第44話 裏庭の黒い竜巻
クロムは保有するデータを幾つか精査してみたが、最終的に鎖と利用した戦闘方法を明確に示したものは見つからなかった。
当然と言えば当然なのだが、クロムが鎖を扱ったと言えば、過去に故障してスタックした陸上起動兵器を鎖でつないで引き起こした程度の物だった。
そもそも縦横無尽に動く紐状の物体を武器として扱う機会など、そうそう巡り合うものでは無い。
「一応距離と範囲には気を配るが、十分に注意してくれ」
「おう」
「はい!」
「だ、大丈夫なのか...?」
三人はクロムと距離を開けて既に避難していた。
― この広さだと大丈夫そうだな ―
周辺の広さと鎖の長さを意識内で比較、実際の可動範囲をシミュレートし、ある程度の安全は確保しようと努めるクロム。
クロムは鎖の端を握ると、無造作に鎖を放り投げて一直線に伸ばし、鎖を展開した。
それが地面に落下するだけで、その重量によって地面に一筋の溝が出来る。
展開時に動きの抵抗を感じたクロムは力を込めた手で、上下に一度振る。
するとその波が蛇のように前方へ伝播すると同時に、バキバキという音を立てて、動きを阻害していた可動部の錆びの破片を裏庭に撒き散らした。
「さてどうしたものか」
― 戦闘システム 戦闘訓練プログラム 学習 開始 ―
クロムは鎖の端を左手で、間を開けたその先を右手で掴み、力を込めた。
腰を落とし、大地に根を張るとクロムは一気に右腕でその鎖を引き寄せる。
パンという音と共に、伸びきった鎖がクロムに向かって撓みながら飛んでくる。
それをクロムは身体を回転させ、途中の部分を長さを調整しながら掴み取り、そのまま鎖の緊張を解かない様、それを一気に薙ぎ払うように振り払った。
通常の武器では絶対に出せない様な重い音で、空気が切り潰される。
クロムは鎖の荷重方向と発生した遠心力をなぞる様に、力の流れを意識と身体に馴染ませながら暴れる鎖を操作していく。
そしてその勢いを可能な限り維持しながら体勢を整えて、頭上で鎖を高速で振り回し始めた。
もはやそれだけで地上に自然災害に似た暴威を周囲に振りまくクロム。
そして身を翻しながらその鎖を地面に一直線に叩き付け、地面が割れるかという程の威力が籠められた鎖の一撃とその衝撃音は、遠くにいる3人の身体と足元すら揺らす。
コアがそのデータを逐一記録し、その特性や軌道、動作を凄まじい速度で演算、学習していった。
― 長すぎるな。何とも評価し難い ―
クロムは思考を回転させながら、その武骨な黒い身体を見学している3人の予想以上のしなやかさで躍らせる。
鎖の振られる方向と想定した攻撃角度、鎖のしなり、張力等も考慮に入れ、コアが瞬時に軌道計算し、最適な力加減でコントロールする。
軌道の変化や鎖の張りを維持する事に必要な支点は、クロムの両手だけでなく、腕や肩に首、背中、腰と脚以外の箇所全てを使って行われた。
鎖の重量と回転から来る荷重が、クロムの身体に容赦無く襲い掛かる。
支点とした箇所には、鎖が巻き付き堅牢なクロムの外骨格と擦れてギャリギャリと音を立てた。
その時に黒や赤等の金属粉が飛ぶが、それはクロムの身体から出た物では無く、鎖由来のもの。
ゴライアが手も足も出なかった強度を誇る鎖が、クロムの身体に接触する度に研磨され、そこから新鮮な地金が顔を覗かせた。
― 威力は流石にこの重量だと申し分ないな。だがここまで身体が振り回されるとなると、その効果に対して利点はあるのか? ―
ゴライアの店の裏庭に黒い竜巻を発生させながら、冷静な評価を下していくクロム。
それを見ていたゴライア達は共通して「もうそろそろやめてくれ」と本気で願っていたが、その思いも空しく、逆にその勢いが増していく。
クロムはこれを標的に巻き付けて自身の方へ引っ張った後、カウンターで拳を叩き込む戦術を思い付きコアのシミュレートに演算させるも、コアが重量や物理エネルギー等から導き出した答えは《対象物 破壊》だった。
この世界と前の世界を合わせて想定しうる対象物を候補に入れたが、この世界での対象物は全て巻き付く前に衝撃で吹き飛ばされるか、破壊されるという計算結果。
コアが耐えられると判断したのは、前の世界での戦車や大型の歩行機動兵器等で、そもそも鎖での攻撃を想定しない物ばかりである。
― 警告 関節各部 負荷増大 ―
「おっと、いかんな」
鎖の操作速度を段階的に上げていった結果、思った以上に負荷が掛かるようで通常の戦闘システムで行なえる制御の範疇を超え始めた事を悟るクロム。
― 武器としての評価はあまり良い物では無いな。それでも興味深い情報にはなった。そろそろ終わりにするか ―
その間も裏庭の中心でクロムの身体と鎖は躍り回り、すでにその風圧で色々な物が吹き飛ばされている。
クロムが立っていた地面もクロムの回転で大きく抉れ、埋め戻し作業が必要な程。
クロムは鎖の勢いを身体の抵抗を利用しながら徐々に減らし、その周辺に撒き散らしてた暴威も小さくなっていく。
そして最後にクロムが軽く身体を一回転させながら、鎖を一刀両断の勢いで地面に叩き付けて、無事に評価試験は終了した。
ようやく収まった自分の店の裏庭で巻き起こった災害が残した惨状を見て、ゴライアが小さく言葉を漏らす。
ただ災害を裏庭に持ち込んだのは、間違いなくこの男が原因である。
「今度からはその場のノリや勢いは控えねぇとダメだな」
「お店壊れなくて良かった...」
「クロム殿は災害なのか...?」
軽いノリで始めた試し斬りならぬ試し振りだった。
鎖を振り回して感触を確かめる程度かと思っていたら、裏庭で黒い竜巻が発生した。
「ただクロム殿のあれは美しかったな」
ウィオラが舞い上がる砂塵の中で、クロムが舞踏の如く黒い鎖と躍る姿を思い出して、率直な感想を口にする。
「確かに凄まじい物を感じたが、ありゃ俺達と同じと思ったらダメな種類の存在だ。同じ血が流れていると思わない方がいいぜ」
そのゴライアの言葉に、クロムを否定する印象を受けたウィオラは反論しようと口を開くが、肝心の言葉が出てこない。
彼女もまたクロムと自身の間にある、隔絶させた何かを感じていた。
クロムが彼女に仕向けたあの一幕だけでも、他人に話せば一言、狂気の沙汰だと言われるだろう。
俺を殺すつもりで剣を振れ、出来ないのならこれで終わりだ。
ウィオラにクロムは殺せない。
傷一つ負わせられないのは十分に理解している。
クロムと出会ってからウィオラの心はひび割れ、崩れ落ちる一方だった。
そして先程、完全に崩れ去った。
だからこそウィオラはあの時、剣を振り下ろせた。
― 今の私は本当に私なのだろうか ―
ウィオラはあのクロムの舞踏を見て、恐怖では無く美しいと感じてしまった。
あの巻き起こった純粋で無慈悲な暴力の嵐は、明らかにオーガとの戦いとは違う美しさを感じた。
― 私は変われるのだろうか ―
あのクロムの首筋を捉えた瞬間の感触だけは、はっきりと手が覚えていた。
間違いなくウィオラの意思が宿ったあの一撃。
魔物を斬り伏せた時の、あのどうしようもなく嫌悪感が湧く感覚などでは無い、全く別の感触。
― 私は変わっていいのだろうか ―
その答えは、まだ見つかりそうにない。
ウィオラはあの黒い嵐を前にしても決して離さなかったクロムの外套を、再び強く胸に抱いた。
「おーい、もうそっちに行って大丈夫だよな」
冗談交じりではないゴライアの本気の安全確認。
「ああ、もう終わったぞ」
クロムが鎖を手元に手繰り寄せ、輪を作り回収している。
「師匠、あれとんでもなく重い奴ですよね...」
「テオド、考えるんじゃねぇ」
テオドがクロムがあっさりと鎖を回収し、手の中で黒い輪を重ねている光景を見て力無く言った。
クロムが終了宣言したにも関わらず、3人の足取りはどこか警戒を感じさせ、そして改めて色々と物が吹き飛んだ裏庭の光景を見て、同時に溜息をついた。
「それで何か良い閃きはあったのか?」
「わかったのは、お前さんに物を頼む時は命を賭けろって事ぐらいだな」
「なんだそれは」
クロムは持って来た時よりも少し綺麗になった、纏められた黒い鎖を見ながら感想を述べる。
「武器として使えなくもないが、という感じだな。使い捨てていいなら殲滅戦か撤退戦には役に立ちそうだ」
「お前は国と戦争でもするつもりなのかよ...そうだな、どうしても操作で身体を動かす分、振り回されてしまう感じだったな」
ゴライアもあの時ただ口を開けていただけでは無く、しっかりと状況自体は把握していた。
「うまく相手に巻き付けて、態勢を崩すか引き寄せるかして拳を叩き込める状況を作れるかと考えたが無理だな。威力が強すぎる」
「それを当てられるなら拳の一撃要らねぇだろ」
ゴライアが寄せられた眉間のシワを指で揉み解しながら、呆れた声を出す。
クロムの感想では、明らかに操作に難があった。
鎖を短くすればという話になるが、短くすればクロムにとっては余計に必要の無い武器になってしまう。
「クロム殿、一つ聞きたいのだが...クロム殿は何故武器を持たないのだ?」
そこでウィオラが率直な疑問をクロムにぶつけた。
「そうだな。武器職人でもあるゴライアの前でいう事じゃないかも知れんが、まず一般的な武器を持つ事に対して、利益が全く無い事が理由としては大きいな」
「利益が無い?」
「あー...確かに俺には耳が痛いっつーか、もどかしいと言うか...だな」
ウィオラがの疑問とゴライアの肯定が重なる。
「つまりだ。俺にとって1撃2撃で壊れてしまう武器は邪魔でしかない。それなら剣を1撃振る代わりに踏み込んで、拳を繰り出せば済むという事だな。加えて剣であれば切れ味が劣る事を考えながら戦う暇があるなら...」
「...突っ込んで殴れば済む話って事だな」
クロムの言葉にゴライアが続いた。
結局の所、現状、クロムの力に耐えられる武器が無い。
クロムがゴライアに多少気を使ったのは、武器職人、鍛冶師に対して武器が壊れるから使い物にならないというクロムの意見が、あまり良い印象を抱かないだろうという予想からの気遣いであった。
基本的な格闘術としてナイフを主体とした物もクロムにはインプットされているが、まず使う事が無い。
ナイフ格闘は未改造や初期改造の一般兵士が、戦闘能力の底上げや最終的な対歩兵白兵戦で使う物で、
ナイフで刺すよりも破壊力のある拳を持つクロムにとって、刃こぼれする刃物は無用の長物であり、それなら戦場で拾った長い金属パイプや破壊した戦車の砲身をもぎ取って、振り回す方が圧倒的に効率が良い。
「剣でも槍でも最終的には同じで、結局の所、壊れる物を使う位なら最初から徒手格闘で十分というわけだ。ただこれは俺の防御力の高さゆえの戦術だと思うが」
武器戦闘 対 徒手格闘の欠点である射程の短さは、クロムの防御力があれば問題無く覆せる。
実際、戦車砲の精密一斉射撃でもクロムを止める事が困難なのだから、この世界の者がクロムの前進を止める事の難易度の高さは計り知れない。
「な、なるほど...で、では遠距離はどうなのだ!?弓や魔法があるのだぞ!?」
何故かムキになって続けて質問するウィオラ。
使うと武器が壊れるから、素手で戦うというあまりに強者過ぎるクロムの意見に、一体どこの狂戦士だと心で叫んでいた。
「ついでに言えば飛び道具の同じだ。もしその射程を埋めるとすればその辺りの石を全力で投げれば、今までに出会った完全武装の騎士程度なら十分倒せると想定している。その後、突撃すれば問題無い」
「き、騎士程度...わ、我々はクロム殿の投石すらも耐えられないのか...」
「だから自分の物差しの世界に、クロムを入れるなって言ってるだろうが...」
力無く項垂れたウィオラの放つ陰気に、思わずゴライアが慰めにもならない言葉を送った。
「いや、そこは少し違う。あの騎士団内に限って言えば、恐らく唯一ウィオラは...今はある程度だが他の騎士達よりは耐えられる可能性を十分に持っているな」
「...え?」
予想外のクロムの言葉に、思わず今まで落とさなかったクロムの外套を落としてしまいそうになるウィオラ。
「クロム、もしかしてウィオラを本気で変えるつもりなのか?一体お前の目的は何なんだ?」
真剣な口調でゴライアがクロムに問う。
その眼は今までの物とは違い、覇気を宿した戦士の眼だった。
「その答えに関しては、まだ俺もハッキリとは答えられない。無理矢理に答えを引き出すつもりなら、覚悟してくれ」
メキメキと音を立ててクロムの手が固められる。
明らかに纏う雰囲気が変わったクロムに、戦士の勘が最大限の警報とばかりにゴライアの全身から冷や汗を噴き出させた。
「ク、クロム殿...」
目まぐるしく変化する状況に、今日一日だけでも精神が上下左右に振り回されっぱなしのウィオラが泣きそうな顔でクロムに声を掛けた。
「今は言える事は、目に映る事をただ“知りたい”って事だけだな。ウィオラに関して言及するなら、人がどのような状況で変わり、そこから成長するのか単純に興味がある。ただそれだけだ」
「俺達に見せたのも、それが理由か?」
「現状だとそうだな。お前達が何を感じて、これからそれをどのようにそれを追うのか。もしくはそのままなのか。全部含めて興味を持った。それだけだ」
クロムは力を抜いた手をゆっくりと下ろした。
その場の空気の重みが抜けていく。
「それを邪魔する者は、等しく敵であり容赦もしない。願わくば敵は少ない方が良いが」
クロムが静かに言葉を付け加えた。
ゴライアはそんなクロムに言葉では言い表せない様な孤独を感じた。
世界に取り残された、世界から弾かれたとも言える程の深いもの。
強い力と意志を持ちながら、何かを求めて彷徨い続ける《異状者》。
ウィオラは一度見てみたいと思った。
クロムの見ている世界の全てが多分、自分とは全く違う風景なのだろう。
あの黒い仮面の中から見える世界はどのような物なのだろう。
《黒騎士》が伝承の中で、孤独に戦っていたその時の世界はどのように映っていたのだろうかと。
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