第62話 その戦いは突然に

 クロムは冒険者パーティ《トリアヴェスパ》一行とネブロシルヴァを目指し街道を進んでいた。

 既に2回の夜をこのパーティと過ごし、クロムにとっては未知の知識を得る機会として充実していると言える旅を続けている。

 現在、クロムは1つの問題に関して思考を巡らせていた。


 それは武器を使う事に有用性に関してだった。

 幸い、オーク等の武器を扱う魔物を何度か殲滅している中で入手したものを実際に手に取り次の戦闘で使ってみてはいたが、最終的には拳より脆い武器を使う事に対しての疑問を拭えずにいる。




 ネブロシルヴァ到着まで後2日といった所まで到達した一行が、街道脇に作られた休息スペースにて野営を行っていた。

 焚火を囲いながらクロム以外の3人が食事を取っている。

 ペーパルが意外にも料理の才能があるとの事で、道中で採取した野草や干し肉、狩りで入手した兎肉等を使ってスープを作っていた。


「結局それって1対1での話になってくるよね。集団戦とか大群相手だと点じゃなく面での攻撃も必要って話?」


 その食事後に、ふとした切っ掛けで武器と戦闘に関する話題になると、フィラがクロムに問い掛けてきた。


「まぁクロさんの場合、相手が大群でも圧し潰される事は無いだろうけど、1人1人倒してたらキリが無いっていうか、面倒だし時間かかるもんね」


「実際、そんな悩み持ってるのってクロムさんくらいですよホント」


 大斧を扱うロコが、木のカップに注がれている干し肉の出汁が効いたスープを啜りながら呆れている。

 何度か共同で戦闘をした後、ロコがクロムに使ってみますかと大斧をクロムに手渡してきた事がある。

 クロムは大事な武器を気軽に手放すなと言ったが、ロコ本人は自分よりも強い人間がその大斧を扱えばどうなるのか、新しい目標の為にも見せて欲しいと言ってきた。


 クロムはその大斧を片手で持ち無造作に振っていたが、やはり全力で振るといつかの槍の様に歪むと予測出来た為、逆に力加減に慎重になりその結果、総合的な戦闘力は落ちると結論付けた。

 それに刃物はどうしても切れ味以前に、刃筋を通すというプロセスが必要になる為、刃物の扱いに心得の無いクロムにとっては扱い辛いと言う他無い。

 戦闘訓練プログラムで対応可能とは言え、無駄なプロセスという現実は変わらない。


 それでもロコが両手で扱っている大斧を、クロムが片手剣の様に難無く振り回している光景を見て、ロコはその眼に新たな闘志を宿していた。


「確かにあの鎖は広範囲の攻撃や戦闘の補助には良かったですけど、連携となると大変ですね。実際、こんな事言うと怒られるかも知れませんが、味方であってもあれが暴れ始めると毎回恐怖でしたから...」


 ペーパルが水魔法の水球アクア・スパエラで造った水で食器類を洗浄しながら会話に加わる。


「でもクロさんってこれから先もソロが基本なんでしょ?そこまで考える必要あるのかしら。そこまでの強さならソロの遺物ハンターでも十分にやってけるだろうしさ」


 フィラがそのまま寝っ転がり、星空を見上げながら言う。

 美しい夜空に一筋の流れ星が横切っていた。


「いずれは遺物の入手で潜っても良いとは思っているが、まだ先の話になるな。それに今回の旅で集団戦闘も想定した行動も必要だなと感じたまでだ。今の武器は不向きと解っただけでも収穫としておくつもりだ」


 クロムはが左腕の鎖をガチャリと鳴らした。


「もうさ、クロさん、とんでもなく硬くて重い1本の棒で良くない?振り回して広範囲を無理矢理に薙ぎ払えるし、思いっ切りそれでぶん殴れば切れ味とかもう関係無くない?」


「確かにクロムさんの力だったら、先端が尖って無くても突かれたら終わるしな...」


「うわぁ...確かに切れ味とか刃筋とか関係ないから、壊れるまで思いっ切り使えますね」


 3人はクロムが鉄棒を振り回し、戦場で破壊を撒き散らす光景を思い描き、背筋が冷たくなった。


「「「絶対に出会いたくない」」」


 3人から完全一致した感想が漏れる。


「なるほど。それも今後の想定に加えておく。助かった」


 そう言ってクロムは戦闘訓練プログラムに棒術を加え、各種設定を始めた。

 身動きを一切せずに立ち膝で固まるクロムの夜に溶け込んでいきそうな黒い姿が、焚火の揺らめく明かりを反射していた。

 再びその場は、木が燃えて弾ける音だけが響く空間に戻る。

 

 急に押し黙って思考に沈むクロムをここ数日間で見慣れた3人は、やれやれといった素振りで彼をそっとしておく。

 短い旅の間でクロムの性質を何となく把握出来て来たトリアヴェスパ。

 仲間意識を持ち始めた反面、余りにも生きる世界、見ている世界が違うと実感している3人はパーティメンバーに欲しいとは思えなかった。


 ただクロムの脳裏に自分達の存在が少しでも残り、絶体絶命時に彼が助けてくれるかも知れないという安心感を得たい、そんな思いを少なからず芽生えさせていた3人だった。





 その次の日も4人は街道を進んでいたが、今までとは少し違う事態に見舞われた。

 昨日と変わらず、トリアヴェスパの体験談等の様々な話題を話しながら、時折クロムが質問、それに主にフィラが知っている範囲で答えると言った事を繰り返しながら街道を進む。


 すると前方から1人の馬に乗った騎士と思われる物がこちらに向かってくるのを4人は確認した。

 馬の鞍には紋章が描かれた旗が掲げられている。


「あれってここの領主のオランテ伯爵の紋章よね。緊急の伝令かしら」


 前方には同じ旅人らしき者も何人かいたが、皆その騎士の進行を妨げぬよう街道脇に避けている。

 4人も面倒を避ける為、街道脇に寄ってそのまま歩き続けていると、その騎士はクロムの前で手綱を引いて馬を急停止させた。

 そして馬の荒い息が聴こえる中、馬上から騎士がクロムに声を掛ける。


「私はここの領主であらせられるオランテ伯爵の使いの騎士である。そこの黒い鎧の冒険者、そちらはクロム殿で相違ないか!」


 騎士としての威厳を込めた、ハッキリとした口調で声を上げる。


「クロムだが何かあるのか?」


「む、そうか。ならばにより、貴殿は急ぎネブロシルヴァへ向かい、こちらの案内にて指定の場所に向かった後、あるまで待機して頂きたい」


 伝令の騎士はクロムの態度に若干の苛立ちを覚えるも、それを態度には出さずあくまで伯爵の伝令としての役目を果たす。

 しかしクロムから返って来たのは、騎士が想定していないまさかの言葉だった。


「断る。お前は今、伯爵の命と言った。俺は現状において誰の命令も一切受けない。貴殿が主人より命令を受けての行動である事は理解している。だが断る。引き下がれ」


「な!?貴様はオランテ伯爵閣下の命令が聞けぬというのか!?」


 クロムはこの世界に来てから騎士を相手にする機会が多数あったが、毎回こうなるのかと呆れる。

 思考の片隅では、この世界の騎士の性質は基本的にこうなのだとクロムは納得はしているが、毎回こういう事になるのかと思うと、騎士と言う存在が今後の障害になるのではないかと考え始めていた。


「もう一度言う。俺は誰の命令にも従わない。相手が国王であっても同じだ。後それ以上の口上はやめておけ。警告だ。大人しく今は引き下がれ」


 そう言ってクロムは外套の中から右腕を出す。


「毎回思うけど、どこの騎士さんも我の主人こそ最高最強って態度しか取れないのかしら。少なくともクロさん相手にするとなると、結果的に主人が大損するだけに思えるんだけど」


「まぁ忠義に生きるもんだからな騎士っていうのは」


「はぁ...トラブルの予感しかしない...」


 既にクロムとは距離を取って騎士に聞こえないよう小声で会話する3人。

 すると騎士は何か言い返そうとして、クロムのランクプレートを見たのか僅かに態度を変えた。


「ぐっ...爪痕付きか。ランク4層だからといって調子に...」


「やめておけ。お前に今出来る選択肢は2つ。このまま引き下がってこの事を報告するか、俺と敵対して命を落とした上で、伯爵が俺の敵となるかのどちらかだ。よく考えろ。次の問答で全てが決まると思え」


 クロムの握り締めた拳が嫌な音を発し、無関係を装うトリアヴェスパの面々がその音を聞いて僅かに顔色を変えた。

 騎士自身も先日、緊急帰還した騎士団長からクロムの詳細は聞いていた。

 丁度、騎士団長の報告を聞き終えた伯爵が、クロムという冒険者を可能な限り早く領内に迎え入れろとこの騎士に命令を下していた。


 その上で、その騎士団長からは絶対に敵対するなとも言われている。

 例え領内全ての戦力を以てしても勝ち目はないと。


「世の中には単機で国家と渡り合える者が確かに存在するのだ。少なくともクロム殿がそれだ。絶対に敵対してはいけない。もし敵対すればその失態は騎士1人の首では済まなくなる」


 帰還後、疲労困憊の騎士団長がこの騎士に向かって言った言葉。

 実力からすれば自分よりも遙かに劣る女の騎士団長であり、普段であればそのような言葉は聞く耳持たないだろう。

 だがその眼にはかつてない程に真剣な物が宿っていた。




「...わかった。しかしネブロシルヴァに入った際の滞在先は指定させてくれ。連絡が取れないのは困る」


「了解した」


 騎士は思考を一巡した後、クロムとの敵対を避けるという判断を下す。

 クロムの噂の内容はあまりにも荒唐無稽な物ではあったが、それでもそれを単なる尾鰭の付いた噂と断じるには、目の前の黒い冒険者が纏う気配が不気味過ぎた。


 そしてこれに続いたクロムの言葉が、騎士とトリアヴェスパを更なる混乱に陥れる。


「貴殿は伯爵から命令を受けてここに来たのだろう。そしてこのまま帰還しては具合が悪いのであれば提案だ。ここで俺と1戦交えないか?模擬戦とでも言うのだろうか。もし俺に勝てるのであれば命令では無く、俺がそちらに向かおう」


「なんだと!?」


「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」


「そして負けたとしても、俺の詳細を伯爵に伝える事は出来るだろう。そうだな、もしこれを受けるのであれば、ネブロシルヴァにおける俺の行動はそちらの都合を考慮した物としておこう」


 クロム自身、無茶苦茶な内容の話だと自覚している。

 だが、こうやって圧倒的な強さを上から示さなければ、恐らくこの先も同じような事が必ず起こると予想していた。

 クロムには感情に起因する“我慢の限界”というものが感情制御によって存在しないが、今後もこの面倒な事が繰り返し起こるとなると、もう初めから叩き潰した方が行動の効率が良いと判断するだろう。


 この場でこの騎士1人を暴力で分からせて解決出来るなら、それに越した事は無い。


「その言葉...偽りないな」


「俺の行動を縛る事は誰にも出来ん。だが考慮はしてやろう」


 騎士はクロムの余りに尊大な物言いに対して憤りを隠さずに、騎馬から降り立つと鞍に取り付けられていたハルバードを手に取りクロムの前に立った。

 石畳に擦れる金属の音と騎士鎧が軋む音。

 その雰囲気のみでクロムと1戦交える意志が見えていた。


「オルキス近衛騎士団2番隊 隊長 レオント・アルピーヌ」


「冒険者 ランク4層スプラー・メディウム クロム」


 トリアヴェスパの3人はもうここまで来ると傍観するしかなく、どうせ巻き込まれるなら土産話くらい持って帰ろうと、その様子を固唾を飲んで見守っている。


「どうなっても責任は取れないぞ、クロムとやら。増長もいいが相手を見た方が良かったな」


「正直、お前の様な奴がこれから先にもいると考えると面倒極まりない。ここでお前を多少痛めつければ伯爵の理解も早まるだろう」


 それを聞いたレオントから怒りの気配が沸き起こり、それに合わせて魔力が全身から放散し始めた。




 冒険者3人が騎士から溢れ出るその魔力の大きさに驚く。


「やっぱ腐っても騎士だね。しかも近衛って言ってたからかなりの実力者よ」


「こりゃすげぇな。俺達3人でやってもまず勝てないな」


「でも、それでクロムさんをどうにか出来るなら...」


 3人はため息交じりで同時に言う。


「「「苦労はしない(よね)」」」


 突然、街道上で始まった一騎打ちとも言える模擬戦。

 柔らかな風が草原を漂う晴天の街道。

 その中で脇に移動させた騎馬だけがのんびりと道草を食んでおり、この中で一番肝の据わった存在だったかも知れない。



― 戦闘システム 起動 ―


クロムの両腕が黒い外套を跳ね上げた。

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