第52話 兵器と騎士
ウィオラとテオドから冒険者ギルドからの伝言を預かり、クロムはその報酬に情報の提供という物がある事で、その要請を受ける事を決めた。
現在、工房内は主にゴライアの設計図が散乱している事もあり、裏庭に机を用意し、月明かりとランプの明かりの中で、クロム以外の3人が食事を取っている。
ウィオラは一つの悩みが解消された事により、普段はあまり口にしない安物の酒をゆっくりではあるが飲んでいた。
食事の時でも鍛冶師の2人は武器の構想を練り、ウィオラは新装備の改良点の要望等を出しながら時間は過ぎていく。
クロムはそんな中、冒険者ギルドに赴いた後の事を考えていた。
事前にテオドやウィオラから冒険者の立場の内容は聞いていたので、ある程度の今後の予定を踏まえつつ、予定を立てていく。
現在の伯爵との会談の後、クロムは本格的に旅をする事を計画していた。
冒険者として登録すれば情報は入りやすいが、余計なしがらみが付いてくる可能性もあり、自由度は下がるだろう。
それでも近隣の街や王都、別の国への入国の際には冒険者の肩書は有用でもあった。
「クロムはこれからどうするんだ?騎士団とも離れたんだろ?」
ゴライアの問いにウィオラの表情が暗くなるが、それを夜の闇がそれを覆い隠した。
それでもランプの明かりだけはそれを照らしている。
「伯爵との会談まではそのまま予定通りだな。冒険者ギルドとの予定もあるが、数日後にはこの街を出てネブロシルヴァに向かう。その後は、そうだな旅でもしても良いかもな」
「色々と情報を探ったり、魔物や色んな奴らとドンパチするなら冒険者として登録するのはありだろうな。ただ身を潜めたいならランク制度もあるから、その辺りがチト厄介ではあるが。それでも他の地域の出入りは確実に楽になるな」
冒険者にも実績に応じてランク制度が設けられている。
その判断は実に曖昧ではあるが、初級の
テオドは今回の実績にて1層の認定を受ける事が出来ていた。
ウィオラは騎士として地位を賜った際に、冒険者として登録すれば自動的に
騎士の能力をもってしても3層であり、各ランクでの力量の差はかなりのもので、3~5層に至っては、国家の保有戦力として計上される程の実力が必要になってくる。
そして上位層のランク差による実力の違いは、下位層の比では無い。
特に最上位の5層は貴族相当の権力を有す事を認められ、国家の中枢にも多大な影響力を持つ程の扱いになる。
深遠のランクは既に戦力が測定不可の領域にあり、場合によっては1個人が国家戦力と同等の扱いを受けると言われているが、現状、《存在しないもの》《人の形をした何か》というような比喩表現等でのみ使われていた。
「冒険者登録の際、騎士の推薦状を持っていれば3層からの登録になりますよ」
冒険者を目指す者の約半数以上は、その生涯を
「まぁ登録の際の力量審査で...って今すげー嫌な予感がしたのは俺だけか?このクロムが力量審査を受けるんだぞ」
ゴライアがクロムが冒険者ギルドで力量審査を受ける光景を思い描いて、顔色を悪くする。
テオドもウィオラも同様だった。
「クロム殿、騎士団との関係性を解消したという事実は一旦置いておくとして、もし冒険者登録をするなら出来れば騎士団の推薦状を持って行って欲しい。これはお願いだ」
「僕もそうした方がいいかと思います。クロムさんよりも冒険者ギルドの方が心配です」
真剣な表情で3人がクロムの顔を見つめる中、クロムは納得がいかないといった口調で言葉を返す。
「待て。今までの事は全て、ただ降りかかって来た障害を実力を以て排除した結果だ。それに推薦状を使う予定は無いぞ」
「それはわかってますクロムさん。でも冒険者というのはランクと強さが全てと考えている者が大半です。しかも1回2回叩きのめされたくらいでは理解出来ず、同じ事をやってくる連中が多いです」
クロムに相対する3人の中、この少年が今、唯一クロムを正面から説得出来る唯一の人材である。
「もしクロムさんがランク1層で、それを馬鹿にした冒険者達に絡まれて1度は半殺しで済ませてあげたとしましょう。でも2度目同じ事をしてきたらクロムさんはどうします」
「完全に潰す」
3人が、まぁそうなるなと項垂れる。
「クロムさん、そのやり方だと数年後にはこの領内の冒険者が絶滅します」
「冒険者とは一体どんな生き物なんだ?」
クロムはもうそれは魔物と変わらないのではと、この世界の冒険者に対する不信感を露わにした。
「まぁいずれにしても、1層だと簡単な話でテオドと同じ扱いになるって事よ。そこから下積みを何年もっていう時間、クロムにはあるのかって話になってくるな」
「クロム殿、明日の昼までに、騎士団長と管理官の連名の署名入りで特別勧告書を用意するので待っていてくれないか。ゴライア、その冒険者登録に同行する事は可能か?」
クロムの意思を全く無視した状態で話が進む夜の食卓は、こうやって時間が過ぎていく。
最終的に、明日の冒険者登録はゴライアが同行し、可能な限りクロムの取扱説明をギルドにするという事と、そしてウィオラが用意する推薦状と書類を必ず持っていく事で大筋の予定が決まる。
クロムはもう口を出すのをやめて、冒険者としての行動の予定に関して思考を回転させていた。
そんなやり取りをしながらも時間が過ぎ、テオドは後片付けと各部の掃除等の弟子としての仕事をこなしに建物の中に戻っていった。
ゴライアはもう少し設計図を書くと言って工房に戻り、ウィオラはテオドが用意した風呂に入る為に今晩泊まる部屋に戻っている。
その間のクロムは、今回の鎖の問題の解決方法や運用方法等を意識内で検証し、今後の使用の是非を考えていた。
そしてクロムの一人の静かな時間が過ぎ、1時間程してウィオラが裏庭に現れ、クロムに声を掛けた。
「クロム殿は眠らないのか?」
「俺は基本的に眠る事は無い。そちらはかなり疲労が蓄積しているようだからな。しっかり休息を取れ」
風呂上りのウィオラは、栗色のセミロングヘアを湿らせ、白い厚手の麻のシャツとズボンを着用していた。
そして少しばかり顔が赤い。
「酔っているのか?」
「え...ああ、久しぶりに酒という物を騎士という立場を忘れて飲んだからな。少し酔いが回っているようだ。だが明日に残りはしない」
ウィオラは、赤い顔を見られまいと顔を背けて、髪で頬を隠しながらクロムに答えた。
「クロム殿、すまなかった。あの時、嫌な予感がした時に対処出来ていれば良かったのだ」
「そう言うと思っていた。だがそれはお前の謝罪する問題では無い」
ウィオラの拳が握られて、酔いで感情の高ぶりが抑えられないのか、吐き出すように彼女は喋り出す。
「わかっている。わかっているんだ。でも...それが原因で我々とクロム殿との関係性が無くなってしまったんだ。クロム殿はそれでいいかも知れないが...我々、いや私はクロム殿の傍で学んで強くならなくてはならない!弱い私は貴方の傍で...っ!」
奥歯を噛み締め堪えようとするが、ウィオラの目から溢れた涙は止まらない。
クロムはただ静かにそれを聞いている。
ウィオラの嗚咽が静かに響く、夜の中庭。
そこにクロムの言葉が横切った。
「ウィオラ、まずお前はもう弱くない。ひとつ教えておく。俺が今まで出会った人間の中で、お前が現状で一番将来性のある強さを持っていると思っている。そして将来、俺と戦う事となれば恐らく一番長く耐えるのもお前だろう」
「え...いや、しかし...」
「俺の強さの根幹を成しているのは何かわかるか?この防御力だ。これがあるからこその俺の強さだ。強さにも種類があるが、俺の戦い方に最も近い事が出来るのが、ウィオラ、お前だ」
クロムが数々の攻撃を受け止めて来た腕を掲げる。
夜の月明かりに輝く漆黒の装甲を纏う腕。
圧倒的な防御力を盾に、振り下ろす無慈悲の暴力。
ウィオラのあのオークとの戦いで見せた姿が、クロムと重なったのも偶然では無い。
何かのタガが外れれば、ウィオラはこの世界における“クロム”になる可能性を持っている人間の一人かも知れないのだ。
「俺は基本的に自身に利益をもたらす者は、どんな手段を用いてでも、最大限の利益が出る様に助力する。お前はまだ俺にとって有益な人物だ。これから更に強くなって貰わねば困る」
「私は強くなれるのか?強くなることでクロム殿の役に立てる、恩返しが出来るのか...私は...」
ウィオラはクロムに詰め寄ると腕を掴んで、絞り出すように言葉を紡いだ。
「前にも言ったが運命の噛み合わせが上手くいけば、いずれまた交わるだろう。後は自分の力で噛み合わせればいいだけの話だ」
「はは...その無茶苦茶な理論、テオドにも言われたぞ...のんびりしてるとクロム殿を別の誰かに取られるかも知れないとな」
クロムの腕を取りながら俯くウィオラが、自嘲気味に呟いた。
「勝手に俺の所有権を主張されても困る。俺に命令できるのは現状では俺だけだ」
「...まったく...そういう事ではないんだ...はは」
ウィオラは軽く笑うとクロムを掴んでいる腕の力を抜いた。
「クロム殿...私の名前を呼んでくれないか」
俯いたまま、夜風にも負けてしまいそうな声でクロムに願い出るウィオラ。
「ウィオラ・トリコ」
「...やっぱり心地良いな。クロム殿に名を呼ばれるのは」
そう言って、クロムから離れるとウィオラは騎士とは違う、年相応の女性が見せる表情で微笑んだ。
月明かりを反射した潤んだアメジストの瞳がクロムを捉えている。
するとウィオラはおもむろに背伸びをして、クロムの黒いマスクの頬の部分に両手を添えた。
「クロム殿の顔は冷たいな」
「俺はお前と違って酔っていないからな」
「ふふ...そうだな。少しくらい熱くなってるかもと期待したのだがな...つれないな」
そう言って、そのままクロムから身を離し、一言おやすみなさいと呟いて建物に戻っていった。
クロムはその場で立ったまま、今後どのようにウィオラを上手く動かすべきか最適解を導き出す為に思考を巡らせていく。
― まずは冒険者として実績を作ると共に、後は伯爵を上手く利用出来れば後も多少は楽になりそうだな ―
― そうなるとベリスもいずれ取り込む事も考慮しておくか。機会があれば育成も視野に入れておこう ―
そう考えながら、クロムは工房に戻り読書を開始する。
いつの間にか机に突っ伏して、寝こけているゴライアから溢れ出る大イビキを、クロムはフィルタリングにかけてキャンセルした。
ようやくクロムにとって静かな時間が訪れた。
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