第41話 鍛冶師の興味と可能性
「クロム殿、こちらの店だ。望みの物が無ければもしかしたら、物によっては1から作成して貰えるかも知れない」
「ほう。それは有難いな」
先程のクロムとの問答を受けて、更に押し黙ってしまったウィオラが目的地の建物前でようやく言葉を発した。
小さな門と建物も間の小道の脇には、使いこまれた武器が多数放り込まれている樽や、石炭らしき鉱石がうず高く積まれている木箱等も置いてあった。
クロムがその石炭らしき鉱石を手に取り、観察する。
― 硬度 石炭 近似 ―
未だ詳細な成分分析の機会が訪れていない為、コアから得られる情報の内容が非常に薄い。
現状その殆どが推測にはなるがクロムはそれなりの満足感を覚え、辺りを見渡した。
既に店の扉は全開に近く開け放たれており、建物の横にある庭の奥から発生するかなりの高温の物体を、クロムの熱源センサーが感知した。
サーモグラフィの色からして1000℃以上の熱源。
「なるほど。鍛冶、鍛造もやっているのだな」
ウィオラは少し驚いた表情でクロムを見る。
「流石はクロム殿。こちらでは少量だが一般向けを含めて武具の製造と販売、修理等もやっている。私も情けない事に武器の損耗が激しく、よく世話になっているのだ。予備の剣を用意して貰う位に...」
ウィオラの表情が僅かに曇るが、クロムはそれには敢えて触れる事無く、店の中に入っていった。
表の雑多な雰囲気からは一転、店の中は整頓され、壁や棚には様々な武器や防具が陳列されている。
「いらっしゃいま...うわぁ!」
店内の武器の整理をしていたであろう、頬に煤を拭った跡が残る少年が客の気配を察知して振り返ると、目の前に突如現れた黒い影に驚いて声を上げた。
「こらテオド、失礼だぞ。こちらはお客様だ。ゴライアはいるか?」
テオドと呼ばれた少年はウィオラを見ると、すぐに笑顔を取り戻し、今呼んできますと告げて店の奥に消えていった。
暫くクロムが店内に並ぶ武器を観察していると、かなり筋肉が鍛えこまれた大柄の男が奥から姿を現した。
「おお、ウィオラじゃねーか。さっき壁の外で一悶着あって騎士団が対応したって話が舞い込んできたが、お前さんの騎士団だったか。どうした?剣の修理か?」
「久しぶりだゴライア。いや今回は修理では無い。こちらの御仁がちょっとした装備を探していてな。ここだと見つかりそうだと思って案内した。こちらはクロム殿。我が騎士団で客人対応で迎えさせて貰っている。クロム殿、こちらがゴライア。この店の店主で鍛冶師だ」
ウィオラにとって馴染み深い人物なのか、その紹介する声に口調に覇気が戻ってきていた。
ゴライアというこの店主は筋肉質な身体に加えて腕や肩と、至る所に戦闘での傷跡と思われるものが残っている男だった。
坊主に近い短髪で歳はデハーニよりも年上の40代と思われる雰囲気を漂わせている。
立ち姿や歩く姿勢を見た限り、どうやら片足を負傷しているようだ。
それでも纏う雰囲気は明らかに戦場の戦士のもので、クロムはこの時点でこの店主を通常よりも僅かに高く評価した。
「忙しい所に申し訳ない。名をクロムという。騎士団に多少縁が出来た故、その延長で探し物の為に騎士ウィオラに同行して貰っている」
ゴライアにとっては口調や雰囲気、その他一切合切が今まで出会った事の無いタイプの客で、少々面食らう。
「お、おお。俺はゴライア、さっきの店番の小僧は見習いのテオドだ。しかしクロムと言ったか、何とも凄まじい雰囲気を持ってるな。ああ、俺の言葉遣いは直すつもりはねぇ。貴族王族相手でも同じだ。そこはわかってくれ」
「問題無い。今、背嚢を探している。何か良さげな物を見繕って欲しい。こちらの要望というと...色は俺の鎧に近い色、そして材質は金属、もしくは強度の高い革製になる」
ウィオラには無い、ゴライアの芯の強さを表すその声と主張にクロムは一定の信頼を置く事を決定した。
ふーむと呟きながらゴライアがクロムの全身を観察し始める。
「ウィオラの連れなら多少の融通は出来るぞ。後、お前さんの事をちょっと教えて貰う事になるが構わないか?いや素性とかではないから安心してくれ」
これが経験の差なのだろうなと、ゴライアの物事の先を読んだ思考にデハーニに感じた物と同じ印象を覚えるクロム。
ゴライアは傍らに控えるウィオラの目や立ち振る舞いから、騎士団とクロムの関係性、立場の優劣辺りも朧気ながら感づいている。
「問題無い。可能な範囲で答えさせてもらう」
「おう。まずは戦闘方法...って話だが、もしかしてその成りで徒手格闘か?外套の中、武器とか全く仕込んでないだろう」
ゴライアはクロムの立ち姿や外套の輪郭、武器の持つ独特の匂い等から、クロムの詳細を看破した。
クロムはますますこのゴライアに興味を持ち始める。
「そうだな。武器は拳、いや全身といって差し支えないと思って欲しい」
「いやはや、これまた...ウィオラよ、おめー何とも変態的な戦士を連れてきたなオイ」
そのゴライアの言葉にウィオラが慌てて反論した。
「お、おいっ!クロム殿に言うに事欠いて、へ、変態的等と!」
「何慌ててやがるんだか。こいつは今みたいな事で怒ってどうこうしよう思うケツの穴の小せぇ男じゃねぇ。それくらいは流石にわかれよ」
「うぐっ」
ゴライアの下品な物言いとその内容が意味する事に口を押えられるウィオラ。
その様子を見て、ゴライアはウィオラとクロムの間に起こった出来事すらもある程度は想像が付いた。
「まぁウィオラも悩めるお年頃ってとこか。クロムさんよ、ウィオラは見ての通りかなり不器用な性格してるから、あんまり虐めてやってくれるなよ」
「先程も同じ事を何処かの誰かに言われたが、虐めた記憶は無いぞ」
流石にクロムの口調にも若干の不満の色が混ざる。
「おおっと、怖い怖い。もしよかったら外套脱いで、腕の可動範囲とか実際に俺が触って確かめてみたい。本来なら触れる必要は全く無いんだがよ、俺の鍛冶師としての好奇心が抑えきれねぇ。俺が感じ取った事に関して誓って他言はしない。いいか?」
「正直な事だな。問題無い。必要なら質問してくれていい。可能な範囲で答えてやる」
「流石、出来る男は違ぇな」
クロムは外套を脱ぎ、それをどこに置こうか考えていると、ウィオラがすぐさまその手を差し出した。
「私が持っておく」
「感謝する」
「そういうのは出来るんだがなぁ」
「っ!?」
そんなウィオラを見てゴライアが呟くと、ウィオラは赤面しながら息を飲み込んだ。
店内で露わになったクロムの身体を見て、ゴライアが感嘆の息を漏らす。
「こりゃぁ...すげぇな。すまねぇクロム、触らせはしないからさっきの見習いの坊主にも見せてやっても構わねぇか?あれでも筋は良いんだ。きっとこの経験は役に立つ。てか多分こんな経験一生出来ないかも知れねぇ」
今までとは違い、しっかりとブレずにクロムの名を呼び、要望を申し出るゴライア。
クロムに断る理由は特に無い。
「問題無い。触れて貰っても構わない。役に立ててくれ」
「そうこなくてはな!おい、テオド!仕事はいいからちょっとこっち来い!」
「は、はい!?どうしたんですかって、うわぁ!」
テオドが奥からやって来るや否や、クロムの姿を見て先程の反応とは違う声を上げる。
目の奥に宿る輝きを見て、この男にしてこの弟子なんだなと感心するクロム。
「こんな機会は一生に有るか無いかだ。しっかり見ておけよ。触れてもいいそうだが、絶対に礼儀は守れ」
クロムはゴライアの師としての言葉と口調にも感心を覚え、今後の自身の行動と関係性に信頼が置ける人物と更に評価を上げた。
「おおっと、手間取らせたな。すまねぇ。じゃあちょっとばかし調べさせて貰う」
そういってゴライアは、迷わずクロムの手を取ると肩の付け根や二の腕に触れ、拳を構えた状態や後方への限界稼働等、様々な角度からクロムの黒い外骨格を分解し始めた。
テオドも小さな手で反対側の空いたクロムの腕を取る。
その弟子は師の目と同じ輝きを湛えながら、こちらは主に指の関節の動き等を何度も動かして確認を取っていた。
その姿を見て、クロムは逆にこの二人が自身のどこを観察し、どのような情報を得ているのかを探るべく、目線や指先の位置、感情の機微等を読み取っていた。
クロムに施されている超技術や科学技術、それを実現した文明の詳細をこの世界の専門職がどのように推察するのか、今後情報操作の為にも非常に重要なものだった。
「魔力をちぃっとばかし流してみてぇが...」
その言葉を聞いてクロムが警告する。
「それはやめておいた方が賢明かもな。以前、似たような事を知り合いがやったが、予想外の現象が起きたらしく、その時居た家が半壊しそうになった。詳細は俺にもわからない」
クロムの意識にティルトの姿が浮かび上がる。
「そ、そうか。わかったそれはまたの機会だな」
「次の機会もしっかり得る辺り、お前も流石だな」
「ったりめーよ」
一方、弟子のテオドの方は指から今度は脚の方に興味を持ったようだ。
するとポケットからメモを取り出して、何かを記録しようとした時、ゴライアから今までの口調から一転、威圧を含んだ声が飛び出した。
「おいテオド、お前は何をやっている。俺は礼儀を守れと言ったな。やってる事の意味わかってんのか。その紙が何処かの誰かに渡ったら、お前はクロムに対して責任が取れるのか?どうやらまだお前は目の前にある物事の価値が解ってねぇようだな」
静かな怒気を孕んだ声に、はっとした顔で青ざめ、その小さなメモ紙を破り取り、バラバラに千切った。
そしてそれを纏めて手で丸め、その場で口に無理矢理に詰め込むように放り込む。
ウィオラもその光景を見て、慌てた様子を見せた。
苦しそうな表情でそれを一気に飲み下すと、クロムに精一杯頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
小さな紙だった為、喉に詰まるような大きさでは無かったものの、それでも苦しそうな表情のテオド。
「ごほごほっ!も、申し訳ございませんでした!未熟故に間違いを犯してしまいました!」
「すまねぇクロム。師としてこの弟子の行動は看過出来ねぇ。この通りだ許してくれ」
ゴライアも観察を中断して、謝罪する。
「構わない。双方の謝罪は確かに受け取った。だが“気にするな”とは言わない。この失態はそちら側の信念の問題だからな」
「なるほどな。こちらもその言葉ありがたく受け取っておく。こりゃクロムを相手するウィオラが盛大に悩む訳だ」
ニヤリと嗤うゴライア。
ウィオラは押し黙ったまま、じっとクロムを見つめていた。
「いやしかし、こんな材質の鎧見た事ねぇ。こんなに柔らかくて硬い金属を実現出来る素材がこの世に存在しているんだな。しかもその内側にはとんでもねぇ量の筋肉が詰まってやがる。こんな硬さの材質で固められた拳が、この筋肉の力でぶっ飛んでくるとか考えただけでゾッとするぜ。当たったらミンチじゃ済まねぇぞ」
テオドは先程の叱責が効いたのか、無言ではあるが師の言葉を聞いてクロムの前腕部を両手で掴み、その感触を確かめている。
「一つだけ聞いていいか?答えられたらで構わない。これは火で溶けるのか?」
この質問にクロムは一瞬、どう答えるか迷った。
言い換えれば、この金属加工の熟練者はクロムの外骨格の融点を探っている。
この世界で実現可能な温度の上限は不明だが、このゴライアの経験と知識、鍛冶師としての能力があれば、気の遠くなるような時間をかければ、素材の情報の一端に手が届くかもしれない。
だがクロムはその想定の一方で、この男がどのようにその答えに近付くか、どこまで近づくかに大きな興味を持った。
この世界の人間の《性能》が、どのレベルまで至っているのかという疑問に興味を持ったのだ。
「ふむ。そうだな。普通の鉄の溶ける温度ではまず不可能だ。俺の知りうる範囲では今までこの鎧を溶かす程の温度を体験した事が無い。ついでに言えば傷もほぼ付けられた事は無いな」
実際は、ブラック・オーガとの戦いで装甲に小さなヒビを入れられたが、その箇所は既に体内に残留した戦闘強化薬の影響もあり再生が完了している。
クロムは流石に再生能力に関しての情報は出すつもりはない。
するとゴライアは、ふと近くの陳列棚に飾っているかなり高級そうなナイフに一瞬目が行った。
クロムはそのゴライアの一瞬の考えを、今度は逆に先回りする。
「あくまで俺個人のお前に対する心遣いだが、その考えを試してみても構わないぞ。だがそれは後でやってみたい事があるので、その時で構わないならって話になるがな」
「あ、う、うむ...これじゃ俺も礼儀で弟子を𠮟れねぇな...くそ、俺もまだまだだ。馬鹿みたいに失礼な事を一瞬考えちまった。まぁ、やってみて良いならこんなに有難い事はないんだが、いいのか?お前がやってみたい事って何だ?」
この会話のやり取りに気が付かないウィオラとテオドは顔を見合わせている。
「しっかし、まるで遺物並みに謎だなこりゃ。そうだ...謎と言えば、裏の倉庫に150年以上置きっぱなしの謎の奴があったな...何処にあったか」
― 遺物か。どのような物かやはり気になるな。探しに行くのは現状では難しいか。情報が足りないな ―
全く噛み合っていない二人の思考と言葉。
やはりその詳細がわからず置き去りにされた気分を味わっている他の2人は、眉根を寄せて不満を顔に浮かべていた。
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