第55話 黒騎士が捉えた乱気流

 静まり返っていたロビーとは正反対の喧騒が訓練所に溢れていた。

 クロムとグラモスによる力量審査が行われるという噂は瞬く間に広がり、周辺で活動していた冒険者や非番の兵士等、既に訓練所の周辺に集まっている。

 トリアヴェスパの3人はその騒ぎの前に一番良い位置を陣取り、自分達の判断は正しかったとほくそ笑んでいた。


「なぁギルドマスターが審査官をやるっていつ以来だ?」


「少なくとも現役引退以降だと記憶にないな」


 運良く訓練所を利用していたランク2層あたりの冒険者達が会話を交わしている。


「あの黒い騎士みたいな奴、何者なんだ?噂じゃ俺達がいない間にこの街を襲ったブラック・オーガを倒したって話だぞ。それに隣にいるのはランク3層の鍛冶師ゴライアだ」


「いや、無理無理ありえないだろそんなの。それが今まで冒険者やってなくて今日登録に来やがったんだぜ。噂の一人歩きってやつさ。ゴライアには上手くゴマでも擦ったんだろうさ」


「どうせどっかの貴族様の箔付けみたいなもんでしょ。無理矢理ギルドマスター引っ張り出して、勝っても負けても良い様に解釈させるつもりよ」


 周囲の事情を知らない冒険者は口々に、様々な憶測でこの審査の中身を邪推する。


「...もし危ない雰囲気になったら一目散に逃げるわよ」


「おう...やたら強気で喋っている奴の近くは危険だな」


「もう既に僕は怖いんですけどね」


 トリアヴェスパの面々は、今後起こりうる最悪の事態を想定した上で、この一戦を楽しむ事に決めた。





「おうおう、クソガキ共は好き放題言って血気盛んでよろしいこって。何でこうなるんだよクロム」


「それは受付嬢とコリスに言え。俺は知らん。ただあのグラモスに興味が湧いた」


「どうでもいいが殺すなよ。後が面倒だぞ」


「お前は俺を何だと思っているんだ。模擬戦闘だろ。。死んだら知らん」


 そのクロムの回答に、無事で帰って来いよと心でグラモスにエールを送るゴライア。

 噂通りならブラック・オーガを単機で圧倒したクロムに、4層スプラー・メディウム

のグラモスが挑めばどうなるか、その結果はゴライアも気になる所ではある。


 すると、ざわめきが一際大きくなり、訓練場の入り口の人だかりが割れる。

 そこには空色に輝く軽鎧を着込んだグラモスの姿があった。

 腰にはファルシオンが吊られている。


「おお、懐かしいな。乱気流タービュレンの威風は衰えずって所か」


 グラモスが感慨深そうな表情で、小さく口笛を吹いて懐かしむようなセリフを口にする。


 ― 足運び、姿勢共に今までの人間とは格が違うな。魔法、魔力を駆使してくると想定するか ―


 クロムは既にグラモスの情報を、挙動全て見逃さず収集している。


 ― 魔力感知の方法を考える事が急務だな。間違いなく魔力もかなり保有している筈だ ―


 クロムは外套を跳ね上げ、留め具を外すとそれを脱ぐとゴライアに手渡す。


「これは気に入っているのからな。持っていてくれ」


「おうよ。もう一度言うがな...」


「くどい。殺しはしない」


「物騒な会話を堂々としないで貰えるか?」


 グラモスの抗議の声が割り込んで来た。





 規定の位置まで歩いてきたグラモスは、その会話の最後だけは聞き取ったようで冒頭から苦言と呈してきた。

 クロムはそれに対して特に何も返さず、所持している武器と外見上から判断出来る攻撃パターンを意識内でコアに演算させている。


「それでは冒険者登録志願のクロム殿に対し、これより当ギルドマスター グラモス・ロゼアが審査官を務める力量審査を始める。立会人はランク3層鍛冶師ゴライア・オリエンとする」


 その姿勢を一切緩める事無く、一切の反論を許さない威厳を感じさせる声で宣言するグラモス。

 ゴライアはその宣言の内容を聞いて苦い顔をするも、これを承諾した。


「くそが。巻き込む気満々じゃねーかよ。わーったよ。お互い程ほどにな」


 そういってゴライアはクロムの外套を腕に掛けたままその場を離れていき、観客の最前線と混ざる位置で振り返る。

 その隣には偶然、トリアヴェスパの面々が陣取っていたが、互いに面識は無いので特に会話は起きていない。


「まずはギルドを代表してお礼を言わせて貰いたい。ブラック・オーガを討伐し、この街を守ってくれた事、感謝する」


 そう言って、姿勢を正し、頭を下げるグラモス。

 その言葉とグラモスの行動は、一気に周辺にいた観客に伝わりどよめきが一気に駆け巡る。


「ただの成り行きだ。救ったつもりもない。よって感謝も必要ない。始めよう」


 早々に戦いを始めようとするクロム。

 グラモスには、ギルドマスターという立場の人間から送られた、礼や賞賛、功績にも全く反応を示さないクロムに得体の知れない寒気を覚える。


 ― こいつは本当にブラック・オーガを通りすがりで倒した程度にしか感じていないのか。それに全身から魔力が全く読めない。あり得るのかそのような事が。あの黒い全身防具は何だ。しかも徒手格闘だと? ―


 冒険者として長きに渡り世界を歩いたグラモスでさえ、見た事の無いクロムの黒い鎧。

 武器らしき物は左腕に巻かれた、かなりの魔力を感じさせる鎖のみ。

 黒いマスクの奥から緑の双眸が、グラモスを油断無く捉えていた。


 ― 何もかもが予測がつかん。無知というのはこんなにも恐ろしい物なのか。一体俺は今から何と戦おうとしているのだ ―


 グラモスは消化されずに積み重なっていく思考を一旦振り払うと、小さく咳をして言った。


「この力量審査は、互いの実力と戦闘方法を考慮し真剣にて行う。この模擬戦における互いの損害に関しては、死亡を含めて全て自己責任とする。これで良いかクロム殿。それとそちらからの確認があれが今この場で発言を願う」


「問題無い。それを了承する。こちらから確認する事は、まず如何なる方法であれこの模擬戦を邪魔立てする者は老若男女問わず容赦はしない。そして戦闘中に第三者を巻き込む事を躊躇しない。以上だ」


「...わかった。この力量審査の観覧における損害も全て自己責任とする」


 グラモスがクロムの発言に抗議しようとしたが、脳内をあの勧告書の内容が瞬間的に過った。


“この者が行った確認及び承認事項に関して、《宣誓》《契約》と同等の扱いとする”


 クロムに宣誓する機会を与えてしまうという、歴戦の元冒険者に似合わない冷静さを欠いた明確なグラモスの落ち度。


 そしてその発言をグラモスが認めた以上、それは確実に実行される。





「あーあ、クロムにそれを言わせやがった。何やってるんだか。ああ見えて冷静さを失ってるなグラモスのヤツ。こりゃ逃げる準備も考えておくか」


 ゴライアは言葉とは反面、楽しそうな口調でそのやり取りを眺めている。

 それを隣で聞いていたトリアヴェスパの女盗賊のフィラが声を掛けた。


「鍛冶師さんはあの黒騎士さんとお知り合い?」


「ん?あいつ黒騎士って呼ばれてるんだっけか?まぁなちょいと縁があってよ。おかげで人生設計が根底から狂っちまってる最中だ。お前さん達はクロムの知り合いか?」


「あー...いやこっちは知っているけど、向こうはどうかな、はは...。噂のブラック・オーガの戦いに一緒にその場に居たのよね。ただ居ただけ。あの黒騎士さんって何者なの?」


「全くわからん。知った所で碌な目に合わねえ予感がする。冒険者風に言えばあれはまるで深遠グーフルだ。人が評価出来る存在じゃねぇ」


「ははは...まじかぁ...あんた達、逃げる準備しておくわよ。どう考えてもやっぱヤバいわあの黒騎士さん」


 訓練所を取り囲む大勢の観客の中で、この4人だけが既に逃亡の準備をし始めていた。





「では、これより力量審査を始める。合図はもう必要ないな」


「問題無い。もう始まっているのだろう。宜しく頼むグラモス殿」



 ― 戦闘システム 起動 コア出力45% アラガミ5式 待機 ―


 ― 遊撃鎖連携格闘プログラム 実行 演算 開始―



 そう言ってクロムは半身で腰を落として構えた瞬間、グラモス目掛けて飛び掛かった。

 グラモスはそれを見て冷静に腰の剣に手を掛けると、同じく構えて最高のタイミングでファルシオンを抜刀する。

 その抜刀は寸分違わずクロムの首筋狙っていたが、クロムはそれを左腕でガードしていた。


 左腕に巻かれた鎖がグラモスのファルシオンと擦れ合い火花を散らし、クロムはその剣を鎖の凹凸の引っ掛かりを利用して跳ね上げると、グラモスの脇腹に右拳を撃ち出した。


 グラモスはその場で身体を一回転させながらその拳を紙一重で避けると、遠心力を利用した横薙ぎの回転斬りでクロムに反撃する。


 ― ピエリスの技に似ているな ―


 クロムはその一閃をピエリスと同じように右腕で受け止め、更にはピエリスよりも破壊力があると判断し、裏から左腕をクロスさせる形で衝撃を受け止める。

 ギャキンという金属音が響き、その瞬間、ファルシオンの刀身が青白く輝いたのを確認した。


 クロムはファルシオンを受け止めたまま、右脚でグラモスの胴体を薙ぎ払うように蹴りを見舞うも、それを読んでいたグラモスはバックステップでこれも紙一重で回避する。



 ― 右前腕部 表層完全剥離 第一装甲 1層 損傷軽微 ―


 ― 左前腕部 表層完全剥離 第一装甲 1層 損傷無し ―



「?」


 クロムは右腕をバックアップした左腕にも損害報告がコアから上がって来た事に疑問を覚える。

 ゴライアの斬撃は間違いなく右腕で完全に物理的に防御されている。

 損傷自体も全く問題にならない程に軽微だった。


 ― これは物理的な損傷ではなく、魔力もしくはピエリスの様な剣技によるものか ―


 ファルシオンが青白く輝いた事にも関係していると考察するクロム。

 コアからの情報では、左腕を攻撃の正体を物理的接触とだけ表示している。


「面白い剣技だな。確かめてみるか」


 クロムはそう呟くと、再びグラモスに襲い掛かる。

 それに合わせた正確なファルシオンの斬撃を左腕で受ける。


 ファルシオンが先程と同じように輝き、コアから損害報告が上がって来た。

 クロムはコアの報告を、損傷個所のみに絞る。



 ― 左前腕部 右肩部関節 損傷 ―



 クロムはそのままガードした左腕を瞬間的に引き絞り、ストレートをグラモスの胸に目掛けて撃ち出した。

 故意に、開けたクロムの胴体部を回転斬りが見逃さずに襲うも、右脚を上げてそれをガードする。



 ― 右下腿 左内大腿部 損傷 ―



 クロムの防御からファルシオンの斬撃と輝き、そして剣筋の延長線上の損傷。


 ― 間違いなく。剣の特性もしくは剣技か。視認出来ず、損害内容が物理的損傷という事から推察すると、魔力そのものか、魔力によって実現させた何らかの物理現象か ―


 それ以降も幾度となく検証の為に、グラモスに攻撃を仕掛けていくクロム。

 その中で、剣筋の延長線上に装甲が薄い関節部や、人間でいうところの太い血管がある急所の場合は斬撃が飛び、それ以外は通常の斬撃と使い分けている事が判明する。


 ― 任意となると、制御しているのはグラモス本人だな ―


 再びクロムはグラモスに躍り掛かる。

 クロムは拳打では無く、鋭い鉤爪を手刀の様に揃え殺傷能力を増大させた攻撃を加え始めた。

 次にクロムはその切り替えの反応速度を計る為に、グラモスに拳打以上の脅威を示しつつ迎撃してきたファルシオンの斬撃を受ける。


 クロムはそれを防御した瞬間、延長線上に配置した関節部を逃がした。

 すると剣が輝きのタイミングがズレて、その剣筋の延長線上にあった地面に細い切筋が形成された。


 クロムはそれを確認すると、バックジャンプで5メートル程の距離を取った。





「咄嗟の判断は難しいようだな」


「ちぃ、やはり探っていたのか。しかし何という硬さの鎧だ。傷一つ付かないとは」


 クロムの小さな呟きにグラモスが苦々しい表情を見せた。


「無傷ではない。傷は付いている」


 ― この距離だとどうなるか。視覚情報をを少し弄ってみるか ―


「視覚センサー 気流可視化 赤外線 視覚補正 流線解析 」


 クロムの視界が色鮮やかなサーモグラフィで包まれるが、コアがそれを瞬間的に演算し視覚の補正を行った事で通常のものに戻る。

 ただし今はこの訓練場内に流れる気流の動きが、歪みと色付けによってクロムの視界に表示されていた。




 このまま事態が固まる事を嫌がったクロムは、本来使わない仕草でグラモスの攻撃を促した。

 右手を前に掲げて、掌を上に向ける。

 そして禍々しい鉤爪が並ぶ親指以外の4本の指をクイクイと二度曲げた。

 クロムが行った明らかな挑発行為。


 今まで固唾を飲んで見守っていた観客がざわつき、一部からは殺気とも怒気とも言えない雰囲気が立ち昇る。

 しかし誰も声を上げられない。


「はは、そんな似合わない安っぽい挑発なんてしなくても、やってやるよ」


 そういうと、グラモスはファルシオンを器用に回転させる。

 美しい風切り音がクロムにも届いた。

 そして、通常と比べてかなり低い体勢で身体を捩じり、ファルシオンを構えるとその殺気とも思える気配を高めた。


 グラモスの魔力がその密度を上げて熟成されていく。

 ファルシオンの輝きが、昼間の野外でも視認出来る程に輝いていた。


 そしてグラモスはその場で剣舞を躍る様にしなやかに、そしてピエリスの剣技とは比べ物にならない速度でファルシオンを斬り上げた。


「曲剣我流魔剣術 舞葉風乱れギンクヴィローバ


 グラモスの魔力とファルシオンに付与された魔法術式が、鋭利な魔力結晶体を生み出し、気の遠くなるような年月をかけてグラモスがイメージ固定した斬撃を模倣する。


 そのメカニズムを瞬間的に考察したクロム。


 ― 魔力の結晶体であれば目視は可能。後はその威力だ ―


 するとクロムはその飛んできた結晶斬撃の後ろに、それとは異なる気流の歪みを検知した。


 ― 後ろのは結晶では無い? ―


 クロムはその結晶斬撃を右腕で受け、それを払いながらスイッチングして後発の謎の飛来物を鎖で防御力が増した左腕で防御した。

 すると防御した部分で風が弾けて、鎖がギャリンと悲鳴を上げる。


「これも防ぐのか。まぁいい、久々にやらせて貰う。この時点で間違いなくランク3層メディウム認定だ。これから先はどうなるか見物だな」


 そういってグラモスは、ファルシオンを縦横無尽に手で回転させながら、華麗にステップを踏み、次々と2種類の斬撃を織り交ぜながらクロムに発射し始めた。


「なるほど。乱気流タービュレンの名は伊達では無いという事だな」


 先程、クロムの防御で砕け散った魔力結晶が煌めき舞い散る中、クロムが構えてその斬撃の速射を迎え撃つ。

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