第96話 森へと誘う視線を受けて

 竜車の進行速度が遅い事もあり、クロムとベリス、ウィオラの3人は程なくしてデハーニらと合流する事に成功する。

 それでも太陽の位置が夕暮れ時に近付いている事もあり、街道が大きく開けた休憩所で今夜は休息を取る事になった。


 周囲には2台ほど商人の馬車が停まっているが、双方とも商人1人に護衛が一人という構成で互いに距離を取っている。

 そして竜車を休憩所の端で停車させ、デハーニが周辺の異常が無い事を確認すると、腰から鍵束を取り出して荷台の扉の鍵が外側から開ける。

 そして待ちわびた様に内側からも鍵が回る音がした。


 そして扉が開かれると、まず最初にティルトが外に出て両腕を掲げて伸びをした後、何かを探すように首を左右に振る。

 次いでピエリスが主の安全確保の為、周囲を警戒しつつも外に出てこちらは外の空気を吸い込んで一息ついた。


 そしてピエリスは小声で主の名を呼ぶと、中からショートカットに銀髪を切ったヒューメが長時間の竜車の揺れでふらつく脚を懸命に踏ん張りながら竜車から大地に降り立つ。

 馬車の中で待機している時に、本人が覚悟を決めると言ってナイフで髪を切っており、その後、四苦八苦しながら何とかその主の髪を整えたピエリス。


「デハーニさん、本当にありがとうございました」


「デハーニ殿、苦労掛けてすまない。明日からも宜しく頼む」


 ヒューメは貴族式の礼では無く、平民で使われている動作で頭を下げた。

 ピエリスも口調を今まで通りに直し、主と同じく頭を下げて礼を言った。


「まだまだ先は長げぇんだ。礼は村に着いてからで良い。周りの眼もあるから窮屈な思いを多少するだろうが我慢してもらうぜ」


 デハーニは後頭部をさすりながら、不器用ながらも素直に礼は受け取る。


「あまり目立った野営は出来ねぇからな。必要最低限の無くして良い荷物だけ降ろして今日は休むぞ。えっとベリスとウィオラだったか?食事の準備を頼めるか?」


「うむ。了解した」


「では簡単にスープとパンで今日は済ませましょう」


「後、酒も頼まぁ」


 デハーニが、騎馬を近くの支柱に繋いで荷物を降ろしている自由騎士2人に声を掛け、野営の準備を進め始めた。





 一方クロムは意識内で、走行中の魔素や魔力の消費等のデータに目を通しつつ、周辺警戒に五感と魔力感知を行なっている。


 特に運用を始めたばかりの魔力視覚は、感度を上げ過ぎると視界が極彩色になる事もあるが、魔力感知との併用する事によりこの世界では有用な“魔力レーダー機能”として手応えを感じていた。

 また現在コアに魔力感知の情報をレーダーと同様の表示が出来るように、システムを構築させている。


 すると背後に魔力の気配を感じ、クロムが目線を向けるとそこにはティルトが笑顔で歩み寄って来ていた。


 ― ティルトは眼と胸に魔力が強く宿っているのか ―


 視界に魔力視覚の効果を重ねてティルトを観察するクロム。

 その魔力の濃淡と流れをじっと観察するクロムの視線を受けて、ティルトが少し恥ずかし気に声を掛けた。


「あの...クロムさん?ボクの服が何か汚れてる...とか?」


「特にそう言ったものではない。魔力を見ていただけだ。気にするな」


「あ、クロムさん魔力が見えるようになったんですか?」


 ティルトが驚いた様子で眼に魔力を込め、その青い瞳が輝きだす。


「ああ。眼を中心にかなりの魔力を込めているようだが、負担は無いのか?」


「わぁ、本当に見えているんですね。魔力を見るっていうのは気配を感じる所から始まって、そこからかなりの鍛錬が必要なんですけど...」


 デハーニは極端な例になるが、総じて戦士系は魔力の気配を感じる事は出来るが、魔力を見るという段階まで到達する者は非常に少ない。

 その魔力視鍛錬をする位であれば、武器術の鍛錬に時間をかける方が生き残る為に効果的であり、気配と同じ様に魔力を感じるだけで十分と言った意見が大半であった。


「基本的に魔法を行使する人間は眼に魔力を込める事が多いですね。視界は現実と深層意識を繋ぐ通路みたいなものですから。けれどあまり魔力を込め過ぎると神経が魔力で焼き切れて、失明も有り得ますね...」


 そう言ってティルトは左右の目尻から青い炎を散らすように魔力を霧散させた。


「もし良かったらクロムさんの魔力に触れてみたいと思うんですけど...ダメ...ですか?」


 ティルトがクロムを見上げながら、願い出る。

 クロムは一言、構わないと告げて右手を差し出すと魔力放出口を僅かに広げ、余剰魔力をゆっくりと放出し始めた。

 黒い掌から滲むように赤い濃密な魔力が沸き上がり、ティルトの青い瞳を釘付けにする。


「わぁ...ヒューメさんの魔力に良く似ていますが、より鮮やかな赤なのですね...濃度も凄い...この時点で魔力耐性の無い人なら身体に違和感を感じ始めますよ」


 ティルトが青い魔力で覆われた両手で、沸き上がるクロムの赤い魔力を包むように手を翳す。


 ― それにしても何でヒューメさんの魔力と似ているんだろう... ―


 ティルトがクロムの魔力を最初に見て、心の隅に置いていた疑問をふと蘇らせる。


 クロムはそのティルトの様子を暫く見つめていたのだが、不意に背後の森の入り口付近で小さな魔力の揺らぎの気配を感じ取った。

 魔力放出口を閉ざし、魔力を切るとティルトを庇うように森へと振り返る。



 ― 魔力感知を確認 前方80 ―



 クロムは魔力視覚でその場所を凝視し、感度上昇させながら望遠機能で森を見つめる。

 そこにはほんの僅かではあるが、魔力を纏った何かが存在しており、朧気ながら見えるその姿形は人型の輪郭を示してはいるが、人間にしては大きい。


 ― 魔物か?襲ってくる様子は無さそうだが面倒だな。状況を見て始末する事も考えておこう ―


 クロムがそう考えていると、その反応はゆっくりと森の奥に消えていった。


「クロムさん...?どうかしましたか?」


 クロムの腕を掴みながら背後から顔を覗かせるティルト。


「いや何かいるような気配がしたが、消えたようだ」


「魔物ですかね?」


「わからんな。警戒はしておこう」


 クロムはそう言って、森に背を向けるとデハーニの所に向かっていく。

 ティルトが手に残る彼の赤い魔力の感触を思い出しながら、その黒い背中を見つめ続けていた。


 ― 夜に一度森に入って確かめるか。実地試験だと考えれば都合がいいかも知れないな ―


 竜車の近くで野営の準備を手伝っていたヒューメが、荷物を降ろしてクロムに大きく手を振っていた。

 それを見たクロムは、またヒューメの質問攻めに遭うのかとため息を付く。





 野営の準備が完了する事には夕暮れ時となっており、陽が沈むと同時にベリスとウィオラが作った干し肉と乾燥野菜を具材として作ったスープとパンが振舞われた。

 騎士団内で持ち回りで食事を作っていた事もあり、美味しさに関して他のメンバーから高評価を受ける。


 クロムも口が露出している事もあり、スープとパンを口にすると成分分析を魔素含有量の調査を行い、記録していった。

 クロムがベリスとウィオラに一言、美味かったと伝えると2人は心から喜んでいた。


 クロムの隣で食事を取っていたヒューメは、野営自体が初めての体験でありこの光景自体の何もかもが新鮮と言った面持ちでスープを食している。


 クロムはデハーニが一人でいる時を見計らい先程の森の一件を伝え、ヒューメ達が寝静まった頃に一度単独で森に入ると告げた。

 見張りはデハーニ、ピエリス、ベリス、ウィオラの4人で交代しながら行う為、人員自体に不足は無い。


「朝の出立までの戻らなければ、俺はそれ以降、単独での行動に入ると思っておいてくれ。ヒューメの方はあれだけの人員が居れば大丈夫だろう。後は任せた」


「お前さんよりもヒューメ嬢の機嫌の方が心配だがな。まぁ問題無いだろうが気を付けろよ。出立は早朝予定通りで行く。竜車はラプタニラに入らず、俺は街に入り食料と水を補給する予定だ。補給が済んだら迂回して直ぐに森に入り、村を目指す」


 デハーニは進行が厳しくなるが、早い段階で森に入り姿を表の街道から姿をくらますつもりでいるとクロムに伝えた。

 クロム自身、森を出る際にある程度のマッピングが出来ているので、村へのルートは問題無い。


「わかった」


 そう言ってクロムはデハーニから離れ、夜の森を見つめているとヒューメが傍らに寄って来てクロムを見上げる。


「何かあったのでしょうか。あの何というかデハーニさんとクロムさんってお話しされている時、お二人とも雰囲気が...その怖くて...何かあるのかなと思ってしまいます」


「特に何も無いな。和やかに話す機会が少ないだけだ」


「そう...ですか...変な事言ってしまいました」


 ヒューメは気落ちして黙り込むも、クロムの傍からは離れようとしない。


「明日も早い。今日は早めに寝た方が良い。初日は気を張っているから疲れも目立たないが、後々辛くなるぞ」


「わかりました...あのこれからもよろしくお願いしますね」


 様々な思いを込めてヒューメがクロムの外套を掴みながら、今後の事を願い出た。


「先の事は誰にもわからない。まずは自分の足で前を歩き、自分の手で明日を掴む事が必要だ」


「そうですね。クロムさん、ありがとうございます」


 そう言ってヒューメは焚火の前に戻っていき、ピエリスに就寝の準備をする事を伝える。

 ピエリスが従者の仕事として、即座に行動を開始した。


「明日を掴む...か」


 クロムは自分の手を広げて、掌から滲む赤い魔力を見て先程の自分の言葉を反芻する。

 明日を考えない兵器として生かされていたクロムは、自分にそれを言う資格があるのだろうかと1人考え込んでいた。





 その夜、デハーニが見張りに立ち、他が寝静まったタイミングでクロムは森に入っていった。

 去り際に目線が合うも、互いに静かに頷き合うだけで言葉は無い。


 少し懐かしさを感じる夜の森は、まだ昼間の熱を残す外縁部よりも空気が冷たく、湿度も高い。


 熱源探知が破損により使えない為、クロムは五感の感度を上げ、同時に魔力レーダーから得られた情報を視界に反映させながら、月明かりの届かない暗黒の森を進んでいく。

 構築し終えたばかりの魔力レーダーシステムが、クロムの視界に真新しいモニター画面を映し出している。


 クロムはあの時の状況を再現するように、全身にある幾つかの魔力解放口を小さく開き、全身から赤い魔力を放出し始めた。

 森の暗闇よりも黒いクロムの身体が、赤い魔力で縁取られる。


 すると程なくして聴覚と魔力レーダーが、クロムに対しゆっくりと距離を詰めて来る反応を気配した。



 ― 魔力レーダー 移動物体を感知 距離50 接近中 ―



 森の木々が障害物になっている、もしくは対象が魔力の発散を抑えているか為か、昼よりも探知距離が短い。

 

 こちらの存在に気が付いた上で向かってくるのは確かだが、襲い掛かってくるような速度感では無く、背後に回る等の戦略的優位を取る動きでも無かった。

 クロム一瞬、あのメイドの事を思い浮かべたがその時の探知情報とも一致せず、時間や位置的にもその可能性は低い、だが警戒は必要と判断する。


 そして小さな広場となった場所に辿り着くと、月明かりの下で反応の方向に身体を向けて姿を現わすのを待つことにした。



 ― 戦闘システム起動 魔素リジェネ―ター通常稼働中 体内魔素保有量98% 魔力量保有量96% ―



 クロムは奇襲に備えると共に、いつでも戦闘を開始出来るようコアに戦闘の準備をさせる。

 更に主張を強める赤い魔力が、夜の闇の中でクロムの漆黒の身体を這い回っていた。

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