第102話 鍛冶師を襲う魔力の暴風
「ギルドマスター!ク、クロム様がお話があるとの事で参られました!」
案内役の職員がギルドマスターの執務室の扉をノックし、緊張からか必要以上に大きな声で入室許可を求める。
「入室を許可する」
職員が扉を開けると、真正面に据えられた執務机に向かうグラモスがこちらを見ていた。
その30代男性の独特な色香を漂わせる顔を、あからさまに不機嫌そうに歪めているが、クロムは全く気にも留めず無言で入室した。
「そ、それでは失礼致します!」
礼儀を忘れた勢いで扉が閉められ、その職員の慌て様にグラモスは更に表情を悪くする。
処理していた書類を脇に避け、ペンを仕舞うとグラモスが挨拶抜きで口を開いた。
「全く、下が随分と騒がしいと思っていたが、貴様か黒騎士。何でラプタニラに戻って来たんだ」
「随分な言い草だなグラモス。まぁ息災で何よりだ。面倒なやり取りは抜きで話を進める。特別伝令で至急オランテ伯爵に書簡を送りたい。準備を頼む。内容は最重要機密事項だ」
「災害のようなお前が俺に息災でとか何の冗談だ?しかも取って付けたような言い草で。俺は未だにお前にやられた胸がまだ痛むんだぞ」
あの時の記憶が蘇り、痛み始めた胸を抑えるグラモス。
そして近づいてきたクロムが机の上に無造作に置いた
「それに関しての文句はすぐに模擬戦を止めなかったゴライアに文句を言ってくれ。それで今すぐにでも特別伝令を使いたいのだが?」
― もう散々文句を言ってやったわくそが!しかも今のコイツから感じる魔力はなんだ?素顔はしっかり人の顔をしているくせに人間じゃねぇぞこんなモノ ―
グラモスが魔力視でクロムの身体から漏れ出る赤い魔力を感知し、胸の痛みが加速する。
一方でクロムもまた魔力感知でグラモスの魔力を視ていた。
― なるほど。流石は元
クロムはコアに命じて、グラモスの魔力の情報を記録させていき、魔力サーモグラフィ等に利用する基準値や各数値を更新していった。
グラモスは執務机の後ろに置いてある厳重な封印魔法が施された魔法保管庫に魔力を通し開錠する。
そして中から魔力で青く輝く銀色のペンと、僅かに緑色に染まる羊皮紙を取り出した。
どちらも機密漏洩を防ぐ為に細かな魔法陣が何重にも組み込まれており、羊皮紙は許可されていない者が触れただけで消去魔法が発動する。
尚且つ、最高機密事項を取り扱う場合、消去魔法と同時に火炎魔法が触れた者に向かって羊皮紙ごと巻き込んで発動するという徹底ぶりだ。
「わかった。それを出された時点で、要請した奴が例え忌々しいお前でもこれは断れん。ラピドゥスドラコを準備するからその間に、このペンに魔力を込めながら要件を書いておいてくれ」
「随分と嫌われたものだな。わかった。準備を頼む」
グラモスがクロムに対し機嫌が悪いのには理由があった。
クロムが伯爵から盟友の証を受け取った事は、既に通達が来ている。
彼が“権力に屈しない”という意味を持つ爪痕を託した冒険者クロムが、あろう事か伯爵と盟友となり、伯爵と機密の連絡を取る為にギルドに姿を現わしたからだ。
その屈しないはずの権力を行使して街に入り、ギルドマスター室までやって来た上で、更にグラモスに対し権力で押さえつけている現実がここにある。
しかも国内の冒険者ギルドに対しクロムへの“不可侵”を通達されている。
貴族へ向けた爪痕が、あろうことか冒険者ギルドの看板に爪痕を付ける結果になっているのだ。
その事が知れ渡った当初、爪痕を継承させたグラモスに対する風当たりが強まった事は言うまでも無い。
最終的にグラモスは、クロムに散々痛めつけられたという結果しか残っていなかった。
苦々しい表情をそのまま顔に張り付けながら、奥の部屋に消えるグラモス。
去り際に壁に掛けられた絵画の額縁に触れて魔力を通したのをクロムは見逃さない。
部屋の壁や調度品が魔力に包まれたのが、クロムの魔力感知で判明する。
― 防犯用の魔道具か何かか。なかなか面白いな ―
そんな事を考えながら、クロムは渡された銀色のペンを握り、壊さないように慎重に魔力を指先から込めた。
先端の小さく尖った魔石が赤色に染まり、施された魔法陣がクロムの魔力を認識する。
ペンから出た魔力のみに反応する羊皮紙にクロムが文字を書き連ねていった。
クロムが今まで読んだ膨大な書籍の文字データから最適な文言を選び、文法等を選択しながらコアが文章を作成していく。
― 底無しの大森林内にて
― 侵入期間は不明。援護不要。こちらの行動を妨害する動きがあれば、如何なるものであろうと、理由を問わずこれを敵対行動と見做す。必要と判断すれば実力行使を以ってこれを排除する ―
― 侵入時に獲得した遺物等に関しては、当方の管理下においてその所有権を主張するものとする。約定に従いオランテ・ファレノプシス・ソラリス・オルキス対してのみ、必要に応じて当方の判断を以って情報を開示するものとする ―
― 現刻を以って移送団から離脱。移送護衛の依頼は現時点を以って破棄。これより単独にて行動を開始する ―
クロムがこれを書き終えた時点でグラモスが部屋に戻り、その手には冒険者ギルトの紋章とファレノプシス伯爵家の紋章が彫り込まれた金属製の筒が握られている。
グラモスの魔力によって認証済みのその筒が、淡い緑色に輝いていた。
「書き終えたな。ではこの書筒にもお前の魔力を流し、それを丸めてこの中に入れてくれ。蓋をしたらもう伯爵閣下以外に取り出す事は出来ん」
グラモスがクロムに書筒を手渡すと、クロムは再び魔力を込める。
クロムの手から赤い魔力が滲み出て、書筒に吸い込まれていった。
書筒の魔法陣が赤く反応し、機密性を感じさせる音を吐いて蓋が浮き上がる。
「認証にどれだけ濃い魔力を注ぐつもりだ貴様は。ぶっ壊すつもりか?これ1つで冒険者が数年は遊んで暮らせる代物なんだぞ」
クロムの手から溢れた魔力の濃度に、グラモスが焦って苦言を呈した。
「ならその冒険者を遊ばせずに数年働かせばいいだけだ」
クロムが暴論で返答しながら蓋を取り外し、羊皮紙を収納して再び蓋を取り付ける。
すると書筒がグラモスの緑の魔力、クロムの赤い魔力を混ぜ合うように輝き、表面に無数の魔法陣を浮かび上がらせ封印された。
「それで、この返事はいつ返って来るのだ。それを確認するまではこの街に滞在する」
「貴様が書いた内容にもよるだろうが、明日の昼から夕方には戻ってくるはずだ。連絡を入れるが貴様は何処に滞在するつもりだ?」
「まだ確認は取れていないが、ゴライアの所に行くつもりだ。少々話もあるからな」
グラモスはゴライアの名前を聞いて、未だ消えない胸の痛みを加速させる。
「貴様といいゴライアの馬鹿といい...くそが...」
「では後は頼んだぞ。何かあれば連絡をくれ。連絡先はゴライアの所で問題無い筈だ」
再び蘇る記憶に痛めつけられ執務机に手をつくグラモスを無視して、クロムは話を進める。
「...頼むから面倒は起こさないでくれ」
「こう言っては悪いが、俺から面倒を起こした事は無い...いや、一度だけあるな。まぁいい、少なくともこの街での出来事は全てそちら側の責任だ。追求したいのなら再び訓練場で白黒つける手もあるが?」
クロムのこの言葉にグラモスは胸の痛みに耐えながら、額に青筋を立てて両拳を机の上で握り締めた。
「おお、やはり凄まじい魔力だな」
クロムがグラモスから立ち上る濃密な怒りの魔力に感心した声を上げる。
「用事が済んだらさっさとこの部屋から出て行け...この後、書簡は直ぐに責任を持って飛ばす」
「わかった。気休めかも知れんが、俺はこの街に伝令を使う為に立ち寄っただけだ。用件が済んだらすぐに街を出る」
「出来ればそうしてくれ。
「まぁ何とでも呼んでくれて結構だ。では失礼する」
そう言い残して、クロムが机の上に置きっぱなしの盟友の証を思い出したかのように拾い上げると部屋から姿を消す。
グラモスは痛み止めと胃薬を引き出しから取り出し、一気にまとめて紅茶で流し込んだ。
「頼むから要件済ませてこの街から出て行ってくれ黒騎士。俺の余生の邪魔はしてくれるな全く...」
そう呟いて、グラモスは胃の辺りをさすりながら別室で待機しているラピドゥスドラコの元へ向かい、書筒を胴体に装着している魔道具で持たせると、高価な魔石の魔力を供与して窓を開け放った。
小さく細身のグリーンドラゴンは、体格に見合ってない程の大きな翼を伸びをするように大きく広げ、一声鳴く。
時間制限付きの姿隠しの魔法を発動させたラピドゥスドラコが、窓から大空に飛び出していった。
クロムは2階から降りたその脚で冒険者ギルド後にしようと出口に向かっていると、ギルド職員が顔を青くして震えている先程の受付嬢を連れてクロムを呼び止め、幾度となく頭を下げてきた。
問題無いと言ったはずだがとクロムは思ったが、こういった権力に対する謝罪に対しては相手側に明確な回答が必要なのかも知れないと考え、再度受付嬢に先程の一件は不問にすると伝えた。
すると張り詰めていた緊張が解けたのか、腰が抜けてその場にへたり込んだ受付嬢。
それを気にする事無くクロムはそのままギルドを後にし、ゴライアの工房目指して歩き出す。
相変わらずクロムの黒い姿は注目を集めるが、自動的にクロムの行き先の人だかりが割れる為、歩みを妨害される事は無い。
程なくしてゴライアの店が見え、何人かの冒険者が出入りしているのを確認すると無用な接触は避けたいと、そのまま裏口へを向かった。
そして裏の工房から煙が出てある事を確認すると、クロムはそのまま裏庭に入り開きっ放しの扉をノックする。
すると、ゴライアの不機嫌そうな声が返って来た。
「ああ!?こっちは店じゃねぇ!表に回んな!」
― 不機嫌な人間が多いな ―
クロムはグラモスの顔を思い浮かべながら、中を覗き込んで机に向かっているゴライアの背中に声を投げ掛けた。
「武器を買いに来た訳ではない」
その声の主を耳にして、ゴライアが勢い良く振り返る。
「誰かと思ったらクロムじゃねーか!戻って来たのかお前!てかお前顔どうした!?仮面ぶっ壊れたのかよ!」
そしてお前にも一応素顔っていうのがあったんだなと小声で付け加えるゴライアは、先程の不機嫌な声を発していた男とは思えない程の声色でクロムの来訪を喜ぶ。
クロムはその豹変ぶりに驚きながらも、無言で手を上げて挨拶を返した。
「立ち寄っただけだ。2日か3日後にはこの街を出て、大森林の奥に入るつもりだ。それまで前の様にここに置いて貰えると助かるのだが、構わないか?」
「俺の許可が無くても好きに使ったらいい。お前さんは今度は一人で森か...相変わらず無茶な生き方してるんだな。それはそうとウィオラは元気にしているのかよ」
クロムは詳細は避けて、ウィオラの現状を簡単に説明した。
騎士団の再編成に伴い、所属していた騎士団が解体された事、そしてそれを機にウィオラは同じ副団長のベリスと共に
ゴライアは意外そうな顔をしながらも、目の前の黒騎士が彼女の運命を見事に変えた事に驚いていた。
「そうか。まぁ死んでなきゃいいってもんだ。そうだ、丁度良かった。どうにも新しい武器の案が煮詰まっていてよ。時間あるならちょっと話に付き合ってくれねぇか?」
「今からか?俺は構わないが仕事は大丈夫なのか?」
「全然問題無い。あれからテオドのヤツ一皮剝けたみたいに仕事に打ち込み始めてよ。最近は色んな武器や防具を試行錯誤しながら一人で作りながらも、店の殆どを回してやがる。やっぱあの森入りが効いたみてぇだな」
その話を聞き、またしてもクロムは成長と言う概念に僅かな憧憬の念を抱く。
「あの鎖だが、ネブロシルヴァで遭遇した戦闘で使い物にならなくなってしまった。今の武器はとある騎士から譲り受けた騎士団が正式採用しているハルバードの柄だ。何か面白い案でもないかと思い、こちらも話を聞きに来た次第だ」
「あれが壊れるとはな。一体どんな戦いをしやがった?てかお前さん、魔力が表に出てるな。しかもなんだその...言っちゃ悪いが禍々しいにも程があるぞ、その魔力は。しかも出してるっていうよりは、身体から漏れ出てるといったように見えるが」
一目見てクロムの魔力が異常である事や、出しているのではなく漏れていると表現する辺りがゴライアの鍛冶師としての優秀な観察眼の成せる業であった。
「まぁ色々あった...としか言いようがないな。そうだなあの鎖の事から話すか...」
そう言うとクロムは今までの出来事を話しても構わない範囲でゴライアに伝えた。
その中でも特に食い付いたのは、鎖にティルトが施した魔銀コーティングとそれによる粘度の魔力操作だった。
「なるほど。それは錬金術師ならではの着眼点だな。いやはやあの坊ちゃん、只者じゃねぇと思っていたが、その発想は今まで無かったぞ」
「結論から言うと、鎖は効果を発揮する場面が限定的かつ、労力に見合った効果が出しにくいと言わざるを得ないな。そこでだ...」
クロムはゴライアが書き仕損じて床に捨てていた紙と炭ペンで、一つの武器の案を書き上げて行く。
「お前...こんなもの良く考え付くな...。しかしこれをマトモに動かす事が出来るのか?あの鎖とは訳が違うぞこりゃ」
クロムの書いた武器の構想に驚きつつも、その実現の難しさに顔を曇らせるゴライア。
そこでクロムは新たに手に入れた魔力連鎖から得た技術を、実際にゴライアに見せる事にする。
「言葉で説明する前に見せた方が良いだろう。ゴライア、今からお前に魔力を放つ。手加減はするから安心してくれ。出来れば魔力防御を張った方が良いな」
そう言って、クロムはゴライアを連れ立って裏庭に出る。
― この裏庭は定期的に嵐が吹き荒れるのか? ―
何をされるか解らず、若干の不安を感じるゴライア。
それでも新しい閃きが待っているかも知れないと、気持ちを前向きに切り替えた。
「これから魔力に少々細工をして、お前に放つ。感想は後で聞かせてくれ」
クロムはゴライアから距離を取ると、右腕を前に掲げる。
「M・インヘーラの逆転作動準備」
― 融魔細胞の活性化を確認 右腕部先端の魔力放出口を解放 魔力回路の接続完了 ―
― 魔素リジェネレータ 魔力回路接続 魔力濃度上昇 体内魔素量及び魔力量に問題無し ―
― M・インヘーラ 逆転作動の準備完了 M・エンハンサーの正常起動を確認 ―
― M・エンハンサーへの干渉データ挿入完了 コア出力15%上限で対応 ―
「いくぞゴライア」
クロムの一言と共に、その黒い右掌に凄まじい強度の魔力が溢れ出した。
そこに宿る深紅の魔力の奔流に、それを向けられているゴライアの背筋が凍り付き、本能が最大強度での魔力防御を促す。
そしてゴライアに向けてクロムの掌から魔力が放射された。
ゴライアはクロムが放った嵐の様な魔力を最大防御で受けたが、その魔力に触れたと同時に全身を針で刺すような感覚が炸裂する。
それは冒険者時代に嫌と言う程に味わった、自分の隣に立つ死と言う存在を実感させる気配。
“殺気”と呼ばれる死の予感。
ゴライアはクロムが、あろうことか自分を殺そうとしている事実に気が付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます