第95話 雀蜂は去る黒騎士に約束を
「そ、そろそろ降ろして貰って大丈夫だ...もう普通に歩ける...」
2人の武装した女騎士を左右の腕で運んでいるクロムは、当然ながら異様な程に目立っていた。
クロムは全く気にしていないが、運ばれている2人、特にウィオラはその羞恥に耐えられず限界を迎える。
一方でベリスは、色々な物を捨て去り気にならなくなったのか、未だに目を閉じて動こうとしない。
「まだ行けるはず...まだ行けるはず...」
「おい!いい加減にしろベリス!」
うわ言の様にクロムへの未練を口にするベリスを引きずり降ろそうとウィオラが𠮟りつけた。
暫くの間、そんなやり取りが続いたがベリスも観念したのか、クロムの腕から降りて地面に立つ。
「クロム様、運んで頂きありがとうございます。欲を言えばもう少しという気持ちもありましたが、どうにも同僚が口煩くて...」
「き、貴様...いい加減にしろ...」
ウィオラが額に青筋を立てて、もうクロムの敬称を完全に“様”に変更したベリスに向かって拳を握り締めていた。
明らかにウィオラよりも
「じゃれ合うのはその辺にして、街を出るぞ。お前達は馬を取ってくるのだろう。門の前で合流だ。その後、俺は馬と並走しデハーニと合流する」
馬と並走すると平然と言ってのけたクロム。
それに何の違和感も無く、了解しましたと答えて馬を取りに行く2人もクロムの非常識に随分慣れていた。
クロムは2人を見送ると1人門へと向かう。
そこに見慣れた3人がクロムに近寄ってくるのが見えた。
体格の良い大斧を背負った戦士とフードを被った銀髪の弓術師、そしてクロムの記録に残している特徴的な赤髪をフードで隠している女盗賊。
トリアヴェスパの3人はクロムに対し慣れた対応を見せながら、声を掛けた。
「元気にしてたかクロムさんよ。あれ?その顔どうしたんだ?何か仮面に慣れすぎちまったのか知らないが、逆に違和感があるな。ちゃんと下に顔があったんだな」
「今日ここを離れる事になっている。まぁ色々とあったが、変わらないとだけ言っておこう。顔は流石にあるぞ」
戦士ロコが日焼けが似合いそうな豪快な笑顔を浮かべ、その隣で弓術師のペーパルは怪訝そうな表情をクロムに向けている。
「クロムさん、お顔以外にもなんか凄い魔力を出してますね...こんな魔力を見たの初めてですよ」
現在クロムは魔素を大気中から吸収し、魔素リジェネレータ―で魔力に変換しているが、通常状態では余剰魔力が常に生成される為、僅かずつではあるが放出口から赤い魔力を垂れ流している。
その魔力に関してクロムは気が付いていなかったが、魔力に敏感な魔法師や錬金術師、ペーパルの様な魔弓術師は近づくだけで背筋に寒気が走る程の魔力濃度だった。
「中々に扱いが難しくてな」
「クロムさんくらいのお人だと、魔力すら装備品みたいな扱いなんですね...」
そういってペーパルが改めてクロムとの存在の違いを実感し、溜息を付いた。
― とても口には出せないけど...こんな禍々しい魔力初めてみたよ...まぁクロムさんであれば何でもありか ―
ペーパルはクロムなら仕方ないと、奇妙な納得の仕方で自己完結させる。
「フィラ、いつもと雰囲気が違うがどうした」
クロムは、周囲の目線にかなり敏感になっているようで、フードを目深に被りながらロコの影に隠れて顔を半分出しながらクロムの様子を伺っている。
「げ、元気にしてた...?クロさん、ここを離れるんだね。あ、あのその...クロさんはあの噂は気にしてない?それと顔...仮面半分取ったんだね」
しどろもどろでクロムに矢継早に問い掛けるフィラだったが、彼にはその噂というものが皆目見当が付かず、疑問符を浮かべていた。
「仮面はちょっと問題があってな。噂?噂とは何だ?」
そう聞かれたフィラは顔を真っ赤にして更にフードを下げ俯いてしまう。
そんな彼女の様子を見て、ロコが笑いながらクロムに事の次第を説明する。
以前の門での出来事の際に、フィラがクロムに寄り添っていた事、それに加えてクロムに抱きかかえられて眠っていた事、それらがとある絵描きにより一枚の絵として出回り、予想外に街で人気の絵になってしまった事、それぞれを時系列に沿って丁寧に説明した。
それでなくても今クロムは街を歩くだけで道行く人々の視線を独占し、恐怖心と緊張と戦いながらも何とか声を掛けようと奮闘する人々に囲まれている。
「目立っているのは自覚しているが、噂は知らなかったな。迷惑かけたなフィラ」
「い、いや、迷惑なんて全然思ってないからね!でもちょっと流石に噂になり過ぎて...は、恥ずかしすぎて...」
フィラと自分自身の距離感の正体に気が付いたクロムは、なるほどなと納得した。
「所詮は噂だ。いつかは消えるだろう」
「いや消えるどころか噂が更に進化して、物語になってるんだわ。最近この街でよく売れてるらしいぜ。黒騎士物語っていう名目でな」
「なんだそれは」
クロムは自分の知らない所でも世界が確実に動いていると、改めて実感した上でもう既に隠密行動と言っていられない状態まで存在が明らかになっているという事実に、警戒を一段階上げる事にする。
「あ、あのさ、アタシ達上手くやればもうすぐ
「ほお、それは素晴らしい」
「もしさ...無事にアタシ達が
そう呟くとフィラは口を噤んで俯いた。
常に死と隣り合わせの冒険者稼業は、明日の自分の運命すら不安定に揺れ動く。
「約束は出来ない。だが期待はしている。それに俺がその時居なくなっているかも知れないが」
「...居なくなるのはやだなぁ」
「それはわがままと言うものだ。だが、朗報を待っている事としよう。土産話を忘れるな」
クロムのその言葉に、フィラは笑顔で返す。
すると風の悪戯か、このタイミングでフィラのフードが煽られ、ハラリと捲れてフィラの頭が世間の目に露わになってしまう。
クロムと親し気に相対する冒険者の正体を見て、周囲が息を飲む。
それと同時にフィラの顔が赤くなり、そして青くなった。
― 相変わらず器用な表情をするな ―
クロムが変な所で感心していると、慌ててフィラがフードを被り直してロコとペーパルの腕を掴んで退散しようとする。
「うわっと!じゃあ俺達もこれから依頼があるから行くわな。また何かあれば冒険者ギルドに伝言を残しておくぞ。俺達の事を忘れるようなら
「お互い色々と気を付けましょうね、ではまたいつかご一緒出来る日を楽しみにしていますよ、クロムさん」
ロコとペーパルがそれぞれクロムに言葉を送ると、クロムは手を上げてそれに応えた。
するとフィラが急に振り返って、拳を握りクロムに突き出す。
クロムはその拳よりもさらに大きい拳を作り、コツンと軽くぶつけ合った。
「またね。黒騎士のクロさん。約束だからね。絶対に
「ああ」
短いながらもクロムから返答を得たフィラは頬を染めながらも、屈託の無い笑顔をクロムに向けた後、フードを被り直し男2人を引っ張りながら人並みに消えていく。
トリアヴェスパは自分達の向かう目的の先にクロムの黒い後姿を見て、必ず
トリアヴェスパとの会話を終えクロムは門に向かおうと歩を進めるが、いつの間にか周囲に人だかりが出来ていた。
ただクロムの歩みは邪魔される事は無く、歩く方向に人が割れて自然と道が出来る。
武装も全て先に竜車に乗せている事もあり、装備しているのは黒い外套と背嚢だけであったが、それでもクロムの威圧感は十分にその効果を発揮していた。
加えてペーパルも言っていた様に、クロムは常時赤い魔力を垂れ流している為、魔力に敏感な職業や魔力をハッキリと視認出来るランクの高い冒険者等はそれを見て寒気を覚え、近寄る事すら無かった。
そのクロムと談笑するトリアヴェスパというパーティが異常というのが周囲の認識である。
クロムが門の前に到着すると同時に、馬の背に旅の荷物を積んだベリスとウィオラが同時に合流した。
2人は騎士団で騎乗していた馬をそのまま買い取ったらしく、馬も随分と乗り手に慣れている様子を見せている。
3人はそのまま何の検問も無しで、止められることなく門を潜りネブロシルヴァから出る。
眼前に広がる緑の草原、そして高さのある城壁で止められていた絶え間ない風がクロムの外套を浮かばせる。
横でベリスが警備兵に書類を渡している間に、ウィオラが馬の顔を撫でながらクロムに問い掛けて来た。
「馬の速度はどれくらいがいいだろうか。クロム殿に合わせるが出来れば指示が欲しい」
クロムはこの世界の馬の身体能力を知らない事もあるが、過去の騎士団の行軍から完全武装の騎士を乗せて全速力で時速25~30キロと予想していた。
軽武装の2人と旅の荷物と馬の持続力を考慮して、速度的には20キロ当たりが妥当と判断する。
クロムに関して言えば、装備する兵装ユニットやペイロード、地面との摩擦等にもよるが時速450キロ程は空荷で出す事が可能。
投棄型ハイパーブースターを搭載した超深度敵地強襲兵装“スズメバチ・3型”であれば、モジュール完全武装の状態でほぼ飛行に近い形にはなるが、音速を超える速度で地上空中問わずの移動も可能だった。
いずれにしても装備する兵装次第で大気圏外からの突入も可能な肉体のクロムは、この世界の常識から大きく外れている事は確かだ。
「そちらの速度に合わせる。俺を基準で考えると馬が確実に潰れるぞ」
「な、なるほど。参考までに聞くがどれくらいの速度で走れるのだ?」
「馬の速度の10倍は確実に出る。それ以上は街道を瓦礫で舗装する事になるな」
「そうか...うん...クロム殿だからな...」
クロムの話が想像が出来ない世界へと飛び去った事で、ウィオラは馬の首元に額を当てて、現実逃避を始める。
そんな中、ベリスが手続きを終えて馬に跨るとクロムの横に並び立つ。
「お待たせしました。ウィオラどうしたのですか?行きますよ」
「うむ...行こうか...」
出発前から疲れた顔のウィオラ。
「良し出発するぞ。お前達は先に馬を走らせてくれ。俺は後からその速度に合わせる。同時に出ると馬が驚くかも知れないからな」
クロムがそう言って半身で軽く構える。
「了解しました。ではお先に!はぁっ!」
「お手柔らかに頼む、クロム殿。はぁっ!」
2人が騎馬に拍車をかけると騎馬が嘶き、石畳に蹄の音を響かせて街道を走り去っていった。
クロムは数回コンコンと足を石畳に軽く打ち付け、その強度を確かめる。
― コア通常モードで対応 魔素リジェネレータ 稼働中 脚部融魔細胞を活性化 ―
若い警備兵の一人がクロムが2人に置いて行かれた事と勘違いし、馬の用意を忘れたのかと馬鹿にした様子で笑みを浮かべている。
だが、慌てた責任者と思われる上司の警備兵に渾身の力で顔面を殴られ、張り倒されていた。
伯爵から贈られた
クロムが挨拶代わりに警備兵を一瞥すると、全員が直立不動の最敬礼でそれに応えた。
「さて行くか」
クロムは短く呟くと、重心を僅かに下げてゆっくりと歩き出す。
そしてその歩みを段階的に走りに変えていき、石畳の表面を荒々しく削りながら、その速度を加速度的に上昇させる。
土埃を巻き上げて風を斬り裂く音を残し、外套を狂ったように暴れさせながら、瞬く間に街道の彼方に消え去るクロムを見送る警備兵な皆、口を開けたまま暫く固まっていた。
夜であれば、クロムの身体から溢れ出る赤い魔力の帯が街道を彩っていただろう。
こうやってクロムの非常識かつ超人的な逸話が目撃される度に、黒騎士物語の話の内容が濃くなっていくのをクロムは知らない。
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