第103話 人間の常識を歪ませる技術

 クロムが俺を殺す筈が無い。


 ゴライアはクロムの正真正銘の殺気を浴びながら、そう思おうとした。

 だが元冒険者として、魔物が発する殺気と常に向き合ってきたゴライアはクロムを信じ切る事が出来ない。


 クロムの殺気を疑えない。

 それを嘘だと思えない。

 それ程までに強烈な殺気だった。


 クロムの魔力にはゴライアを確実に殺すという意思が込められ、それは今まで相対したどんな魔物よりも強烈に死を実感させるもの。

 そしてクロムの実力を以ってすれば、それは確実に成し遂げられるだろう。


 ゴライアはその身を動かそうとするが、脳の指令をその逞しい身体が全く受け付けようとしない。

 動けば死ぬ、そして動かなくても死ぬという絶体絶命の事態にゴライアは全身から汗が噴き出した。




 しかし次の瞬間、その殺気が嘘の様に鎮まる。

 凄まじい量の魔力は未だゴライアに放たれてはいるが、先程までゴライアに死を突き付けていた殺気が嘘の様に晴れた。


「い、一体どういう事だ...何が...なっ!」


 ゴライアがあの殺気から解放されるも、強烈な魔力に晒されている事には変わらず、その身体には大きな負担が掛かり続けている。

 そして今度はクロムから大きな怒りの感情が沸き起こる気配を捉えた。


 凄まじい怒りの感情。

 昔、ワイバーンという竜の亜種の卵を駆除の為に持ち去った時、怒り狂った母竜が見せた気配。

 ただしクロムが放つ怒りはその比では無かった。


 ゴライアはクロムの黒い姿から沸き上がる怒りの業火が見えた。

 何がクロムをこのように怒らせたのか、どうしたら鎮める事が出来るのか真剣に思考を回転させ始める。


 ただし先程の殺気も含めてこれはクロムの感情を乗せた検証である。

 クロムにゴライアを害する意図は一切無い。

 魔力放射で害していると言われればクロムも認めざるを得ないが、危害は一切加えるつもりは無かった。


 しかし怒りも殺気も、ゴライアにとっては本気でクロムにぶつけられていると錯覚させている。

 恐怖や混乱で、そして何より魔力に込められた強烈な意思によって思考が完全に塗り潰されていた。


 そんな中でゴライアが漸く言葉を発する意識を向ける事が出来たのは、魔力防御の展開に限界が近づいた事による疲労の為だった。


「ク、クロム...もうこれ位にしてくれ!そろそろ防御が解ける...っ!」


 その言葉を聞いて、クロムの掌から放射される魔力がゆっくりと絞られ始める。



 ― M・インヘーラ停止 M・エンハンサー停止 システムフィードバック検証中 ―


 ― 融魔細胞の不活性化開始 魔力放出口の段階的閉鎖 魔力回路損傷無し ―


 ― 魔素リジェネレータ 安定化稼働 魔力濃度規定値 体内魔素量85% 体内魔力量80% ―



「相当厳しかったようだな。すまないが俺も検証する必要があってな。あの出力が必要だった」


 ゴライアはその場で尻もちをついて、息を荒げながら空を見上げていた。

 大量の汗はかいているが、顔色が悪いわけでは無い。

 何より疲労による汗か、クロムの底知れぬ力を目の当たりにした冷や汗かはわからない。


 クロムがゴライアに歩み寄り、先程まで殺気を放っていた右手を差し出す。

 黒い鉤爪が陽光を反射し、昼間にも拘らずゴライアには酷く禍々しく目に映った。


「ったく...いい加減しろよクロム。寿命が本気で縮んだぞ...」


 ゴライアの巨体がクロムの腕一本で立ち上がる。

 そんなクロムの膂力に今更驚く事の無いゴライアは、クロムに事の真意を確かめる。


「一体、何だってんだよ。寿命縮めるほど脅されただけじゃないだろうな」


「そう睨むなゴライア。お前気が付かなかったのか?」


「ああ?何がだよ。お前の事だ、意味も無くあんな事をする奴じゃねぇのは解っちゃいるがよ...」


 ゴライアは魔力消費の影響で思考がふらつきながらも、先程の事を思い返そうとした。


「ゴライアは俺の魔力に何を感じた?」


「ん?そりゃ最初は本気で俺を殺そうとする殺気、次はとんでもねぇキレっぷりが解る怒気を感じたぞ」


「正解だ。だがゴライア、冷静になって考えてみてくれ。お前達、冒険者らが言う殺気や怒気はじゃないのか?長年の勘や経験で感じ取れる第六感に近い物だと俺は考えているが」


 殺気や怒気の知覚は、クロムの言う通り第六感とも呼べる長年の戦闘経験から来る、気配を読み取る能力だ。

 ゴライアはクロムのその言葉を反芻していると、妙な引っ掛かりを覚える。


 そしてゴライアは1つの違和感を見つけ出し、クロムの言おうとしている答えに辿り着く。


「お前...まさか魔力に殺気や怒気を乗せていたのか...っ!?」


「正解だ」


 クロムは肩を竦めながら答え、対するゴライアは余りにも常識外れなクロムの技に言葉を失っていた。





 クロムと魔力連鎖で繋がっているゼロツが、彼の感情の揺らぎを魔力から感じ取ったという事がクロムの中でこのM・エンハンサーシステムを構築する切っ掛けとなった。

 そこから魔物は感情の揺らぎを使って、意思疎通の手段の一つとして確立しているのではないかと考えたクロム。


 感情の揺らぎ、つまり喜怒哀楽からなる無数の感情を予め数値化して魔力を根本から設定変更し、その魔力を放射して相手に伝達する。


 融魔細胞によって魔素や魔力を観測、計測出来るのクロムならではの人外の技であり、この世界の構成物質の摂理に対し、クロムが技術介入を行った結果である。

 魔物以外の魔力連鎖の概念が無い存在では実行不可能なものだ。


 魔力を吸収、放出するM・インヘーラに新たに構築したM・エンハンサーを接続する事により、“感情の揺らぎ”を数値化、それを再現模倣し魔力に反映させる。

 先程の殺気や怒気は、ゼロツやクロムの持つ魔力連鎖の感覚を強力な魔力放射でゴライアに強制的に体感させたものである。


「お前と言う奴は...どこからそんな考えを引っ張ってきやがるんだよ...」


 クロムは流石にオーガと魔力連鎖で繋がっているとゴライアに教える訳にはいかず、色々とやってみた結果だと、曖昧な返答で返すに留まった。

 しかしクロムにとっては、これからが本番であった。


「ゴライア。その技術が使える俺ならば、先程の武器も光明が見えてこないか?」


「まさか。その魔力操作であの異形の武器を意のままに操ろうって考えてやがるのか...」


 ティルトが改造した鎖の場合は、左手の指の角度や形で魔石から引き出す魔力量を調整し、コーティングした魔銀の粘土や特性を変えていた。


 しかし仮にこのM・エンハンサーによって様々なパターンの魔力を作り出せれば、魔力回路を通じてこれを武器に流し込み、それに応じた動作を出力させる事が出来るのではないか。

 今回、クロムが提案した武器はそれを実装する事を前提とした武器である。


「こいつはエライ事になりそうだぞ...」


 あまりに突拍子もないクロムの武器案に、ゴライアは言葉を絞り出すように呟く。

 だがその顔は引き攣りながらも笑顔であり、そして何よりもその眼は獲物を見つけた肉食獣の様に興奮の火が灯っていた。





 クロムが紙に書いた武器の設計案は、実現すればまずこの世界で扱えるのは彼しかいないと断言出来る代物だった。

 それはクロムの背中や肩に装着する武器であり、先端部に大きな1対の鉤爪が付いている触手型自在伸縮式の副腕である。


 これは前の世界でのクロムが装着する事の多かった拡張型肩部副腕ユニットと呼ばれた拡張型兵装を参考にしている。


 これは既存の2本の腕では操作が困難な大型武装ユニットの運用補助の他、姿勢制御や死傷者の運搬作業等、制御においてコアの多少の負荷を増やすものの、その効果と汎用性はかなり高かった。

 ただしその副腕ユニットは今回考案した触手状では無く、関節式で節足動物の腕部を模していた。


 この武器の場合、触手状で伸縮性のある副腕を相手に対して予想外の方向や死角から高速で伸ばし、クロー部分で喰い付くと同時に動きを拘束、または引き寄せる等を目的とする。


 先端部に刺突性の凶器を装着するも良し、単純にハンドユニットを付ける事も想定している。

 だがあくまでクロムの徒手格闘の補助という位置付けという設計思想。


 クロムはこれを何回か行った鎖での戦闘方法をベースとして、戦闘方法を確立するつもりでいる。

 鎖の軌道制御プログラムと、あの黒いメイドの用いていた触手との戦術を融合した形になっていた。

 

 副腕の側面に鋭利な刃を付ければ茨鞭の様に相手に巻き付きながら斬り裂く事も出来、またこの武器には一部クロムの身体における使用頻度の低い、または被弾の可能性が低い箇所の装甲を取り外して流用する案も含まれている。


 これは今後出会うであろう未知の武器や技、魔法による攻撃を直接身体で受けるのではなく、自在に動かせるこの武器の装甲部分で防御する事により、脅威度判定をより安全に行う為の施策であった。


 今後、装甲を再生する機構を利用し、装甲自体を複製する事が出来るようになれば、惜しみなくそれらを武器の装甲に転用が出来るとクロムは考えた。

 いずれにしても相手から放射される魔力で動作不良を起こす可能性を考慮すると、魔力を完全遮断するクロムの外骨格装甲で防御する事が最善である。

 

 ただ問題点としては、どれ位の長さまで伸縮が可能になるのかという事、そしてクロムの魔力指令をどのように効率良く伝達するのかが課題となる。

 そしてクロムの繰り出すスピードの耐えうる強靭さと、鞭の様にしなやかに動かし、尚且つ伸縮出来る動作部をどのように実現するかが鍵となった。


 魔力伝達に関しては、ティルトの錬金術の力を借りるという手もあるので、まず一番最初の課題は動作部の素材や構造、また装着部位に関しても重量バランス等の関係もある為、検討の余地が残されていた。




 クロムとゴライアは、新武装の構想に関して様々な意見を交わし、そして僅かではあるが、新しい関節部分の構造の知識をゴライアに渡した。

 いずれもこの世界では発想まで至らなかった新機軸の構造であり、ゴライアは新しい理論や技術に眼を輝かせている。


「お前さんの事がますますわからなくなってきたな。関節の構造をこういう形で代替えするとは」


「突拍子もない思いつきもたまには役に立つという事だな」


 ゴライアは基本的なボールジョイントの技術に感心し、疑念の眼でクロムを見た。

 クロムがゴライアに知識の一端を授けた理由として、全くその発想が無かった訳ではなく、机上の空論であれ、その知識に辿り着く片鱗を見せていたからである。


 ただ仮にこの武器が完成し実践投入されたとして、何にフィードバック出来るかとなると、そもそもこのような機構を必要とする構造物がこの世界に無い事が挙げられた。

 その他、クロムは筋肉の構造等の知識も魔物の解体の延長線上の知識と称して、ゴライアに渡している。


「もし必要な物があるなら言ってくれ。用意出来るかも知れない」


「まぁ試作で一度形にしてみるつもりだ。必要な物はうちの在庫や使っていない武器、素材をありったけぶち込む。足りない物もあるだろうけどな。対価は金でも良いが...」


 ゴライアは一度言葉を飲み込み、しばし考え込んだが、やがて意を決したように言葉を紡いだ。


「俺はお前の知識が欲しい。いや知識と言うよりはその発想だな。クロムの懸念している事も解っている。だから流出が危険と判断したものは、鍛冶師の秘伝として門外不出として扱いたい」


「ふむ、知識と発想...か」


「俺は自分の技術の限界に挑みてぇ。この世界の常識に捉われない武器が作りてぇんだ。今の俺はこの身に染み込んだこの世の常識から抜け出す事がどうしても出来ねぇ。だからこそ新しい世界の発想が欲しいんだ。金儲けなんて必要最低限で構わん」


 錬金術師や魔法師の様な魔力で理を追及する一方で、鍛冶師は目の前の素材を技術で叩き上げるという、根っからの職人であり物理探究の最前線の人間である。

 この世界の物理法則の上で戦う鍛冶師に、常識を打ち破れと言うのは中々に酷な話であった。


 いずれにしても、ゴライアにクロムの構想を反映させた武器の作成依頼をする時点で、クロムの持つこの世界に無い知識を一部開示する必要がある。

 ただし、その知識の出し方を間違えないという絶対条件がそこには存在した。


 この世界に順応した、この世界では扱えない近代兵器。

 武器も技術もクロムのみが扱う事を前提とし、そしてクロムがそれを独占し続ける必要がある。


「わかった。一先ず交渉成立という事にしておこう。さっきも言ったが近いうちに森の奥に潜る。もしかしたら何か良いものが見つかるかも知れん」


 ゴライアは眼を細めてクロムを見ると口を開く。


「クロム、お前もしかして大森林の星屑の残滓ステラ・プルナに単独で潜るつもりか?どんな所か分かっているんだろうな」


「ああ、既に把握している。それに探索の許可は無理やりにでも伯爵から出させるつもりだからな」


「本当に危険だぞ。俺は冒険者時代に国絡みで何度か近づいたが、あれだけの犠牲を目の当たりにしたのは、後にも先にもあの時だけだ」


 ゴライアが記憶を探る様に、目を閉じて静かに警告する。

 無数の仲間の死を振り切りながら、死に物狂いで逃亡した記憶が今もゴライアの中で鮮烈に残っていた。


 ゴライアが冒険者を辞める切っ掛けとなった、テラ・ルーチェ王国の星屑の残滓ステラ・プルナ大遠征。


「ちっ。全く嫌なもんを思い出しちまった。まぁお前さんは止めたって無駄だろうしな。だがこれだけは約束してくれ。生きて戻ってくれ、必ずだ」


「当たり前だ」


 クロムの全く気負わない言葉に、ゴライアが苦笑いで返す。


「お前は俺に取っちゃ宝物殿みたいなもんなんだからよ。そう簡単にくたばっちまったら困るんだ」


 ゴライアは机の上に無数に注釈が効き込まれた、クロムの新武装の設計図を眺めながら言った。

 暫くは無言の時間が続き、小屋には火の燃える音が響いていた。


 しかし結局、クロムとゴライアは次の日の朝まで新武装を絡めた武器談議を続けてしまい、翌日、寝不足でふらつくゴライアはテオドに小一時間ほど小言を言われる事となった。



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10/11 第102話 加筆のお知らせ


グラモスの心境を加筆しました。

これが書かれていないと、話の前後に齟齬が発生する為、どうしても加筆する必要がありました。

申し訳御座いません。


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