第51話 怪物の尾を踏む事なかれ

 あの北門での騒動は騒ぎ自体を察知した一般人はいたものの、騎士団が周辺をガードしていた為、詳細は分からず直ぐに鎮静化の方向へと舵を取った。

 ソリフ管理官も命に別状は無く、治癒術師の施術で回復したがその心に負った傷はあまりにも深い。


 結果的に責任を負う形で、クロムとの一騎討ちにて敗北したピエリスが一番の重傷を負い、一時は生死を彷徨った。

 街の治癒術師を総動員する形で施術を施し、ソリフ管理官が個人的に所有していた貴重なハイ・ポーションを接収、投与した事で命を繋ぎ止める事が出来た。


 騎士団長に支給されていた鎧が、一般騎士よりも効果の高い防御系魔法の付与がされていた事が幸いし、その命を救ったとも言える。

 それでも鎧は胸部中央部が陥没し、付与された魔法術式もそのクロムの一撃で完全に破壊されており、ピエリスの胸骨、肋骨のほとんどが完全に折られていた。


 騎士としての恵まれた肉体と鍛錬が無ければ、即死だっただろう。


 そしてピエリスが命を取り留めた事を、ソリフ管理官に報告に上がったベリスとウィオラは、未だに震えている彼の前に破壊されたピエリスの鎧、そして原形を留めていない血塗れの騎士兜二つを並べる。


 そして、今回の管理官の行動に対して猛然と抗議した。

 ウィオラは未だ血が乾ききっていない騎士兜をソリフの前に突き出して、今回の騒動で被害は最小限に収める事が出来たと言う。


「あの護衛騎士2人も何とか一命は取り止めましたが、復帰に最低でも半年はかかるだろう。精神的な物を含めたら復帰は絶望的かも知れない。見事に怪物の逆鱗に触れてくれましたな、管理官殿」


「でも同情は出来かねますね。あの方相手に一方的に斬りかかるとは。あれで済んだ事自体が奇跡ですよ。攻撃に手心を加えて頂けた事を逆に感謝しなくてはいけませんね」


 2人の言葉は丁寧ではあるものの、その顔は冷酷な表情を浮かべ、その怒気を隠そうともしない。


「な、何者なのだ...あんな化物が我が街に入り込んでるとは聞いて無いぞ...騎士団は何て事をしてくれたのだ!」


 未だに巻いた包帯に血が滲むソリフは震えながら、彼女達を叱責する。

 しかし帰って来たのは、更に表情を殺した冷たい口調のものだった。


「口を開いたと思えば謝罪では無く、まだそんな事を言うとは。度胸があるのかそれとも自殺願望がおありなのか、私には理解出来かねますな」


「私達は事の顛末とその後について、今回の騒動の謝罪と共にあの方に報告せよと命令を受けております。わかりました。それではソリフ管理官はこの騒動に関し、未だ遺恨有りと報告に付け加えさせて頂きます。では」


 そう言い放って、ベリスとウィオラは踵を返し、ソリフの部屋を後にしようと歩き出す。

 すると顔面蒼白でソリフがそれを慌てて引き留めた。


「ま、待て!待ってくれ!わかった!今回の事はこちらの非を認め謝罪する!今後一切の関りを持たない事をここに誓う!だから...頼む!」


 執務机に額を打ち付ける勢いで頭を下げるソリフ。


「それが賢明な判断だ、管理官殿。これだけの被害で済んだ事を幸運に思った方がよろしいかと」


「了解致しました。ではそのように何とか取り計らいます。それと団長殿に使ったハイ・ポーションはソリフ管理官殿から緊急事態の為、騎士団に譲渡されたという事でお願い致します」


「わかった...。あいつは...あいつは一体何者なのだ...」


 ソリフの部屋を後にする2人が振り返らずに言った。


「「それは知らない方が賢明だ(です)」」






 クロムはそのままゴライアの工房に戻り、棚の書籍を手に取り読書をしていた。

 その向かいでは、ゴライアが炭ペンと紙の束相手に一心不乱に何かを書きなぐっている。

 机の上や床に、様々な設計案を書き記した紙が辺り一面にバラまかれており足の踏み場もない。


 クロムが帰るや否や、ゴライアは頭に浮かんだ武器の草案をクロムに見せ評価を下せと掴みかかって来た。

 敵意は無いものの、その勢いと迫力にクロムは思わず拳が突き出してしまいそうになる。


 その武器の草案の中には、通常は2本のハンマーのような鈍器だが、2本を合体し、纏めると前の世界でいうペンチの様な物になる武器や、鎖の先に超重量の鉄球を接合した武器等、どうにも武器の本質を見失っている案が多数あった。


 それでもゴライアは常識の枠を超えたクロムという存在を知り、今までは常人には扱えない夢物語のような武器案も、クロムの手により実現出来るのではないかと、鍛冶師の魂を燃やしている。


 クロムは実際にそのような荒唐無稽と思われる案の中から、世界を変える物が生まれる事があると理解しており、当分は好きなように喋らせていた。

 テオドもそれ以降、何とか人員を募ってオーク3体を冒険者ギルドに納品し、依頼の達成手続きや詳細な報告を済ませていた。


 同行者に騎士のウィオラがいた事も、円滑な手続きを助けたとの事。

 そして今回の採集依頼達成とオーク討伐は、テオドとウィオラの実績として記録され、特にテオドは初の実績取得に大いに喜んでいた。

 そしてテオドはあの騒動に関しては、自分が取れる責任の範囲を超えている、不必要な事は口にしないと言った。


 ただ冒険者ギルド側はオークの討伐に関して、クロムにも可能であれば出向いて詳細を伺いたいとの意向を示してきた。

 テオドもウィオラもそれは難しい、どうなっても責任は取れないと勧告はしたものの向こうから頭を下げて、クロムへの繋ぎを願い出てきた。


 異例ではあるが、クロムが出向いて話が出来た場合は、冒険者登録をしていない彼に対しても褒賞もしくは有償情報の提供を申し出てきたのだ。

 テオドとウィオラは、期待はしないでくれと前置きした上で話だけはしてみるとギルド側に伝えていた。


「はぁ。クロム殿から騎士団との関係性を破棄された直後にこうなるとはな...疲れもあるが、本当に気が重いな...」


「クロムさんが言ってたじゃないですか、運命の噛み合わせだと。ウィオラさんが騎士だろうが何だろうが、運命を噛み合わせたら良いんですよ」


 ギルドからの帰り道、大きく肩を落とすウィオラに、テオドが無茶苦茶な理論をぶつける。

 ウィオラはオーク戦からの帰還と北門での騒動にピエリスとソリフへの対応、ギルドへの報告と、既に疲れが積み重なり過ぎて、色々と限界を突破し始めている。


「無茶を言ってくれるなテオド。そんな簡単に事が進めば苦労はしないぞ...」


「無茶だ無理だとか、そんな事ばかり言ってると、クロムさんすぐにどっかに行っちゃいますよ。良いんですか?もしかして取られてしまうかも...?」


 初の実績獲得と様々な部分で成長し、若干気が大きくなっているテオドが、コンコンとウィオラのシールドガントレットを小突きながら笑った。


「な、何をいってるんだテオド!間違ってもクロム殿の前で言うんじゃないぞ!ほ、本当の嫌われっ...違う!」


 限界まで溜まった疲労は、ウィオラの精神状態まで多大な影響を及ぼしていた。





 そして今、ウィオラは布が被せられた荷物を両手に持ち、工房の入り口でしきりに中の様子を伺いながら立っていた。

 読書をしているクロムに視線を向けては、離すを繰り返している。


「ウィオラ、お前は一体何やっているんだ?」


 事情を知らないゴライアの問いに対して、シールドガントレットを分解、調査しているテオドが代わりに事情を説明する。


「何だそんな事かよ。面倒臭ぇな。そんな事いいから入れ!辛気臭くてかなわん!」


「そんな事...わかった。あ、あの...クロム殿、入って構わないか?」


 ウィオラの悩みをそんな事扱いされたウィオラは抗議しようとするも、目線の先にクロムを捉えると途端に威勢が失われる。


「ここはゴライアの工房だ。俺の許可は必要ない」


「わ、わかった...失礼する...」


 心なしか身体が小さくなった錯覚を覚える程に、気配を縮ませるウィオラはコホンと咳払いをして、手に持った物をゴライアの前に差し出した。


「なんだよこれは」


「これはクロム殿の要請により、ウィルゴ・クラーワ騎士団団長の承認の元、騎士団からゴライア殿に譲渡すると決まった物だ。申し訳ないが断る事は出来ないと思って頂きたい」


 騎士としての立場でゴライアに褒賞を手渡すウィオラ。

 その布を取り払い中身を確認したゴライアの目が、驚愕で大きく見開かれた。


「お前、何だこれは!?こんな魔力結晶、滅多に見れるもんじゃ無いぞ!」


「詳しくは離せないが、これはクロム殿とその仲間の方の2人が底無しの大森林にて戦った王猪種ドミナスボアの魔力結晶の一部だ。最終的にはクロム殿が単騎にて討伐した」


 ウィオラでも一抱えある程の大きさの魔力結晶が、ゴライアの前で淡い紫色の光を放っている。

 ゴライアも、ガントレットの整備を中断したテオドもその結晶を見て、生唾を飲み込んでいる。


王猪種ドミナスボアの魔力結晶かよ。しかもここまでデカいとなると相当な奴だったんだな。とんでもない密度の魔力が詰まってやがる」


 これでもほんの一部だとウィオラは口にしそうになり、慌ててその言葉を飲み込んだ。


「クロムの要請って言ったよな。そこんとこは色々と大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。これは騎士団とクロム殿、そしてソリフ管理官も了承済みの事だ」


 それを聞いて、ゴライアは未だ本に目を落したまま一言も話さないクロムに声を掛ける。


「おいクロム、どういう事かは聞かないが...いいのかこれ。ハッキリ言うがこんな街の鍛冶屋が手にしていいレベルの代物じゃないぞ」


「別に使わないなら適当に金に換えるなりして処分したら良いだけだ。ゴライアなら使い道の1つや2つあるだろう」


「こんな濃密な魔力の結晶だと、普通の鍛冶所なら向こう数年は魔力に困る事は無いぞ。ちょっとした魔道具や魔法武具の作成にも使える」


「なら遠慮せずに使えばいい」


 どこまでも変わらぬクロムの態度に、一瞬困った顔を浮かべるゴライア。


「有難く頂戴する。団長にも宜しく伝えておいてくれ」


「わかった」


 ウィオラがそう言った直後、そのまま力が抜けた様に床に座り込んだ。


「おいおい、どうしたんだよ」


「もう...もう今日は疲れた...疲れたんだ...限界だぁ...」


 今まで無理矢理に引き締められていたウィオラの表情が抜け、一気に老けた様に疲れ果てていく。

 精神もすり減り過ぎたのか、言動すらも怪しくなってきた。


「お疲れさんってしか言えねぇな。おいウィオラ、問題無いなら今日はここに泊まっていけ。テオド、ウィオラに部屋と風呂、それに消化の良い食事でも手配してやってくれや。食事は何なら隣の食堂から好きなだけ買って来ていいからよ。あぁ後ついでに酒も頼む」


「わかりました!ウィオラさん、ちょっと待っていてくださいね」


 そういって、テオドが工房を出て行った。


「無断外泊か...とんだ不良騎士だな私は...でも頼む、一晩置いてくれ...」


 そういってウィオラは安心した様子で、身体の力を抜いてうたた寝を始める。

 そのウィオラの見た事の無い姿を見て、溜息を付いたゴライアは少し剣呑な目線をクロムに向けた。

 それに気が付いたクロムは、ページを捲る手を止める。


「何となくだがお前の言いたい事はわかる。だが俺は関係無いぞ」


「ああそうかよ。この唐変木が」


「何を言っているんだ」


 そう言ってクロムは再び読書を再開する。

 暫くしてクロムの静かにページを捲る音と、ゴライアが紙にペンを走らせている音が響く工房の中、身体を投げ出すように静かに眠る乙女騎士の寝息が混ざり始めた。

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