第82話 兵器は記憶を夢で見る
周囲を見渡すとそこは瓦礫の山、そして夥しい量の敵兵士の死体が散らばる地獄が広がっていた。
硝煙と死体が焼ける臭いの中、まだ遠くでは射撃音と爆発音が断続的に聞こえてくる。
まだ息のある敵兵を瓦礫の陰で発見し近づくと、脇に落ちていた拳銃を拾い上げ、絶望の表情を浮かべている兵士の頭部に躊躇なく弾丸を撃ち込んだ。
頭から血と脳漿を撒き散らし斃れる敵兵を見つめながら、受信し続けている通信に意識を傾けた
― ザザッ...特務...ザッ...隊スコロ...ナイン 応答...ガザッ... こちら作戦司...ザザッ...部 繰り返す 応答...ガガッ...よ ―
今回の作戦の任務として提示されていた最優先破壊目標の大型機動兵器は既に沈黙させていた。
だが最期の抵抗で機動兵器が放った大口径レールガンの徹甲弾頭が頭部に被弾、幸い回避行動が間に合い掠めただけであったが、その衝撃で頭部センサーが壊滅状態に陥っていた。
もし真正面から被弾していれば、頭部大破で機能停止も有り得ただろう。
目標であった大型機動兵器は全部で5体。
成層圏より投下されたその兵器を撃滅、敵上陸作戦を阻止せよと司令部から命令を受けた特務機甲小隊スコロペンドラ・ナイン。
だが部隊員8名が犠牲になり、リーダーユニットのスコロペンドラ01を1人残し喪失、部隊壊滅という結果となっている。
帝国軍の最終兵器であり、部隊に配備されていた虎の子のアラガミ3式搭載型戦闘ユニットのスコロペンドラ03及び04の2体、4式搭載型戦闘ユニットのスコロペンドラ04の1体を喪失という、戦果に対する損失はどう足掻いても釣り合いが取れていない。
吹き飛ばされた仲間の戦闘データも回収する事も叶わず、スコロペンドラ01はたった一人で掃討戦を行っていた。
全身の至る所を破損しながらも戦い抜き、その果てに大破、機能を停止したアラガミ4式に対し、アラガミ5式搭載型の彼の目立った損傷は、頭部の徹甲弾によるかすり傷のみ。
これが4式と5式の隔絶された戦闘能力の違いでもあった。
だが所詮これは“個の強さ”であり、幾ら1人で戦果を挙げたとしても、戦局を覆す事は到底出来ないのが国家間の闘争の宿命である。
「こちらスコロペンドラ01。作戦本部応答せよ。繰り返す。こちら特務機甲小隊スコロペンドラ・ナイン、作戦本部、応答せよ」
僅かに残った通信機能を使い作戦本部との接続を試みるも、それに対する司令部からの応答は無い。
現在位置と意識内の作戦領域情報を元に、先行潜入部隊が使用していた通信施設の位置を割り出すと、随分と動きが悪くなった関節部を軋ませながら行動を再開する。
戦闘強化薬は既に底をついている為、生体部品の急速再生は出来なかった。
向かう道中、その上空では帝国軍の爆撃機が対空射撃と誘導兵器の餌食になり、呆気なく墜落していく光景を目にする。
そして他の爆撃機も必死の抵抗を見せているようだが、大量に群がる小型無人戦闘機の前に成す術も無く空中で爆散、瓦礫の山と化した帝国領土の上に無数の破片を降らせていた。
護衛戦闘機の随伴も無く、既にこの領域での制空権を完全に失った帝国軍は地上から上空から、容赦無い攻撃を受け壊滅状態に陥っている。
周辺から遅れて響いてくる無数の銃声と爆発音。
そして悲鳴と怒号。
時折、雑音交じりで通信を傍受するが、その内容の殆どが部隊壊滅の報告や、悲鳴が溢れる救援要請ばかりであった。
中には帝国への賛美と共に、最期の突撃を敢行するという高らかな宣言もある。
まだ息のある敵兵の何人かの頭部を道中で無造作に踏み潰し、目的の場所へ辿り着くスコロペンドラ01。
既に屋根を失った1階部分が辛うじて残っている惨状で、通信設備のある地下室への入り口の鋼鉄の扉はまだ残っていた。
建物の残骸を押しのけ、瓦礫を撤去しながら入り口を露出させていると、近くの崩れた壁の陰に2人の敵兵を発見する。
腹と肩から血を流し倒れている男、そしてその男を庇うように支えている女。
女はしゃがみ込んだまま、震える手で一般兵士用の拳銃を握り、黒い戦闘兵器に向かって銃口を向けていた。
双方とも連邦軍の将校を示す階級章と戦闘服を着用している。
息の根を止めようと2人に近付こうとしたその時、作戦司令部からの通信を傍受した。
通信施設が生き残っている為か、先程よりも受信状態は良好である。
― 作戦司令本部はもはや現状の戦線を維持する事は不可能と判断した。これより本部は後方へ撤退すると共に戦線を再構築する。当該区域での戦闘中の各部隊へ。撤退を開始せよ。なお撤退が不可能な場合、帝国の為、粉骨砕身の働きを持って最期まで戦線の維持に努めよ ―
司令部は既に撤退を開始し、この戦闘区域の放棄を決定していた。
だが、現場で戦っている部隊、帝国軍兵士の恐らく全員が生きては帰れない。
そしてこの後に帝国が実行するであろう作戦行動は容易に予想が出来、包囲網が無かったとしても、もう既に絶望の運命は決まっていた。
― 作戦司令本部より戦闘中の全ての帝国兵に告げる。まもなく当該戦闘区域に標的とした超長距離砲撃を開始する。諸君らの働きは決して無駄にはしない。帝国に栄光あれ ―
「この悪魔!人の心を捨てた人でなし!一体何人殺せば満足するのよ!」
差し迫った避けられない事態を全く知らない女が、今にも引き金を引かんばかりに震えた声で叫ぶ。
すると男は意識を朦朧とさせながらも、重症の身でありながら身体を前に乗り出し、女を庇おうと手を広げた。
「たのむ...こいつだけでも...助けてやって...くれ...」
口から血を吐きながら、男が女の助命を嘆願する。
だがもう間もなく帝国軍の一斉砲撃が開始され、この辺り一帯は全て更地になるだろう。
帝国軍は広範囲殲滅を目的とする
ここも当然ながらその弾頭の効果範囲内である。
帝国の開発したこの衝撃波弾頭は、戦場の遥か後方より発射され、音速を超えて飛来すると地上に着弾前の空中で炸裂し、放射状に破壊的な衝撃波を撒き散らす広域破壊を目的とした特殊弾頭だった。
着弾のタイミングを計算し、複数での砲撃を行えばその破壊力は何倍にも膨れ上がる。
その特性により、地上への砲撃以外にも対空射撃にも使える上、水中でも炸裂可能という万能砲弾で、核よりも製造コストが安価、かつ放射能汚染も無い事から帝国は大量に生産していた。
しかしながらその口径もさることながら、発射には専用の段階式点火方式の巨砲や大型のレールキャノンが必要であり、発射コストから考えて常用出来る兵器では無い。
「俺を殺す事が出来たとしても、お前達はもうここから生きて帰る事は出来ないだろう。既にこの戦闘区域全体に無差別砲撃が開始される。衝撃波弾頭だ。地上にいる全てが灰燼と化す。俺も含めてな」
「そんな!あり得ない!ここは帝国領土でしょう!?まだ生きている帝国市民もいる筈なのに!私達を殺す為に帝国領土も破壊するというの!?」
「それが帝国だ。諦めろ」
帝国の勝利への渇望が具現化したような存在のスコロペンドラ01の言葉。
女は帝国上層部の決断を非人道的行為として、猛然と非難した。
― 戦争での人の命の価値は、一部を除いて弾丸1発と変わらない ―
100人の帝国兵が1発の弾丸で1人殺せば、合計100人殺せる。
100人の帝国兵が10発の弾丸で10人殺せば、合計1000人殺せる。
これが帝国だった。
その弾丸として戦場に送り込まれたスコロペンドラ01は、自分達を待ち受ける運命を悟り絶望の表情を浮かべる2人を見ていた。
後十数分で自分の兵器としての稼働が停止する。
それに備えていち早く戦闘プログラムの戦闘記録保持システムが、これまでの戦いの記録を保存し始めていた。
次の勝利の為に、次の兵器がより多くの敵兵を屠る為に、蓄積された戦闘データが次々と保存されていく。
しかしそれとは裏腹に襲い掛かって来たのは、製造されてから感じる事の無かった虚無の感情。
最期に自信が出来る事は何かと、迫りくる自身の完全破壊を前に浮かんでくる例えようの無い感情と思考の津波。
それは戦闘プログラムのバグだったのかも知れない。
素体となった男が僅かに兵器の中に残した人間性だったのかも知れない。
このまま2人を敵として殺害し、自身も砲撃で大破し兵器としての役目を終えたとして、その先には何も残らない。
しかし2人を生かし、仮に自分の蓄積した戦闘データが未来に繋がれば、何かが変わる可能性が残されている。
おもむろに、スコロペンドラ01は腰に巻かれていた一般兵士に投与される止血剤や抗生物質、組織再生薬等の医療品が入った収納ポーチを取り外し、女に投げた。
彼の突然のこの行動に女は驚いて拳銃を落としながらも何とか受け取り、開けたその中身に驚きを隠せない。
「投与量に注意しろ。間違うと組織の異常再生が起こる。当面の措置はそれで出来る筈だ」
戦闘不能に陥った兵士を戦場に送り返す為だけに発展と遂げた、帝国の医療技術。
彼に搭載されているアラガミ式強化改造人間を生み出した悪魔の技術の礎。
女に投薬の際の諸注意を一方的に告げると、地下室の入り口に覆いかぶさっている大きな瓦礫を撤去し始める。
通常の人間では動かす事すら出来ない重量の瓦礫を、黒い身体を軋ませながら次々と取り払い、鋼鉄の扉が露わになる。
そして、閂を抜き扉を開くと、男と女の方へと顔を向けた。
「まもなくここには衝撃波弾頭を使った一斉砲撃が開始される。帝国軍も連邦軍も関係なく全て吹き飛ばされるだろう。その男と共にこの地下室に入れ。ここは通信施設として使っていたので頑丈に出来ている筈だ。運が良ければ生き残れるだろう」
「それを信用しろっていうの?何百人、何千人と殺してきた貴方のいう事を?信用出来ると思ってるの?」
「なら俺に殺されるか、爆風で死ぬかのどちらかだな。結果的に同じ死だ。変わりはない」
状況を全く理解していない女の言葉を一蹴し、背を向けてその場を立ち去ろうと背を向ける。
もし背中を撃たれれば、間違いなく2人を殺害するだろう。
だが、弾丸は1発も飛んでこない。
女が呻く男の身体を引き摺りながら、地下室入口に向かって進んでいた。
その間、スコロペンドラ01は無数の飛行機雲が乱舞する大空を見上げて、兵器としての終わりを今更ながらに実感している。
これから襲い来る自軍の手による砲撃の前に、成す術も無く破壊される自身を想像し、何故か先に散っていった部隊員の情報を閲覧していた。
彼は2人が地下室に入った事を確認すると、携帯式のライトを女に投げて、鋼鉄の扉を閉めようとする。
「待って!何で私達を助けるの!?」
「既に帝国は俺を廃棄した。命令系統を失った兵器が気紛れに行動しているだけだ。さっさと奥に行け」
そういってスコロペンドラ01は女を強引に地下室に押し込み、鋼鉄の扉を閉めた。
「せめて名前を...!」
何か女は叫んでいたが、その声も扉が寸断する。
そしてその直後、この戦場の上空で何かが炸裂した。
白い靄が放射状に戦場を這い、あらゆる障害物を吹き飛ばしながらこちらに向かってきている。
戦場の各地で同じような円が発生し、それらは互いに干渉し増幅し合いながらその破壊力を爆発的に増大させている。
遅れてやってくる轟音。
反射的にコアのある胸と重要器官である頭部を腕で防御した瞬間、凄まじい衝撃がスコロペンドラ01の身体を襲う。
衝撃波を受け止めた彼は枯れ葉の様に簡単に空中高く吹き飛ばされ、その黒い身体を、大量の瓦礫や金属片が衝突していった。
中には衝撃波でバラバラにされた人体の一部の腕や脚、内蔵の塊も飛んでいる。
ノイズが走り、警告が滝の様に流れていく意識内でスコロペンドラ01は、予想滞空距離と着地時の衝撃を自動で計算してしまう自分自身に呆れに似た感情を覚えた。
しかしその意識も不意のタイミングで途切れることになる。
スコロペンドラ・ナインの壊滅と引き換えに撃破した大型機動兵器の千切れた巨大な腕部が、その破壊の嵐の中を飛んでいた。
腕部だけでもスコロペンドラ01の5倍以上、重量は言うまでもない。
そしてそれが恨みを晴らさんばかりの勢いで、彼の身体に激突する。
それと同時にその腕部の一部がスコロペンドラ01の頭部に直撃し、瞬間的に無数の警告とエラーを吐いた意識を、一瞬で刈り取った。
彼の戦闘記録はここで途切れており、後にそれもまた次の戦闘の為に蓄積されていく。
これはクロムの記憶領域の隅で眠っていた戦闘データ。
肉体の再構成時にクロムが意図せずに接続してしまった、戦闘兵器の過去の記憶。
― システム再起動 ハイブリッド・コアの正常起動を確認 出力上昇中 コア出力上限65%に再設定 回路全点接続準備 ―
― 戦闘システムの再構築を開始 強化細胞融合プロセスの完了を確認 各部接続回路 問題無し―
― ユニット966の自我領域を段階接続 魔素及び魔力の計測を開始 モニター反応良好 ―
― ユニット966 体内魔素正常値 魔力保有量は規定値内にて安定 魔力結晶の生成無し ―
― 融魔細胞の活性化を確認 魔力制御システム正常に稼働中 ハイブリッド・コア出力40% ―
― 余剰魔素及び魔力の各部排出回路を閉鎖 安全弁正常稼働 ―
― 全システムの完全稼働と同時に回路全開放 限界稼働試験を実施 ―
クロムの身体から排出されていた魔素と魔力が遮断される。
黒い身体を覆っていた高濃度の魔力環境下で生成された不安定な状態の魔力結晶が、急激にそのバランスを崩して劣化を始め、ガラスがひび割れるような音が周囲に響き渡った。
背中からそそり立つ深紅の結晶もまた同じように不気味な音を立てて、崩壊しようとしている。
小さな破裂音を様々な箇所から発生させながら、魔力結晶が徐々に砕けていく。
それと共に結晶中に埋もれていた漆黒の身体が露わになり、その姿が陽光の中で輝いていた。
深紅の翼も、細かなヒビによってその透明度を急激に下げ始める。
そして全てのバランスが崩れ去った瞬間、全ての結晶が破裂するように粉々に粉砕された。
粉々になった結晶が霧の様にクロムの周辺に立ち込め、辺りが紫と赤の光の嵐に襲われる。
― 戦闘システムを起動 全回路接続 周辺魔素及び魔力の急速吸収を開始 ―
― 全補助システムを起動 ハイブリッド・コア出力60% 魔力制御システムを規定内にて全開稼働 ―
クロムの覚醒と共に、コアが戦闘システムを含めた全システムを現状の制限下において全開にて稼働させる。
体内の魔力伝達回路とエネルギー伝達回路を全開放し、コアが魔力制御システムを限界稼働させた。
コアは稼働試験と称して、周辺に高濃度で満ちていた魔素や魔力を瞬間的に吸い上げた。
それにより今度は周辺の大気から、一切の魔素や魔力が失われ、飽和とは逆の意味で危険な空間を作り出した。
通常の生物がその空間内に侵入すれば、大気がその身体から瞬く間に魔力を奪い去ってしまい、急激な魔力枯渇を引き起こす。
― ユニット966 体内全融魔細胞の正常活性化を確認 伝達回路問題無し 魔素・魔力変換 問題無し ―
― 検証完了 体内魔力規定値にて安定化確認 余剰魔素及び余剰魔力 大気放出を開始 ―
クロムの稼働試験が完了すると、クロムの全身から深紅の魔力が吹き上がる。
それはまるで黒い怪物が、鮮血を全身から撒き散らしているような光景だった。
そしてその膨大な魔力の大気解放が呼び水となり、黒騎士に抱かれた少女が目を醒ます。
「ここは...私はどうして......クロム...様?」
赤い魔力を放出し終わったクロムは、少女を抱きながらゆっくりと立ち上がった。
まだ意識が明瞭になっていないヒューメは、周囲の状況を確認する事もままならないでいた。
それでも黒騎士に護られるように抱かれている事に大きな安心感を覚え、その小さな身体を黒い身体に預ける。
それと同時に、何かとても大きな物を失ったかのように、身体の中に大きな穴が出来ている事を感じた。
「...いない...のね」
ヒューメはクロムの腕の中で、小さく呟いた。
さらりと靡いた白銀の髪が、少女の哀し気な顔を覆い隠す。
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