第3章 黒騎士と鮮血令嬢
第58話 3匹の蜂と1匹の甲虫
4人の冒険者達が、移動中に偶然発見したオークの集団と戦闘を繰り広げていた。
時折オークは森の外縁部に現れ、街道付近まで獲物を探しにやってくる。
偶然それを発見した冒険者達はそれを追跡、その先で6匹のオークの集団を発見した為、殲滅する事になった。
「ロコ!もう1匹そっちに行った!足止めするからさっさと今の相手を倒してちょうだい!」
「さっさと倒せってか!無茶言ってくれるなよっと!」
恐らく拾い物である錆びだらけのロングソードを装備したオークと斬り結んでいた大斧使いの戦士ロコ。
オークの攻撃を大斧の柄で難無く受け止めて、オークを武器諸共弾き返し、その隙を逃がさず大斧を横薙ぎに叩き込んだ。
オークの胴体の半分以上を斬り裂いて、脊髄までも切断されたオークは断末魔の叫びと共に倒れる。
「一丁上がりだ!次ぃ!」
そう叫んで駆け出すと、女盗賊フィラがタガーで急所を斬りつけながら足止めしていたオークに大斧を振り下ろす。
フィラに気を取られていたオークは防御が間に合わず、そのまま醜い豚の頭部をロコの大斧が二つに分割した。
「後4匹ね!ペーパル!1匹は相手出来そう!?」
「一度だけでいいから動きを止めてくれたら行ける」
それを聞いたフィラは腰から即効性の痺れ薬を塗ったタガーを抜いて、ロコに意識を向けていたオークに投擲する。
それは警戒される事無くオークの脇腹に突き刺さると、一瞬で効き目を発揮した痺れ薬はオークの身体の自由を根こそぎ奪った。
「十分!」
一言叫んだ魔弓術師ペーパルは弓を引き絞り、魔力親和性を高めた金属製の矢を痺れているオークの頭部目掛けて放つ。
発射の直前、金属製の矢が一瞬、緑色に煌めいた。
ペーパルの魔力を流し込まれ貫通力を強化された矢は、オークの頭蓋を容易く貫き、それと同時にその先端からオークの脳内に魔力波動を一気に放出した。
オークは数回身体を痙攣させた後、顔の穴と言う穴から体液を噴き出して息絶える。
「後3匹!ロコ、2匹が同時にそっちに向かったわ!クロさん、カバーよろしく!」
「了解」
奇妙な呼び名を付けられたクロムが、ロコに注意を奪われているオークの背後に瞬間的に回り込むと、右脚の蹴りで横からオークの膝関節を打ち砕く。
突然、脚に走った激痛に悲鳴を上げるオークが、体勢を崩し前のめりになったタイミングに合わせて、ロコが大斧を露わになった首筋目掛けて振り下ろし一気にオークの首を斬り飛ばした。
「ロコ、伏せろ」
クロムが短く指示を出すと、それに即反応し身を伏せるロコ。
クロムの攻撃に対する抜けきらない恐怖心が、その反応速度を高めていた。
伏せたロコの頭上をクロムが速攻で展開した鎖の横薙ぎが通り過ぎていく。
「うぉっ!」
近くを通り過ぎるだけで、かなりの威圧感を感じさせる風切り音にロコが思わず悲鳴を上げる。
クロムの鎖はもう1体のオークの首に絡みつき、締め上げた。
更に圧倒的な力でオークを地面に引き倒したと同時にクロムは跳躍し、そのままうつ伏せで倒れている標的の後頭部に真上から拳を叩き込んだ。
オークの頭部が潰され、ひび割れた地面にめり込んでいる。
「うはー...おっと残り1体よ!ってコイツ逃げるわよ!」
突然背中を向けて逃亡を開始したオークの生き残り目掛けて、フィラの毒ナイフが投げ付けられその太った背中に突き刺さる。
しかしオークの背中の肉が思った以上に分厚かったのか、刺さりが浅いようで思ったように痺れ毒が効かなかったようだ。
機動力は落ちたものの、必死の逃走を阻む事が出来ない。
「ペーパル、魔力は温存してくれていい。試してみたい事がある。獲物は譲ってくれ」
「はい。ど、どうぞ。僕は大丈夫ですから」
弓矢を構えたペーパルにそう伝えたクロムはオークに向かって駆け出すと、まだ左腕に残っている鎖を展開し3人の位置に注意を払いつつ、張りの無い鎖を叩き起こすように腕を大きく振った。
クロムの膂力によって鎖が大きく波打ち跳ねると同時に、彼の身体の回転と引っ張る力で完全に勢いを復活させる。
クロムがオークとの距離を詰めると、遠心力で加速させた鎖をそのままオークの首にまたも巻き付けた。
後ろから締め上げられたオークが、ギュブゥと苦悶の呻きを上げる。
そして今度は引き倒すのではなく、瞬間的に通常の戦闘システムにおいて引き出せる最大出力で鎖を引いた。
ガシュンと言う鎖が締まる音と、オークの首の骨が砕ける音が離れていた3人にも聞こえる位の音量で発せられ、そのまま哀れな鎖の犠牲者は命を刈り取られた。
「うわぁ...首が捩じ切られる寸前じゃないあれ...」
魔物に同情する日が来るとは思ってなかったフィラ。
「戦闘終了だな」
クロムはあまり戦闘結果に満足が得られていない様な雰囲気で戻ってくる。
「ふぅ...もしかしたらクロムさんの足を引っ張ってるかも知れないな。すまない」
大斧に付いた血糊を拭きとりながらロコがクロムに話しかける。
「いや。そのような事は全く無い。むしろ多人数との連携を踏まえた戦闘は今まで無かったからな。むしろこちらの方がもう少し配慮すべきだな」
「今までソロで戦い抜いて来れた理由がわかりましたよ...何か戦闘に不満があるのですか?」
未だに少しオドオドしながらクロムと会話をするペーパルだが、フィラ曰く元々こういう性格だから気にしないで良いとクロムは事前に教えられていた。
「そうだな。やはり鎖は威力、利便性、扱いやすさがまるで釣り合っていないな。それにこれは以前言われた事だが、多人数での連携にこれほど相性が悪い武器は無いかも知れないな。総合的見ても得られる戦果に対して払っている不利益が多すぎる」
あれだけ戦えているにも拘らず犠牲が多すぎると平然と言うクロムに対し、3人は全く理解出来ないといった表情で顔を見合わせた。
だがその時、ランク4層のプレートがクロムの漆黒の身体との対比でより一層目立ちながら首元で光っているのを見て、雲の上の事はわからなくて当然かと、それについて考える事を放棄したトリアヴェスパの面々。
「一体クロさんは何と戦うつもりなのよ...それよりこのオーク、魔石だけ抜いて後は捨てちゃって構わないかしら?」
周辺に倒れているオークの死骸を見渡しながら、フィラがクロムに提案する。
「問題無い。魔石は全てそちらで持って行ってくれ。お前たちは遠慮するだろうから先に言っておく。正直、俺には魔石等は只の面倒な荷物にしかならない」
「ホントにいいの?討伐証明にならないかも知れないし、ランクの実績が詰めないわよ?」
「問題無い。現状、このランクは立ち入り制限のある書庫の中の書籍を読む為だけに取得したような物だからな。そもそもランク自体に興味は無い。実績が必要になったらドラゴンとやらでも狩ればいいだろう」
3人が溜息を付いて、改めてクロムのランクプレートを見た。
「僕達の憧れの更に先にある4層プレートが、クロムさんにとっては今はただの通行許可証程度の扱いなんですね...」
ペーパルが何とも言えない表情を浮かべている。
「制限付きの書庫に入れるだけで満足という部分もあるが、ともかく今後共に行動している間は、魔石その他全てそちらで持って行ってくれ。何か欲しい物があれば交渉させて貰う」
「りょーかい。じゃあクロさんは休憩してて。魔物の処理は代わりに私たちが全部処理するから」
そう言って3人は腰から解体用のナイフを抜いて、オークの処理へと向かった。
その間の時間を使い、クロムは新しい武器の候補の選定の為に意識内で情報の処理を始める。
クロムの中では既にいくつか候補はあり、それらは状況に応じて入手等も含めて対応していく予定だった。
「この魔石を抜いた後のオークはどうするんだ?」
オークの解体を中断して、休憩の為に戻って来たフィラにクロムが質問する。
クロムの中では、一か所に集めて焼却か土の下に埋めるかという予想を立てていたが、フィラから返って来た回答は違う物だった。
「ん?クロさんその辺り知らないのね。まぁ魔石とかに全く興味無いみたいだから仕方がないの...かな?魔石を抜いた魔物は、腐るとかよりも早く魔力が抜けきって最後にはカラカラのなって灰かミイラみたいになるのよ。だから素材を取るなら魔石は最後じゃないとダメね」
「なるほど。俺は今まで敵はただ殺すだけだったからな。その辺りの常識には疎くてな。助かる」
「全然いいよー」
そういって、プラプラと手を振って解体に戻っていくフィラ。
褐色の肌や艶やかな赤毛に血が多少付いてしまっても、気にする様子もなく、クロムはこれが冒険者という職業のなのだなと一人で納得していた。
一方ロコは、わざわざ黒髪の上から布で頭巾を作って被り、鎧に血が付くと頻繁にしっかりと拭っていた。
大斧を使いこなす大柄の屈強な男のロコの方が、盗賊のフィラより慎重で細かい作業に向いているように見える。
そして弓術師のペーパルは、見た目の印象通りといった物で、出来るだけ汚れまいと頭巾で銀髪を完全に隠し、口鼻を覆うマスク、肘まで伸びる防汚グローブに革のエプロンと完全武装の状態でオークの解体に挑んでいる。
クロムから見たトリアヴェスパの評価は決して悪い物ではなかった。
最初は実力を把握する為にクロムは戦闘に参加せず、後方から情報の収集を行い、連携等を学習した。
多人数戦における実戦経験は明らかに騎士団よりも上であり、途中でクロムも参加したが、対応力に関しても申し分ない物だった。
3人共、ここまでの実力と経験を持ちランクアップ目前とは言え
そしてクロムはこういった実力を磨き、上を目指す者には敬意を示す傾向が強い。
「何とか終わったわね。それじゃ一か所に集めて撤収しましょ。ネブロシルヴァ
まではまだちょっとあるから、あまりモタモタしてらんないし。ごめんクロさん、運ぶのだけ手伝ってくんない?」
ウィンクしながら申し訳なさそうにクロムに願い出るフィラ。
「ああ、問題無いぞ。少し待て」
そう言ってクロムは、鎖を使って次々とオークの死骸の末端を縛り上げ、一気に纏めて一か所に集めた。
「散々運用方法を考えて、一番役に立つのがこれだとはな」
いつも通りその言葉に感情は感じられないが、珍しく不満を口にしながら数匹のオークを引き摺るクロム。
「凄いねぇとしか言えなくなってきたわね」
「僕も同感だよ」
そして3人が身体に付いた血を落とし、魔物を呼び寄せないように多数の薬草等を配合した消臭剤を身体に振りかけると、その場を撤収して足早に街道に戻った。
「街から一日程度離れたら、もう今後はあまり魔物を深追いはやめましょう。放置して不味い状況なら別だけどね。キリが無いかも知れないわ」
「うん。そうだね」
「わかった。クロムさんもそれでいいかい?」
「ああ。問題無い」
街の近郊であれば、僅かな物でも大きな脅威になる可能性が高いが、十分に離れていれば多少魔物は放置しても問題は無い。
そもそも魔物を全て刈り取る事は不可能であり、全ての魔物を討伐する勢いで戦闘を繰り返せば、目的地に着くまでに力尽きるだろう。
「夕暮れまで進んだあたりで休憩場所があるから、今日はそこで休みましょう」
トリアヴェスパの運用に関しては、ほぼ全てをフィラが行っているようで、戦闘に関してもその洞察力と察知能力を生かし司令塔も請け負っていた。
そのフィラに全幅の信頼を置いている2人は、自分の意見よりもまずフィラの意見を優先する。
それが長く冒険者としてこのパーティが生き残って来た秘訣だった。
― パーティか。俺の部隊もパーティと言えるものだったのだろうか ―
クロムはトリアヴェスパの3人を見て、かつてクロムが率いていた特務小隊の事を思い出した。
戦地に降り立ち、同じように野宿をし、少ないながらも会話を交わす。
ただ異なるのは敵が人間か魔物かという事だけかも知れない。
青空の下で歩いているクロムはそんな事を考えながら、前を歩くトリアヴェスパの3人の背中を見つめていた。
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