第40話 弱者の正義と強者の暴論

 クロムがラプタニラ西門前まで戻ると、騎士団以外の人間は一様に距離を取り、出迎えたピエリスが申し訳なさそうな表情でクロムに謝罪した。


「すまない。流石にあの戦いを見た直後なのでな。悪気は無いと思ってくれないか。代わりに皆を代表して私から礼を言わせてくれ。黒騎士殿、街を救ってくれて感謝する」


「俺にも目的があっての事だ。そちらも魔物を討伐したのだろう。特別に礼を言う必要は無い」


「それでも...だ」


「そうか。後、これを拾った。欲しいなら持って行って構わない」


 そう言って、クロムはポーチからブラック・オーガの魔石を取り出して、ピエリスに放る。

 クロムの行動をまるで理解出来なかったピエリスは、慌ててその魔石をキャッチすると思考を停止させた。


「これは...?」


「さっきのブラック・オーガとやらの魔石だ。使い道があるなら好きに使ってくれ」


「...は?」


 周囲が、特に冒険者達がその話の内容を聞いてざわつき始める。

 そのような事を全く気にしないクロムは、そのまま別の話題に移ろうとするが、我に返ったピエリスがそれを許さない。


「まてまてまて、待ってくれ!ブラック・オーガの魔石だぞ!そんな代物をこんな所で放り投げて、くれてやる...で済む話ではないのだ!」


「使い道が無い上に、俺は無駄な荷物は持たないからな。ああ、そうだ、背嚢を用意したい。手に入れられる場所に誰か案内を頼む」


「いやいや!使わない、無駄な荷物とかいう話では無いのだ!このような代物、おいそれと他人に渡して良いものではない!これは今の間だけでもそちらが持っていてくれ!頼む!」


 クロムは深紅の魔石を持ったまま震えているピエリスが、クロムに必死の形相で願い出る。

 背嚢の事は全く耳に入っていない。

 下手をすれば、噂を聞き付けたオルキス領にいる盗賊団が総動員で襲い掛かって来ても不思議ではない程には、この魔石は貴重な品だった。

 それを考慮すると、クロム以外に最適な持ち主はいないだろう。


「わかった。とりあえず俺が持っておこう。それで背嚢が欲しいのだが?」


 ピエリスから戻って来た魔石をクロムは、またも無造作に金属ポーチに放り込む。

 何やら貴重な魔石が、ポーチの中で色々な物に衝突している音がして、ピエリスは青い顔で狼狽えていた。


「あ、ああ、これから我々は輸送隊と合流後、この街の管理官邸に出向き、今回の魔物襲撃の事の次第と、今後の方針等に関して話し合う必要がある。黒騎士殿は来られるか?」


「断る」


 間髪入れずにクロムが拒否。


「う、うむ。それならばウィオラを黒騎士殿に付ける。騎士団から多少の資金を渡すから好きに使ってくれて構わない」


「そうか。それではその対価としてさっきの魔石を」


「そんな小遣い代わりにその魔石を扱わないでくれ...重ねて頼む」


 クロムと行動を共にして、次第に失う物が無くなってきているピエリスは、クロムの言葉に被せてそれを速攻で断った。


「...ではまず我々は輸送隊と合流する為、街に入るとしよう。黒騎士殿も同行してくれ。それと冒険者達は後ほど報酬の件もあるので、もう2,3日この街に滞在してくれると手間が省ける」


 ピエリスが、未だに遠巻きでこのやり取りを警戒しながら見ていた冒険者達に声を掛けた。

 その言葉を聞いて女盗賊が言葉を返す。


「騎士さん、アタシ達もそれなりに報酬貰えるの?」


「当たり前だ。貴殿らは今回はサイクロプスとゴブリンの討伐、そして街の防衛という大仕事を成し遂げたのだぞ。少なくともサイクロプス1体分の金銭報酬と幾つかの素材報酬を渡すつもりだ。ギルドとも掛け合っておく」


「やった!ありがとう!じゃぁ簡単な依頼をこなしながら、誰かはこの街に常駐させておくわ。パーティ名は《トリアヴェスパ》よ。よろしく!」


 先程までの表情から一転、喜色を浮かべた女盗賊は、仲間とハイタッチで喜びを共有している。


「騎士団総員!これよりラプタニラに入り輸送隊と合流後、管理者邸に向かう。その後も休暇に関しては、随時告げる!」


 騎士団員は休暇という言葉を聞き、兜の中からでも分かる位の嬉しさを感じさせる気配を皆放っていた。


 ― そういえば全員、女騎士だったか ―


 今更ではあるが、騎士団の内部事情に一瞬興味を持つクロム。


「防衛隊及び警備隊の諸君もよく街を守ってくれた。犠牲になった者達にお悔やみ申し上げる。彼らの魂は必ず天星の都ステラカエルムにて安寧を約束されるであろう」


「「「「はっ!」」」」


 ピエリスの言葉に、生き残った防衛隊、警備隊の面々が失った仲間を想い、顔を悲しみで歪めながらも、直立不動でその礼を受ける。


 ― 魂か。オーガも言っていたが、その概念も調査対象だな ―


「それでは行こうか。黒騎士殿」


 そう言ってピエリスは馬に乗り、騎士団もその後に続いて石造りの巨大な門を潜っていく。

 クロムは先頭のピエリスの横に沿う形で共に歩を進めた。

 街に入る時、警備兵の隊長と思われる衛士にピエリスは「この者の改めは必要か?」とクロムを指し示して問いかけるも、隊長は顔を青ざめさせて「滅相もございません!お通り下さい!」と声を上げていた。


 ピエリス曰く、これで多少のクロム知らぬ所でのちょっとした騒ぎ程度は抑えられると口にした。





 街の内部は細い路地も含めて、その殆どが石畳によって舗装されており、またセンサーにて腐敗ガスの成分を僅かしか検知出来なかった事から、下水整備も行われているとクロムは予測していた。

 また街中を歩く人々の服装、路地裏での人の様相等、現状使用可能なセンサー類を活用し情報を集めていた。

 この街に滞在している間に、街全体のマッピングは完了出来るとクロムは確信する。


 クロムに視線を向ける人間の人相や年齢、性別等もデータ化し情報として格納している。

 加えて、城壁外にてあの騒ぎがあったのにも関わらず、大きな混乱が起きていない事を考慮すると、情報統制が十分に機能しているか、この街全体の災害や襲撃に対する信頼度が高いか、いずれにしてもクロムの想定を僅かに超えていた。


 ― デハーニによると領主の伯爵は情報武官関係者だったな ―


「ピエリス。この街の発展度は周辺に比べるとどの程度なのだ?」


「ん?あ、ああ、そうだな。次に向かうネブロシルヴァや王都フローストピアに比べれば流石に劣るが、それでも交易の要所としてそれなりの発展は遂げていると言えるな」


 未だにクロムから名を呼ばれる事に慣れていないピエリスは、一瞬戸惑いながらも返答を返す。


「そうか。感謝する」


「別に感謝されるような事ではない。ああ、もう輸送隊は移動の準備を完了しているようだ。クロム殿、今ウィオラを連れてくる。待っていてくれ。後出来ればあまり虐めないでやって欲しい、頼む」


「虐めたとは人聞きが悪いな」


 もう何度目になるかわからない頼み事をクロムに願い出て、そしてクロムを黒騎士では無く名前で呼んだピエリスが、クロムから離れ、輸送隊に指示を出しにいった。




 後日談


 クロムはベリスの姿が見えない事に、かなり時間が経った後で気が付いたのだが、彼女はあの戦闘で全身の数か所を骨折していたらしく、あの時は馬車の中でポーションを服用後、2日の安静を言い渡されていたとの事。

 後日、クロムに暫く存在を気付いて貰えてなかった事を知ったベリスは、悔し涙を流しながら部屋を飛び出し、それ以降、街を出るまでの数日間、夜な夜な城壁の上でまたも槍を倒れるまで降り続けたという。

 そして明け方になると、警備兵の連絡を受けた同僚の騎士達によって運ばれていく青髪の女騎士の姿が街中で目撃されていた。


「クロム殿、あのベリスに一言くれてやっては貰えんか?」


「何故だ?」


 滞在中のある日、部屋を訪ねてきた困り顔のピエリスに、読書中のクロムが怪訝そうな雰囲気で答えたのは言うまでもない。






 クロムは包帯がもう外れたウィオラを伴って、ラプタニラの中心街を歩いていた。

 やはり女騎士と黒い騎士らしき者が連れ立って歩くだけで、かなりの量の視線が主にクロムに突き刺さっていた。


 そんな事は気にも留めないクロムは、逆に街の人間のデータを集め続けている。

 一方、ウィオラは自発的にクロムに話しかける事は未だに出来ず、思った以上の注目を浴びる事態を受けて、落ち着かない様子で頻繁に栗色のミドルヘアの先端を指で弄っていた。


「外套を預かってくれて感謝する。おかげで傷一つ付かずに済んだ」


 ウィオラの心中をまるで考慮しないクロムが、ウィオラに礼を言う。

 クロム本人は全く意識してはいないが、この外套を纏ったクロムの威圧感はかなりの物らしく、クロムが歩けば混雑に関係なく人垣が割れていく程だった。

 本来ならば騎士に憧れを持つ、少年ですらクロムに顔すら合わせない。


「い、いえ...いや、傷一つなくお返し出来て良かった」


 ウィオラもどちらかというと、ピエリスの様に騎士の矜持の様な物がそのまま口調に現れる人物だった。

 ただクロムには、ピエリスの様な騎士としての確固たる地盤のようなものが感じられず、またベリスの様な1本何かを貫いた様な信念も感じない。

 有体で言えば、どこか不安定な印象を受けた。





「まだどこか痛むのか?」


 クロムはこの世界のポーションや医療、治癒術と呼ばれる物の効果を、ウィオラの回復状況から推察する為に質問したが、ウィオラの受け取り方は異なったようだ。


「いや!もう大丈夫だ!まだ完全に剣は握れないが、街を出る頃には完全に回復出来る!」


 その声の力強さにもどこか焦りや迷いが感じられた。

 それを見てクロムは率直な感想を、そのままウィオラにぶつける。


「騎士というのは中々に難儀な物を背負っているようだな。見ていて少々不安になるな」


 捉え方によっては苦言とも侮蔑とも言えるクロムの発言だったが、これもまたウィオラは別の捉え方をした。


「クロム殿、質問してもいいだろうか...」


「構わん。俺が答えられるものであればな」


 クロムの返答を聞いて押し黙るウィオラ。

 しばらくは街の喧騒と金属が石畳を踏む一定リズムの音が2人の間に響く。


「強さ...とは一体何なのだろうか。恥ずかしながら、あの天幕でのクロム殿とのやり取りの後、その強さという物がわからなくなってしまったのだ」


 歩きながらウィオラは、もう傷一つ残っていないあの時クロムに潰された手を見つめている。

 やはりポーションの効果は侮れないなと、一瞬別の感想を覚えたクロムであるが、質問には真摯に答えた。


「俺の中での強さとは、“己の望む結果を己の為に力”と考えている。例えそれがどのような相手でもだ」


「己の為の力...」


「そうだ。騎士とは正義という物を掲げて、他人の、弱者の為に力を振るい、常に強くあらねばならないのだろう。その時点で俺の考え方とは全くもって相容れないだろうな」


 ウィオラはクロムの口にした“正義”という言葉に反応を示す。

 潰されたウィオラの手が少し震えていた。


「騎士にとっての正義とは...いや正義とはなんなのだろうか」


「弱者の目から見れば、騎士の掲げる正義は常に“強者の正義”に映るだろう。それは騎士は弱者から見て常に強者だからだ。だが騎士自身、お前の正義は今、どちら側の正義だ?たとえ何が相手でも貫き通せる“強者の正義”か?」


 強者の正義を貫き通す為には、常に強者として弱者を喰らい続けねばならない。

 強くある為に、弱者を喰らい高みを目指したあのオーガのように。


「私は...弱いのだな」


「それは違う。あの時、俺の手から感じた力は間違いなく強者のそれだった。お前は間違いなく強者の側に立っている。だがお前の考えているであろう騎士の正義はあくまでだ」


 弱者が思い描く騎士の正義は、気高く、崇高な騎士道なのだろう。

 だが、そもそも正義を語っている場所の高さが違うのだ。


「もし仮にあのブラック・オーガを倒した俺が、成す術も無く後退した騎士団を正義の名の元に弱者として糾弾すればどうなる?そんな騎士団が弱者を護る正義を語ったとして、それは正義として捉えられるのか?その後に魔物を倒した俺が正義を語れば、一体どちらの正義が正しく映る?」


 クロムの正義に対する理論は、自身が圧倒的強者であるからこそ展開出来るものである。

 クロムが仮に正義を語れば、それを否定出来るのはクロム以上の強者か彼自身だけなのだ。

 否定されれば、その強さを持って叩き潰せばいいだけの事。


 正に暴君の理論である。


「騎士ウィオラ。お前は間違いなく強者だ。それは俺が保証する。ただお前にはまだ何かが足りない」


「何かが...足りない...」


 クロムは、その何かに僅かながら予想は付いていた。

 それはあの群体統率者ドゥクトル 黒い暴鬼ブラック・オーガから得た予測。




 ウィオラはまだに気が付いていない。


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