第47話 選ばれた3体と評価試験
無事に冒険者ギルドにて人員追加の申請を終えて、3人は北門を潜る。
門を警備していた警備兵達はあのブラック・オーガとクロムの戦闘を目撃していたらしく、彼の姿を見て、敬意とは異なる感情で直立不動の姿勢を取っていた。
テオドに関しては、鍛冶師見習いとして街の兵士達の間ではそれなりに見知った間柄である為、周りから心配されながらも笑顔で見送られる。
森に向かって歩いている一行の中で、ウィオラは未だに複雑そうな表情を浮かべていた。
現状、周囲からウィオラを騎士として認識して貰える特徴と言えば、チェストプレートに装着された小さな騎士団の紋章のみ。
今のウィオラを見た警備兵が最初どのような態度を取ればいいか、ひとしきり迷った後にようやく身分が上の騎士という事に気が付いていた。
「一先ずは道中、使えそうな素材や薬草を集めながら森の中へ向かうという事で良いですか?」
「ああ、それで構わない。むしろその作業が今回の主軸だからな。魔物討伐はあくまで付属だ。その場合はウィオラがお前を守ってくれる。安心して仕事に集中してくれて構わない」
歩きながら、初めての素材採集に心を躍らせるテオドと静かに答えるクロム。
その中にウィオラの名前が出た事で、彼女は頬を両手で軽く叩き、よしっという気合いの声を発した。
これから入る森はデハーニの隠れ里のある底無しの大森林の一部であり、呼び名は違えど奥に進むにつれて危険な魔物が闊歩する危険地帯であった。
ただ外縁部は比較的危険度は低いとされており、ゴブリンやコボルト、オーク等の縄張りが点在するものの、余程の事が無い限りは街まで出てこない。
それでも戦闘力の無い人間が、簡単に素材が採取出来る環境でも無いのも事実。
経験の浅い冒険者パーティや無理をして素材を集めに入った人間が、魔物の集団やその縄張りと接触し犠牲になるのも日常の一部であった。
特に知性は低いが、体格や力で人間を上回るオークはその繁殖力の高さや凶暴性から、定期的にオークの集落を含めた大規模な討伐隊が組織され、その度に犠牲になる兵士も多かった。
冒険者ギルドでも注意喚起と共に、オークの目撃情報や集団規模、集落の有無等の情報を積極的に集め、街にそれを共有している。
― 試金石としてはオークが最適だが...反応を探ってみるか ―
クロムはそう考え、各部センサーで周辺を探っていた。
テオドが木の陰に生えているキノコ類や木の実を採取する際も、その護衛はウィオラに任せながら、クロムは周辺警戒という名目で少し現場を離れ、情報を集めている。
「収穫は順調です。もうこれだけ採れました!」
そう言ってテオドは、採取した素材をクロム達に報告してきた。
様々な色の木の実やキノコ類、薬草類が革袋に収められている。
鍛冶作業で焼き入れの際にその絞り汁を使う素材に加えて、取引のある錬金術師や薬術師達が使う薬草類等、これを機会に入手しておきたいと事前にテオドが申し出てきていた。
「良し。それではもう少し奥へと向かうか。帰りの時間も考えてそこまで深くは行けないが」
「わかりました。一日しか時間が無いのが悔やまれますね」
「いやテオド、欲は身を滅ぼすぞ。上手くいっている時ほど決して増長はしてはいけないからな」
テオドの言葉に、様々な体験からそれを身に染みて感じているウィオラが釘を刺した。
森の奥へ向かう一行は、途中で休憩や泉での水分補給を行いながら進んでいた。
テオドの能力に合わせて、歩きやすいルートを選んでいたのでクロム以外の2人の疲労はあまり蓄積していない。
テオドも貴重な薬草が幾つか採取できた事を歓び、ウィオラはクロムやテオドから新装備の扱い方や戦闘方法について口伝えで学んでいた。
するとクロムのセンサーに3個の反応が示される。
50メートル程先をゆっくりではあるが進んでいるようだ。
このままの進路を取れば、10分程で相手の進行方向と交わるのは確実という状況。
「魔物と思われる気配を感知した。数は恐らく3体。このままだと進路上で鉢合わせる」
「なにっ。もう気配に気が付いたのか。一体どうやって」
「話は後だ。もし戦闘行動に出るなら一旦先程の多少開けた場所まで後退し、俺がおびき寄せる」
その場の緊張感が一気に高まった事を肌で感じたテオドは、既に腰のナイフに手を伸ばしている。
「テオド、どうする。お前の決定に従う。戦闘自体も初めてだろう。俺もウィオラも問題無く戦える状態にある。だが絶対は無い」
「私は必ずお前を守ると約束する。たが戦わずに撤退するのも立派な選択だ」
クロムとウィオラが、テオドの顔を見ながら声を掛けた。
テオドは胸の前で拳を握り、二人を見上げながら口を固く結んでいる。
テオドはこの自分の選択が、自身は勿論の事、2人の運命も握っている事を実感していた。
魔物の素材は欲しい。
たがそれは命を賭けた選択となる。
テオドは2人を見上げながら真剣な表情で願い出る。
「魔物の素材を入手する為、狩って頂けませんか。宜しくお願いします」
「了解した。ではこれより戦闘行動に移る。ウィオラ、これより後方の戦いやすい地点まで後退後、俺が偵察、おびき寄せる」
「頼んだクロム殿。テオドは私が守る。貴方は状況に応じて独自に動いてくれ。もしもの時は...頼む」
クロムが拳を握ってウィオラの前に突き出すと、目を丸くしたウィオラが微笑みながら同じく拳を出してコツンと小さく付き合わせた。
そこにテオドの小さな手が触れる。
「お気をつけて。僕も自分の身は精一杯守ります。ウィオラさん、僕を守ってください。お願いします」
― 聡明な少年だ ―
顔に緊張と怯えの色を浮かべながらも、冷静を保ち、自身の立ち位置を良く理解しているテオドに、クロムは素直な賛辞を意識内で送った。
「ああ、任せろ。私とこの装備が必ずテオドを守り抜くからな」
お披露目の時が近づくシールドガントレットを軽く掲げるウィオラ。
そしてクロムが短く戦闘開始の合図を出した。
「戦闘開始」
― 戦闘システム 起動 コア出力50% アラガミ5式 待機 ―
一行は、今まで来た道を後退し始める。
「では、こちらに敵をおびき寄せる。手に余る魔物と判断すれば、逆方向に引っ張っていく。待機していてくれ。周辺にその他の気配は感じられない。だが油断するな」
「わかった」
「お気をつけて」
そう言い残してクロムは反応がある方向へ駆け出した。
道中、クロムは反応の動きを見ながらコアに指令を出す。
「アラガミ5式の待機解除。現戦闘行動終了時まで戦闘システムから限定パージ」
― 非推奨 コア出力 限界上限65% 強化細胞 特殊変性不可 特殊兵装 使用不可 ―
― パージ後 アラガミ5式 戦闘システム 即時再構築 不可 ―
「実行せよ」
― 了解 アラガミ5式 戦闘システム 限定パージ ―
クロムはゴライアの工房にて様々な武器の使用想定を思案していた。
きっかけはブラック・オーガとの戦闘で戦闘強化薬を使用した事。
アラガミ5式の最大運用と特殊兵装の使用による戦闘能力の向上には、戦闘強化薬の使用がその量に限らず必須となっている。
戦闘以外でも致命的な損傷を追った場合においても使用され、強化細胞の変性や修復等、枯渇すれば大幅な戦力能力の低下は確実だった。
この世界において、戦闘強化薬の補充や精製が現状では絶望的である事を鑑みて、戦闘能力の向上をこの世界の武器によって行おうとクロムは考え始めていた。
先日、ウィオラの質問に答えた際に武器の耐久力に言及したがそれ以降、クロムは様々な武器による戦闘シミュレートを行っていた。
今回の様な、脅威度の少ない通常の戦闘におけるアラガミと特殊兵装、強化薬の使用を一時制限すると共に、今装備している武器で、またはどのような武器がどこまでの評価を得られるか。
クロムにとっても、今回の任務はそれなりに重要な物だった。
反応の近くまでやってきたクロムは、左腕に巻き付けていた黒いボロ布の帯を静かに外していく。
その下からは銀色の鎖がクロムの左腕に何重にも巻き付いていた。
木漏れ日が当たると、淡く青い光を反射している。
夜明け前にゴライアによって、耐久力重視の魔力改変が行われた鎖だった。
ゴライアが魔力枯渇寸前で、今も自宅で動けない理由がこれである。
長さ5メートル程に調整されたこの鎖は、あの黒い鎖よりも鎖素子は細く、軽い。
元々、ドラゴン等の大型魔獣を拘束する為に魔鋼と魔鉄を組み合わせて作った鎖であり、耐久力自体はかなりあった。
黒い鎖である程度の有用性を感じたクロムが、店の奥で埃を被っていたこの鎖を見つけ、あの黒い竜巻を目の当たりにし鍛冶師の血が騒いだというゴライアが一晩で調整した代物。
長さ自体がそれなりに有るので、クロムの左腕は関節部を避けて、ほぼ鎖で巻かれている状況だった。
クロムの目線の先の陰から3匹の大柄な人型生物が姿を現した。
それぞれ手には木を削りだしたと思われる大型の棍棒が握られており、身体は粗末でひどく汚れたなめし革や布で身を覆っていた。
顔は人間にやや近づいた豚。
体型は典型的な肥満体型ではあるが、その下には力強い筋肉が埋まっている事がわかる。
身長は2.5メートル程で、これが集団で襲い掛かってくればかなりの威圧感を振り撒くだろう。
― データ的にはオークと酷似しているな。優先討伐目標ならあの二人にそれなりの実績が加算されるだろう ―
肝心の戦闘能力に関してはクロムの足元にも及ばないが、別の目的として今回は武器の評価試験や戦闘システム等の制限が多い。
ウィオラに1対1の戦闘に持ち込ませるのが理想だとクロムは判断し、まずは1体を速攻で仕留める方針を取った。
とはいっても、足元の手頃な石を拾って全力で投げるだけでゴブリン討伐の時と内容は変わらない。
クロムはオークの側面を取る形で射線を確保し、木々の隙間にオークが入った事を確認すると、先頭を歩いていた1体のオークの頭部目掛けて全力で投石した。
ゴウという空気を切り裂く音と共に、拳大の石が発射され、その音の正体に気が付かないまま運悪く最初の標的となったオークの頭部がドパンと弾け飛ぶ。
頭部が弾け飛んだオークは、様々な物を撒き散らしながら地面に膝から崩れ落ちる。
突然、目の前で仲間が倒された2体のオークは、鼻声で叫ぶとすぐさま石が飛んできた方向を察知し、棍棒を振り上げて威嚇し始める。
― 知性は低いと本にあったが、なるほど戦闘に関する能力はそれなりにあるのか ―
そのオークの対応の速さに、オークの評価を更新するクロム。
クロムは木の陰からオークが視認出来るように姿を現すと、左腕の鎖の端で故意に音を出して挑発した。
手には何も持っておらず、武器も装備していないというアピールも兼ねて、両手を掲げてオークに見せる。
― 戦闘に関する知性がマシなレベルであれば理解するはずだ ―
つまり1体は何とか倒せたが、残り2体は想定していなかったという情報をオークに渡す。
案の定、オークは何も警戒せずに叫びながら一直線でクロムに襲い掛かって来た。
クロムは地面の砂を蹴り上げて、オークに目つぶしを行いながら、必死の抵抗を装って後退を始める。
小癪な方法を使って逃げようとしていると判断したオークは、仲間を殺された恨みと怒りに任せてクロムを追いかけてきた。
先程の常識外の投石で仲間が一撃で屠られた記憶は、もう既にオーク達の脳内に無かった。
周りの邪魔な小木や枝を棍棒で薙ぎ払いながら、突き進んでくるオーク。
時折、立ち止まってわざと左右に顔を振り、迷うような素振りを見せながら絶妙な距離を保ったまま後退するクロム。
― さてウィオラ。どうする。分岐点はすぐそこにあるぞ ―
クロムのセンサーに映し出される、指定の場所で動かない反応が二つ。
その反応の一つにクロムは意識内で問い掛けた。
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