第45話 星の落とし子と利用価値
その日の夜は、クロムとゴライア両名共に話があるという思惑の一致を得た事により予定が既に決まっていた。
その他、裏ではクロムとの話し合いにより色々な事を事前に取り決めている。
ウィオラは騎士団副団長という立場がある為、予定の無い外泊は認められず、テオドが用意した軽食を口にした後、騎士達が寝泊まりしている宿舎に戻らなければならないとクロムに伝えた。
その際クロムはウィオラにピエリスへの伝言を預ける。
「ピエリスに明日一日、騎士団の任務に差支えが無いならウィオラ副団長を自由に使えるように要請してくれ。もし大丈夫であるなら明朝、この場所で落ち合い装備を整えた上で北門から森へ入る。もし無理ならこちらに使いを寄こしてくれれば問題無い」
「え、わ、わかった。確かに伝言預かった。それで私を連れて森に入るのか?一体どういう事か教えて貰えると助かる。流石に単独行動になるという事と副団長という立場故、団長には詳細を報告する義務があるのでな」
ウィオラは思いも寄らないクロムの言葉に動揺しつつも、組織の規則はしっかりと伝える。
「魔石と素材収集という名目で森に入る事を冒険者ギルドに申請する。ギルドの都合に合わせて討伐という名目も加わる可能性もある。今、テオドがギルドにその申請に向かっている。依頼者はゴライア。そして指名請負人はウィオラ、お前になる。俺はゴライアからの推薦状で身元を保証し、臨時の戦力と形で同行する予定だ」
クロムは冒険者ギルドに登録をしていないので、民間の自由傭兵という扱いとなる。
登録が無いので、道中で取得した戦利品以外、街やギルドからの金銭報酬やその他保証などは一切恩恵を得る事が出来ない。
ピエリス、ベリス、ウィオラの3名は役職を拝命する前に、通過儀礼という意味も含めて冒険者として登録を済ませており、冒険者として討伐やその他の依頼を受け、実績を持っていた。
そしてクロムの身元を保証するのは騎士団では無くゴライアである理由は、この街での貢献度、知名度が高いゴライアの方がギルドに対する信用度が騎士団より高い為である。
自由の代名詞である冒険者を束ねるギルドは、権力が裏にある騎士団より、優秀な武具を冒険者に提供するゴライアの方に信頼の重きを置くのは当然と言えば当然だった。
加えて魔石等の戦利品の所有権に、権力が絡む機会を可能な限り減らすという側面もある。
「う、うむ。了解した。してクロム殿は今日はどちらに身を寄せるつもりだ?宿なららそれなりの物を騎士団で用意するが」
「俺はこの街にいる間は、ゴライアの元に身を寄せる事で同意が取れている。問題無い」
「そうか...。わかった。もし不許可であるならば騎士団から使いを向かわせるとする。問題が無ければそのまま明朝こちらに私が出向くとしよう。ではクロム殿、ゴライア、ここで失礼する。デオドにも宜しく伝えてくれ」
「おう。また明日な」
ウィオラは会釈すると、そのまま街の喧騒の中に消えていった。
「さてと...ここを片付けてから工房に場所を作ってやる。色々聞いてみたい事があるからな。今夜は寝れねぇと思って覚悟してくれ」
「わかった。ほどほどにな。それと俺に食事関係の世話は一切必要ない。気にしないでくれ」
ゴライアは独身であり、食事や身の回りの世話はテオドが進んでやると言っているそうだ。
加えて周囲と良好な信頼関係を気付いている為、食材その他の供給も問題無い。
「お前ってホントに金の掛からねぇ生き方してるんだな」
何故食事が不必要なのかという理由は敢えて追及せず、その身一本でこの世界を生き抜くクロムに感心するゴライアだった。
夕暮れからまだ間もない頃、まだ炉の温度が残る工房内の端で急遽設置した木のテーブルで向かい合いクロムとゴライアは会話を交わしていた。
安物の酒とテオドが用意した簡単なツマミを肴に、両者が会話を重ねていく。
「で、明日までに用意して欲しい装備があると言ってたが?」
「描く物をくれ。口で伝えるより良いだろう」
そう言ってクロムはゴライアが差し出した炭ペンを手に取り、紙に走らせた。
「お前、絵の才能もあるのか」
クロムが書いたのは、縦に長いカイトシールドの絵とそこに加工の詳細を書き込んだものだった。
「この工房にある耐久性に優れた盾を明朝までに、可能な範囲で加工したものが欲しい。形状はこの絵に近い程ありがたい」
「ふむ。耐久性に関しちゃまぁ問題無いな。似たような長さの奴があったはずだ。これまた珍妙な...ああなるほど...これはその為で...おっと、それでこれはお前が装備するわけではないだろう。重量配分はウィオラの体格に合わせる訳だな」
クロムの考えにおおよその検討を付けたゴライアの意見が返ってくる。
「そうだ。対価はそれに見合った物を用意するつもりだ。望みがあれば言ってくれ。出来る範囲で検討する」
既にその紙を見て、脳内でその設計図を描き始めているゴライア。
「ん?ああ、それなら頼みがある。テオドを明日の森入りに参加させてくれ。それを急な加工依頼の対価としたい。装備代金は別途になるがそこまで高い物じゃないから、クロムなら俺の依頼名目で森に何度か入れば事足りるはずだ。魔石なんかの現物でもいいぞ」
「いいのか。まだ少年だぞ。無事に返す事は大前提としても、何か理由があるのか。差し支えないなら教えてくれ」
クロムがテオドのデータを意識内に浮かばせ、その戦闘能力を予測しながらゴライアにその真意を尋ねた。
ゴライアは紙を横目にワインをあおると、一息溜息をついて話し始める。
「まだアイツは俺達の作る物がどのような場所で使われているか見た事がねぇ。経験を積ませてやりたいのは山々だが、本当に安心して任せられる裏表の無いヤツが必要なんだ。クロム、お前なら大丈夫と判断した」
「ふむ」
「これは他言無用で頼む。お前なら心配は無いがよ。アイツはなちょっと特殊な能力を持っている。目で見た物、触れた物の寸法や形状、素材を一瞬で記憶して、その重心や耐久性なんかの情報をある程度だが予測する事が出来るんだよ」
クロムはその言葉を聞いて、ティルトを思い出す。
ゴライアがツマミを一口放り込み咀嚼した。
その間を縫う形でクロムが言った。
「危険な能力だな。場合によっては最悪、テオド本人の命に係わるぞ。表裏の無い人選が必要なのはその為か」
ゴライアの瞳がクロムを真っすぐに捉えた。
「やっぱりそれだけで解るんだな」
「当たり前だろう」
能力の拡大解釈をすれば、敵の砦や城、装備を遠目から見るだけでその大きさや性質等を看破出来るとなると軍事面でも非常に有用なものである。
それ故に、テオドの能力が露見すれば、軍事利用を狙う輩など吐いて捨てる程現れるだろう。
手段を選ばず誘拐、最悪の場合、危険視された者に命を狙われる可能性すらある。
「孤児だったアイツを教会で見つけて、最初は才能があるな、鍛冶の手伝いでも小遣い稼ぎにどうだと持ち掛けて雇ったんだよ。流石にその能力に気が付いた時、唖然としたぞ。それで俺はアイツを鍛冶師として育てる為に、能力を隠すために身請けを願い出た」
「隠れ蓑としては最適だな」
「だろ?アイツは滅多に現れないって言われてる
一気に言葉を並べて、カップにワインを追加で注ぎ込むゴライアの目が、ランプの火の揺らめきを反射していた。
「かといってこのまま閉じ込めておく事なんて出来ねぇだろ。だが現場を知らねぇ鍛冶師が一人前になんかなれねぇ。それに
ゴライアの静かな感情の揺らぎに合わせるかの様に、ランプの明かりも大きく揺れた。
― 時代を導く...か ―
クロムがその言葉を反芻した。
「まぁこれは俺の押しつけがましい意見なんだがな。凄んだところでそう簡単に世の中を変えられるもんでもない。この事は別に忘れてくれていい。それにテオドを連れていく利点はお前のやる事にも良い結果を運んでくれそうだからな」
「ん?ああ、そうか。いや...最適解に近いかもな」
クロムはテオドが明日、その場にいる事による利点がかなり大きい事を認識する。
「わかった。秘密は厳守。テオドの安全は保障する。だが本人の不注意やミスによる損害は責任持てない事も伝えておくぞ」
「当たり前だ。それとこれとは別問題だ。なぁ、今更だがなんでウィオラにそこまで肩入れするんだ?そこまでの付き合いも無いだろうし、お前の事だ、好き嫌いとかそんな俗な理由じゃねぇだろ」
テオドに対して鍛冶師の師としての要望と親代わりとしての望みで揺れ動くゴライアが、話を切り替える様に、この計画の根本とも言える疑問をクロムにぶつけた。
「昼間も言ったようにまずは興味だ。騎士道の精神を信じながらも、死と殺意に怯える騎士。それが殻を破った時にどう変わるのか見てみたい。後は騎士は恩を重視する生き物だ。それが俺の今後に役に立つ」
クロムが付け加えたあまりにも正直な利用価値という意味の言葉。
ゴライアはその言葉の裏に何の欲望も邪心も無い事に気が付いていた。
ただ純粋に己の為に利用する。
鍛冶師がハンマーを使うように、商人がペンを握る様に、ただ道具を使うという感覚で人を利用し、使役しようとするクロム。
「その為には努力を惜しまないって訳か」
「ああ。その価値はあると判断している」
ゴライアにとってどこか出来の悪い、何となく放っておけない姪のような騎士。
それを隠す事無く利用価値があると言い放ったクロムに、ゴライアは思う事が無いとは言えない。
ただその騎士がこの黒い怪物の戯れに近い教導で、どう生まれ変わるのか。
その為に鍛冶師、武具職人としてどのような物を用意すればいいのか。
ゴライアの感情に関係なく、武具の設計図が彼の脳内に展開されていく。
「はぁ...気をかけている騎士を利用価値って言い切る事に苛立つよりも、使えそうな武具のアイデアが先に浮かんでしまう俺も大概、人でなしなのかもなぁ」
「おい」
「まぁいいや。デオドもそうだがウィオラの事も宜しく頼む。お前が彼女をどう思っているのかはこの際無視するとしても、大事な客なんだ。」
ゴライアは自分を人でなし予備軍と認識しつつ、ウィオラに関しても安全面においてクロムに念を押す。
「わかっている」
「よっしゃ、まだ話す機会はあるだろうから今日は一先ずここまでにして、その盾の製作といくか。テオドには後で俺から話しておく。ウィオラは反対するだろうがどうせお前さんが有無を言わさず押し通してくれるだろうからな」
そういってカップに入った酒を飲み干して、残ったツマミを口に放り込むゴライア。
そのまま立ち上がって工房から出て行き、素体になる盾を探しに向かった。
「俺は並行してあの鎖の扱い方の精査をしてみるか」
― 戦闘システム 戦闘訓練プログラム 解析 開始 ―
昼間の黒い竜巻が、再びクロムの意識内で展開された仮想空間にて展開される。
「そうだな。ゴライアを酷使するついでに武器の提案も幾つかしておこうか」
このクロムの容赦無い呟きで、今晩のゴライアの運命が決定された。
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