第101話 証と共に舞い戻った黒騎士

 デハーニは竜車の護衛をベリスとウィオラに任せ、クロムと共にラプタニラ東門まで向かっていった。

 クロムも自由騎士2人に今後の方針を伝える。


「そうか。私達は暫くは目的地の村に滞在するつもりだ。あの森で今一度己を見つめ直して強くならねばと思っている」


「そうですか。残念ですね。もし村で合流出来たらまたお手合わせをお願いします。流石にあの体たらくでは終われません!」


 ウィオラとベリスはクロムの離脱を惜しむが、だがその一方であの森で更に強さを磨こうという意思を見せた。

 良くも悪くもピエリスを含めた騎士達の運命が切り替わったあの森は、彼女達にとっては重要な場所だ。


「次までにはせめて俺と模擬戦が出来る程には成長していてくれ。期待している。それとティルトとヒューメの事をよろしく頼む。任せたぞ」


「「了解した(しました)!」」


 2人はクロムの任せたぞという言葉を聞いて、より一層の闘志を瞳に宿す。

 ただし、クロムと成長を約束した事で彼女達の心に僅かな恐怖が生まれたのも確かだった。

 成長していなければ、どうなるのか想像もつかない。


 クロムは2人を会話した後、デハーニと合流し二人並んで、東門へを歩を進め始める。


「とりあえず抜ける感じか?」


「そうだな。急ぎ伯爵と連絡を取る必要性が出て来た。ギルド経由で書簡を送るつもりだ。どれくらいの時間が掛かるかはわからんがな」


「それならギルドで特別伝令を使えばいいぜ。お前さんの盟友の証ミスラプロヴァがあれば問題無く使える筈だ。2日も掛からず手紙の往復が出来ると思うが」


 各冒険者ギルド支部や領主等は、伝令や報告を飼い慣らした飛行生物で行う場合がある。

 その中でも特別伝令とは、ギルドマスターや貴族等が緊急の報告を行う為に使用するもので、ラピドゥスドラコと呼ばれる高速飛翔が得意な小型の竜種に書簡を持たせて飛ばすものだ。


 肩に乗る程度の大きさとは言え、れっきとした竜種であり、種族的に生態系ヒエラルキーの上位に位置している。

 それ故に、道中で他の飛行型モンスター等からの被害を受ける事が極めて少なく、竜種という生物の特徴として、人語は介さないものの知能や魔力に関しても非常に高く、複雑な命令でも訓練次第で実行に移せた。


 ただし竜種を使役する際は莫大な魔力を供与する必要性が有り、これは飼い慣らすというよりも契約や盟約に近いものだった。

 よって日常的に使える代物では無い。


 特にオランテ伯爵が収めるオルキス領内においてラプラニラ程の規模の街では、ギルドが最低でもラピドゥスドラコを1匹は配備されており、情報伝達速度や管理、情報の取扱いに関して他領に比べて群を抜いていた。


「素直に使わせてくれるといいのだがな。あのギルドにはあまり良い印象が無い」


「そんときゃ机でも粉々にぶっ壊して脅せばいい。お前さんをどうこう出来る奴なんざ居ねぇだろうに」


 デハーニが肩を竦めながら、軽口を飛ばす。

 クロムは実際の所、ラプタニラギルドで前回と同じ様な問題が起こるのであれば、容赦はしないと決めていた。

 クロムは盟友の証ミスラプロヴァの存在価値の見極めが出来ると考えている。


 加えてゴライアの所に一度出向き、試作武器の提案や意見交換を行う予定のクロム。

 魔力連鎖の検証から判明した技術を武器に応用可能かどうかの意見を聞きたいと思っている。


 デハーニは村に戻ると暫くの間はヒューメとピエリスの世話に時間を使うと言い、ピエリスに関してはある程度の鍛錬と訓練、ヒューメに関しては貴族教育で得た知識や勉強を通じて村に貢献出来れば良いとデハーニは考えていた。

 魔法関係に関してはティルトに任せ、薬剤の調合等にも活躍して貰う。

 人材的に双方とも、かなり貴重な能力ではあった。


 ― 拾ってしまったのなら、村の為に頑張って貰わねぇとな ―


 デハーニは小さいながらも心落ち着く故郷に思いを馳せる。





「俺は一般人として門を潜る。時間は掛かるがこれが一番安全だ。クロム、お前さんは盟友の証ミスラプロヴァと冒険者プレートで素通りできるはずだ」


「わかった。ではここで一旦俺は離脱する」


「おう。お前さんも気を付けろよ。今までとはもう扱いも身分も普通じゃねぇんだからよ。ヒューメ達は任せとけ。必ず村まで連れて行く」


「ああ」


 そういってクロムはデハーニと握手をすると、両名とも名残惜しさを全く感じさせずにそのまま別れる。


 ― クロムの奴は一体これからどうなっちまうんだろうな ―


 デハーニは遠ざかるクロムの黒い背中を見送りながら、心の中で呟いた。

 横から吹き付ける風に煽られたクロムの黒い外套が、その先の見えない不安を煽る様に靡いていた。





 クロムは冒険者プレートと盟友の証ミスラプロヴァを持ち、一般人や商人、冒険者の並ぶ列に加わらずそのまま門の中央を通る。

 列に並んでいる冒険者の一人は待たされている事に苛立っており、クロムに対し列に並べと大声を上げていた。


 しかしそのまま歩みを進めるクロムに、数名の警備兵が走り寄ってくる。

 そしてその人物が記憶に新しい黒騎士であると気が付き、その身を強張らせた。


 クロムはランク4層スプラー・メディウム冒険者プレートと盟友の証ミスラプロヴァを手に持ち、それを目の前の警備兵に見せる。


 その様子を見た1人の部隊長のメダルを鎧に付けた警備兵が、クロムの所に走り寄って来る。

 全身黒い武装の騎士らしき人物に、彼もまた嫌でも心当たりがあった。


 ― 黒騎士クロム ―


 警備隊長の予想通り見覚えのある黒騎士の姿を視認すると走る速度を一気に上げる。

 そして彼の手にしている盟友の証ミスラプロヴァと冒険者プレートを確認すると、一部の新人警備兵が武器に手を掛けて、その歩みを妨害しようとしている現状を再認識し、顔色を変えた。


「し、失礼致しました!どうか無礼をお許し下さい!もし処罰が下るならどうか私だけに留めて頂きたい!」


 石畳に膝を打ち付ける激しい金属音と共に跪く警備隊長。

 その彼の態度に周囲の人間は唖然としていた。


「問題無い」


 クロムのその言葉で彼は素早く立ち上がると、横に位置を素早くずらし、最敬礼をもってクロムを通す。


「役目ご苦労。通行に関して貴殿らに失礼や無礼等は全く無かった。先程までの行動は全て警備兵としての職務を全うしようとした結果に過ぎない」


 クロムは冷や汗を額に浮かべる警備隊長に一言声を掛ける。


「はっ!勿体無きお言葉!」


 警備隊長が顔色を戻して、クロムの言葉を受け取ると、クロムの姿が見えなくなるまでその姿勢のまま見送った。

 そして、その姿が見えなくなると、緊張の糸が切れた彼は大きくため息を付きながら、再び安堵の汗を額に浮かべる。


 ― 黒騎士クロム殿が今度は伯爵様の盟友として戻って来られただと...一体何があったんだ?また何か起こるのか? ―


「隊長殿...先程の冒険者は...」


「新入りは黙っていろ。何知らないなら今はこの件に関して一切口を開くな」


 その警備隊長の口調と表情に、若い警備兵が思わず口を噤んだ。


 そしてこの光景を遠くで眺めていたデハーニは、クロムが何とか街に入った事を確認し、やれやれと言った表情を浮かべていた。


 ― 全く...ホントあいつは一体何処を目指しているのやら ―





 クロムが街中を歩いていると、時折クロムに対して視線を向ける者達もいた。

 その殆どが冒険者であったが、やはり気軽に声を掛ける者はおらず、むしろ関わり合いを避けようとする動きすらあった。


 この街にはラプタニラ冒険者ギルドのギルドマスターとの力量審査での記憶を鮮烈に残している冒険者も多い。

 そんな黒騎士クロムが突如冒険者ギルドのロビーに現れ、ギルド内は騒然となる。


 まるで魔物が現れたような雰囲気がロビー内に広がっていく。


 クロムを見て視線を明らかに外して、小声で会話し合う冒険者パーティや何か騒動が起こった場合、即座にロビーから離脱出来るように警戒する者もいる。

 ただし何よりロビーにいるクロムを知る者達が恐れているのは、クロムの事を知らない他所属の冒険者や、恐れ知らずの新人の無謀な行動だった。


 そして何よりも受付嬢を含めたギルド職員の大半が、明らかに顔色を変えていた。

 ギルドマスターを先に呼びに2階へ走っていく者までいる。


 そんな状況を無視して、クロムは空いている受付へと歩を進める。

 クロムが歩いてくる事を確認した受付嬢は、あからさまな困り顔で受付業務終了の小さな看板をクロムに見せつける。


 だがクロムの歩みが止まる筈は無く、そのまま受付嬢と対面し、彼は盟友の証と冒険者プレートを提示した。

 彼を定期的に現れる規則を無視する冒険者と判断した受付嬢は、迷惑そうな表情を隠そうとせず、先入観からプレートの確認も怠ってしまう。


 彼女はクロムが街を離れてからギルドに就職した娘で、厳しい研修も終わり一人前として仕事に対するプライドも十分に蓄えた、将来有望の受付嬢だった。


 そして現在ギルト内で最も運が悪い人間でもある。


「すみませんが列にお並び下さい。ギルド内では規則があります。ギルドに所属する冒険者であればそれを守って頂かなくてはいけません。特別扱いは出来かねます」


「それは承知している。その上で特別伝令を要請したい。ギルドマスターに話を通して欲しい」


 そう言ってクロムは受付嬢がしっかりと確認出来るように、2つのプレートを彼女の前に再提示した。


「特別伝令は高ランクの冒険者の要請であっても簡単に使えるものではありません。それにこっちのプレートは何でしょうか。こんなも...きゃぁっ!?」


「クロム様!!この度はどのようなご用件でしょうか!?」


 別のギルド職員が血相を変えて現れ、盟友の証を“こんなもの”と言いそうになり、更に手で掴み取ろうとした受付嬢の首根っこを後ろから掴んで、机から勢いよく引き剝がす。

 このギルド職員はそのプレートの正体を一目見て理解し、受付嬢が不敬罪で裁かれる事を奇跡的に回避する。


「緊急の要件だ。伯爵宛てに特別伝令を使用したい。至急ギルドマスターに話を通してくれ。伝令の内容は最重要機密として扱う事になる」


 この職員はクロムの持つ盟友の証の効力を十分に理解しており、至急ギルドマスターの部屋に案内する人員を呼んだ。


「このままギルドマスターの部屋に案内させて頂きます!先程の受付嬢はまだ新人で教えが足りておりませんでした!何卒ご容赦を!」


 そう言って職員は深々と頭を下げて謝罪する。

 しかしながら当のクロムは何処に謝罪する必要があったのか、理解しかねていた。

 円滑に物事が進めば問題無いと考えるクロムとギルド職員との間で、証に対する価値観に大きな隔たりがある。


「何に対する謝罪かわからないが一応受け取っておく。何も問題は無い。それよりも案内を頼む。時間が惜しい」


「あ、ありがとうございます!お前は何も言わずそこから一歩も動くな!そして今は

 喋るな!」


 職員はその受付嬢がこれ以上失態を犯さないように、一番手っ取り早い“動くな、喋るな”と命令する。

 受付嬢はその言い分に納得出来ず、何か反論しようとしたが、その職員とそれ以外の周囲の人間から向けられる鬼気迫った表情に言葉が出なかった。


 クロムが職員の案内で2階へ向かい、その姿が見えなくなると職員や他の受付嬢のみならず、周囲の冒険者達も一斉に大きなため息を漏らした。

 新人と呼ばれる者達はあっけに取られながらその様子を見ている。


 先程の職員が受付嬢に命令解除を告げると同時に、受付嬢が未だ自分の扱いに納得出来ずに反論の声を上げようと、息を吸い込んだ。

 しかしその反論が口から出る前に、隣に居たクロムを知る受付嬢が先に強い口調で言い放つ。


「覚えておきなさい。あの方はオルキス領内で史上初のランク4層スプラー・メディウムスタートの冒険者“黒騎士クロム”様よ。この街では“暴風テンペスタ”とも呼ばれてる。それに何故お名前に“様”をつけるか解ってないでしょ貴方」


「は...え...?」


「あの方が持っておられた白銀のプレート。あれは盟友の証ミスラプロヴァ。オルキス領主オランテ伯爵様が盟友と認められ、伯爵位と同等の権限をお与えになられた証なのよ」


 ここにきてようやく事の重大さを把握し始めた受付嬢。

 次第に顔が青くなっていく。


「貴方はクロム様が盟友の証を提示されたにも関わらず、それを無視して堂々とギルド規則を説いた挙句に、それを素手で掴もうと手を伸ばしたわね。更に貴方...あのプレートを“こんなもの”って言おうとしなかった?あそこで止めて貰えなかったら、今日貴方は首が胴体から離れて、無言の帰宅になってたわよ」


「研修をあと1か月延長する事にするぞ。反論は認められん。クロム様は問題無いとおっしゃられたから良いが...どうなるか...」


 当の受付嬢は研修期間の延長の事など頭に残らず、周囲の雰囲気から自分の命が首の皮1枚で繋がっているという事を実感し始める。


 彼女はこのギルドで本日一番運が悪かった。

 だが同時に運が良かったとも言えた。





 クロムはギルドマスターの部屋に案内されながら、別れ際に交わしたデハーニの言葉を思い出していた。


 ― 今までとはもう扱いも身分も普通じゃねぇんだからよ ―


「普通じゃない...か」


 手に持った盟友の証を見つめながら、クロムの小さな呟きを漏らす。

 その呟きに緊張しながら前を歩くギルド職員が敏感に反応したが、クロムは何でもないと返した。

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