第77話 交じり合う血の饗宴
― 改2式遊撃鎖連携格闘プログラム レベル1 実行 ―
クロムが身体を捩じり左腕を振るうと、鎖が横一文字にヒューメを薙ぎ払う。
左腕の操作により、以前よりも予備動作を少なく攻撃が可能になった鎖は、青い光の帯を残して、そして連撃すらも可能にしていた。
しかしヒューメの身体能力はクロムの想定を超える動きで、稀に人間の限界を超えた体捌きで鎖の攻撃を避け続ける。
― これも魔力による身体強化の結果という事か ―
クロムはヒューメの回避行動を自身の攻撃の軌道と共にコアに記録させ、徐々に行動予測の精度を上げていく。
そしてついにヒューメのドレスの端を鎖が捉え、触れた部分を引き裂いた。
「「黒騎士様、貴方は一体何者なのでしょう?」」
「その問いは聞き飽きた」
ヒューメの問いにクロムは素っ気無く言葉を返す。
そしてクロムは的中率が上がり始めたその行動予測に合わせて、鎖の軌道を様々な方向から振り払い、更に途中でもう一段階方向を替える事でヒューメの動きを追い込んでいく。
「「避ける事が難しくなってきましたね。魔法でも無く魔力も感じない。これは単純に私達の動きが読まれているという事ですね」」
回避を続けながらヒューメが呟いた。
「「ではこちらからも行かせて頂きます。深度2血魔法
空中でドレスを靡かせながら、ヒューメの両手の人差し指が銃口の様に向けられ、その先から小さな魔法陣2枚重ねられるように展開された。
そしてその細い指先の爪がベリベリと剥がれる。
彼女の表情が瞬間的に強張るのをクロムは見逃さなかった。
― 痛覚はあるようだな ―
爪が剥がれ落ちる事は無かったが、当然、指先から血が溢れ出す。
するとその血が血晶に変化し、鋭い弾丸となってクロムに撃ち出された。
だが飛翔速度で言えば、弓矢と同程度で前の世界の物理火器には程遠い速度。
クロムは指先の角度や方向から、容易に弾道計算を行うと、まずは鎖を高速で回転させ、叩き割った。
叩き割られた血晶が破片となって宙に舞う。
「「まだですよ。深度3魔法
ヒューメの両腕が左右に振られると、今度は両手首に先程よりも大きい魔法陣が3枚積み重なって展開され、指先から飛び散った血が全て血晶に変わり、無数の弾丸となってクロムに襲い掛かった。
クロムの鎖では全て防ぐ事が出来ず、身体に幾つもの血晶の弾丸が着弾する。
― 表層剥離 第一装甲 損傷無し ―
ただ威力自体はそこまで無い様で、装甲自体に傷は付かなかったのだが、着弾した血晶が
クロムの身体を無数の血筋が出来、その血はクロムの装甲の極小さな隙間にも毛細管現象で潜り込む。
そしてかなり遅れてその血が一気に最血晶化した。
クロムの装甲の継ぎ目から結晶が、バキリと音を立てて飛び出す。
― 警告 内部組織 損傷 損害軽微 ―
「性質が変化するのか。厄介だな」
損傷軽微とは言え、この世界で初めて内部損傷を与えられたクロムは、血晶が挟まった部分を擦り合わせて血晶を砕き、取り除く。
先程の血が体内に入り込んだ場合、少し厄介な事になりそうだとクロムは考えた。
― 1番シリンダー 戦闘強化薬 5ml 投与開始 残量345ml ―
クロムは強化薬を投与し、強化細胞の活性化を増強させ、次の事態に備えて装甲間隙の防御に回す。
「「身体の中までは無理でしたか。残念です」
ワザとらしく、困った表情を浮かべるヒューメ。
「調子に乗るな」
クロムはそう言い放つと右手で鎖の回転速度を更に上げる。
左手は鎖の操作の為、鎖を持つ事が出来ない。
これもクロムが懸念した問題でもあった。
― 改2式遊撃鎖連携格闘プログラム レベル2 実行 ―
クロムの鎖の先端が既に見えないまでの加速されると、その周辺に乱気流が発生し始め、地面の土や塵を巻き上げ始める。
ヒューメの髪やドレスが乱流で激しく乱れ、彼女は思わずその風を避ける為に退避行動を取った。
ただそこに高速で回転する鎖の先端が地面を削り取って、パァンという破裂音と共に小石や土を散弾の様にヒューメ目掛けて撒き散らす。
無数の土くれがヒューメの身体を打ち付け、その露出した白い肌を傷付けていく。
防御の為に顔面を覆ったその隙を逃さず、クロムの右腕で操作された鎖が彼女に襲い掛かった。
クロムの指が印を結ぶように動き、ヒューメに鎖が巻き付くとそのまま硬化させる。
そして間髪入れずに全力で引き寄せ、クロムも前進し一気に彼女との距離を詰める。
右手から鎖を離すとそのまま身体の捩じりを加えながら、引き寄せられた反動で首が折れる程にのけ反ったヒューメの無防備な左脇腹に、右拳を方拳の形で叩き込んだ。
鎖が巻き付いている為、直接攻撃を肉体に叩き込めてはいないが、それでも少女の身体に拳の衝撃が突き刺さる。
鎖越しにヒューメの肋骨が砕ける音とその感触がクロムに伝わって来た。
「「ぐぅぅっ」」
そしてヒューメの小さい身体が吹き飛ばされるが、鎖がそれを許さずまたも左腕を振るって彼女を引き寄せる。
しかし次の攻撃を加えようとクロム構えたその時、至近距離でヒューメの胸の前で魔法陣が3枚展開された。
「「ぐぼっ...し、深度3魔法
ヒューメの小さな口が限界まで開かれ、吐血とは思えない大量の血が吐き出される。
クロムはその血を頭から大量に浴びた直後に、強化細胞を変質させて全身の装甲間隙を埋めた。
次の瞬間、クロムの全身が血晶で覆われ、半ば拘束された形で動きが強制的に制限された。
― 1番シリンダー 戦闘強化薬 10ml 投与開始 残量335ml ―
クロムは更に強化薬を投与し、全身の力を引き上げる。
そして無理矢理に関節部を動かして血晶を砕き、全身を捩じって拘束を解くも、ヒューメはその一瞬の隙を突いてクロムに攻撃を仕掛けた。
彼女の小さな口から絶叫に近い声が魔法の詠唱が絞り出され、細かい血と血晶が口から零れ落ちる。
「「深度4魔法
ヒューメは鎖を振り解くと、右拳に4枚の魔法陣を展開させ、再び口から吐いた血をその拳に吐きかける。
彼女の上半身が捩じ切れんばかりに回転し、深紅に光り輝く血晶に覆われた小さな右拳クロムの顔面に打ち込まれ、赤い閃光が迸った。
クロムの顔面を捉えた彼女の右拳から結晶と共に骨が砕ける音が響く。
そしてその骨が砕ける音が、更にヒューメの胸からも発せられた。
その胸にはクロムが一瞬遅れて繰り出したカウンターが叩き込まれていた。
クロムは今までにない衝撃を頭部に受け、視界に多数の警告の文字と、その損傷個所が表示された。
戦闘防護マスクの左頬から右顎までが割れ砕けて、地面に落ちている。
その下から露出したクロムの生気の感じられない素肌が、初めてこの世界の空気に触れた。
― 警告 頭部前面 戦闘防護マスク 破損 機能低下40% ―
― 警告 センサー 作動不能 熱源センサー 回路破損 ―
― 警告 頭部防御 低下 危険 ―
「防御の一番薄い箇所をやられたか」
クロムは自身でも久しく触っていない素肌を鉤爪で撫でる。
そしてカウンターで吹き飛ばされ、血を吐き、胸を抑えながら震える身体で立ち上がったヒューメを見据える。
「「ごほっごほっ!はっはっはぁ...これだけ血を使って貴方様の仮面1つを壊しただけだなんて...割に合いませんね...うぐ」」
砕けていない左手を口に手を当てるも、指の間から血が零れるも瞬く間に血晶化する。
その他、小さな傷からも血が滲み出ているが、血晶化した後、すぐさま液状の血になって体内に吸い込まれていく様子をクロムは観察していた。
そして傷跡も無くなるが、うっすらと皮膚の下から赤い光が傷の形で透けている。
「全く面倒な」
「「殿方に面倒臭いと言われた女の気持ちはお分かりになって?あ、が、ぐぅぅ」」
ヒューメは台詞交じりで呻きながら、身体を苦しそうに悶えさせると、砕けたはずの拳や胸からバキバキと音を発生させる。
― 再生させたのか。いや結晶で折れた骨の代わりにしているようだな ―
再生した箇所、皮膚の奥が骨の形に赤く光っているのを確認すると、クロムは確実にダメージは蓄積されていると確信した。
― 戦闘システム コア出力最大稼働 準備 ―
― オペレーション パターン3 発動準備 強化薬 1番シリンダー 全投与 準備 ―
「ピアッシング・エレクトロン 起動」
― 強化細胞 左腕部先端 変性開始 エレクトリック・オーガナイザ 限定稼働 ―
― 左腕手掌 発電細胞最大活性 エレクトリック・オーガナイザ 回路接続 セル・コンデンサ 回路解放 ―
「チャージ開始」
鎖を握るクロムの左腕に一筋二筋と青い火花が散る。
― 改2式遊撃鎖連携格闘プログラム レベル3 実行 ―
「ヒューメ、次の準備は出来たのか。いくぞ」
クロムが再び鎖に暴力の息吹を吹き込む。
轟音を発しながら暴れまわる鎖の挙動は既にヒューメの眼に負えなくなり、その軌道や動きも彼女の身体能力で対処不可能な領域に到達しつつあった。
― あまりにもダメージが大きいですね..。血が足りませんし、再生が追いつきませんね。あぁ、こんな事ならあの女の騎士もしっかり食しておくべきでした ―
ヒューメは先程自分で叩き壊した騎士の血晶があった場所に目線をやった。
彼女の身体は既に身体の何か所も骨が折れ、砕け、血晶でつなぎ合わせている状態である。
ヒューメが漸く止まった吐血と共に、溜息を付いた。
― 私達はここで立ち止まる訳にはいかない ―
「「私達は
ヒューメが指先に纏った鋭く尖った血晶で、首元を斬り裂いた。
勢い良く溢れ出た血液が、彼女の上半身から全身へと生き物の様に伝っていき、胸部、両腕、両脚が滴る鮮血で染まる。
「「深度4魔法
魔法陣がヒューメの首に首輪のように魔法陣が4層で描かれると、各部の血液が一気に血晶化、深紅に煌めく血晶の鎧へと変貌を遂げた。
「接近戦でくるつもりか。それならこちらにも都合がいい」
クロムはヒューメの魔法発動とその効果を見て、瞬時に行動を予測する。
クロムは鎖の魔力操作を中止し、両手で鎖をありとあらゆる角度で振り回し間合いを詰めていく。
― ピアッシング・エレクトロン チャージ 完了 最大電圧 ―
その合図と共にクロムは攻撃を開始した。
ヒューメもそれを察知したのか、クロム予想通りに前に突進を開始する。
その彼女に向かって、クロムの右手で操作された鎖がかなり甘い角度で波打つように飛んできた。
接近戦を望むヒューメは、その鎖を払うように左腕で打ち据えるとそのまま止まらずにクロムとの距離を詰めようと脚に力を込めた。
血晶が削り取られ、破片が飛び散る。
クロムの左指が何度か形変えた。
ヒューメが打ち据えた筈の鎖の先端が、ありえないタイミングで曲がり彼女の二の腕に軽く巻き付く。
「「なっ!でもこれくらいでは」」
「ショック」
クロムが一言呟くと、パァンという音と共に左手に握られた鎖から火花が飛び、鎖を伝ってヒューメの身体を電撃が貫いた。
「「あぐあっ!?」」
ヒューメの身体がのけ反って痙攣を起こす。
「チャージ開始」
― セル・コンデンサ バイパス 接続 ―
その隙に撓んだ鎖をさらに波打たせて、円で動かすとヒューメの身体に鎖が巻き付いた。
クロムはそれをまたも引っ張りヒューメを全力で引き寄せると、鎖を握りながら右拳を固める。
接近戦を望んでいたヒューメは、電撃で感覚が戻らない身体を無理矢理に立て直し、鎖を振り解こうともせずにクロムのその一撃を喰らう覚悟でクロムに取り付こうと向かって来た。
― セル・コンデンサ 急速充電 チャージ完了 最大電圧 ―
クロムは鎖の張力を突然緩め、一直線に向かってくるヒューメの胸に瞬間的に撓ませた鎖の波を衝突させ、彼女が体勢を崩した隙を突いて半身で躱す。
そしてヒューメの脚が地面に着地した事を確認、そして放電。
「ショック」
「「んぅぐぅっ!?」」
またも鎖とヒューメの身体から青い火花が飛び散り、電撃がヒューメをのけ反らせる。
眼を大きく見開いて、小さな口から舌を突き出し痙攣するヒューメ。
致命傷には至らないものの、少女の身体を刺し貫く電撃は十分な痛みと隙を生み出した。
クロムは更に鎖を波打たせて、体勢を整えきれないヒューメの身体を前後左右に揺さぶる。
そして左腕の鎖をグローブごとパージして地面に落とすと、その手で背嚢から素早く赤い魔石を取り出し、鎖が解けつつあるヒューメの背に向かって一瞬で距離を詰めた。
しかしそれを待っていたと言わんばかりに、脂汗を額に浮かべたヒューメがクロムに向き直ると抱擁するように両手を広げて自分から彼に向かっていく。
抱擁直前にヒューメが嬉しそうに、そして実に少女らしい笑顔で囁いた。
「「こんな私達ですが、クロム様は受け止めて下さる?」」
「「深度4魔法
ヒューメの左手の薬指にとても小さく、それでいて凄まじい魔力が注入された魔法陣が4層、指輪の様に展開され、ヒューメの身体を覆っていた血晶の鎧が血液に戻る。
クロムの攻撃によって付けされた傷からも血が迸り、大量の血液がクロムを包まんと外套の様に広がった。
その血の幕の中で目を閉じて唇を震わせ、精一杯背伸びをしながら小さく飛び、クロムに唇を奪おうと抱き着いてくるヒューメ。
しかしその少女の唇も、血の瀑布もクロムには届く事は無かった。
「終わりだ」
そう言ってクロムは左手に持ったブラック・オーガの魔石を全力で握る。
瞬間的に圧力が加わった赤い魔石が、ミキキという悲鳴を短く上げてクロムの手の中で粉々に砕け散った。
クロムの左手を中心に、無数の命と魔力を喰らったブラック・オーガの濃縮された魔力が爆発する。
その放出された魔力量は更に空間内の魔力濃度を引き上げ、障壁表面に無数の魔力火花を稲妻の様に無数に走らせた。
あまりの急激な魔力濃度の上昇に、空中で魔力が結晶化し始め、雪のように煌めきながら降り注ぐ。
爆心地にいたヒューメの生み出した血は魔力波動により一瞬で再血晶化し、彼女の手足を巻き込んで縛り上げた。
「「そ、そん...な...」」
ヒューメ自身もブラック・オーガの魔力波動を至近距離で浴び、限界を超えた魔力飽和で窒息しそうな表情を浮かべている。
― 右手掌 変形展開 1番シリンダー 戦闘強化薬 全量投与準備 ―
― 右腕全域 強化細胞 変性開始 コア エネルギーバイパス 全開放 準備 ―
― オペレーション パターン3 実行 演算開始 ―
― ユニット966 生命維持システム 緊急展開準備 システム優先保護プログラム 作動 ―
クロムの黒い掌が大きく開かれ、そしてそこから指の関節が外れ変形する。
黒いその手が更に大きく展開された。
半ば意識を失いながら魔力に溺れ、掠れ声を上げているヒューメ。
その彼女の鎧を失い露わになった無防備な胸部に、クロムの変形した右掌が添えられた。
伸びた指が両肩と左右脇下に回され、先端の鉤爪が少女の背中の皮膚を突き破り、深々と食い込ませて右手を固定する。
その背中で弾けた激痛に意識を強制的に戻されたヒューメが、叫び声を上げようとその口を開いた瞬間、伸びた中指がその口の中に侵入、そのまま喉奥まで突き入れられた。
ヒューメが余りの苦痛で呻き声と供に白目を向き、身体を2,3度大きく痙攣させて完全に意識を失う。
「オペレーション:ブラッド・カニバル 実行」
― 1番シリンダー 戦闘強化薬 全量投与 開始 ―
― 2番シリンダー 戦闘強化薬 緊急投与準備 ―
― コア出力最大 エネルギーバイパス 全開放 過負荷警告 ―
― ユニット966 体内組織 再構築 スキャン開始 ―
「かなりの苦痛だろうが、2人いるならそれも分け合えるだろう」
クロムの呟きはヒューメには届かなかった。
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