第99話 怪物と魔物は連鎖する
オーガの小指を咀嚼し、その組織を体内に取り込んだクロムは特に達成感を得る事も無く、その場に立っていた。
現状、コアに組織成分等の情報を解析させると同時に、ヒューメの血液サンプルとの比較も行うようにコアに指令を出す。
オーガの細胞を融魔細胞への取り込むという目的あるが、この状況下では万が一の事態に備えられていないという理由で、後の作業に回している。
それはクロムの体内に宿る魔力に若干の違和感が発生している事もあり、その行動指針に影響を与えていた。
クロムは右掌に僅かながら魔力を放出させ、それをじっと見つめている。
「どうしたのだ
先程よりも再生が進んだオーガが、そんなクロムの様子を見て声を掛けた。
僅かではあるが、クロムが壊した両腕も動く様になってきている。
「どうにも魔力に違和感があってな。形容し難いが魔力を客観的に感知している感覚が僅かにあるな。第三者視点とでもいうべきか...」
「首領の言葉は難解過ぎて俺には理解が難しい。だがそれが恐らくだが魔力連鎖の感覚なのかも知れない。どう言ったら良いかわからないが、もう一つの眼が自分の魔力の中に浮いている...とでも言うのだろうか。すまない。俺は上手く説明する事が出来ないようだ」
そう言って、オーガが魔力を僅かに錬磨して身体に纏わせた。
するとクロムは何かに気が付いた様な素振りを見せ、オーガの方を見る。
「眼...なるほど眼か...確かに俺の魔力の中にお前の魔力の気配を朧気ながらに感じるな。感覚的に慣れていないが、お前の魔力が俺の身体の中で見える気がしなくもない。これが魔力連鎖の感覚か」
今のオーガはクロムの魔力を取り込み、分け与えられた存在となっている。
クロムは部下と表現したが、この世界の魔物の感覚で言えば、眷族となったと言った方が正しい。
「俺の身体の中で今、分け与えられた首領の魔力がその手の赤い魔力に反応しているのがわかる。そうでなくても今迄では考えられない程の強さと量の魔力が身体の中で暴れている」
オーガが完全に回復していない右腕を掲げると、魔力を纏わせた。
その魔力は今までの色とは違い、僅かに赤が混じりその魔力量も濃度も格段に上昇している。
ただし、先程のクロムの攻撃で焼き切れた魔力回路が再生されずにまだ多数残っているので、制御に失敗すれば辛うじて生き残った回路も吹き飛ぶだろう。
「後、首領の魔力が驚くほどに静かなのがわかるな。怒りも高揚も...平坦で何も感じない」
「なるほどな。それとその
ここに来てクロムは漸くオーガの呼び方に気が付く。
「何だと言われても困るな。我々の様な知性を授かっている魔物は一様に自分達を支配する強者をこう呼ぶのだ。理由はわからない。ただそう呼ぶ...としか言えないな」
「何と言おうが俺は構わん。好きに呼ぶと良い」
「わかった」
そしてクロムはここで魔力連鎖に関して一つの利用方法を思い付く。
それはその対象の数にもよるが、コアの戦闘システムから構築される戦術の駒として、思考や行動方針を個別もしくは集団で支配出来ないかという事だ。
クロムの戦闘行動に合わせて、眷族となった魔物を最適な戦術で運用出来れば、戦闘の効率が格段に上がる。
コアの紡ぎ出す膨大な情報に魔物の処理能力が追いつくのかという問題はあるが、クロム単独の戦闘行動に合わせて、魔物を軍団規模で支配統制出来るのであれば、今後の行動に大きな幅が出来る。
もしくは戦闘の衝動や本能、欲求を引き出して半強制的に戦わせる事が出来るのであれば、魔物の自我が崩壊していてもさほど問題は無い。
死ぬまで暴れまわる狂戦士を戦場へ無数に送り込む事さえ可能だった。
「むっ」
オーガがクロムを見ながら、何かに気が付いた様な素振りを見せる。
「どうした」
「いや、首領の魔力が僅かに昂りを見せたが、何か良い考えでも浮かんだのかと思ってな」
クロムはその言葉に疑問符を浮かべた。
昂りを含む感情はコアにより制限を受けており、クロム本人はそれに何ら違和感を持っていない。
だが、オーガのいう事が本当であれば、クロムは新たな戦略を考案しながら、その未来に期待をして魔力を僅かでも昂らせていた事になる。
― 感情制御の不具合か?どうにも前のトリアヴェスパとの一件以来、制御系に不安が残るな。一応エラースキャンを走らせておくか。後、考えられるとすれば、ヒューメの血液かオーガとの魔力連鎖の副作用か... ―
「それで首領はこれからどうするのだ。俺は完全な回復にはまだ数日時間が掛かる。とは言っても信じられない程の速さで回復してはいるが」
クロムが再び沈黙して考え込んでいる様子を見て、少し迷いながらもオーガは話を進めようと声を掛けた。
「俺はまだ動かなくてはいけないからな。お前とは別行動になる。その魔力連鎖とやらで俺の位置はある程度の判別は出来るのか?」
「方向と距離は気配で何となくではあるが解る。特に首領の魔力はあまりにも恐ろしいからな。多分相当離れていても嗅ぎ分けられるはずだ。後、これは何とも言えないが、魔力の揺らぎもある程度は解る」
怒りや悲しみ、高揚、絶望といった魔力と密接に関連する感情の揺らぎも、魔力の気配で解るとオーガは言う。
つまりそれはクロムが眷族であるオーガの気配も判別出来るという事。
「暫くは互いに単独行動とする。行動の内容が読み辛いからな。この辺りの調整は後だ。それと俺は近いうちに人間が
「
オーガはクロムの言う“特殊な場所”と言う単語で、この底無しの大森林奥地にある知性ある魔物達の間で“狂いの狩場”と呼ばれる場所を連想した。
「狂いの狩場?」
「ああ、俺達オーガやオーク、ある程度の知性がある魔物は元より、虫の魔物やスライムですら寄り付かない場所だ。そこに住む魔物は知性を持ち合わせているような見た目の魔物ですら言葉も何も通じない。見たもの全て敵として襲ってくる。しかも恐ろしい程に強く、見た事も無い魔物が大量にいる」
オーガ等の知性を持つ魔物は人間の言葉やジェスチャーで意思の疎通を行う事が多い。
対して、知性の無い魔物やオークやゴブリン等の発声器官が未発達の魔物は、唸り声の他に魔力の揺らぎや、それに乗る感情などで単純ではあるが意思表示を行う。
いずれにしても魔物であれば魔力や感情を読み取る事により、言語や知能レベルが異なる他種族間であっても、最低限の意思疎通が可能だった。
ただし、狂いの狩場の魔物はそれすらも一切関知せず、問答無用で殺しにかかって来るとオーガは言う。
「しかもそこに一人で潜るというのか首領よ。あまりにも無茶だと思うが...」
「その時はその時だ。俺がその狂いの狩場から戻るまでは、1人で判断し好きに動け。ただし俺の行動を邪魔するような事になれば、迷わずお前を殺す」
クロムは、オーガの言語能力を考慮し可能な限り難解な言い回しは避けた。
だが、その言葉はより一層、凶悪な文言を含む言葉に変貌する。
「それだったら、俺も連れて言ってくれ。もしもの時に囮でも捨て駒でも何でも命じてくれればいい」
「いいのか?俺は情も何も関係無く、必要であればお前を自分の為に使い潰すぞ」
「それで構わない。それが強者の支配されるモノの宿命だ。連れて行ってくれ。役に立つとは今は言えない。だが役に立つかも知れない。俺は使い捨ての道具で構わん」
オーガの瞳には確固たる意思の光が灯っている。
だがクロムにとっては忠誠も誓いも、一つの契約のような物に過ぎない。
そしてその矜持を理解する事も無い。
「わかった。向かう際に合流するとしよう。必要なら案内も頼むかも知れない。それまでの完全に回復しておけ。足手まといは邪魔なだけだ」
「わかった。肝に銘じておく。判断に感謝する首領よ」
オーガは人間から見たら凶悪その物である顔に歓びの表情を表した。
そしてクロムは自身の中の魔力の一部が、高揚感のような魔力の昂りの気配に引き寄せられるような、形容し難い感覚を覚える。
― なるほど。これが眷族との魔力的な繋がりか。解明してデータ化出来れば応用次第ではかなり使えるな。システムの構築も時間が有れば行うか ―
クロムはまたしてもこの魔力連鎖と言う物に、様々な可能性を感じ思考し始める。
― 良くは解らんが、首領は何か考え事で感情を昂らせる事があるようだな ―
クロムが気付いていないほんの僅かな感情の起伏を魔力連鎖で感じ取ったオーガ。
魔力連鎖の感覚に関しては、オーガの方が当然ではあるが一日の長があった。
それからクロムはその場で立ち尽くしながら、今後の予定に関しての計画や方針の修正、コアに対する様々な検証整理を行い始めた。
オーガはクロムの狂いの狩場行きの同行を許されたという事で、近くの大きな木に背を預け、膨大な魔力を錬磨し、クロムから授かった新たな魔力を身体に慣らそうと深く集中している。
そして同時に身体機能の再生にも全力を挙げる。
2人の間には草木を歩く虫の足音ですら聞こえそうな沈黙が流れ、そして時間もまた同じように流れていく。
気が付けば、森の木々の先端に欠けた月がその身を潜め、空が白く染まり始めていた。
― さてどうするか。単独行動で先を進むか合流するかだが...急げば出立に間に合うが ―
そこでクロムは道中に経由するラプタニラのギルド経由で、今後の方針を伯爵に伝え、時間的に余裕があれば返信を待つ事を考えた。
デハーニ自体はラプタニラを離れ、そのまま街道を進まず森に入る方針であった為、危険性を考えるとヒューメの護衛に関しての最低限の役目は果たせると判断した。
即ち、クロムはラプタニラに到着時点で一旦完全な単独行動になる。
クロムはその自身の行動方針に関して、デハーニ一行の様々な主張に耳を傾ける事になるだろうと予測し、若干の面倒さを感じたが致し方無しと諦めた。
そしてクロムは未だに魔力を操作し、集中しているオーガに声を掛ける。
「では俺は一旦森の外に出て態勢を整える。そちらも準備をしながら好きに行動しておけ」
「うむ?もう行くのか。わかった。身体は完全に元に戻しておく。必要であれば周辺の魔物を狩って力を蓄えておく」
「気負い過ぎて結果的に足を引っ張る事の無いようにな」
そう言ってオーガに背を向けて立ち去ろうとした時、クロムはもう一言付け加えた。
「オーガよ。これからはお前の識別として
「首領は名前無き只のオーガの俺に名を授けてくれるのか...有難くその名を頂く。
クロムは幾分感覚に慣れて来た魔力連鎖により、オーガの魔力が歓喜と闘志の気配を乗せている事を明確に察知した。
クロムは人間もここまで素直に動かせるのであれば楽なんだがと、去り際に呟く。
そしてクロムはまだ気が付いていなかった。
人間と相対する時よりも、相手が魔物であるオーガの方が効率良く思考が纏められている事に。
クロムの後姿を見送ったオーガは、自分の滾る心に反応し動き始めた魔力を懸命に鎮静化させながら、再び座り込む。
しかし一度火の付いた歓喜と闘志はそう簡単には消えてくれず、ゼロツは体内で暴れる新たな力を、与えられた名前と共に再認識する。
拳を握り締めたオーガは、朝の光に映し出されたクロムの夜の闇が切り取られたような後姿を目に焼き付ける。
その赤い魔力を僅かに纏う黒騎士の姿は、魔物であるゼロツの眼から見ても明らかに異形の怪物にしか見えなかった。
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