第54話 ギルドが背負った災難

 クロムは既定路線の様に難癖を付けて来たコリスを掴みながら、ゴライアに問い掛けた。


「ギルド内は私闘や刃傷沙汰は禁止されている、一応な。出来れば離してやれと言いたいが、相手がコイツだからなぁ。もういっそ二度と起き上がれないようにしてやって欲しくはある」


「コイツは何か問題でも、いや既に問題だと思うが...」


 ゴライアの苦々しい表情にクロムは少し興味を惹かれた。


「コイツはな、長い間ランク1層で辛酸を舐めてきてようやくランク2層に上がったんだが、元々ちょっと頭のネジが外れ気味でな。途端に増長しやがって、毎日のように暴力沙汰を起こすわ、冒険者の認定試験の審査官を任された時、格下の新人を模擬戦で再起不能になるまでボコすわ、その他色々重なって無期限の謹慎喰らってやがったんだよ」


「冒険者は皆こうなのか?」


「んなわけあるかよ。コイツが馬鹿で阿呆でクズでイカレなだけだ」


 その2人が場の空気に似合わない会話を交わしている中、コリスは必死に逃れようと呻き声を上げながら、手足を使ってクロムに殴打や蹴りを浴びせているが、金属音が響くだけでクロムはビクともしない。

 実際、クロムはコリスの顔を潰す程の握力は込めておらず、ただ外れない動けないといったラインで止めていた。

 今までの事を考えると、かなり温情がある選択である。





「ギ、ギルド内の私闘は禁止です!すぐにその手を放してください!」


 そんな中、先程の受付嬢が戻って来たのか、受付デスクの向こうから明らかにクロムに向かって非難の声を上げた。


「ギルド内での私闘禁止は理解した、だが先に手を出したのはコイツだ。それは周りも目撃している。そして俺は危害を加えられそうになり防衛行動に出た。今この手を放して、コイツが俺にもう危害を加えないという保証はあるのか?」


「言い訳は無用です!すぐに手を離して下さい!」


 ヒステリックな声を上げて、聞く耳持たない受付嬢。

 先程の自分の扱いに不満を持ち続けていた上で、新規登録希望のクロムを格好の的としている。

 提出された書類に判を押すのは、私だと言わんばかりの態度であった。

 クロムはこの時点で、冒険者ギルドという組織の評価をかなり下げる。


「ゴライア、すまないが俺はこの冒険者ギルドを組織として信用出来ない。よってこの場でコイツは潰す。ここで逃すとまた同じ事をしてくるだろう」


「はぁ、バカをマヌケが庇うとはな。おいクソガキ!責任者はどうした!さっさと連れて来い!」


 ゴライアが受付嬢に怒声を浴びせる。

 後に引けなくなった受付嬢は、クソガキ呼ばわりされた怒りも併せて更に金切り声で叫ぶ。


「まず先にその手を離してください!このままだと冒険者として登録されないばかりか、ギルドを敵に回しますよ!貴方はもう何処へ行っても安心して暮らせないですよ!」


 終わったと言わんばかりでゴライアが天を仰いだ。

 ギルドの名を使用して発せられた、クロムの生命を脅かすという意味に取れる発言。

 それはこのラプタニラ冒険者ギルドの全てが敵としてクロムに認定されてしまうという事になる。


「今の言葉に嘘偽りはないな。この手を離さないならば、冒険者ギルドが俺の敵に回るという事で間違いないな。俺の生命を脅かすという意思を冒険者ギルドの名において宣言したと認識するぞ」


「あ、貴方にそんな事を言われる筋合いはありません!ここは冒険者ギルドです!貴方の様な得体の...」


「一体何の騒ぎだこれは!」


 吹き抜けとなっているロビーの上から、怒声が響き一般人よりも格式が高いと見られる服装の男が欄間の上から顔を飛び出させた。


「ギルドマスター!ゴライアだ!緊急事態だ!早く降りてこないと大変な事になるぞ!」


「ゴライア!何だというのだ!」


 ゴライアの怒声に負けない声量で返すギルドマスターと呼ばれた男が階段から駆け下りてくる。


「グラモス、まずはこの受付のバカを黙らせろ!こいつのせいで下手すりゃこのギルドが壊滅するぞ!」


「ギルドマスター!この冒険者希望の男がギルドに対して反抗的な態度を!」


 この状況においても、利は自分にあると思っている受付嬢は強気の態度を見せた。


「お前は黙れメディ!ゴライア、説明を頼む」


 メディと呼ばれた受付嬢は、まさか自分が叱責されるとは思わず驚きで言葉を失った。


 ― ギルドマスターは流石に肝が据わっているな ―


 クロムは今も暴れ続けているコリスを掴んだまま、ギルドマスターを観察する。

 身長は180㎝程、立ち姿から非常に均整の取れた肉体と思われ、その姿には隙が殆どない。


 ― 歴戦の戦士だな。デハーニと同じ気配を持っている ―


「まずはこれを読め。読んでからこちらの話を聞かないと大変な事になるぞ。そこのバカな小娘じゃ荷が重いからお前を呼びに行った筈なんだがな。ほれ」


「なっ!?」


 ゴライアが見せた貴族印章付きの丸筒の正体を一目で看破し、顔色を変えた。

 決して投げていい物では無いが、それをゴライアに求める事は間違っているのはギルドマスターも解っていた。

 もし仮にこれを受付嬢が受け取っていたのであれば、翌日には受付嬢は牢獄にいる事になっていた。

 当然、責任問題にもなる。

 しかし事態はもっと深刻な物であるという事は、まだ理解していない。


「それとこれもだ、ほれ」


 そう言って、ゴライアは小さな魔道具を投げてギルドマスターに寄こした。


「おい、いい加減にしろ!」


 そう言いながらも、危なげなく片手で狂いなく受け取ると、手に持った丸筒の印章部分にその魔道具を触れさせる。

 魔法封印措置を施された丸筒を解除するその魔道具が、淡く光ると小さな音を立てて丸筒の蓋が開いた。

 そして丁重にその中身を取り出し確認する。


「読み上げな、ギルドマスター」




《特別勧告書》


 ― 「クロム」という名を持つ者に対する規定をここに定める ―


 ― 以下の項目における規定の適用は、ラプタニラ全域及びそれに関する全ての物事、行動とする ―


 ― 正当な理由無く、この者に対する行動の強制、干渉の一切を禁ずる ―


 ― この者が行った確認及び承認事項に関して、《宣誓》《契約》と同等の扱いとする。その内容の取り決めに関する事項は必ず実行、履行する事。それを正当な理由無く覆した場合、当事者及びその責任者も含めて処罰の対象とする ―


 ― 正当な理由無く、この者に武器を向ける事、害意を向ける事を禁ずる。害意の判断及び処遇の判断は如何なる場合においても、この者の判断を優先する ―


 ― 正当な理由無く、この者に害意を持った場合に発生した損害と責任の全てをこの者は免除される ―


 ラプタニラ監督官 ソリフ・ホウツ・ラプタニラ男爵

 ウィルゴ・クラーワ騎士団 騎士団長 ピエリス・アルト・ウィリディス




 ギルドマスターは、中身を読み上げていくのと同時に顔色が悪い方向へ変わっていく。

 そして、この騒動の渦中にいるコリスを掴んでいる黒い人物が、この勧告書にて記載されている人物と同一という事をゴライアの様子を見て直ぐに理解した。


「そしてこの騒動の中身はな...」


 ゴライアは、受付から今までの事を洗いざらい全てを話した。


 コリスが一方的に仕掛けてきた騒動である事。

 そして何より深刻な事は、受付嬢のメディが一方的にクロムを悪と断じ、あろうことかラプタニラ冒険者ギルドの名においてクロムを害する発言をしたという事。

 そのクロムはこの街の管理官であり男爵の爵位を持つ者と、騎士団団長の権限において特別な扱いを受けているという事。

 更にはクロムが害意の確認を受付嬢であるメディに取っている事が、より事態を最悪な方向に向かわせていた。


 後はクロムが、ギルド全体を対象とした暴力の引き金を引けば良いだけの状況だった。


「メディ、お前は何という事をしでかしてくれたのだ...しかも独断でギルドの名を使いおって」


「そんな!私は規定に沿ってギルド内の治安を...!」


「黙れ!受付の権限で出来る事は規定の表明だけだ!一体何様のつもりだ!」


 そのやり取りを聞いていたクロムから声が上がる。


「すまないがそれは後にしてくれ。それでこの男は遺恨を残さない為ここで潰す、いや殺害するつもりだが問題はないか?」


 僅かにクロムの手の力が籠められ、掴まれたコリスは頭蓋骨が圧迫される痛みに叫び声を上げた。

 公共の場にて、あまりにもあっさりと殺害という言葉を使うクロムに、周囲がざわつく。


「待ってくれ...この俺、ギルドマスターのグラモス・ロゼアの名において殺害は認められん。この場で俺の権限で裁定を下す。この男は冒険者ランクを1層に降格の上、暴行、脅迫の罪でラプタニラ憲兵隊に引き渡す」


 次いで、受付嬢のメディに目線を移す。

 メディは小さく悲鳴を上げ、震えていた。


「ラプタニラ冒険者ギルト受付メディは、受付業務部署から即時異動の上、ギルド内における雑用の半年間無償強制労働とし、それを履行出来なかった場合は即刻解雇、同時にギルド規定違反、騒乱罪にて告訴する」


「え...え...?」


 メディはその場でへたり込んだ。


「そして後ほど正式に、ラプタニラ冒険者ギルドのギルドマスターとして謝罪させて貰う。これで納得して貰えないだろうか」


 クロムは特に処罰の内容は気にしていない。

 この未だに拘束している男を殺害するかしないかの判断を委ねただけである。


「了解した。それでギルドマスター本人の責任はどう取るのだ?」


「うむ?」


「冒険者ギルドが健全な組織であるならば、部下の失態の責任をギルドマスターとしてどう取るつもりなのだろうか。ギルドマスターの謝罪は問題無く受け取る。一切の禍根も残さずに終わらせると約束する」


 ゴライアはご愁傷さまといった顔でギルドマスターを見ていた。

 そのゴライアの表情を見て、僅かながらグラモスの顔が引き攣っている。


「では、私は一体どう責任をとればいいのだ?私自身が決めていいのか?」


「それでも構わないが、俺が少し貴殿に興味が湧いた。ギルトマスター グラモス・ロゼア殿。冒険者登録には力量審査があると聞き及んでいる。俺の力量審査を貴殿にやって貰いたい。どうだろうか?」


 クロムが興味を示した。

 その機会を逃がしはしない。

 グラモスが断れない状況は百も承知で、クロムは力量審査を申し出たのだ。


 ― 断ればどういう事になるのか見当もつかん!待て、コイツもしや先日報告にあったブラック・オーガを単機で討伐した黒い騎士か!?ふ、ふざけるなよ! ―


 グラモスの額に一気に冷や汗が噴き出すが、気が付いた時には時既に遅し。


「ぬぐ...もう俺は既に一線から退いているのだぞ?お前程の者だと明らかに役不足だぞ。それでもいいのか?」


 グラモスは僅かながらに足掻く。

 彼は長年の冒険者としての勘が働き、とてつもなく嫌な予感を感じていた。


「問題無い」


 それでもクロムは無慈悲の一言で回答する。


「くそ...わかった...準備する。訓練場で少し待っていてくれ」


「了解した。感謝する」


 クロムは嫌味として言ったわけでは無く本心だった。

 だがゴライアを含めた周りの人間にはそうは聞こえない。


 ― どの部分が快諾だった? ―


 クロム以外の意見が一致した瞬間である。





 少し時間は遡り、クロムがコリスを鷲掴みにしていた時、3人の冒険者が冒険者ギルドに依頼達成の報告を持って訪れていた。


 ランク2層の冒険者3人のパーティ《トリアヴェスパ》だった。

 彼らは先日のラプタニラ防衛線での報奨金を受け取る迄この街に滞在しており、先日報酬が渡される日程が決まったという知らせを受け、ギルドの簡単な依頼をこなしつつ、その日を待っていた。


 大斧使いの戦士ロコ

 短剣と薬物を使う女盗賊フィラ

 魔法と弓術を使う魔弓術師ペーパル


 それぞれが実績と実力をランク相応に持つ、実力者であった。


 そんな3人がギルドに入った瞬間、いつもと違う雰囲気に包まれており、その中心に忘れられる訳がないあの黒騎士が居た。

 しかも冒険者らしき大男の顔面を鷲掴みにして、片腕でほぼ宙吊りにしているという異様な光景。

 どう考えてもトラブルである。


 しかもランクは勿論、女のフィラと男のペーパルへの態度を露骨に変える感じの悪い受付嬢がヒステリックな声で喚いていた。

 その時点で、あの受付嬢と大男は誰を相手にしているか解っているのだろうかと、3人共に呆れた表情を浮かべていた。


 それを目立たない位置で見ていると、ギルドマスターのグラモスが慌てて降りてきて、黒騎士と一緒にいた鍛冶師のプレートを持つ男から書状を受け取っていた。


 その内容に、3人は驚愕する。

 この街におけるトップの男爵と騎士団長の連名で発行された、事実上の完全自由許可証であり、場合によってはそれ以上の効果を発揮する内容だった。


 そして黒騎士は冒険者登録の際の力量審査に、ギルドマスターを指名し半ば強引に了承させた。

 本人は快諾と言っていたが、明らかにそうではない。

 あの黒騎士の強さがあれば、それでもまかり通ってしまうのが弱肉強食、実力主義のこの世界の宿命なのだろう。


 3人はギルドマスターに同情すると同時に、あの黒騎士の戦いに興味が湧いた。

 あの戦いを模擬戦とはいえ、目の前で見れるというまたと無い機会に3人は胸を躍らせ、急ぎ訓練場に向かう。

 恐らく、早く行かないと最前列はすぐに埋まってしまう。




 何せあの黒騎士と相対するのは元冒険者ランク4層スプラー・メディウムであり乱気流タービュレンの異名を持つグラモス・ロゼアなのだから。

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