第65話 未調整の兵器と保護プログラム

 長らく街道の片側に陣取っていた底無しの大森林の外縁部が遠ざかり、街道自体の人々の往来も活発になってきている。

 クロムとトリアヴェスパの一行も、目的地のネブロシルヴァまで後数時間の距離に居た。

 騎士のレオントとの一件以降、森林からも遠ざかり、またオルキス直轄領に近い事も幸いし、魔物や盗賊の襲来も全く無い平和な旅となっている。




 この街道の往復には慣れているトリアヴェスパにとっていつもと違うのは、道行く人々の視線だけであった。


「しかしクロさんが金棒担ぐだけで、ここまで威圧感が変わるのは想定外だったわ。やっぱ武器って大事なんだねー」


 トリアヴェスパの中に紛れている、違和感と畏怖を湯水の様に垂れ流すクロムの隣でフィラが揶揄うように言った。

 彼女はあの戦闘中のクロムにしがみ付いた一件で、クロムに対する恐怖のタガが少し外れたらしく、口調もかなり砕けて会話に対しても遠慮を失いつつあった。

 それを脇で聞いているペーパルは、毎回心臓が縮み上がる思いでそれを聞き流している。


「それでネブロシルヴァに付いたらクロさんはギルドに行くんでしょ?アタシ達もそこにいくから、ギルドまでは一緒よね」


「そうだな。滞在場所の指定もあるからな。それに時間が有れば鍛冶所を訪れたい」


 武器の話題に関しては、必ずと言っていい程に話に加わるロコが、今回も会話に参加し始める。


「その金棒以外に何か武器でも見繕うつもりかい?」


「いや、この金棒...と言うのか?これの重量を増やして重量の配分も調整したい。今は少し軽いからな」


「クロさん、これ以上その凶器を重くして、山に穴でも開けたいの?」


 未だにクロムの発言に対し、理解が追いつかない3人はこれに関しても彼の考えを推し量れていない。


「全体の重量増加は困難でも、先端部の重量を増やせばそれなりに打撃力も上がるだろう。何か方法があるなら専門家の意見も聞きたいからな」


 3人の視線がクロムの背中に担がれた、地金剥き出しの薄紫の結晶錆びが至る所に浮き始めている元ハルバード、現金棒に注がれる。

 クロムは軽々と背負い、それを感じさせない歩みを見せているが、実際は戦士のロコでも振る事が精一杯、フィラとペーパルに至っては持つ事自体が困難な代物。

 3人からしてみれば、これ以上重くするというクロムの意図が全く読めない。




 この時、鍛冶師の話題を出した所でクロムはゴライアの所で背嚢を特注した事を思い出した。

 その時は結果的に荷物に困る事が無かった為、優先事項を下に設定していた。

 デハーニにゴライアの鍛冶所に行けと指示を書き残す際に、背嚢の回収を願い出れば良かったと今更ながらクロムは気付く。


 クロムは今まで物事に全て優先順位を設定し、状況に応じてその必要性や行動指針の決定に関する要素として様々な情報を蓄積していた。

 これは合理的な方法ではあるが、反面、コアの自律制御によって半自動的に行動を決定している場合、その必要性が無ければクロムの意識から外れてしまう。

 端的に言えば、状況に対して考慮の不要な情報は意識しないという事になる。


 特に日常、読書のみで時間を過ごす等、戦闘に関係が無い、作戦行動中で無い場合はコアの自律制御が効いていた。

 またこの世界における現在のクロムは1個の兵器では無く、1人の人間として存在している。


 以前の世界のクロムはそもそも日常と言う時間が存在せず、意識がある時は常に戦場であり、作戦行動中だった。

 だが現在、作戦行動中という時間が日常のごく一部として飲み込まれている為、兵器としての行動原理をそのまま引き継いでいる生体兵器966とこの世界における冒険者クロムとの間で大きな意識の乖離が発生していた。


 もし仮にラプタニラを出発する際、クロムのペイロードに問題が発生していれば背嚢を入手する迄、街の出立を延期していただろう。


「少しコアの自律制御を最適化しなければいけないな」


「どしたのクロさん?何か言った?」


「いや。何も」


 隣を歩くフィラがクロムを下から覗き込んでいた。

 返事をしてはいるがクロムの意識はコアの調整に向いている為、敵ではないフィラの動作に関して全く感知していない。





 そんな時間が過ぎていき、彼らの前にネブロシルヴァの城門が見えて来た。

 ラプタニラの城壁よりもさらに大きく、クロムのセンサーが城壁の上にかなりの数の完全武装の警備兵いる事を感知した。

 そして直轄領としての経済活動の大きさもあり、城門も一般人、商人、冒険者等の職業に合わせた検問が敷かれている。

 荷を輸送する馬車も多数往来し、街の規模の大きさを表わしていた。


「流石に大きい街だな」


「そうね。一応ここの領主様のお膝元だし。アタシらは冒険者用の入り口にいくよ」


 そういってフィラはクロムに手招きしながら、冒険者が並ぶ検問所に向かっていった。


「元気だなおい」


「全くです。僕はもうクタクタですよ」


 男2人がフィラのタフさに呆れていた。

 かなりの数の冒険者が列に並んでおり、検問の前に3人の警備兵が事前確認の為に事情聴取を行っている。

 勿論こちらも完全武装であり、城壁に設けられた狭間さまからはボウガンが不測の事態に備えている。


 ― 警備兵とは言え、かなり武装が充実しているな。しかも検問の厳しさも相当なものだ ―


 列を待つ間も、クロムのセンサーが周囲の状況と反応を常に記録している。

 そして事前確認の番がクロム達の所に回ってくると、責任者と思われる中年の警備兵がプレートの開示を要求してきた。


「プレートを見せろ」


 どういう訳か、非常に高圧的な態度で、加えて腰の剣の柄に手を掛けて僅かに抜いて刃を見せていた。

 トリアヴェスパはこのような対応に慣れているのか、無言でプレートを掲げて見せている。


「お前はどうした。早く見せろ。少しでも怪しかったら詰め所で尋問させて貰うからな」


 クロムの前に立ち、そう言ってニヤニヤと笑う中年の警備兵。

 何故かクロムに胸のバッジを見せつける様に身体を反らしていた。

 しかしクロムには身長差による目線の違いから生じた姿勢と判断し、特に何も感じていない。


「ねぇアイツもしかしてバカ?自分よりも体格の大きいクロさん相手に、何であんな態度に出れるの?自分の方が強いと思っているのかしら?」


「警備隊長のバッジが真新しいから、多分任命されたばかりで気が大きくなってんだろうよ。商人とか一般人だったら、もしかしたらビビッて頭下げるかも知れねぇからな」


「何も起きませんように...何も起きませんように...」


 クロムはトリアヴェスパに倣って、プレートを見せる。

 無造作に見せられるランク4層スプラー・メディウムのプレート。

 そのプレートの光の反射で警備兵の顔に光が当たる。


「お前みたいな怪しい奴がランク4層だと?偽造するならランク2層辺りで満足しておけばいい物を。おい、コイツを連行する!引っ立てろ!たっぷり尋問してやるからな、覚悟しろよ!」


 突然始まった騒動に、周辺の人間の注目がクロムに集まる。

 新任の警備隊長は、その注目に大きな高揚感を覚えていた。


 トリアヴェスパの面々が一斉に顔に手を当てて天を仰いでいる。

 そこにクロムが3人に疑問を投げかけた。


「俺の姿が怪しいと思われるのは警備の業務上仕方がないと納得しているが、この冒険者プレートと言うのは、身分証明としてこんなにも信用がないものなのか?だとしたら俺にはこの価値が全く感じられなくなるのだが」


「んな訳ないでしょ...クロさん。お願いだからそのプレートをグシャってしないでね、お願いだから。この警備兵がおかしいのよ。多分捕り物騒ぎで注目が集まると威張れるから、それで一人で気持ち良くなってるだけよ」


 フィラが思った事をそのままに言葉を吐き出した。

 警備隊長の顔が見る間に赤く染まっていく。


「警備隊長さんよ。張り切るのは良いけどよ、相手をよく見た方がいいぞ。一応言っておくが後悔した時にはもう遅いからな、色々と」


「やめておいた方が良いですよ。折角その地位に付いたのに勿体ない」


 他の2人も口々に警告の言葉を口にした。

 しかしそれで収まる位なら、そもそもこのようなトラブルにはなっていない。


「き、貴様らまとめて連行して痛めつけてやる!おい他の警備兵も連れて来い。少々手荒になっても構わん!後そこの生意気な女は俺が直々に可愛がってやる!」


 この時、警備隊長は今までクロムに手痛い目に合わされた物の中で、一番不運だったと言える。

 何故なら、クロムのコアの設定が例のの件で、調整中だったのだ。

 それは様々な事象に対するクロムの反応が今までと異なるという事。


 本来であればまだ武器を抜いていない警備隊長は、この段階ではクロムに敵として認識されない筈だった。


 だが、今のクロムは自身でも




 クロムの戦闘プログラムの中にある、今まで発動の機会が無かった半自律思考行動パターン《指揮下部隊の存続維持》及び《部隊員保護》の項目に、この警備隊長の行動と言動が引っ掛かってしまった。


 以前のコアの設定ではクロムの判断基準は常に単独行動が基本設定であった。

 しかし例の背嚢の件を受けて、他人との連携や協力に関する設定を試験的に組み込んでおり、最終的な優先順位や認識のバランスの調整がまだなされていない。

 クロムの中での初の冒険者との共同戦闘とパーティ行動が、彼の中で自分の指揮下においての部隊行動として認識されていた。


 クロム本人も認識していないがトリアヴェスパは、現在クロムの部隊構成員という扱いだった。


「大人しくするなら罰金で勘弁してやるから、さっさとこっちに来い!」


 興奮と高揚を隠さない警備隊長がフィラに迫り、増員として呼ばれた多数の困惑する部下も言われるがままにクロムや彼女達に槍や剣を突き付けている。


「ふざけんじゃないわよ!勝手にクロさんを怪しい奴呼ばわりして、挙句の果てにアタシを可愛がるですって!?気持ち悪い!こっちくんな!」


「黙って聞いてりゃ、俺に仲間に...いい加減しろよてめぇら」


「あぁぁぁ...結局トラブルかぁぁぁ...」


 警備兵に囲まれたトリアヴェスパがそれぞれの想いを口にした。

 そしてその声に聞く耳持たず、フィラの身体を舐めまわすように視線を泳がせる警備隊長の手がフィラに伸ばされる。

 そしてその身体に触れた瞬間、この男の不幸の幕が一気に上がる。





「気持ち悪い!触るな、変態警備兵!」


 この場において権限としては冒険者よりも上位にいる警備兵達に武器を突き付けられ、様々な行動が制限されたフィラ。

 冒険者は自由とは言え、法律と権限の中で抜け道の様に拡大解釈された、不安定な自由だった。


 そして彼女の悲鳴に近い罵詈雑言が、クロムの中のプログラムを目覚めさせる。


 ― 部隊員保護プログラム 作動 保護対象 部隊員 個体識別名 フィラ ―


「保護対象 個体識別名 フィラ。 対象の保護を最優先。保護対象の危険度判定に従い目標は殺害もしくは無力化する。行動開始」


「え?何、クロさん?」


 コアによる意識介入により、普段のクロムの声に重なる様に僅かに機械音声が混じっていた。

 自身の身に起きた危機的状況によって気配察知と危険回避が発動しているフィラが、クロムの纏っている違和感と発した言葉の内容に酷く混乱している。


 そして今まで全くの無言で動かなかったクロムが突然行動を開始した。


 若い警備兵達がクロムに怯えながらも突き付けていた剣と槍が、黒い拳打によって瞬く間に破壊された。

 目の前で急に動き出した黒い冒険者が、自分達の精神の拠り所であった武器を一瞬にして破壊した事に、驚いて腰を抜かす。

 この行動が脅威度判定を低くし、その結果、彼らは今日も生きて家に帰れる事が決定した。


 だがこれに驚いた他の警備兵達は慌ててクロムに武器を向け、鎮圧行動に出てしまうが、これが運命の分かれ目とも言える行動となる。


 クロムは背中の金棒を右手で握り、真上に勢いよく抜き去る。

 そして金棒全体がクロムの背中から躍り出た瞬間、その末端を寸分違わずに掴み取った。


 そして斬りかかって来た直近の警備兵3名を、両手で水平に構えた金棒で突き飛ばし、次いでやって来た追加の警備兵5名の脚をまとめて横一文字に薙ぎ払う。

 一般兵に支給された鉄具足がこの攻撃に耐えられるはずも無く、リズム良い衝突音と共に警備兵の全ての脚がこれにより完全に叩き折られた。


 運良く突き飛ばされた警備兵達は命を奪われる事は無かったが、完全武装による重量増加状態で宙を舞い、背中から地面に落下し、まともに動ける状態では無くなっている。




 この一瞬の出来事に警備隊長は驚き、剣を抜くとフィラに向かって剣先を突き付けるという最悪の行動に出た。


 ― 保護対象 危険度 増大 ―


 クロムは周囲に無害な他の冒険者がいる事、そして部隊員として認識しているトリアヴェスパがいる事を踏まえ、瞬間的に警備隊長との距離を詰めた。

 そして踏み込みと同時に両手で持っていた金棒を、身体の捻りと右手を振るう事により警備隊長の胴に容赦ない打撃をねじ込んだ。


 その打撃を喰らった警備隊長の鎧が凹むのではなく、粉々に割れ砕ける。


「うぶぅ!?」


 砕け散った鎧の破片が舞い、口から吐き出した大量の血と吐瀉物を吐き散らしながら、吹き飛ぶ警備隊長。

 クロムはその警備隊長の生死など気にする事も無く、突然の出来事に固まっているフィラを庇うように立ち塞がり、金棒を地面に突き刺して軽く地面を揺さぶると仁王立ちした。


 未だに驚きで声が出ないフィラと既に意識を飛ばしそうになっているペーパル。


 そしてロコだけが言葉を発した。


「やべぇな..こりゃ男でも惚れちまいそうだぜ」


 その言葉に他の2人の緊張が僅かに和らぐ。


 そしてようやく門の向こうから騎士が操っていると思われる騎馬3体が、騒動の報告を受けたのか猛烈な勢いで駆けこんで来た。


 その中にクロムは見知った顔を確認する。


「状況終了 部隊員保護プログラム 解除 保護対象 健在」


 ―  部隊員保護プログラム  解除 警戒態勢 継続 ―





「一体これは...クロム殿!何か問題でもあったのか!?」


 騎馬から降りたレオントがクロムの姿を確認し、現場の状況に戸惑いつつも駆け寄ってくる。

 しかしその問いにクロムは答えない。


「これは予想外だったな。まさか今までの行動がトリガーとなってプログラムが発動するとは。やはりコアの調整は一度で完了させるべきだな」


 を取り戻したクロムは、自身の身に何が起こったのかをログの内容を見て確認すると、自分自身の犯した失態と今後の課題を口にするのだった。

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