る魔素を吸収した魔素ジェネレータが、次々と魔力を生成し始め、クロムの全身から赤い魔力が勢いよく溢れ出した。

 黒いクロムの身体が、まるで血を浴びた様に赤く濡れる。


 血の匂いならぬ、魔力のが周囲に充満し始めた。



 ― 警告 大型移動物体と思われる振動を検知 急速接近中 震源高度-15 ―


 ― 警告 魔力レーダーに大型魔力反応捕捉 戦闘システム起動 融魔細胞の活性化を確認 ―



 コアの警告が意識内に突如として響き渡る。

 クロムの知覚も遅れて足元から振動を検知し、魔力レーダーに映った光点はクロムの位置を完全に重なっている。


 クロムはすぐさま行動に移すべきだと判断したが、即座にその考えを否定。

 金棒にを一度横に振り払った後、地面に突き立てる様に逆手の状態で端部を握り大きく掲げると、最大出力で魔力を流し込む。


 魔力耐性の無い物が近くに居たら、瞬時に卒倒してしまう程の魔力が金棒に流れ込み、金棒のみならずクロムの両腕からも深紅の稲妻が乱舞し始めた。



 ― 警告 大型の魔力反応捕捉 接敵予測修正 5,4,3,2,1... ―



 コアの正確無比のカウントダウンに合わせて、クロムが一気に赤く輝く金棒を地面に撃ち込む。

 轟音と共に大地が放射状にひび割れて砕けていき、直後に地中で猛烈な魔力放射が炸裂、同時に発生した衝撃波が砕けた地面を噴火の様に持ち上げた。


 魔素分解が間に合わない魔力が砕けた地面の隙間から、間欠泉の様に吹き上がりクロムを中心にクレータが生成される。

 そしてクロムが魔力を金棒に最充填しながら金棒を引き抜くと同時に、クロムの真下から巨大な物体が轟音と土砂を撒き散らしながら飛び出してきた。




 頑強さが伺える触肢(鋏)を持ち、先端が尖った尾を高く掲げた巨大なサソリ。

 その直後、クロムの左右から大きく開かれた鋏が、予想外に俊敏な動作で襲い掛かる。


 クロムは即座にバックステップでその攻撃を回避し後方に着地すると、間髪入れずにその着地地点を予測したかのような正確さでサソリの尾が上方向から突き入れられた。

 その尾の一撃はクロムの胸部を正確に狙っており、被弾を即座に危険と判断、クロムは身体を捻ってそれを更に回避する。


 サソリの尾の先端がズガンという音を立てて地面に突き刺さり、いとも簡単に地面に穴を穿った。

 そして尚も続く尾の連続攻撃を巧みに躱し続けるクロムは、冷静に敵の正体を探り始める。


 間違いなく外観的特徴は前の世界でも存在していたサソリ。


 しかしその大きさは連邦軍の地上侵攻で使用された戦車とほぼ同じ大きさであり、身体全体をクロムと同じ漆黒の装甲が覆っている。

 その巨体を支える為の4対の脚部も非常に頑強な印象を受け、クロムの回避行動に合わせて素早く身体を転回させていた。


 クロムが距離を縮めると、左右の巨大な鋏が繰り出され、クロムを掴み損ねる度に上下の肢節がぶつかり合って硬質な衝撃音を発生させている。

 その大きさと閉じる速度から、クロムはかなりの破壊力があると予想した。


「掴まれたとしても損傷を受ける可能性は低いが、それでも面倒な事になりそうだな」


 ただ黒い装甲板の隙間も数多く存在し、その隙間からは柔らかい皮膚が見え隠れしており弱点が無い訳では無いとクロムは突破口を探り始める。

 そしてもう1つ、そのサソリの顔面に当たる部分が大きく破損している事が解った。


 恐らくクロムの初撃をカウンター気味でまともに喰らっていたらしく、口元の1対の鋏角の片方が潰れ、砕けた顔面部分の装甲板からは今も尚、魔力放射の影響で赤い火花が断続的に走っており、火花が走る度にサソリの動きが瞬間的に痙攣するように止まっていた。


 ― サソリの構造を示したこのデータが合致していれば恐らく眼は既に見えていないと思われれるが...それでも正確に攻撃が飛んできているな。やはり俺の魔力を視ている可能性が高い ―


 このサソリを誘い出した時も恐らくクロムの濃密な魔力目掛けて襲い掛かって来たと断定するクロム。

 1つ作戦を思い付いたが、それはこの戦闘を確実に終わらせる事が出来る場面以外での採用はかなり危険な賭けとなる。


 クロムは金棒を片手で握り、再び魔力を充填し始めた。

 するとサソリがその魔力に誘引されるように自ら近づく様に距離を縮ませ、鋏でクロムを拘束しようと尾の攻撃に合わせて左右からコンビネーションを取り始める。


 そして何度か鋏の攻撃を回避し続けていると、タイミングをずらした尾の攻撃が繰り出され、回避が困難と判断したクロムは金棒を振り払い、尾の先端部を弾き返した。

 すると、そのまま弾き返されて吹き飛ぶと思われた尾が不意に波打って、クロムの予想外の方向から攻撃が繰り出された。


 クロムは脇腹を狙ってきたその攻撃を瞬時に左腕を降ろして防御するが、その勢いは殺せずに数メートル程吹き飛ばされてしまう。

 全身に伝わる大きな衝撃と、左腕に走るこちらの世界ではまだ経験していない違和感。

 データ上では毒針とされている先端部の接触は無かったものの、コアから警告が入った。



 ― 警告 左腕関節部損傷 損傷は軽微 左腕出力低下予測6% 再生処置開始 ―



 クロムはこの世界で初めて小さいながらも実質的な内部損傷を被り、コアからの警告を受ける。

 しかし、サソリの尾も無事では済まなかった。

 自身の甲殻よりも遙かに硬いクロムの装甲に全力で衝突した事により、無数のひび割れを起こしている。

 

「その尾の動き、なかなか面白いな...これは良い土産になる。お前の尾、貰い受ける」


 クロムはそう言い放つと、金棒を再び構え魔力を流し始める。

 左腕の未だ損傷による僅かな出力低下が見られるものの、左右のパワーバランスを調整する事により問題は解決された。


「コア出力30%。融魔細胞出力最大。魔素リジェネレータは魔力生成最大にて対応。アラガミ5式を緊急展開準備。システム解放における限界稼働時間を再計算」



 ― コア出力30% 体内魔素量100% 体内魔力量82% ―


 ― 警告 アラガミ5式 システム解放非推奨 コア損傷の可能性あり ―



「アラガミ5式の実行準備。このサソリは今ここで確実に殺す」



 ― 警告 アラガミ5式 解放限界時間12秒 ―



 クロムはコアの警告を無視する形で戦闘を再開すると、クロムは今回の様子見の侵入で思わぬ戦利品が獲得出来ると考え、心を僅かに躍らせた。


「それなりの硬さはあるようだ。素材として有効活用させて貰いたいものだ」


 クロムの口角が僅かに上がっている事に、本人は全く気が付いていない。


 そしてサソリが左右の鋏を振り上げて威嚇すると同時に、僅かに笑う黒騎士が深紅の魔力を纏いながら、目標に確実な死を与えるべく攻撃を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る