第104話 暴風は爪痕を残して街を去る

 武器談議で夜を明かした次の日、太陽が真上に差し掛かっていた。

 クロムとゴライアが居る小屋からは煙が立ち上り、壁越しでも聞こえる槌の音が裏庭に響き渡る。


 ゴライアが鍛冶仕事に打ち込む間、クロムは武器の設計図に無数の注釈や機構等を書き込んでいき、それは既に5枚目に突入しようとしていた。

 構造や材質に求められる条件等を含めれば、凄まじい数の注釈や解説となる。


 クロムが星屑の残滓ステラ・プルナに潜入している間に、ゴライアが持つであろう疑問点や不明点をクロムが先回りするように、答えもしくは解決の足掛かりになる情報を次々と書き込んでいく。


 特に要求される性能に関しては、かなり妥協の無い物となり、この辺りをどのように実現するかはゴライアの腕に掛かっていた。


「クロムさん!今しがたギルドの方が来られまして、ギルドまでご足労願うとの事です!」


 店に出ているテオドが、伝言を預かり小屋のクロムを呼びに来る。

 その日の朝、ゴライアを呼びに来たテオドが、居るはずの無いクロムの姿を発見して大層驚いていた。


 そして暫くの間、テオドの近況報告にクロムは耳を傾け、そして彼が携わった武器を使用しているウィオラの近況に関しても、言える範囲で伝えている。

 特にクロム目線でのシールドガントレットの評価に関しては、メモを片手に真剣な目つきで一語一句聞き逃すまいとその内容を聞いていた。


 ― ゴライアの眼と一緒だな。これが師弟ってものなのか ―


 クロムは最終的にテオドもクロムの武器開発に携わる日が来そうだと、期待を寄せている。





「おいクロム。行くんだろ?丁度仕上がったぞ、ほれ」


 ゴライアがクロムが持ち込んだ金棒を手渡す。

 クロムが出発する時に間に合うように重量バランスや魔力の再補充、耐久重視での魔力改変を行い鍛え直していた。


「うむ。バランスも完璧だな。相変わらずいい仕事だ」


「へっ、おべっかは無事に帰って来てからにしやがれ。一応全体的に歪みを取って耐久力を重視して鍛え直してある。後、両方の先端はミスリルを少しばかり使って、特に硬く丈夫にしておいた。突くだけでもかなりの威力が出るぜ」


 クロムは小屋から出て、裏庭で感触を確かめる様に金棒を両手で握ると、腰を落として構える。

 そして踏み込みながら下から払い上げ、そして持ち手の位置をずらしながら今度は反対側の先端部を上から叩き落す。


 金棒が振られる度に重々しい風切り音が鳴り、土煙が舞い散っていく。


 そして脚が固い地面に沈むほどの踏み込みと同時に突きを放ち、そしてそのまま肩担ぎで力を溜めて、一気に振り下ろした。

 ボンという空気が叩き潰される音が響き、地面の土埃がその風圧で盛大に舞う。


「扱いやすくなったな。感謝する」


 残心を取りながら、クロムが率直な感想と感謝を述べた。


「ほわぁ...相変わらず凄いですねクロムさん。流石、暴風テンペスタといった所でしょうか」


「暴風で済めばいいけどよ...あんなのドラゴンの頭も簡単にかち割る威力があるんじゃねぇか?おっそろしい奴だよ全く」


 クロムがその背に金棒を戻し、ゴライア達の前に戻って来る。


「行くんだな」


「ああ、これからギルドに立ち寄った後、そのまま森に入る。魔石辺りが取れれば持って帰ってこよう。世話になった。感謝する」


 そう言ってクロムはゴライアに手を差し出した。

 今までのクロムでは行わなかった動作。


「おう。土産話も含めて帰ってくるの楽しみに待ってるぞ」


 岩の様にゴツゴツしたゴライアの手がクロムの黒い手を握る。


「もう行かれるんですか?また来てくださいね。ただお身体にはホントに気を付けて下さい」


「テオドもしっかり仕事に励め。いずれ武器を頼むかも知れないからな」


 テオドの小さい手とも握手を交わし、そのまま裏庭から立ち去るクロム。

 振り返る事も無く、やがて街の喧騒の中に姿を消した。


「まぁアイツの事だ。ちゃっかり色んな事しでかして返って来るんだろうな。俺はそれまでにアイツの残したとんでもねぇ物を形にしなきゃならねぇ」


「あれ?師匠、何かクロムさんに頼まれたのですか?」


 テオドが師匠であるゴライアから、滅多に聞かない気合いの言葉が飛び出した事に疑問を持つ。


「テオド、すまねぇが明日から俺に来た修理以外の鍛冶仕事は全て断ってくれ。ちょいと気合い入れて行かねぇとダメだ」


「暫く...ですか?」


「ああ、暫くだ。納得いくまで鍛冶と製作に打ち込みてぇ。邪魔されたくねぇんだよ。ただ修理は俺の責任だからな。追加の改造は受け付けねぇがその辺はしっかりやってやる」


 テオドはゴライアの鬼気迫る雰囲気に息を飲みながらも、クロムへの感謝の気持ちを心で表した。


 ― クロムさん、貴方のおかげで師匠が更に前に進めそうです。ありがとうございます。いつか僕も貴方に武具の製作を依頼させるように頑張ります ―


 テオドは、鼻息と足音を荒げながら小屋へと戻っていくゴライアを笑顔で見つめている。

 そして店の方で、店員を呼び声がしたのに気が付き、走って店舗に向かっていった。





 クロムは街中をいつもより早めの速度で歩き、ギルドへと向かっている。

 現状、クロムのこの街での利点は道中が混雑していても、その歩みを妨害される事無く目的地に着ける事だった。


 クロムがギルドのロビーの扉を潜り、中に入ると既に先日謝罪をしてきた職員がクロムを待っていたかのように、奥から駆けよって来た。


「クロム様、このままギルドマスター室にご案内致します。こちらへ」


 クロムは無言で頷き、職員の後を歩いていく。


 ― いつもこれくらいスムーズな事の運びだといいのだがな ―


 ギルドに訪れる度に何かに巻き込まれるのであれば、本格的に冒険者を辞めても良いかも知れないとクロムは意識の隅で思う。

 それでもトリアヴェスパとの再会の約束があるのも忘れてはおらず、これは最終手段であった。




 2階の見慣れた扉の前で職員が入室の許可を取り、グラモスの声が返って来ると前回と同じような流れでギルドマスター室に入るクロム。

 そして執務机に座るグラモスは、相変わらず眉間に皺を寄せ、不機嫌を隠そうともしない。


「返事が返って来たのなら、早速だが中身の確認をさせて貰う」


 クロムが挨拶も何も無しに、自分の要求を告げるとグラモスが額に青筋を立てながらも、背後の魔法保管庫から魔力封印の施された書筒を取り出した。

 まずは自分の魔力を認証の為に通し、一つ目の魔力開錠を行う。


 そして不機嫌ながらも、はやり伯爵の書簡を乱暴に扱う事は出来ず、ゆっくりと注意を払いながらクロムに向けて書筒を掲げた。


「俺が魔力を出しながら触れていないと封印は解けん。さっさと魔力を流せ」


 クロムは指先から赤い魔力を滴らせながら書筒に触れると、いくつもの魔法陣が浮かび上がり連鎖反応的に輝くと、役目を終えて消えていく。

 ポンという可愛らしい音を立てて、書筒の蓋が浮き上がった。


「中身を確認しろ」


 グラモスは書筒をクロムに手渡すと、中身を見ないようにする為か身体を横に向けて紅茶飲み始めた。

 クロムは無言で中身の書状を取り出し、内容を一気に読み進めた。




 その内容はクロムを驚かせるような物では無かったが、幾つか気になる点もある。

 まずは星屑の残滓ステラ・プルナへの侵入許可は問題無く下り、その場所の名は原初の奈落ウヌス・ウィリデと呼ばれる場所である事。


 そして遺物の所有権に関しては、収集物の内容を秘匿事項としクロムに所有権がある事を認めると書かれている。

 またクロムの行動に関しては、から一切の介入をしないとも明言されている。


 ネブロシルヴァ周辺の簡易地図も添付されており、ネブロシルヴァから僅かに離れた場所に、近衛騎士団専用の訓練所と銘打った施設を建設する予定となっており、以後の連絡や話し合い、物品の受け渡しはこちらで行なうとなっていた。


 ― 伯爵も本気で対応してくるようだな ―


 クロムは今後の伯爵の動向にも注意を向けるべきだと判断する。

 そして、それ以降の記載がクロムにとって警戒すべき問題だった。


 その探索許可を出したのが、テラ・ルーチェ王国王家の第1王女であるラナンキュラス・レーギス・トレース・ソラリス・テラ・ルーチェである事。

 またクロムの原初の奈落への侵入は、ラナンキュラスが密命として処理している事だった。


 更に面倒な予感がするのが、このラナンキュラスが隣国のアルバ・エクイティ自由国家連合が国教として定めているカルコソーマ神教における、テラ・ルーチェ王国大司教区大司教の地位に居るという事だった。


 アルバ・エクイティ自由国家連合に関しては、その首都にあるカルコソーマ大聖堂に保管されている聖星武具グロリア白き星樹の一枝アルバ・カドケウスが、前の世界に存在していた兵器“ガルグイユ・シューター”に酷似しているという事実がある。

 いずれにしても一度現物を確認する為に、自由国家連合には潜入するつもりであった。


 こちらに関して言えば、大聖堂への潜入に渡りを付けるという意味で権力者とのパイプを構築する機会でもあるが、ただしそこに宗教が関わっている点が非常に厄介であるとクロムは感じている。


 そして何より、その相手がテラ・ルーチェ王国の第一王女ともなると確実に王家の権力が少なからず介入してくることは必至だった。

 協力関係にある伯爵よりも、権力的に立場がかなり上である事が、事態を更に悪化させる可能性もある。


 クロムは権力その他恐れる事は全く無いが、無用な介入にて自身の行動を邪魔される事を最も嫌う。

 例え王家の人間であろうが、クロムに不利益を与える者であれば等しく敵である。


 だが、今のクロムは数多くのこの世界の住人と関係性を構築している事もあり、クロムに対する奸計がその者達に波及する事は、今後の自身の利益の為に避けたいという思いもある。


 クロムは無言でそれを読み終えると、書筒の中に書状を戻した。


「後の処分はそちらの手順に従ってやってくれ。では俺はこの街を出る。世話になった」


 クロムはそのまま踵を返して部屋を退出しようと、出口に向かって歩き始める。

 だがグラモスがそれを呼び止めた。


「貴様がこの街を去るのは良い事だが、一つ処理が停まっている案件がある」


「なんだ」


「未だにギルドが保管しているお前に対するブラックオーガ討伐の報奨金の事だ。早く受け取って持っていけ」


 クロムはそもそも生活に金を必要としないので、基本的に金は面倒な荷物以外何物でもなく、情報の優先順位は最低レベルだった。


「確かゴライアの工房に武器の代金として支払った記憶があるが?」


「お前はオレイカルコス製の最高級武具でも作ったのか?たかが魔鋼レベルの武器の代金では使い切れる額じゃないぞ。まだ大半が残っている」


「それなら残り全額をゴライアの工房に収めておいてくれ。全額だ。返金は認めない。何なら念書でも書いておくか?」


 そのあまりにも金に対して興味の無さげなクロムの態度に、グラモスは驚きつつもそれを了承する。


「いったいあの馬鹿鍛冶師と何を企んでいるのだ...まぁ良い。念書も要らん。ここでの会話は全て記録されて、法的証拠として効力を発揮する。ただし動かす金額が多すぎる。その金の一部はギルドの手数料として納めて貰う。同意するか?」


「問題無い。規定通り徴収すれば良い」


 そしてグラモスは次に続く言葉をあまり言いたくないのか、少し思いを巡らせた後で話し始めた。


「あと俺が運営している冒険者の親を亡くした孤児達の面倒を見る孤児院がある。その運営資金への寄付として金を出して欲しい。僅かでも構わない。これも?」


 グラモスの瞳に、悲し気な気配が漂っている。


「同意しよう。ギルドの手数料を引いた後に残った金額の3割を寄付金として動かせばいい。好きに使え。もう話は無いな?」


「あ、ああ。後はこちらでやっておく」


 クロムはその返答を聞いて、何も言わずにギルドマスター室から出て行った。

 ブラックオーガ討伐の報奨金の額すら聞かずに、残りの3割を何の躊躇もなく手放したクロム。

 その寄付金額は、過去グラモスが取り扱った金額の中で間違いなく最も大きいものだった。


 ― あれが強者の余裕って奴かよ...ちくしょう... ―


 グラモスが悔しそうな表情で、クロムが現在ギルドに放置している金額が書かれた書類を見ている。

 そもそも騎士団を中隊規模で招集し対応するブラック・オーガを、単機で屠ったクロムへの報奨金は凄まじい額に上る。


 簡単に言えば、中隊規模の騎士団の運用資金に装備や食料、医薬品等の必要経費が丸ごとクロム一人に支払われた事になっていた。

 それに加えて、ギルドからも追加報酬が出ており、そこに伯爵からの褒美としての金額も上乗せされている。


 単純計算で貴族の地位を買い、街に屋敷を構える事すら出来る金額だった。

 地位や名誉すらも求めず、ただ純粋に強く、純粋に自由を手中に収める暴風テンペスタの黒騎士クロム。

 グラモスが与えた爪痕は権力のみならず、この世界の全ての物事に対する爪痕なのだと思い知る。


 模擬戦をした後、グラモスはクロムに世界をひっくり返せという想いを送った。

 そして彼はその2つ名の示す通り、全てを暴風で吹き飛ばそうとしていると思えてならない。


 グラモスは冒険者を引退したとは言え、心の隅ではクロムのあの強さに憧れを持ってしまっていた。

 それ故に、嫉妬に近い悔しさも滲み出てくる。


「気に食わん...だが...感謝する暴風テンペスタ。これからの武運を祈っているぞ」


 時計の音が静かに流れるギルドマスター室に、グラモスの呟きが小さく響いた。





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 10/11 第102話 加筆のお知らせ


 グラモスの心境を加筆しました。

 これが書かれていないと、話の前後に齟齬が発生する為、どうしても加筆する必要がありました。

 申し訳御座いません。


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