第34話 命の危険は背後から

 ピエリス率いるウィルゴ・クラーワ騎士団が敵戦列側面に噛み付いた頃、クロムは街に向かって全速力で走るウィオラ率いる輸送隊を追いかけていた。

 街道側面の未舗装の地面を、等間隔で蹴り上げて穴を開けていくクロム。

 輸送隊がそのクロムに気が付いて混乱状態に陥るも、クロムはそれを無視してウィオラの乗る馬車の側面に付いた。


「うわっ!?え、あ、クロム殿!?一体どうされたのだ!?」


 あの時とは一転して、仄暗いものは残しつつも礼節を持った口調で驚くウィオラ。

 その隣の御者は、全速力の馬車に追いつき並走するクロムに驚くも、その手綱は緩めようとしない。


「これを預かっておいてくれ。貰ったばかりだ。汚したくないからな」


 そう言ってクロムは猛烈に吹き当る風に揉まれる黒い外套を脱ぎ去り。3回程畳んで未だあっけに取られているウィオラに差し出した。


「あ、ああ。わかった。これは責任を持って、いや命に代えても...」


「何を言っている。そんな事に命を掛けるな。騎士の名が泣くぞ」


 クロムはウィオラの心に刺さる棘の正体にまるで気が付かず、即座にそれを否定した。


「く、クロム殿!私は貴殿に...謝罪をしなくてはならない!」


 意を決したように、クロムから受け取った外套を胸に抱きながら声を絞り出すウィオラ。

 猛スピードで走る馬車の振動と騒音の中でもそれはクロムに伝わった。

 クロムは一瞬、その謝罪の意味を考えて、あぁなるほどと自己解決する。

 加えて、何故この事態の最中に謝罪なのだともクロムは思った。


「ウィオラだったな。反論せずに聞いて即座にそれを飲み込め。大前提として俺はお前に怒りも抱いていない。無礼な行いをされたとも思っていない。確かに面倒だとは思ったが。そして俺がお前に傷を負わした事も、同様に俺は何も感じていない」


「え...え?」


「あれはお前の、ウィオラという騎士の矜持に基づいた俺に対する正当なだった。だからこそ俺はお前とあの場で向き合い、敵としてお前を叩き潰した。それだけだ。よってそこに謝罪の必要は無い」


 虚栄心と他者を支配する自己満足でクロムにプエラ。

 騎士の矜持と自身の正義でクロムにウィオラ。


 根本的にクロムの中でその評価に雲泥の差がある。

 だからこそあの場でウィオラはクロムの敵になり、プエラは存在自体を認識されていなかった。


 そうウィオラに伝えて、こうも続ける。


「俺には騎士の正義もその名誉も持ちわせていない。理解するつもりも興味もない。俺はただ敵と戦い、相手を潰す。ただそれだけだ。騎士の正義やら何とやらを持ち出されたとしても敵ならばただただ潰す。そこの何の分け隔ても存在しない」


 淡々と言い切るクロムの緑の双眸が、生唾を飲み込むウィオラを射竦めた。


「...わかった。そのクロム殿の意思。確かに受け取らせて貰った」


 喧騒の中でウィオラは短く眼を閉じる。

 すぐ目の前には既に開門し、その周囲を警備兵で固めているラプタニラ西門が迫っている。


「それでいい。では俺は行く。外套を頼んだ。それとそこの槍を1本持っていくぞ」


 やり取りに興味を失くしたように、クロムは馬車の脇に備え付けられている槍を留め具ごと、いとも簡単に毟り取って馬車から離れていった。


「クロム殿、ご武運を」


 そう呟いたウィオラは、クロムから預かった外套を強く胸に抱え込む。

 輸送隊がラプラニラの街に無事突入した。





 クロムは右手で槍を掴み、身体を大きく傾けて速度を殺さずに方向転換し、前線へと目を向けた。

 すると、クロムの視界に入っている前線部分で何名かの騎士と、騎士とは違う風体の人間が何かに吹き飛ばされたのか宙を舞う光景を目にした。


 更に良く見ると、そこには前回対峙したサイクロプスと思われる魔物が両手を振り上げて吠えているのが確認出来る。

 若干、体表面の色が異なるようだがコアはそれをサイクロプス、もしくはそれに準ずる戦闘力を有する近縁種と判定していた。


 そのサイクロプスが両手を振り回し暴れた為か、クロムに対して壁となっていたが左右に割れていた。

 それを確認するとクロムは猛スピードで駆けながら槍を握り締め、投擲態勢に入る。


 そして一度大きく大地を蹴り込んで、速度のロスを可能な限り無くすよう前方に低く跳躍した。


 ― 戦闘システム 起動 コア出力60% ―


 コアがクロムの僅かな高揚による神経回路の活性化と、全身のエネルギー循環の変動を感知し、クロムの命令無しで戦闘システムを強制起動させた。


 意識外からの強制的な戦闘システム起動により、クロムの視界に瞬間的に赤いノイズが走る。

 クロムが起動前に全身で練り上げた膂力が、戦闘システムの起動によってアシストされ爆発的に跳ね上がり、更にそこに速度エネルギーも加算された。


 空中で全身を連動させながら、クロムは槍をサイクロプス目掛けて投擲。

 その直後ドンという衝撃波が前方に発生し、地面を抉りながらその槍は一直線に目標に向かって飛翔する。






 時は少し遡り、クロムがピエリスの突撃を見送った頃、その先の戦場では総勢40体を超えるゴブリン、コボルトの集団と戦う冒険者3名と15名程のラプタニラ防衛隊が戦い続けていた。

 既に戦闘開始から1時間以上が経過し、60体ほどいた魔物を防衛隊に多数の死傷者を出しながら3割程倒している。


「くそ!たかがゴブリン共にここまで手こずるとはな!」


 巨大な斧を振るう大柄の戦士が、愚痴をこぼしながらゴブリンを脳天から唐竹割りで両断した。


 普段出会うゴブリンであれば、錬金術師であるティルトのボウガンでも一撃で倒せる程の戦闘力しかないのだが、今対峙するゴブリンは数本の矢が胴体に突き刺さろうとも、急所が外れていれば尚も立ち上がって攻撃してくる。

 腕が切断されたとしても、襲い掛かってくるほどの耐久性を持っていた。


「どう考えても背後に群体統率者ドゥクトルクラスがいるわよ!それにクソ共の士気も上がって来てる!このままじゃ物量で圧し潰される!」


 ダガーナイフを逆手に持ち、コボルトの攻撃を避けながら首の頸動脈を切り裂いた軽装の女盗賊が焦りの声を上げる。

 悲鳴を上げて倒れたコボルトの頸椎にダガーを突き込んでトドメを差し、間髪入れずに襲い掛かってくるゴブリンと対峙していた。


 群体統率者ドゥクトルは稀に魔物のから生まれる、生まれつき群れを率いる才能を持ち、異種族間であっても意思の疎通等も出来る特殊な個体である。

 また本来魔力を持たない種族であっても、魔力を持つ事が出来、中には魔法の行使を行う個体が確認されていた。


 何より厄介な事は、統率者の名を冠している通り、形成した群れを統率し、その群れを構成する魔物を強化してしまう点にあった。

 魔力量によっては軍団規模の群れさえ形成する場合もある。


「このまま魔力矢を使い続けたら、もう後15モメント(分)も持たない!」


 手に持った矢に魔力を込めて威力を底上げしている弓術師が、魔力の過剰使用で四肢を震わせながら悲鳴を上げた。


 そこで最悪の増援が現れる。


 ガゥウォォォォォーッ!!


 肌の色が濃いサイクロプスが2体、丘の向こうからこちらに向かって地響きと共に向かってきていた。


「これは...まずいな...」


 冒険者3名は瞬時に死を覚悟し、一気に全身から忘れていた疲労が溢れ出す。


「は、ははは...こんなことなら...さっさと逃げ...」


「ああ...こうなるとはね...」


 後はどう苦しまずに命を絶てるかという、絶望の選択肢を考え始める冒険者達。





 だが、ここで流れが変わり始める。


 戦場の皆が絶望に包まれたその時、魔物の群れの左側を食い破らんと、地響きと鬨の声を上げながらクローバーをあしらった騎士団旗をはためかせ、白銀の鎧を纏った集団が突撃してくるのが見えた。

 戦場の全ての意識がその方向に向く。


「我らはウィルゴ・クラーワ騎士団である!救援要請を受け援軍として参った!これより我らは突撃を敢行する!騎士団総員、私に続けぇぇぇぇ!!!」


 戦場にピエリス・アルト・ウィリディスの声が響き、その声で更に勢いを増した騎士団がそのまま群れの横腹に突き刺さった。

 鍛え上げられた騎馬の軍団がゴブリンやコボルトを吹き飛ばし、踏みつぶし前進する。


 その上から騎士が剣や槍を振り回し、次々と魔物の命を刈り取っていった。


「騎士団に援軍要請してたのか!」


「助かった!」


 冒険者や数少なくなった防衛隊の生き残りも、絶望の戦場に響いたピエリスの声と騎士団の気迫に後押しされ、徐々に士気が回復していく。

 デハーニやクロム、そして異形の怪物との遭遇による度重なる絶望、強者との出会いと交わりが、ピエリスの中に眠る統率者としての才能の芽を緩慢ではあるが育てつつあった。


「槍が軽い!身体が軽い!心が軽い!クロム様、私はこれより慈悲無く敵を打ち滅ぼします!見てて下さい!」


 強烈な笑顔で槍を振り回すベリスが叫ぶ。


「だから貴様は一体何を口走っとるんだ!」


 あのクロムの前でへたり込んでいたベリスでさえ、槍の一振りで強化されたゴブリンやコボルトを数体纏めて薙ぎ払い、一撃の下にその命を刈り取っている。


 才能的に騎士という職業に就ける可能性がある者は、王国国民全体の1割にも満たない。

 騎士という枠組みの中では下から数えた方が早い彼女達でさえ、人間全体で見ると常人の枠から外れた力を持ちうる可能性を十分に持ち合わせている。


 彼女達が運悪く出会ったデハーニは、魔力関連が壊滅的であっても能力は騎士レベルに近く、それを補う歴戦の経験を有している。


 そしてドミナスボアの異形と対峙した上で出会ったクロム。

 クロムに至ってはもはや理不尽の権化のような存在である。


 そもそも出会った比較対象が狂っているだけで、決して弱くは無い。

 幸か不幸か、あの最悪の経験と出会いが心身共に彼女達の急激な成長を促したのだった。

 逆にそれまでの彼女達が如何に未熟だったかという証明でもある。



 騎士団の介入により、動きを止めていた2体のサイクロプスが再び進軍を開始した。

 それを見て、魔力回復ポーションを無理矢理飲み下した弓術師の冒険者が魔力の矢を放った。


 しかし急所を的確に狙ったその矢をサイクロプスは無造作に屈強な腕で払いのける。

 その皮膚には傷一つ付かない。


「ダメだ!当然だけどあいつらも強化されてる!並大抵の攻撃は通用しないぞ!」


「限界の者達は一旦引いて体制を立て直せ!ここは我ら騎士団が可能な限り引き受ける!」


 ソリに乗っていた騎士達が次々と飛び降り、その勢いのまま魔物の群れに斬りかかっていった。


 騎士団の突撃とサイクロプスの進行方向、騎士団の突撃に合わせ反撃に転じ前進する防衛隊。

 それらの線が合わさった瞬間、サイクロプスの走る速度が急激に増し、通常では考えられない速度で距離を一気に詰めると、その3者の交点を両腕で薙ぎ払った。


「「「きゃあぁぁぁぁ!」」」

「ぐはぁっ!」「ぐぅぅぅっ!」


 先程の魔物群れと同じように、側面から強烈な突貫を喰らった騎士団の数名と防衛隊の数名が、サイクロプスの剛腕の薙ぎ払いで吹き飛ばされ宙を舞う。





「いくら何でもこの数とこの強化は異常よ!この群れの群体統率者ドゥクトルは一体何者なの!?サイクロプスを2体同時に統率して強化もしてるってとんでもない魔力量よ!」


 そう叫びながら女盗賊が様々な妨害道具を繰り出して、サイクロプスの行動を僅かながらも必死に妨害を続けていた。


「何か手を考えないと...え...なにこれ...うし...ろ...?」


 突然、女盗賊の気配察知と危険回避の才能が、自分達の後方からの異常を感じ取り、目の前のサイクロプスとは比較にならないレベルで警報を発した。

 全身から冷や汗が噴き出し、鳥肌が止まらない。


 その予感は、後ろを振り返り確認する時間すら与えてくれない規模で命の危険を警告してきた。


「みんな!今すぐ伏せ...ダ、ダメッ!今すぐ横に飛んでぇぇぇぇぇ!!!」


 女盗賊は横っ飛びしながら、絶叫に近い声で叫んだ。

 冒険者仲間はその切羽詰まった声を聞くと、何も考えずにその言葉を信じて瞬間的に行動に移し、横に飛ぶ。


 騎士団もその声を聞き、冒険者とは逆にもはやその程度の恐怖はもう味わったとばかりに回避行動をとった。

 防衛隊は反応が出来なかったものの、大楯を構えて防御陣形を取っている。



 そしてその開いた隙間を衝撃波と共に1本の槍が凄まじい速度で通り過ぎ、その槍はその先にいるサイクロプスの胸に、ドゴンという深く重い音を発して突き刺さった。


 これが強化されていないサイクロプスであれが、槍はその場で容易に胸を貫通し大穴を開けただけで終わっただろう。

 しかしこのサイクロプスは強化され、防御力もかなり上昇していた。

 その影響で槍が魔石を貫き砕いた後、貫通しきれずに受け止められたが、有り余る運動エネルギーがそのままサイクロプスの身体ごと後方へ吹き飛ばす。


 後ろにいたゴブリンとコボルトが盛大に巻き込まれ、その小さな身体がサイクロプスの豊富な重量で擦り潰されていく。


「何が起こったんだ?」

「な、なによこれ...」

「...」


「やはりこうなるのだなクロム殿」

「ああ、やはり貴方様は...」


 その直後、先程までサイクロプスがいた場所へ入れ替わる様に、黒い騎士が飛び込んで来た。

 その騎士の着地によって響く轟音と巻き上がる土煙。



 黒い暴力の武力介入が始まる。

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