第57話 「物」から「者」へ
クロムは現在、ギルドの関係者専用の書庫にて書籍を読み漁っていた。
ここ最近のクロムは、時間さえあればこのように読書に費やしている。
クロムの予想通り、持ち出し厳禁、重要機密と判を押された物には、一般的には出回っていない情報も記載されており、主に歴史や遺物に関する情報も幾つか発見する事が出来た。
この世界にはカルコソーマ創世歴以前、
だがその詳細は殆どが未だ謎に包まれており、それは一般的には英雄譚やその他の民族伝承の中に姿形を変えて脚色を加えられ、伝わっていた。
また現カルコソーマ創生歴以前の情報自体が不自然な程に欠落しており、その歴史を紐解く事が国家規模での事業として成立している。
その中で創生歴以前の産物とされる物が“遺物”とされていた。
書籍の中に遺物の発掘情報と管理国家の一覧が記された物があったが、その情報の殆どが国家と口伝えによる外観の説明のみで、信頼性は言うまでも無く低い。
そもそもその遺物の大半が未だにどのような代物なのか、何の為の物なのか、使用方法も含め全く解明されていない、現在の技術では解明不可能な言わばオーパーツであった。
過去に存在したと言われている
そして世界各地には魔物が生息している場所が点在しているが、その中でも各国に1~2個存在する
その
しかし、その領域に生息する魔物は、通常の魔物とは比べ物にならない程の強さを誇り、領域内ではそれらの魔物達が互いに生き残りを賭けて殺し合う、壮絶な弱肉強食の世界が繰り広げられている。
その領域内では既に生態系自体が根底から覆されている、異界とも言える場所だった。
領域自体は魔物の生息分布である程度は判別可能であるが、その範囲や予想中心地点等の情報は国家機密として管理されていた。
そしてその中心地に何があるのかは未だ謎に包まれており、それを見た者もいないとされていた。
各国家は数年から十数年に一度、国家戦略の一端として大規模な領域調査及び遺物発掘を行う為に威信を賭けて大遠征を敢行し、多大な犠牲を払い遺物を持ち帰っている。
勿論、戦果を全く得られない場合の方が圧倒的に多く、遺物一つの回収の為に消費された命は途方もない数となる。
それらの遺物は国家の厳重な管理の元で保管されており、その中の一部は
クロムはまずこの遺物という物を発見するという事を目標に、今後の行動を決定する方針を固めていた。
その為には遺物の特性上、冒険者ランクを実績と実力で上げていく必要があり、それも今後のクロムの行動決定の要因の一つになるだろう。
手にしていた本を閉じ、元の場所に戻していると入口の扉がノックされゴライアが顔を覗かせていた。
「おうクロム、プレートが出来上がったらしいぞ。そろそろ帰るか?まだ調べ物があるなら先に帰るぜ」
「いや、もう終わった。必要ならまた来るだけだ」
そう言って、近くで待機していた警備兵と司書に退室を伝える。
クロムの退室と書籍の違法な持ち出しが無いか確認した警備兵と司書は、その扉に付いた幾つもの鍵を一つ一つ施錠していく。
そして最後に侵入者防止の為の魔法障壁を発動させる魔道具を起動させた。
「しかしあれだけ頑なに拒否していた
ゴライアはクロムの隣で歩きながら呆れた口調で言った。
入室制限付きの書庫があるこの階は、許可を得た3層以上の冒険者と一部のギルド職員のみが立ち入る事が出来るフロアであり、床には上質な赤い絨毯が敷かれ、2人の足音もほとんど聞こえない静かな空間が広がっている。
「知識は力だからな。その為なら考えを変えるのも吝かではない」
当初クロムはランク4層の認定を拒否していた。
その理由は、ランク4層冒険者は国家戦力の一端として国に存在を知られる可能性が非常に高かったからだ。
各種行動に国から余計な横やりを入れられるのを嫌ったクロムは、ランク3層で構わないと首を縦に振ろうとしなかった。
しかし元ランク4層のギルドマスターを、相性の問題があったとはいえ力量審査で倒してしまったクロム。
3層認定ではギルドマスターのみならずギルド全体の面目に関わると、ギルド側が4層認定を主張していた。
ランク4層の恩恵とメリットを幾つも並べるが、どれもクロムを納得させる事は出来ず、頭を悩ませるグラモス。
彼は身体のあちこちに包帯を巻き、満身創痍に見えるがランク4層ともなればその肉体はかなり頑丈で、治癒魔術とハイ・ポーション一瓶を飲み干して、そのまま業務に戻っていた。
頭を抱えるグラモスにゴライアがクロムは本が好きという情報を渡す。
グラモスがクロムに、一部のギルド関係者や貴族、そしてランク4層以上にしか入室が許可されない書庫があると伝えた。
すると、クロムは態度を一変させランク4層を認めるので書庫の場所を教えろと、おもむろに立ち上がり退出しようとした。
「何で俺がランクを上げてくれって頼まなきゃいけないんだ?ランク4層認定は全冒険者の憧れだぞ...それを書庫の為だけに...?」
足早に部屋を出て、書庫に向かうクロムの後姿を見送ったグラモスは、ソファーに横倒しに倒れて嘆いた。
一時間近くに渡りクロムに4層で得られる恩恵やメリットの素晴らしさを説明し、ギルドの面目まで持ち出し、自分を叩きのめした相手に頭を下げる勢いで願い出て、最終的に納得させたのが書庫の入室。
「頭が痛ぇ...後遺症が残ってるんじゃねぇだろうな。勘弁してくれ...」
グラモスの呟きが部屋の天井に吸い込まれる中、ギルド職員の妙齢の女性が、何も言わずそっと淹れたての紅茶を机に差し出してきた。
クロムはグラモスから
ギルドから出る際に、すれ違った冒険者やギルド職員がクロムの首から掛けられたプレートを見て驚いている。
クロムは全く気にしている様子は無い。
「しっかしグラモスも思い切った事をしやがったな。まさか
グラモスはそう言って、クロムの真新しいプレートを指差した。
クロムのプレートは真新しいランク4層の物ではあるが、その中央に斜めに走る手彫りの傷跡が入り、緑の染料が流し込まれていた。
それは過去に多大な功績を国から認められた冒険者等のプレートに刻まれる、貴族等の権力者の要請に対し一定の範囲内で拒否権を行使出来る証であった。
国の法律上における効力は全く無いが、テラ・ルーチェ国内にてこれを無視し、この者に不当な権力を行使した場合、自由意志を信条に掲げる冒険者ギルドに対し剣を向ける事と同義となる。
しかしこの爪痕は継承という形を取っており、元の爪痕の持ち主であるグラモスはその証を失う事になる。
実際、クロムのプレートはグラモスの爪痕入りプレートを鋳溶かして作られた物であった。
「今後、俺やグラモスに不都合があるなら返却しても構わないぞ。面倒事が増えるなら猶更だ」
「流石に返却するのはやめてやれ。それなりに悩んでの結果だろうしな。色々な介入を嫌うお前さんには結構役に立つと思うぜ。ただどちらかというと貴族にはウケは悪いがな」
「そうだろうな」
― これで何か恩恵があれば、その時に恩返しする事も考えておくか ―
「そもそも爪痕持ちの冒険者は王都に数名いるだけで、かなり珍しいからな。冒険者達には目立つかもな。ただランク4層にわざわざ喧嘩を売るバカはいないと思うが」
「だといいがな」
クロムの胸元に掛けられた4層のプレートがカチャリと音を立てて揺れていた。
「ゴライア、このプレートだがこの首から下げる以外に何か方法は無いか?正直、五月蠅くてかなわん」
一般的にランクプレートはチェーンがプレート両端に繋がっており、首から掛ける方式が一般的だった。
「そうだな。後は騎士団の鎧の紋章レリーフの様に胸に埋め込むくらいだろうな。てかお前のその鎧に埋め込む事なんか出来ねーぞ」
そう言ってゴライアはクロムの肩辺りを拳でコンコンと小突いた。
「とりあえずお前さんの無茶苦茶な戦いに耐えられるように、チェーンは強化してやる。プレートは正面以外を樹脂で固めてやれば音も何とか出来ると思うぞ。固定に関してはちょっと考える必要があるだろうが」
「頼む」
そう言ってクロムは胸元で揺れているプレートを手に取って改めて眺めた。
楕円形に近い厚さ5ミリ程の銀のプレートに交差した剣が刻み込まれていた。
真ん中には4層を表わす数字が彫り込まれ、その上から斜めに爪跡を模した傷が走り、この国を表わす緑の染料で色付けされている。
これが今後のクロムにどのように作用するかは未知数ではあるが、クロムはブラック・オーガ討伐と今日の力量審査での一幕にて、この街での存在感を確立つつあった。
クロムの預かり知らぬ所で、既に黒騎士や鎖の騎士、暴風など、様々な二つ名を付けられている事をまだ本人は知らない。
クロムは今日、この時を持って、戦争の為に生きる“物”からこの世界を冒険する“者”となった。
これをクロム本人が実感する日が来るかはわからない。
それでも今、この世界で彼は《生体兵器966》ではなく、《冒険者クロム》として存在していた。
冒険者ギルド、ギルドマスター室の執務机で紅茶を飲んでいるグラモス。
「ギルドマスター、爪痕をあの冒険者に渡して良かったのですか?」
執務室のソファーに座り、焼き菓子に手を伸ばしている司書のカリーカがグラモスに問い掛けた。
そしてこのカリーカは司書と兼任してギルドマスターの秘書を務めている。
「ギルドマスターになっちまったら、別にあんなもん後生大事に持っていても意味がないからな。いい機会だと思ってな。それに貴族なんかが興味本位でアイツにちょっかいをかけて欲しくない。絶対に面倒な事になる」
グラモスはそう言って執務机の引き出しを引っ張り出す。
その中には先程、届いたばかりの新品のランク4層プレートが箱に入って輝いていた。
爪痕は既にクロムに付いて行ったので刻まれていない。
今日、鋳溶かした古いプレートもこの職に就いてから一度も身に着ける事は無かった。
これもまた引き出しに仕舞われたまま、これから長い時を過ごす事になる。
「それでアイツ、書庫で何を調べてたんだ?」
紅茶のカップを置いて、グラモスが目を細めてカリーカに問う。
「この世界の歴史に関しての本や遺物、その他魔物に関する書籍まで、凄まじい勢いで読み漁ってましたね。ただ遺物と古代文明に関する記述にかなり関心を持っていた様子でした」
「遺物ハンターにでもなるつもりか?まさか単独で
グラモスは嫌な予感を感じると共に、もしそれが可能であれば
「しかしあの領域の魔物は強さの桁が違います。ギルドマスターの所属していたパーティですら、一番弱いとされている領域外縁部の変異魔物に全滅寸前まで追い込まれたと言ってたじゃないですか」
「アイツの強さは異常だ。強さだけで言えばランク4層でも足りてないとさえ思えたぞ。恐らく見えている世界が決定的に俺達と違う。冒険者ギルドがまず第一に考えなくてはいけないのは、アイツとは敵対しない道を選ぶ事だ。そして万が一アイツと敵対した場合、完全に殺しきれる戦力を今の間に選んでおかないといけない」
カリーカはグラモスの真剣な口調の言葉を聞いて、紅茶を飲み干して立ち上がった。
そして残っていた焼き菓子を一つ摘まんで、グラモスに告げた。
「まず近日中に向かうと言っていたネブロシルヴァと、いずれ向かうであろう王都フローストピアの冒険者ギルドにギルドマスター権限の通達を出しておきます。爪痕付きの黒騎士クロムには敵対するなという文面を添えておきます」
「ああ、よろしく頼む」
そう言い残して、カリーカが退室し執務室が静寂に包まれる。
グラモスはあの戦いを振り返りながら、未だに痛む胸に手をやり呟いた。
「爪痕はお前さんに託したぜ。もしお前に出来るなら、この世界をオモチャ箱みたいにひっくり返してくれ。その時は冒険者の皆でこの世界を楽しもうぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます