第46話 新装備と出発の朝

 明朝、ピエリスからクロムに同行し森に入る事を許可されたウィオラがゴライアの工房に訪れていた。

 夜中、明かりが消えていなかったであろう雰囲気を残す工房。

 その中を一声かけて覗き込むと、普段と変わらない気配で椅子に座り読書をしているクロムがいた。

 その近くには大きなリュックと腰ポーチを脇に置き、持ち物の最終チェックをしているテオドの姿もある。

 そしてクロムの前ににある木の机には、布が被せられた大きな何かが鎮座していた。


「すまない。待たせたか?それはそうとゴライアはどうしたのだ?あとテオド、その恰好は何だ?」


「面倒だから一度に答えるぞ。まず待っていない。ゴライアは武具作製の影響で魔力枯渇で寝込んだ。テオドはゴライアの許可を得て、本日の森入りに同行する」


「宜しくお願いします!」


 その言葉を聞いて、ウィオラは案の定慌てて反対の意思を表明した。


「待て!テオドにはまだ早い!危険すぎるぞ!同行は認められない!」


 それを聞いたクロムは、間髪入れずに言葉を投げ返す。


「まず一つ、テオドは師匠のゴライアと話し合い、自分の意思で同行する。二つ、危険というなら騎士のお前守れば良いだけだ。三つ、お前に決定権は無い。以上だ。では準備しろ」

 

 クロムはテオドの護衛に敢えて自分の名前を入れなかった。

 本を閉じ本棚に戻して立ち上がるクロムの無情な返答に、口をパクパクさせて言葉を失うウィオラ。


「ウィオラさん、今日僕が一緒についていく理由はちゃんとあります。まずはこれを装備してください」


 そう言ってテオドは、机に置かれている何か大きな物体に被せられていた布を取り去る。

 そこにはクロムの要望通りに、ゴライアとテオドが一晩かけて改造、調整したカイトシールドがあった。

 それは窓から入り込む、昇ったばかりの新鮮な朝日の光を反射している。





 ウィオラの右腕を全て覆い隠す程の長さのカイトシールド。

 その先端部は鋭角に研ぎ澄まされ、裏側から取っ手を握り込むように持ち、前腕部はレザーベルトで完全に盾と固定される。

 そして側面は一方だけが不自然に抉れており、重量が不均一な印象を与えるが、実際はテオドが例の特殊能力で完璧に近いバランスで調整されていた。

 想定される使用方法から《シールドガントレット》と名付けられた。

 それでも普通では見られないデザインだった。


「こ、これは...」


「これはクロムさんの発案で、師匠と僕がウィオラさん専用として改造調整した《シールドガントレット》です。僕は本日、自分の手がけた武具の現場調整、そしてその使われる様子を見届ける為に同行させて頂きます」


 実際の所、この武装の一番の問題点はその特殊な使用方法とその形状による重量配分の難しさにある。

 クロムが試験的に装着し、テオドにこの武装での戦闘方法と様々な動作を説明し、その目で実際にそれ見せた。

 すると、クロムのコアがはじき出した重量配分とほとんど誤差の無い答えをテオドは導き出す。

 思わず、クロムが感心して褒める程だ。


「ウィオラ、早速だがこの場で持って来た剣と盾を外して貰う。それを装備して必要に応じてテオドが調整する。テオド、出来るな?」


「はい!ではウィオラさん、装着お願いします!」


 テオドのその目は、いっぱしの武具職人の光を僅かながらに宿していた。

 いつもと違うそれに気が付いたウィオラは、困惑しつつも騎士団支給の剣と盾を置き、言われるがままに右の金属小手も取り外す。


 テオドはその肌が露出した右前腕にレザーグローブをまず装着させ、装備方法を説明しながら、そのシールドガントレットをクロムに持って貰うと早速装着を開始した。


「本来はこれをウィオラさん一人でも着脱出来るような設計なのですが、流石に間に合いませんでした」


 テオドが申し訳なさげな顔を浮かべながらも、手際よく作業を進める。

 ウィオラは見た事も無いような装備を腕に装着され、その違和感に混乱しつつも、テオドの今まで見ないくらいの気迫を感じ取り、落ち着きを取り戻していった。





「良しっと...ウィオラさん、それでは外に出て腕を動かしてください。ズレる箇所があればその場で調整します」


「あ、ああ。しかし凄いな。これをテオドが?」


 ウィオラが自分の腕に装着された装備を見ながら、テオドを見た。


「はい。加工は僕では技術が足りないので師匠にやって頂き、他の重量配分や最終調整、細かい部分は僕が手掛けました。どうですか。腕をまず動かしてズレや抵抗、当たる部分はありませんか?」


 そう言われたウィオラが、腕を動かせる範囲で様々な角度、方向に腕を振るう。


「もう少しきつめに縛って貰えると助かる。しかし重量の割りにブレを全く感じないな」


 店番の見習い少年と思っていたテオドが、よもやここまでの腕を持っているとは想像もしていなかったウィオラ。


「わかりました。ではゆっくりと色々な方向に拳を撃ちだすように何度か動かしてみてください」


「こ、こうか?す、すまない。流石に不慣れでな...クロム殿、これで大丈夫か?」


「問題無い。俺の動きを不完全で構わないから真似てみろ」


 そういってクロムが傍に立つと、一般的な正拳突きやショベルフック等の動きをウィオラに見せた。

 剣の戦いが普通の騎士が戸惑いながらも、クロムの見様見真似に近い形で拳打のモーションを取る。

 しかしながら未熟とは言え戦闘職の騎士の素養を持つウィオラは、すぐにコツを掴んだのか、見た目的には全く問題の無い拳打を披露し始めた。


 ― これも才能か。の俺とはやはり違うな ―


 改造強化人間のクロムは、ふとそんな事を考えてしまう。





「ウィオラさん、もう大丈夫です。少し調整しますのでそのままでお願いしますね」


 そう言ってテオドは、先程のホールド性の解消と細かな重量調整を金属板を張り付ける事で微調整していく。


「ウィオラ、これを今回は左手で扱えるよう装着してくれ」


 その間にクロムは、ウィオラに騎士剣よりも短いショートソード程の長さの両刃剣を手渡す。

 こちらはゴライアが急遽調整したものだ。


「これは、ショートソードか。にしても刀身が驚くほど分厚いな。まるで剣鉈だ。この重さは納得だ」


「これはお前の細剣の刺突技術を活用する為にゴライアが作った剣だ。ここまで来ると鉈だな。まず耐久性重視で、更に斬る事よりも突く事に重きを置いている。剣先には特殊な鍛造が施されているらしい」


 この鉈の頑丈さは見た目以上で、通常の騎士の斬撃であれば刀身の腹で垂直に受けても防御が可能な程だ。

 むしろ相手の剣の耐久力を大きく削る。


 因みにシールドガントレットと突鉈にはゴライアが耐久性重視の魔力改変を施している。

 重量軽減も視野に入れたが耐久性を最優先にした結果、極振りという結論に至った。


 ウィオラがそれを腰に装着すると、ウィオラがまず驚いた顔を見せた。


「これも重量配分の恩恵なのか?重いのは変わらんが、身体の動きやすさはむしろこちらの方が違和感がないな」


「その装備は左右でウィオラさんの身体に合わせて重量を計算しています。ですがその剣以外を装備する事も考慮して、キッチリとは合わせていません」


 クロムの提案で、あまりに精密に合わせすぎると騎士剣等、別の物を装備した時の違和感によって戦闘に影響を与える可能性も考慮されている。


「詳しい扱い方やその装備の構想コンセプトは道中、俺かテオドが説明する。機会があれば魔物との戦闘か俺との模擬戦で確認してもらう」


「ひっ、クロム殿との模擬戦は...っ!?」


 クロムの提案がウィオラのトラウマを呼び起こしたのか、彼女は小さく悲鳴を上げた。


「手加減するに決まってるだろう」


「た、頼む...」


 騎士にあるまじき表情を浮かべたウィオラがぶるりと震えた。






 朝日が昇り、新武装を装着したウィオラの姿が朝日に照らされる。


 ― 意匠を多少は組み込まないと騎士には見えないかもな ―


 実際に装備して初めてわかる物もあるという一例である。

 普段の騎士団で装備する全身鎧の色に合わせた銀色ではあるが、その奇抜な装備からくるクロムとはまた方向性の違う威圧感。


 ウィオラもそれに気が付いたのか、クロムに聞いてきた。


「クロム殿、この格好、いささか騎士として...」


「何を言う。お前の騎士の精神は見た目に宿るのか?違うだろう」


 クロムは取って付けた様にウィオラに言葉を返した。


「俺は少なくとも変だとは思わない。むしろお前を良く表している。悪い印象は持っていない」


「表す...それはどういう...そ...そうか、それなら良いのだが...」


 そのウィオラの姿を見たテオドは笑顔で言った。


「クロムさんの提案、やっぱり正解でしたね。ホントに頼もしくてカッコいいです!」


「そ、そうかっ!?」


 テオドの意見で一気に顔が歓びの表情に包まれるウィオラ。


「ではテオド、準備出来次第、森に向かう。途中ギルドに同行者の追加を申請するという話も聞いた。急ぐぞ」


「はい!改めて宜しくお願いします!では急ぎ準備してきます!」


 そう言って、工房に駆けこんでいくテオドを未だに心配そうな表情で見送るウィオラ。





「クロム殿、本日はこの装備も含めて宜しく頼む。それと...クロム殿の左腕はどうしたのだ?今、気が付いたのだが」


 ようやく周囲が見え始めたウィオラが、いつもよりも太くなり黒い布が巻かれているクロムの左腕に気が付いた。

 乱雑に巻かれた黒い布がより一層、その見た目を凶悪にして、そして不安にさせる。


「ああ。これか。昨夜店で少々興味をそそられる物を見つけてな」


 そういってクロムが左腕を掲げると、金属同士が腰れ合う、ウィオラ達が何故か聞き慣れてしまった音が響く。


 そのタイミングでテオドがリュックと腰ポーチ、ナイフ等を装備して戻って来た。

 テオドは既に着込んでいた軽量化された簡易なレザーアーマーとブーツ、グローブと、この世界における一般的な探索者の装備だった。

 そして今回は積載量の皆無なクロムとウィオラに合わせて荷運び人トランスポーターとしての役割を担っている。


「多分それって、師匠が数年ぶりに魔力枯渇で寝込んでしまった原因ですよね。昨日僕が重量調整している時、お店の方で何やらお二人が、特に師匠が一方的に張り切ってたのは知ってますが...お店から出てこられた時から、嫌な予感がする音が時々聞こえるんですよね...」


 そう言って、テオドが苦笑しながらクロムの左腕を見つめている。

 そしてそのテオドの意見に同意するように、ウィオラが何度も頷いている。


「ああ。何やら意気込んで全力で作業してたな。今回は俺のこの試みも試せる機会があればいいが、まぁこれは二の次だ」


 そういってクロムは外套を一気に羽織る。

 煌めく朝日が降り注ぐ中、黒い翼を広げた様に見えるクロムに、2人は目を一瞬奪われる。


「よし。それでは向かうぞ。途中テオドは冒険者ギルドへ。俺とウィオラはそれを待って北門を抜けて森に入る」


「わかりました!もしダメな行動があれば遠慮なく指摘して下さい!」


「了解した。テオドは必ず私が守る。騎士の名に懸けて」


 クロムの合図と共に、それぞれが気合いの声を吐き出した。





 黒い外套の戦士と異形の白銀の騎士、そして若すぎる荷運び人兼鍛冶師。

 この奇妙な一行は、朝早くから奇異の目を浴びながら、冒険者ギルドと北門を目指して歩き出した。


「クロム殿...?何やらいつもより注目が増している気がしないか?もしかして私の...」


「気にするな。お前が変われば、その周りの見る目もすぐに変わる。何よりお前のその態度は、テオドの仕事を貶めているのと同義だぞ」


「っ!!す、すまない!」


 慌ててウィオラがその態度を改めようと背筋を伸ばした。


「ウィオラさん、カッコイイですよ。ね、クロムさん」


「ああ」


「そ、そうか!」


 ― さて、これがどう転ぶか...テオドの存在に期待するか。必要なら魔物を無理矢理にでも呼び込む事も想定しておこう ―


 クロムはそんな事を考えながら、外套を靡かせて朝の街を歩いていた。

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