第38話 稲妻を纏った獣
先程まで武人の如く拳を交えていたクロムが、一転、自我を失った獣の様に稲妻を両腕に纏いながらブラック・オーガに飛び掛かった。
「ぬおぉぉ!俺はただ打ち返すのみ!」
ブラック・オーガの渾身の拳がクロムの動きに合わせて繰り出される。
そしてクロムの獣の顎の様相を見せる開かれた手と衝突を起こした。
その瞬間、黒鬼の魔力とクロムの腕が内包した電撃が混ざり合い、周囲に轟音と発しながら紫の稲妻を生み出す。
「ぐぁっ!」
ブラック・オーガの魔力強化では相殺しきれなかったクロムの電撃が、その拳を焼き焦がす。
すぐさま態勢を整えたクロムのコンビネーションによって繰り出された左腕が振るわれ、迎撃が間に合わなかった黒鬼が初めてその腕で防御態勢を取った。
クロムの左手がその防御に触れた瞬間、バシッという何かを叩き付けたような音と雷鳴が響き、ブラック・オーガの黒い肉体を青白い電撃が駆け巡った。
「ぬぐぅぅぅぅ!」
クロムのこのサンダーボルト・ペネトレイションは、発電細胞が発生させた高電圧をセル・コンデンサに蓄積し対象に電撃として流し込む兵装である。
本来は、大型機動兵器や戦車等、物理防御に優れたものに対して肉薄して接触、防御無視の電撃を放ち内部を損傷、破壊する。
人間に放てば感電にて容易に内部から肉体を焼き焦がす程の高電圧高電流を秘めていた。
クロムの攻撃を防御すればその防御面から電撃が、防御されれば接触した武器へ電撃が無差別に放射される。
また右手、左手をそれぞれ別の場所に接触させる事により、指向性を持たせたより致命的な大電流を流し込む事も出来た。
クロムの攻撃に触れ電撃で身体を硬直させるブラック・オーガ。
攻撃への反応が遅れ、防御するもそこから発生した稲妻が黒い肉体をいとも簡単に貫いていく。
内部から焼かれ始めているブラック・オーガは、その反応速度を送らせていき瞬く間に防戦一方迄に追い込まれた。
そして防御を固めたとしても、無慈悲な電撃が連続で鬼の身体を駆け巡り、肉を、内臓を、皮膚を焼き焦がしていく。
「うぐぉぉぉ!まだ...っ!」
絶え間ないクロムの攻撃の中、焼け焦げ、裂けた無数の傷口から白い煙を上げている。
ブラック・オーガは苦痛交じりの声を漏らし、それに耐えながら魔力を練り上げていった。
そして虹色に輝くまでに練り上げた膨大な魔力を一転集中、拳に纏わせ、防御を捨て乾坤一擲の拳打をクロムに向けて放った。
クロムがその拳を開いた手で受け止めると、今までにない規模で電撃が混ざった魔力衝撃が周囲に放たれた。
― 警告 前腕部 負荷増大 強化細胞 転用開始 ―
ブラック・オーガのあの一撃は、戦闘強化薬で変質したクロムの肉体であっても完全に耐える事が出来ず、僅かではあるが負荷を与えた。
それを認識したコアが強化細胞の配置や役割を再調整し始める。
― セル・コンデンサ 電圧最大解放 超高電圧発電細胞群 活性拡大 ―
クロムの両腕の稲妻がその勢いを増し、超高電圧によって触れてもいない黒鬼の身体にバチバチと空中放電を発生し始める。
電撃で焼かれ、まだ硬直している黒鬼の懐にクロムが飛び込んだ。
そしてクロムの左手が黒鬼の右拳を、左手が肩口を同時に掴む。
瞬間、クロムの両手間で発生させた電圧差によって大電流がブラック・オーガの右腕を一直線に貫いた。
ブラック・オーガの右腕が閃光と爆音と共に内部から焼き焦がされ、その衝撃は骨を残して血肉を内部から弾け飛ばす。
もはや激痛すらも感じていないブラック・オーガは、右腕を襲った現象に驚愕で眼を見開いている。
クロムはそのまま黒鬼の右脇を掻い潜る様に背後に回り、脊髄目掛けて電撃を纏わせた拳を叩き込んだ。
脊髄を貫く電撃に、もはや悲鳴にもならない無言の絶叫を吐き出すブラック・オーガ。
クロムはそれを無視して、今度は左肩と右脇腹を同時に掴む。
バズンという鈍い音と甲高い雷鳴。
そしてブラック・オーガの太く巨大な胴体が一瞬膨らみ、その表面を幾つもの電撃の帯が駆け抜け、皮膚を焦がし裂いていく。
大きく開けた口から、黒い煙が吐き出され、それを追うように大量の血を吐く黒鬼。
ブラック・オーガはその姿勢のまま、後ろからゆっくりと大地に倒れ込んだ。
「サイクロプス1体、ゴブリン14体がこちらに向けて進軍してきます!」
「総員!戦闘態勢を取れ!黒騎士殿が敵首領を抑えている今が好機!迎え撃って殲滅する!」
ピエリスはこちらに向かってくる敵集団を見据えながら、敢えてクロムの名を呼ばず《黒騎士》と呼称し号令を掛けた。
ここを突破されれば、街に甚大な被害が及ぶ。
特にサイクロプスは刺し違えても討伐しなければならないと、ピエリスは剣を構えた。
「黒騎士だと?そんな大層な二つ名のヤツなんて覚えが無いぞ」
「それでもあのオーガと殴り合える時点で、強さは十分ですよ」
戦士と弓術師がそれぞれ武器を構える。
「騎士団長さん!私達は危なくなったら戦況に構わず撤退するからね!」
女盗賊はあくまで仲間を含めた命優先での行動方針を、予めピエリスに宣言した。
これも冒険者としての予防線の張り方である。
特別な契約下や依頼では無い限り、冒険者は命を優先する行動が許されている。
ただしそれは事前に宣言し、作戦方針にそれを組み込む事が前提である為、女盗賊は戦場の喧騒に巻き込まれないうちに手を打った。
しかしデメリットとしては、戦闘後の報酬分配に不利な部分が出て来る事。
撤退を前提とする冒険者を戦力として加算しない為である。
「了解した!我、騎士団長ピエリス及び副団長ベリス、そして冒険者3名はサイクロプスの討伐隊とし、その討伐を最優先とする!残りの者はゴブリンを二人一組で対応、殲滅後はサイクロプス討伐の援護をせよ!」
「「「「うぉぉぉ!!」」」」
「後方支援部隊と防衛隊は後方で待機!入り口を固め、魔物を一歩も通すな!負傷者を救護に優先しろ!来るぞ!総員構えぇぇぇ!」
グウォォォォ!!
サイクロプスが咆哮を上げてその速度を一気に上げた。
「サイクロプス討伐隊、突撃!支援部隊援護せよ!」
ピエリス、ベリス、そして冒険者の3人はサイクロプスに向かって後方から露払いの援護射撃を受けながら突貫した。
「邪魔するならぶった切るぜゴブリン共!」
戦士の大斧が突貫を妨害しようとしたゴブリンを一撃で両断する。
すると怪訝そうな顔で戦士が声を上げた。
「おい!こいつら群体の強化が緩くなってきてるぜ!多分あの黒いやつがオーガを消耗させてるぞ!」
「あのオーガを抑えるだけじゃなく、追い詰めるってホント一体何者よ!」
後方から赤い軌跡を残して
その矢は通常の矢より数倍の速度でサイクロプスの眼球を狙って、弓術師によって放たれていた。
サイクロプスはその矢を目視し、前回の様に腕を薙いで矢を払おうとした。
だがその矢はそれよりも早く巨人の眼球に突き刺さる。
「!?」
牽制程度の矢だったが、見事にサイクロプスの眼を射抜いた弓術師は、逆に焦りの表情を浮かべた。
「やっぱりな、反応速度が落ちてやがるぞ!一気に畳みかけるぞ!合わせろ!」
刺さっても魔力の火はかなりの時間燃焼を続ける為、眼球部分の内側から炙られたサイクロプスは叫び声を上げて無理矢理に矢を引き抜いた。
それを見逃さず一気に距離を詰めた戦士の大斧が、防御が薄いサイクロプスの膝の裏に横薙ぎで叩き込まれる。
一撃で脚を切断する事は叶わないが、その攻撃は関節の腱を切断する事に成功した。
急に軸足の踏ん張る力が抜け、片膝を突くサイクロプス。
「くそ!関節でもこの硬さか!」
反撃を警戒して大きく後ろに飛びのいた戦士に合わせて、女盗賊がサイクロプスの顔に薬品入りの薄い陶器の瓶を投げ付けた。
顔面に投げ付けた瓶が、顔に当たり砕け散ると中に液体が降りかかり、その箇所がジュゥという音を立てて白煙を上げ始めた。
その酸を配合した特殊な薬品は、サイクロプスの顔面の皮膚を焼き溶かしていく。
「団長殿、隙を見てトドメを!いざ参る!」
そう短く告げると、ピエリスを追い越して槍を片手持ち、顔を手で抑えてもだえ苦しむサイクロプスに突っ込んでいく。
サイクロプスは既に魔力矢と酸で完全に視界を潰されており、無茶苦茶に腕を振り回していた。
巻き込まれれば、間違いなく吹き飛ばされ、骨折ぐらいでは済まないだろう。
それでもベリスは臆することなく、更にその速度を上げて駆けていく。
「あの一撃に、あの場所に私は一歩でも近づきたいっ!」
ベリスの狂信に近い強烈なイメージが、槍を握る腕に流れ込んだ魔力の親和性を一気に高めた。
ドミナスボアの魔石を砕いたデハーニの時と同じ理論である。
ベリスは槍を片手で振りかぶると、身体強化を最大にかけ跳躍する。
その心に込めた強い意志が今まで以上の強化を実現し、本人すらも予想外の跳躍力を見せた。
そしてベリスは槍の柄の一番端を握り締め、魔力強化に耐えられない腕の筋肉が嫌な音を立てて損傷するのも厭わずに、空中からサイクロプスの頭に槍を振り下ろした。
その槍の先端、刃の部分が通常では想定されていない方向からの強烈な力を受けて折れる。
だがその柄はサイクロプスの脳天を陥没させるほどの威力を見せ、その頭を地面に叩き付ける寸前まで追い込んだ。
「後はお願いします!ぐっはぁっ!」
飛んで一撃を喰らわしたまでは良かったが、魔力を一瞬にして使い果たしたベリスはサイクロプスを飛び越えて、満足に受け身も取れずに背中から地面に落下しバウンドした。
魔力枯渇の上、全身鎧を身に着けた状態で背中から地面に叩き付けられたベリスは、その場で気絶してしまう。
「よくやった!ただ後で槍の扱い方をもう一度学び直せ!」
ピエリスは最終的にベリスには届かなかった称賛と苦言の言葉を叫ぶと、同じく身体強化を駆使し、その走る速度を強化しながら大きく横から回り込む形でサイクロプスの首の側面に走り込んだ。
そして剣を鞘に入れ、魔力を練り上げる。
ピエリスは目標を定めて小さく跳躍すると同時に、踏み込む際に身体を横に一回転させた。
― この技を最後に使ったのがあれだからな...サイクロプスの討伐で上書きさせて貰うぞ ―
「抜剣式騎士剣術
今回は走る速度と回転による遠心力、そして魔力強化の恩恵も加わり、鞘から解き放たれたピエリスの剣が黄色の魔力の光を放ちながらサイクロプスの首に走った。
斬った音も無く、剣はそのままサイクロプスの首をすり抜ける様に振るわれ、ベリスとは違い綺麗に着地したピエリス。
ピエリスは確かな手ごたえを感じながら残心を取り、一閃後、糸が切れた様に動かなくなったサイクロプスを見つめながら剣を鞘に戻す。
すると漸く頭の重さに耐えきれなくなった首が、ズルリと胴体と別れて転がった。
「サイクロプス討伐完了!殲滅戦に移行する!総員かかれぇ!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
ピエリスが声高らかに宣言すると、一気に形勢が逆転する。
騎士達と動ける警備隊が残った10体程のゴブリンに殺到した。
そして最後のゴブリンの首が刎ねられた頃、クロムの戦っている方角から凄まじい雷鳴が轟いたかと思うと、今までで一番大きな魔力衝撃がその場にいた全員に襲い掛かった。
そしてその魔力にはクロムの放った電撃も含まれている。
「ぐはっ!この魔力は一体なんだ!?」
「あぐぅ!魔力が雷属性を帯びているの!?」
周囲のあちこちから魔力衝撃による負荷と電撃の苦痛で悲鳴が上がる。
「一体何がどうなって...あれは...ク、クロ...殿...?」
ピエリスが発信源に眼を向けた時、そこには青白い稲妻と両腕に宿しながらブラック・オーガを圧倒しているクロムの姿が見えた。
そこにいる全ての人間がその戦いを目撃する。
周囲に幾つもの稲妻をバラ撒きながら白炎を背中に宿すクロム。
あのブラック・オーガに文字通り襲い掛かっているクロムは、伝承でも聞いた事の無い怪物の存在を仄めかしているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます