第53話 予測可能だが回避は困難
翌朝、どこか清々しい雰囲気のウィオラはテオドの作った野菜スープを口にし、くれぐれも先走らないでくれとクロムに念を押した後でここを去っていった。
ゴライアはクロムが実践投入した鎖の評価や実際の使用感等をクロムに尋ねながら、各部の損耗を確認し始める。
クロムはその間、テオドが店番をしている店舗に赴き、各種様々な武器を手に取りその感触と運用方法の情報を整理しながら、時折テオドの解説に耳を傾けつつ穏やかな時間がそこからは過ぎていった。
そして太陽が真上に位置した頃、宣言通りの時間にウィオラが数枚の書類を持って工房に顔を見せる。
豪華な装丁が施された専用の筒の中に、必要な書類が入っているとゴライアに告げて魔道具の様な小物と一緒に手渡し、クロムに対しては冒険者ギルドの破壊だけは避けてくれと願い出た後、早々に戻っていった。
「さてちょっくらギルドに殴り込みに行くか」
そういって、外出用の衣服に着替えたゴライアが、鍛冶師の身分証明書となる金属プレートを首にかけ、表へと出て来る。
その鈍い銀色を放つそのタグにはランクは
各職業にランクは存在するが、3層の認定を受けた時点で各職業間での扱いの差は殆ど無くなり、一様に一般人とは一線を画した才能の持ち主として敬意が払われる。
そして3層はどの職業であっても、ある程度の冒険者としての実績と能力が認定に必須とされている為、冒険者の世界でも相応の実力者として認識されていた。
「何事も無ければいいのだがな」
「やめてくれよ。巻き込まないでくれ」
「それは向こう側に言い聞かせてくれ」
外套を羽織った二人は、ゴライアの店から出て、街に出る。
「いってらっしゃい!」
笑顔で見送るテオドが店の玄関で手を振っていた。
冒険者ギルドは街の中央部、東西南北に走る主要道路の交差点に面した場所に位置していた。
かなりの敷地を有しているようで、ギルド本館に訓練場、討伐した魔物を解体する解体場、ギルド管轄で魔物の素材を売買する交易所等、冒険者ギルドの権勢を表わす規模だった。
「かなり大きい組織なのだな」
「これでも中規模ってところだな。この国の冒険者ギルド本部のある王都に比べたら全然だな」
「それだけ魔物の脅威が大きいという事か」
「そうだな。後はこの街は人間種しか住んでいないが、お前がこれから行くネブロシルヴァや王都には亜人種もいるから、それだけ規模が大きくなるっていうのもある」
書籍や周囲の話では亜人種と言われる、人間とは異なる生態、文化を持つ種族が存在すという情報は得ていたが、現在の所、クロムは出会っていない。
各種族間の確執や文化の違いを考慮し、冒険者であっても活動範囲が種族別で異なっていた。
特にこの街は人間族のみの街であるが故に、わざわざ面倒事を起こしたくないと考える亜人種の冒険者が好んでやってくる事は殆ど無かった。
ー その性質を持ちながら、トラブル体質の存在とは本当に謎だな ―
面倒事を予測したクロムが、既に冒険者とそれを束ねるギルドへの不信感を募らせていた。
「さてと、それじゃ行くか」
「宜しく頼む」
既にギルドの入り口に向かっている時点で、筋骨隆々で大柄のゴライアと黒い外套と鎧を纏うクロムの姿は周囲から騒めきと共に注目を集めている。
警備兵や防衛隊の兵士は元冒険者もしくは冒険者を副業的なものとして活動している者が大部分を占めており、あのブラック・オーガとの戦いでの黒い戦士の噂は水面下で少しずつではあるが広まっていた。
特にあの戦いに参加していた兵士は、クロムの姿を見るなり慌てて道を開ける。
「クロム、お前さん一体何をやったらこんなに怖がられるんだ?」
「知るか」
呆れ顔のゴライアの問いに、一言で返すクロムがギルド内に入る。
ギルド内は冒険者と思われる者達が多数確認出来、掲示板や受付、脇に設営されたバーの様な場所で思い思いの行動を取っていた。
中には商人風の者が、魔物の討伐状況を調べていたり、護衛の依頼を探していたりとそれなりの活気が感じられた。
「とりあえず受付だが、結構並んでいやがるな。どうする?一応この書状があれば順番は無視出来るぞ」
「いや、わざわざこんな所で権力を使おうとは思わん。待てば良いだけだ。面倒事はお互い避けたいだろう」
「まぁな。それにお前さん思った以上に色んな意味で有名人らしいから、穏便済ませられそうだしな」
「そういうセリフはあまり良くないと誰かが言っていたぞ」
そんな会話を交わす2人の前には、平均年齢が若いと見られるパーティが有り余る体力と元気を振り撒きながら賑やかに会話を繰り広げている。
その会話の最中に治癒術師らしきの少女が身体を動かした拍子に、背負っていた錫杖がクロムの黒い脚に当たった。
それに気が付いて後ろを振り返ると、そこには筋骨隆々の鍛冶師と黒で塗り潰された戦士が仁王立ちしている。
当然のように少女の口からは小さく悲鳴が上がり、周りの若い戦士や盗賊、魔術師のメンバーがそれに気が付き遅れて振り返った。
戦士風の爽やかさが感じられる青年が、悲鳴を聞いて反射的に少女を守ろうと気色ばむが後ろの存在を視認した瞬間、一気に鎮静化し顔を引き攣らせていた。
「ももも、申し訳ございません!」
少女が慌てて錫杖が触れた事を謝罪する。
「問題無い」
「あ、あの、急いでいるなら先に...」
クロムのこの感情を伴わない一言が、より一層の恐怖を煽ったようでパーティが脇に避けようとする。
「ああ?別に急いじゃいねぇから気にすんな。無理矢理どかしたみたいに見えるだろうが」
ゴライアがそういうも、周りから見たらどう考えても凄んでいるように見えた。
その気配を感じ取ったクロム。
「もう一度言うが問題無い。順番を譲る必要も無い。すまないな。隣の男もこう見えて怒っている訳ではない」
「おい、おま...」
お前がそれを言うのかとゴライアが抗議をしそうになったタイミングで、列が前に進む。
「前に進んでくれ」
クロムが列が進んだ事を前の若いパーティに告げると、その場の雰囲気がようやく戻って来た。
若いパーティの騒がしさは一気に沈静化したものの、今度はチラチラとゴライアとクロムを伺う視線を頻繁に向けているが、クロムはその様子を気にも留めない。
クロムは周囲にいる冒険者の体格や役職、装備している武器等の情報を集め、敵になった際の行動予測を演算していた。
― やはり剣が一般的な装備のようだ ―
そこでクロムが退屈そうにしているゴライアに疑問をぶつける。
「ゴライア、剣の切れ味というのは魔力や改変でどこまで強化出来る?」
「んあ?そうだなまず材質によるな。基本的には斬る材質よりも硬い材質であればって話になる。ただ相手が金属の場合、斬るっていうより破壊するってなるけどな。金属の鎧を革の様に斬るなんて芸当、なかなか出来るもんじゃねぇ」
「なるほどな」
魔法は、物理現象の延長、再現である。
それ故に、魔力で改変強化したとしても最終的にどうしても超えられない壁が存在する。
「あとその標的が内包している魔力との差の影響するな。例えば冒険者が討伐可能な脅威度のドラゴン種、その鱗なんかは材質としての硬さは魔鉄、魔鋼レベルだが内包している魔力量と限界値が桁違いだ。ミスリル魔鋼で斬れるかと言ったらなかなかそうはいかねぇ」
「という事は例えば魔鉄製の剣であっても魔力保有量に限界がある以上、どうしても太刀打ち出来ない魔物もいる訳だな」
「そうだな。どう理想的に見積もっても魔鉄の剣でドラゴンの鱗は無理だ。傷くらいは付くだろうが、一枚割る頃には剣は砕けるだろうな。なんでそんな事を聞くんだ?」
その会話を盗み聞きしているパーティがその話の内容に驚いている中、クロムは答える。
「俺の鎧を貫く、破壊するのにどれくらいの剣が必要なのかと思ってな。その様子だとそうそう無さそうだが」
「あぁそういう事か。まず俺が思いつく限りの素材で考えてみても、お前の鎧をどうにかする武器は作れそうにねぇな。相手が剣の段階で普通はお前をどうする事も出来ねぇよ。他の武器でも大差ないと思うぞ。俺は剣士じゃないからその辺りはわからねぇが、後は技術の問題ではあるが...望み薄だな」
ウィオラの一撃を首筋に受けたクロムが、その時から気になっている事。
限界まで切れ味を高めた剣と技術で、クロムの装甲を斬れるのかという疑問。
技術による剣の威力の増大は、ピエリスの剣技で判明している。
「機会があればドラゴンとやらと戦ってみるか。それならある程度、俺の硬さも解るんじゃないか?鱗を殴れば済む話みたいだからな」
「なら倒したドラゴンの鱗を引っぺがして何枚か俺に卸してくれ。良い武具が出来そうだ。ドラゴンの鱗なら喜んで大金積んでやる」
「金には興味は無いが、その武具は気になるな。だがドラゴンとやらを相手に勝つのを疑わないんだな」
「逆に負ける光景が思い浮かばねぇよ。それにいつかお前を斬る事の出来る武器を作るのが、俺の今の目標だからな。簡単に負けて貰っても困るぞ」
傍から見れば隣の男を斬るのが夢という物騒な事を言って、ガハハと豪快に笑うゴライア。
そして冷静な口調でドラゴン討伐を口にするクロム。
血気盛んな若者の冒険者であれ歴戦の冒険者であれ、こんな荒唐無稽な話は普通であれば笑い飛ばすものであるが、その会話はランク3層のプレートをぶら下げたゴライアの口から飛び出しているのだ。
「一体、何者だよ...ランク3層にあんな台詞言わせるとか...」
前のパーティからそんな呟きが漏れている。
会話するだけで周囲に畏怖を振り撒く2人の列が、ゆっくりと前に進んでいった。
そんな会話を続けていると、列の先端がゴライアとクロムになっていた。
どうやら若いパーティは、かなりの速度で要件を済ませようと頑張ったらしく、それが終わると風の様に2人から離れていった。
「はい。次の方、どう...ぞ...」
受付嬢の笑顔が台詞の途中で固まる。
「お前、本当にいい加減にしろよ」
流石に皆の反応が面倒になったのか、クロムを睨むゴライア。
「俺が知るか。さっさと手続きを始めてくれ」
クロムは流石に理不尽だと思い、不機嫌そうな声で返す。
「すまんが、こいつの冒険者登録を頼みたい。書類関係はもう用意してある。後、もう一つのこれはそれ相応の立場の者でないと渡せない。すまないが呼んで来てくれないか。お嬢ちゃんじゃ無理だ。」
ゴライアはそう言って、事前に用意していた申請用紙を受付嬢に提出する。
受付嬢はいきなり自分を通り越して、上司へ話を向けられた事に対し不満を覚え僅かながら反抗した。
「申し訳ございませんが、担当は私になりますので、提出物は私に...」
「悪い事は言わないから、さっさと言う通りにしてくれないか」
ゴライアは不機嫌さを隠さない声で受付嬢の言葉を真っ向から遮り、上着で隠れていたランク3層のプレート、そしてこの街の管理官であるソリフ男爵の印章が施された金属の丸筒を見せた。
ランク3層の者が持つ発言力。
そして一般人のギルド受付嬢では触れる事すら許されない、男爵の印章入りの丸筒に受付嬢は態度を一変させる。
「大変失礼致しました!しょ、少々お待ち下さい!相応の者を連れてまいります!」
慌てた様子で奥に駆けていく受付嬢。
その様子を見ていたクロムが、溜息を付いているゴライアを見て呟いた。
「お前が同行してくれて良かったと、今初めて実感したぞ」
「今まではどう思ってたんだ。こういうのはあまり好きじゃないが、立場と権力も物事の解決には必要ってこったよ」
目の前の受付デスクに肘をつきながらぼやくゴライアと小さく肩を竦めたクロム。
するとその時横から、不意に好戦的な気配を混ぜた声が飛んでくる。
「俺のお気に入りの受付嬢を怖がらせるって、アンタも偉くなったもんだなぁ」
受付の机の場所から延長線上の先には冒険者が利用する食事場所兼酒場が併設されていたが、その声の発信源はそこからだった。
その声の主の見たゴライアは、心底嫌そうな表情を見せる。
「チッ、コリスか。面倒な奴が居やがった。お前謹慎は解けたのか?どうでもいいが絡むな。さっさと失せろ」
そう言って手を振り、相手にしない意思を示すゴライア。
だがそんな事は構わず、こちらに向かい歩を進めるコリスと呼ばれた男はゴライアよりは体格は小さいが戦士としての威容は十分に持ち合わせていた。
ただしその眼はクロムがかつての戦場で幾度となく見た、暴力を快楽として捉えている歪んだ感情を持ち合わせたもの。
クロムはその経験から間違いなくこちらに害意を向けてくると判断し、場合によっては先制で攻撃する態勢を整えた。
「んで?なんだその見た目は一人前のやつはよ。さっきから気に入らねぇ気配を放ちやがって。ぶっ殺されてぇのか?」
「やめろ。クズの虫けらみたいなお前でもやっとランク2層になったんだろうが。むざむざそれを捨てるような真似はやめろ。これは俺の忠告だ」
― ランク2層か。それなりの戦闘力は持っているようだ。確かに修羅場を潜っている気配もあるな ―
ゴライアが、どう考えても相手をなだめる種類のものでは無い言葉を含ませたことにより、コリスは更に威勢を強め、勢い良くゴライアとクロムに詰め寄って来た。
酒の気配はするものの、飲まれている訳では無い。
「ああ!?大体ランク3層でも鍛冶屋のお飾りだろうが!それに黒いの、てめぇの感じが気に食わねぇんだよ!躾してやっからさっさと表出ろうぉうぐぅぁ!?」
「あ、このばかやろっ!」
コリスの手がクロムに伸ばされた瞬間、発した言葉の語尾が潰れる。
それと同時にゴライアが、焦りと呆れが入り混じった表情で叫んだ。
外套を跳ね上げて突き出されたクロムの黒い手が、コリスの顔面を横向きに鷲掴みにしていた。
「ゴライア、ここでこいつを潰すのは何か問題はあるのか?」
騒然とするギルドのロビー内にクロムの声が響く。
周辺の冒険者やギルド関係者は突然の出来事に驚きで動きを止める。
その中でクロムを知っている一部の人間、ギルド内外で警備をしている兵士達はこれから起こる出来事を容易に想像が出来てしまい、仕事とはいえこの場に居合わせてしまった自分の運の無さを嘆いていた。
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